【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第9回 科学の絶賛報道がDNA型鑑定機器導入費復活を後押し

梶山天

菅家さんの逮捕を報じた新聞、テレビのメディア報道は、「科学の力」という言葉に酔いしれて報道していた。鑑定の精度や裏付け取材をしないために、何がそんなに素晴らしいのか、根拠が全く説明されておらず、最悪な報道合戦だった。その一部を紹介する。

2日の朝刊は、それが顕著だった。読売新聞が《足利の幼女殺害 元保育園運転手を逮捕 ミクロの捜査 1年半 一筋の毛髪決め手 『指紋』なみ捜査革命 DNA鑑定》。毎日新聞は《DNA鑑定が逮捕の切り札に》。東京新聞は《足利の幼女殺害自供 元運転手を逮捕 DNA鑑定が決め手 執念の捜査1年半》地元紙の下野新聞は《否認突き崩した科学の力》。

さらに3日付で朝日新聞は《スゴ腕DNA鑑定 園児殺害、捜査の決め手 百万人から一人絞り込む能力 『個人情報』保護絡み慎重論も》といった具合にだ。

stack of newspapers and article writen with wooden blocks

 

これらの報道が、警察庁の国松孝次刑事局長の肝いりで92年度から4年間でDNA型鑑定を全国の県警に導入する概算要求獲得に大きなバックアップになったのは事実だ。というのも91年8月28日に警察庁がDNA型鑑定機器を5都府県に配備する費用として旧大蔵省に初年度予算1億1600万円を概算要求した。

しかし、同年12月22日に内示された旧大蔵省の原案に同庁の要求は盛り込まれなかった。ところがマスコミの「スゴ腕DNA型鑑定」「否認突き崩した科学の力」など何の根拠もなく、鑑定の精度の検証すらもしていない報道が独り歩きし始める。そうした科学絶賛報道は、警察庁の刑事局長が直談判する復活折衝を後押しした。

菅家さんは同月21日に殺人と死体遺棄罪で起訴される。刑事処分が出た直後の91年12月26日付新聞各社の夕刊は、92年度予算の警察庁刑事局長による復活折衝で旧大蔵省がDNA型鑑定機器費用1億1600万円を認めると報じた。

DNA型一致を理由に自供を引き出して菅家さんを逮捕したことは、警察庁にとって大きな意味があった。これによって大きな予算が動かせるからだ。全国の警察に新しい高額の鑑定機器を導入すれば運用資金としての予算を毎年請求できる。そのためには何らかのアドバルーンを上げるしかない。

予算案が流れないうちに、全国に知れ渡っている事件を解決してDNA型鑑定の威力を公にしたい。何かいい事件はないか。タイムリミットは迫っていたのである。警察庁幹部は、このように考えていたのではなかろうか。

大蔵原案は当初ゼロ査定で、12月下旬の復活折衝となった。そこで12月1日付毎日、朝日、読売の3大紙全国版の足利事件容疑者逮捕経過と警察庁のDNA型鑑定機器導入経過が見事に重なったのだ。

しかも菅家さん逮捕直後の新聞、テレビの科学の力絶賛の報道が鑑定機器導入のための予算獲得に影響を及ぼしたことは間違いない事実である。報道が旧大蔵省を動かしたといっても過言ではない。警察庁にとっては、してやったりということなのだろう。

その後の鑑定機器の導入経過を見てみると、93年度は、新規14台、予算約3億4600万円。94年度は新規14台、予算4億800万円。95年度は新規14台、予算4億6900万円。

95年度中には、92年度の5カ所(うち1カ所は警視庁)と合わせ、全国47カ所の科学捜査研究所に、DNA型鑑定装置の配備が完了した。試薬代は1台あたり年間436万円と言われ、47カ所では、年間2億円強になる見込み。95年度は試薬代として47カ所分2億500万円となっている。

 

連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】鑑定漂流ーdna型鑑定独占は冤罪の罠ー(/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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