【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第10回 菅家さんが捨てたティッシュでのDNA鑑定が不安、逮捕後に採血して再鑑定

梶山天

栃木県警は、足利事件の犯人として菅家利和さん(当時45)を逮捕したことがよほどうれしかったのだろう。

2日後の1991年12月4日には同県警本部は、菅家さんを自供させた橋本文夫警部や茂串清警部補、ティッシュペーパーを押収した手塚一郎警部補、前田直哉巡査、土、日だけ借家で暮らす菅家さんを不審者報告した寺崎耕巡査部長、さらに石川政巡査部長、吉田正晴巡査、福島康敏科捜研技術吏員の8人を表彰した。当時、足利署の刑事課では皆を集めて写真撮影し、事件解決を記念したテレホンカードを配ったという。

しかし、逮捕から19年後に冤罪だったと証明されるや、菅家さんの逮捕直後に表彰された8人の表彰は取り消されることになるとは、当時の森下昭雄刑事部長は露ほども思っていなかったことだろう。

松田真実ちゃん(4)の遺体が発見された渡良瀬川の現場一帯や各派出所などには、「真実ちゃん事件捜査にご協力を」と書かれた看板が立てられてあった。菅家さんが逮捕された後にそれは、足利署長名で「真実ちゃん事件捜査にご協力ありがとうございました。犯人が検挙になりました」というものに張り替えられた。

菅家さんが1991年12月1日早朝に無理やり警察官たちから足利署へ任意同行されて、誰もいなくなった借家では、午前9時から捜査員十数人による家宅捜索が行われた。刑事たちがよく口にする「ガサ入れ」だ。

薄いトタンの壁で仕切られた二軒長屋で、6畳と3畳の二間ある。菅家さんが29歳の頃から住み始めた借家で、誰にも気兼ねせずに居られる安息の場所だった。ただ、風呂がないことなどで途中から土、日曜日だけ住むことにして、後は自転車で15分の自宅に帰ることにしていた。それが警察に不審者として目を付けられることになるとは掛ける言葉が見つからない。

捜索は8時間かけて行われ、自慰用具とともにビデオ133点が押収された。翌日(91年12月2日)には実家も捜索が行われ、2日間で計240点とレーザーディスク17点が押収された。菅家さんが十数年かけて集めたもので、そのうちの7割は中古のビデオだった。このほか、「若大将」や「座頭市」、「男はつらいよ」などの昭和の邦画シリーズや、「インディ・ジョーンズ」などの外国映画も集めていた。

しかし、栃木県警が押収したビデオ類の中に菅家さんが幼女に興味を持っていたことを裏付けるロリータ系のものは、全くなかったのだ。「妹はホルスタイン」「巨乳一番搾り」「胸も尻もデカい女」などの成人向けビデオのタイトルのほとんどが『巨乳モノ』だった。当時、足利市内にレンタルビデオ屋が10店あり、そのうちの2店を菅家さんは利用していたが、どちらの店でもロリータ系のレンタル履歴は確認できなかった。

家宅捜索で押収したビデオ類は、実は、捜査を見直す重要な手がかりだった。押収してみて分かるはずだが、菅家さんは幼女に興味を一つも示していない。また一つ犯人像が打ち消されることになった。

それは、犯行動機に関する供述の否定に繋がる無罪証拠になり得るものだ。これを捜査本部に談判する刑事はいなかったのか。刑事魂というか。この後の調べでまたもや刑事たちは、新たな事件のでっち上げを作り出すのだからどうしようもない捜査機関だ。

ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天(たかし)が22年4月1日から11月まで同ホームページで展開した『【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々 』(全51回)を見てほしい。

2005年12月に栃木県今市(現:日光)市立の小学1年の吉田有希ちゃん(6)が殺害された今市事件でも、栃木県警の科捜研が女児の頭部から見つかった布製の粘着テープのDNA型鑑定結果で、犯人とみられる被害者以外の女性のDNA型を隠蔽し、警察が以前から狙っていた男性を栃木県警のお家芸でもある「嘘の調書作り」で裁判所は無期懲役にした。今再審の準備をしている。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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