第11回 菅家さんに次々と降りかかる別の未解決事件の火の粉
メディア批評&事件検証事件当時の菅家さんは、勤務先の保育園が昼休みの正午から午後1時の間は実家に昼食を食べに戻るのが日課だった。午後1時から3時の間は清掃などの雑務をして、午後3時半から4時半までは、幼稚園バスで園児たちを送るのが業務の流れであった。
ところが、まったく別の場所で午後2時過ぎに「中央軒」店員の新泉さんが万弥ちゃんを目撃していた。しかも万弥ちゃんの司法解剖で胃の内容物を分析した死亡推定時刻とも一致した。これではいくら菅家さんが自白したところで、犯行は非現実的なものになるはずだ。
そこで捜査本部は、事件発生当初の万弥ちゃんの足取りに関して最も有力視された新泉さんに証言内容の変更を依頼する。俗にいう事実とは違う“でっち上げ”である。ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天は、朝日新聞東京本社特別報道部部長代理だった2011年に36歳になった新泉さんを取材した。彼は検察や警察のでたらめな捜査に対し忸怩(じくじ)たるものをずっと胸にしまっていたらしく、詳細に覚えていた。
それは、91年の終わり頃だったという。4、5人の刑事たちが突然、新泉さんの勤務先である足利市新田町の「西尾産婦人科病院食堂」にパトカーで乗り付けて来た。
開口一番、「犯人が捕まった。万弥ちゃん事件当時のあんたの供述と、犯人の供述が食い違っている。あんたが万弥ちゃんを見たという時はもう死んでいたんだよな」と話しかけ、「このままでは。あんたの証言は邪魔なんだ。万弥ちゃん事件について起訴ができねぇんだ。調書を確認してくれ」と、まくし立てた。
新泉さんは、12年前の79年8月3日午後2時頃、当日勤めていた「中央軒」の前で万弥ちゃんを目撃した最後の人物で、その日の午後1時半ごろ、新泉さんは晒し業者「一光」から注文を受けた。午後2時ごろには出前の配達を終え帰ってきた新泉さんが店前の道路を挟んで反対側にバイクを停めた時、店の前の道路を駆けていく万弥ちゃんと男児の姿が目に入った。
万弥ちゃんの家は、店からバイクで1、2分の距離にある。1週間に1、2回ぐらいの割合で出前の注文を受けていたので、新泉さんは万弥ちゃんと言葉を交わすようになっていた。時には抱っこをおねだりするなど、万弥ちゃんも新泉さんに懐いていた。
翌日(同年8月4日)、新泉さんが出勤すると、店は万弥ちゃんが行方不明という話で持ちきりだった。「俺、昨日見たよ」。驚いた新泉さんが状況を説明すると、店の経営者の妻が急いで警察に110番通報をした。大勢の警察官が直ぐに店にやってきて、その後も入れ替わり立ち代わり、目撃時の状況を事細かく新泉さんに質問し、新泉さんは見たままの状況を説明した。
店の厨房には大きな黒板が掲げてあり、注文を受けると順番に、出前の内容と配達時間、届け先を書き足していく。前日の出前の履歴を見ると、新泉さんが言う通りちょうど午後2時頃に配達から戻ってきたことが分かった。
12年後の91年に「西尾産婦人科病院食堂」を訪れた刑事の中には、「万弥ちゃんなんて見てねぇんだろ」。こう言って新泉さんに悪態をつく者もいた。「とにかく、署まできてくれ」。刑事の高圧的な態度に新泉さんは嫌気が差した。はっきり言って迷惑だったし、行きたくもない。しかし、新泉さんは事件を解決できるならと気持ちを切り替え、後日、足利署に赴いた。
取調室に通され、新泉さんは2人の刑事から事情聴取を受けた。最初は彼らの意図を理解できなかった。
「事件当日にあんたが万弥ちゃんを見た時間と、菅家の言う犯行時間が違うんだよ」。そのうち、新泉さんにも、警察が調書を取り直したいということが意図だということが呑み込めた。「自分が見た時間が正しい」ということは、菅家という人が嘘をついていることにある。それで、警察は自分の調書の取り直そうとしている。すなわち、警察による犯人のでっち上げだと・・。
恐ろしい事実を直感した新泉さんは、冤罪づくりに加担したくない。抗いたいと思った。しかし、徒ならぬ威圧感のある刑事が机を挟んで目の前に座っている。
新泉さんが黙り込んでいたためか、刑事の1人が勝手に作文を始めた。新泉さんの面前で「まるっきり見ていませんでした。私の勘違いでした」「万弥ちゃんを見たのは失踪の1週間ほど前でした」などと話し、もう1人の書き取り役がそれを調書にしていった。自分の記憶ではないが、他人の口からさも自分の記憶のように出てくるのを、新泉さんは椅子に座ってただ聞いている事しかできなかった。
「作文」を読み上げた刑事が、内容に間違いないか確認を求めた。調書作成を断ったら、刑事たちに何をされるかわからない。事件に巻き込まれるのも嫌だし、これ以上関わりたくない……。もうええや。そう思った新泉さんは、刑事に求められるまま取り直した調書に署名し、拇印を押した。
連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】鑑定漂流ーdna型鑑定独占は冤罪の罠ー(/
(梶山天)
〇ISF主催トーク茶話会③(2022年2月26日):鳥越俊太郎さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。