【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(2)―新たな戦争エスカレーションに向かうバイデン政権の妄動―

成澤宗男

米国のジョー・バイデン大統領は2023年1月30日、記者団からウクライナが求めている戦闘爆撃機F‐16を供与するのかという質問に対し、「ノー」とだけ回答した。このため前項で触れたNATOの主力戦車の供与決定直後から、F‐16などの新たな兵器の入手を期待したウクライナ側を失望させる結果になったとされる。

A news headline reading “military aid” in Japanese

 

だが、米国の政治問題インターネットサイト「POLITICO」は同日付の記事で、「大統領の『ノー』が『決して』なのか、『今ではない』という意味なのかも不明」であると指摘すると共に、「ある政府関係者」の「F‐16について真剣なハイレベルでの話し合いは行なわれていない」(注1)というコメントを引用している。現時点で、必ずしも確定した決定ではない可能性がある。

ウクライナの要求で、米国が供与する可能性が指摘されているF-16戦闘爆撃機。

 

F‐16はF‐15戦闘機と共に数的に米空軍の主力を構成し、もしその高い戦闘力が十分に発揮されれば、ウクライナ軍が制空権を握るのも不可能ではないかもしれない。一方でバイデン大統領の「ノー」は、「クレムリン(ロシア政府)がF‐16をロシア国内の標的への攻撃に使用できると主張し、モスクワが戦争を大幅にエスカレートさせたと容易に解釈されることを懸念した」(注2)ためと見なされている。

だが、米国やNATO加盟諸国にロシア側がどう「解釈」するかを「懸念」するような姿勢が最初からあれば、ウクライナの戦争は起こり得なかったはずだ。

F‐16に関しても、こうした「エスカレート」への「懸念」が歯止めになる見込みは薄い。実際、ウクライナ空軍報道官のユーリ・イグナト大佐は2022年11月、「十分な英語力を持つ少なくとも30人のパイロットが選抜され、訓練を受けるために地上職員や整備員と共に、いつでも米国に渡航できる状態にある」(注3)と述べている。

現在まで米国内で「訓練」が実施されているという確実な情報はないが、ウクライナ側は例によって200機を揃えた「戦術航空5個旅団を創設し、軍事的飛躍を遂げる」(注4)という意向を示している。

戦車と同様、そのために不可欠な人員の訓練や整備、兵站が、現実の戦局と関連した時間的制約に照らしてどこまで実現可能かという課題を無視した、過剰な願望の域を超えていない。

それでも機数は別にして戦車と同様、ウクライナ側の要求が実現する確率は低くないように思われる。なぜならバイデン政権はこの間、より高度な兵器の供与にあたり、当初に表明した「ノー」あるいは慎重姿勢が、最終的に覆されるというパターンを繰り返しているからだ。

GLSDB供与はクリミア攻撃のためか

例えばバイデン政権は1月末、ウクライナに対する約22億ドルの新たな兵器供与パッケージを発表した。その中で最も注目されているのは、ウクライナが使用中の「高機動ロケット砲システム」(HIMARS)から発射される地対地ミサイルGMLRSの約2倍の150㎞の射程距離がある、「地上発射小口径爆弾」(GLSDB)だ。これがウクライナ側に配備されると、ロシア国内への攻撃能力が格段に高まる。

クリミア攻撃に使用か。米国が最近供与した長距離攻撃を可能にするGLSDB。

 

当然、「長距離兵器を送ることはモスクワを刺激する危険があり……援助がエスカレートするたびに米国とロシアは直接的な衝突に近づいており、それは核戦争に発展する可能性がある」(注5)という指摘は誇張ではない。

しかもGLSDBの供与は、「2022年5月にバイデン大統領が表明した『ウクライナの国境を越えた攻撃を奨励したり可能にしたりしない』という約束と、『ロシアを攻撃するロケットシステムはウクライナへ送るつもりはない』という宣言を否定することになる」(注6)という批判を免れないはずだ。

こうしたバイデン政権の「約束」の「否定」は、既述のM1戦車やHIMARSはもとより、 携帯式防空ミサイルシステム・スティンガー、155㎜榴弾砲M777等々、事例は少なくない。当然ながら、今回のバイデン大統領によるF‐16の「ノー」だけは、この事例から漏れるという確率は低いだろう。

GLSDBなどの地対地ミサイル、ロケットを発射するHIMARS。米国がウクライナ軍に当初の拒否姿勢を崩して供与。

 

加えて、実際にGLSDBが供与されたことは、より破局的結果をもたらす別の「否定」に直結している可能性がある。これまで何度かバイデン大統領が繰り返してきた、「我々はウクライナでロシアと戦争することはない。NATOとロシアの直接的な衝突は第三次世界大戦であり、我々はそれを防ぐ努力をしなければならない」(2022年3月11日。注7)という「約束」の「否定」についてだ。

国防総省スポークスマンのパット・ライダー氏は2023年2月3日、「(GLSDB供与で)ウクライナはより長距離の射撃力を持つことになり、国家を防衛し、ロシア占領地の主権領土を取り戻すための作戦を実施できるようになる」(注8)と発言している。

ライダー氏が言う「ロシア占領地」とは、特にクリミア半島を指しているように思える。なぜならその約半月前に、『ニューヨーク・タイムズ』紙が同年1月18日付で以下のように報じているからだ。

「バイデン政権はロシアのウクライナ侵攻以来、ロシアが破壊的な攻撃を仕掛けている拠点としてきたクリミア半島を狙うための必要な兵器をキエフに提供することを拒否し、強硬路線を貫いてきた。しかしその路線は今、軟化し始めている。

バイデン政権はウクライナ政府関係者との数カ月にわたる話し合いの後、遂にキエフがロシアの聖域を攻撃する力を必要とするかもしれない点を認めた。……クリミアを標的にすることも含めて、ウクライナが攻撃に転じるための米国の直接的支援をキエフに提供することに近づいたのだ」。

こうした同政権の転換は、「ウクライナ軍が、クリミアの支配を脅かすことができるとロシアに示せれば、今後の交渉でキエフの立場を強化できると考えるようになった」という背景があるらしい。

だからこそ「クリミアを標的にして危険にさらすしかない」(注9)との結論となり、「クリミア半島を狙うために必要な兵器」で、「ロシア占領地の主権領土を取り戻すための作戦」を可能にせしめる兵器として、GLSDBの供与があるのは間違いない。

高まる戦争長期化のリスク

米国務省はこの記事について少なくとも否定はしておらず、内容が正確さを欠いていないのであれば、繰り返すようにGLSDBの供与が「第三次世界大戦を防ぐ」という「約束」の「否定」を結果しかねない。なぜなら「クリミアを標的にして危険にさらす」ということは、米露の直接対決を招く可能性を格段に高めるからだ。

ロシア安全保障会議のドミートリー・メドヴェージェフ副議長は2022年7月16日、「(クリミアに対する)外部からの攻撃は、『審判の日』の対応を促すだろう」(注10)と警告したが、この「審判の日」とは核による報復を示す。

実際、「ウクライナがロシアのクリミア支配を脅かした場合、プーチン大統領は戦場でウクライナ軍に対する限定的な核攻撃を命じる可能性は十分にある」(注11)という指摘は、これまでいくつか見受けられる。

言うまでもなく、それだけロシアにとってクリミアは死活的な戦略的要衝だからだ。特にクリミアのセバストポリを拠点とする黒海艦隊は、ロシアの地中海から大西洋、そして中東、アフリカのプレゼンスにとって不可欠な役割を果たしている。また2022年2月以降のロシアの「特別軍事作戦」において、ウクライナ南部を攻略する上で重要な出撃拠点となった。

逆にウクライナにとっては「クリミアは重要な攻撃目標であり、そこにあるロシアの基地に軍事的圧力をかけ続けることが、彼らの戦略の重要な部分であると主張してきた」(注12)のも事実だ。

だがそれでもGLSDBが使用されるだろう「クリミア半島を狙う」作戦が危険極まりないのみならず、そのような作戦で「今後の交渉でキエフの立場を強化できる」などという発想は荒唐無稽でしかない。仮にクリミアとロシアを結ぶ陸橋のザポリジャー州に攻勢をかけることができれば、ロシアにとって脅威だろうが、それが「交渉」でのウクライナの立場を「強化」することにつながる保証などない。

ロシアが「交渉」に臨むとしたら、現時点ではウクライナの降伏申し入れ以外のケースはまず想定し難い。逆にクリミアを攻撃すればロシア側が反撃を強化して戦争のさらなる長期化と、米軍やNATOがロシア軍と直接衝突するリスクを高めるだけの結果しかもたらさないだろう。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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