【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

「裁かれるは善人のみ」というロシアの現実:ロシアの権力構造をめぐって

塩原俊彦

フルガル元ハバロフスク地方知事の発言

2023年2月1日の裁判で、陪審員や裁判長に向けた最後の発言のなかで、「裁判長、私が知事になった途端、もしあることをしなければ刑務所に行くことになると警告されたと言うことを誰も禁じていない。これらの行動は、裏切りを狙ったものだった。そして、私は裏切らなかった」と述べたという。

これが意味するのは、知事に対してさえ「上」からの厳しい脅しがあり、それに従わなければ、まさにフルガル元ハバロフスク地方知事のように刑務所行きになるという現実があるということだ。

フルガル元ハバロフスク地方知事自身は「善人」と呼べるかどうか微妙だ。それでも、ともかく「リヴァイアサン」たるプーチン大統領の意向に沿わなければ、裁かれるというのがロシアのいまの現実なのだ。こうした一種の恐怖政治こそプーチン支配の構造となっているのである。

Moscow, Russia – October 31, 2014: Russian president Vladimir Putin pictured on T-Shirts in a Muscovite Retail store.

 

ちょうどわかりやすい例がある。フィリンピンの収容所にいながら、いわゆる「闇バイト」に応募してきた人に強盗や「オレオレ詐欺」を強要した手口とプーチン大統領のやり口がよく似ているのだ。

ごく普通に暮らしていても、その人が属する地域や組織の「掟」に従湧ければ、暴力や投獄を材料に脅される。闇バイトに応募した人たちは、素性を知られて、家族への迷惑を恐れて、従わざるをえなくなる。同じように、その場所で家族が平穏に生活していくには、どんなことであっても抵抗することが難しい。

そうしなければ、家族が襲われかねない。反抗すれば、裁かれるかもしれないし、殺される場合もあるだろう。そして、証言台に立つ人々はみな、「嘘」を強要される。他方で、陪審員はこの「嘘」を信じて体制側たる検察の主張に従うことを強いられる。こうして、プーチン大統領を頂点とする権力作用が末端まで着実に作用することが可能なのである。

プーチン支配の瓦解は困難

こうしたプーチン支配の権力構造は簡単には瓦解しないだろう。ゆえに、安易にプーチン打破を唱える人々の主張には、根拠があるとは思えない。

A news headline that reads “power concentration” in Japanese.

 

もちろん、プーチン大統領が死ねば、この支配構造は瓦解するが、末端にまでいきわたっている「チェーカー」(ソ連時代の秘密警察およびその「遺伝子」を受け継ぐ諜報機関)を中心とする支配ネットワークが瞬時に解消するとは考えにくい。

裁判官、検察官、一部の弁護士といった司法関係者の多くがこのネットワークに含まれている。国営企業はもちろん、大学などの組織もこのネットワーク傘下に置かれている。そう簡単に、「チェーカー」の呪縛から逃れることはできないだろう。

ロシアを本当の意味で変革するには、長い時間を必要とするだろう(実は、ウクライナにおいて腐敗が蔓延し、その改革がなかなか進まない最大の理由は、ソ連時代に構築された「チェーカー」に基づくネットワークの強靭さにある)。

こんなことに気付かないまま、ロシアを戦争という暴力で叩き潰そうという勢力は、ここで説明したようなプーチン支配の内実を知っているのだろうか。私の知る限り、深いところでロシアの本質まで理解している「専門家」が欧米諸国にいるとは思えない。日本にも。

 

ISF主催トーク茶話会③(2022年2月26日):鳥越俊太郎さんを囲んでのトーク茶話会のご案内 

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。

https://isfweb.org/recommended/page-4879/

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。

ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」の動画を作成しました!

1 2
塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ