第12回 足利事件など自白させられた3事件の調べを警察、検察が録音
メディア批評&事件検証捜査機関の取り調べでの可視化の歴史が塗り替えられた。1990年5月に発生した足利事件の犯人として91年12月2日に逮捕された菅家利和さん(当時45)。同事件で起訴される前日の同年12月20日に、79年8月に発生した福島万弥ちゃん(5)、84年11月の長谷部有美ちゃん(5)の2件の未解決事件も自供させられた。
足利事件以外の2件の未解決事件については順次、再逮捕と書類送検が行われた。だが、嫌疑不十分として最終的に宇都宮地検が一括して不起訴処分にしたのは、宇都宮地裁で足利事件の第7回公判を終えた後の93年2月だった。
この間に驚くべきことが起きていた。警察、検察がカセットテープで菅家さんの取り調べを録音していたのだ。その数は警察3本、検察12本の計15本で秘かに捜査機関の倉庫に保管されていた。
日本弁護士連合会(日弁連)などによると、捜査機関の可視化は検察当局などが2009年5月から始まった裁判員裁判へ対応するために、06年8月から東京地検などで取り調べの一部の録音・録画を試行。08年4月から全国に拡大した。
ところが、警察、検察によって足利事件逮捕後から取り調べの状況が録音されているという事実が発覚した。足利事件に携わる弁護士たちはもとより全国の弁護士が驚きを隠せなかった。
しかも録音テープの存在が発覚したのは、筑波大学法医学教室の本田克也教授(弁護側)と大阪医科大学法医学教室の鈴木廣一教授(検察側)による「世紀のDNA型再鑑定」によって菅家さんの無実が明らかになり、東京高検が09年6月4日に突然、刑の執行を停止して菅家さんを千葉刑務所から釈放してから約2カ月後の同年8月11日のことだった。
09年8月11日付の朝日新聞朝刊1面と3面に、足利事件の犯人として菅家さんの逮捕後の調べや、未解決殺人事件の2事件の自供の信ぴょう性を吟味するために検察が約1年近く取り調べの様子を断続的にカセットテープ十数本に録音していたことがスクープとして報じられていた。
菅家さんを松田真実ちゃん(4)殺害で逮捕してから17年8カ月の歳月が経過していた。再審公判が開始される直前のことで、最高検は、宇都宮地検から保存記録を取り寄せるなどして足利事件の検証を始めていたが、取り調べを記録した録音テープの反訳作業に時間を費やしていることに朝日新聞の記者が気づいた。最高検は朝日新聞の報道を受けて、その日のうちに取り調べのテープの存在を認めた。
前回の連載でも説明したが、足利事件の前に発生した福島万弥ちゃん事件の発生当時に作成された、中華料理店「中央軒」店員の新泉祥さん(当時24)による万弥ちゃん目撃情報が菅家さんの犯行を否定するものだった。
菅家さんに万弥ちゃん殺害を謳わせた足利事件の捜査員たちにとって、新泉さんの万弥ちゃん目撃情報を記録した証言調書の存在がネックになっていた。
足利事件の捜査本部と宇都宮地検は新泉さんを呼び出して証言調書の内容を変更された。ところが、新泉さんに圧力をかけて白紙の調書にサインだけをさせて刑事たちが供述内容を捏造していたことが明らかになると、検察は起訴した足利事件の裁判にも影響しかねないことを恐れた。そのため、2件の未解決事件の起訴を断念するしかなかった。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。