【特集】日本の安保政策の大転換を問うー安保三文書問題を中心にー

「安保三文書」はこの国をどのように変えようとしているのか(前)

吉田敏浩

「安保三文書」は日本をアメリカに追従して戦争ができる国に改造しようとしている。そして、日本が戦争当事国となって甚大な被害を受ける危険を高めるとともに、戦争の加害者ともなって他国の人々を殺傷する過ちを繰り返しかねない道へと引きずり込む。

1.専守防衛を逸脱する軍事大国に向けた大軍拡

岸田文雄政権は2022年12月16日、「安保三文書」(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)を閣議決定した。

Japanese prime minister and national flag

 

「国家安全保障戦略」は、「専守防衛に徹し」て「他国に脅威を与えるような軍事大国」とはならないというが、それは大嘘である。「反撃能力」と言い換えてごまかしているが、実態は中国や北朝鮮の領土などに届く長射程ミサイルの配備を中心とする敵基地・敵国攻撃能力の保有を柱とし、専守防衛を逸脱する軍事大国化を目指すものだ。まさに「戦後の我が国の安全保障政策を実践面から大きく転換」させようとしている。

A news headline that says “enemy base” in Japanese

 

他国に脅威を与える長射程ミサイルなど攻撃性の高い兵器の保有は、憲法9条に違反している。これまで政府は国会答弁で、「誘導弾〔ミサイル〕等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」(1956年2月29日、衆議院内閣委員会、船田中防衛庁長官)としながらも、「平生から他国を攻撃する、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持つことは憲法の趣旨ではない」(1959年3月19日、衆議院内閣委員会、伊能繁次郎防衛庁長官)として、敵基地攻撃能力は保有しない方針を採ってきた。

それを岸田政権は国会での議論を抜きに閣議決定で一方的に覆したのである。立憲主義を無視する手法で、安倍政権による集団的自衛権の行使容認の閣議決定から続く政府・自民党の悪弊だ。

この大軍拡のために2023年度~27年度の5年間の防衛費(軍事費)を計43兆円程度(現行の計画の約1.5倍)に増額する。予算水準が国内総生産(GDP)の2%に達するようにするという。

Wooden blocks with “boeihi” text of concept, pens, notebooks, and books.

 

ストックホルム国際研究所(SIPRI)の世界の軍事費に関する資料によると、2021年の時点ですでに日本はアメリカ、中国、インド、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、サウジアラビアに次いで第9位の軍事費大国である。

それをGDP比2%以上に倍増すれば、アメリカ、中国に次ぐ世界第3位の軍事費超大国へと膨張してしまう。

この対GDP比2%という数字は、元々トランプ前政権時代にアメリカ政府がNATO(北大西洋条約機構)に対し、軍事同盟の加盟各国の負担増を求めた際に出てきたものだ。2020年には当時のエスパー国防長官が、NATOだけでなく日本など同盟国にも同様の要請をした。その方針をバイデン政権も受け継いでいる。

岸田首相は2022年5月、バイデン大統領との日米首脳会談で、「日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する」と、軍事力強化の意向を明らかにした。「国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する」とし、その選択肢に、「反撃能力」(敵基地・敵国攻撃能力)も含まれると認めた。

大軍拡の「安保三文書」が作られた背景には、このようなアメリカの要求と、それに呼応して、第二次安倍政権以来、右派政治家の主導で軍事大国を目指す自民党内・政府内の思惑がある。バイデン政権も「安保三文書」を大歓迎している。

2.集団的自衛権の行使に実効性を持たせる大軍拡

安保法制(戦争法制、2015年)では、これまで違憲とされてきた集団的自衛権の行使を、安倍政権が強引な閣議決定(2014年)による解釈改憲で容認し、自衛隊が米軍に付き従って戦争ができる法制度を整えた。

しかし、アメリカの対中国封じ込め・攻撃戦略の一環を実効的に担える軍事力(長射程ミサイルなどによる敵基地・敵国攻撃能力)を、自衛隊はまだ備えていない。そこで、「安保三文書」で敵基地・敵国攻撃能力の保有を決めたのである。

5年後までに、国産の12式地対艦ミサイルの射程を約200キロから約1,000キロに延ばし、地上発射型だけでなく艦艇や戦闘機からも発射できるよう改良する。実質的に対地攻撃に使えるようになる。アメリカ製の射程約1,600キロでイージス艦や潜水艦などから発射でき、米軍が先制攻撃によく使う巡航ミサイル「トマホーク」も輸入して配備する。

10年後までに、国産の島嶼防衛用高速滑空弾(ミサイル、射程2,000~3,000キロの能力向上型)と音速の5倍以上で飛ぶ極超音速誘導弾(ミサイル、射程2,000~3,000キロ)を開発して配備する。これらを運用する長射程誘導弾部隊も新設する。

3d illustration of a hypersonic missile

 

なお自衛隊は敵基地・敵国攻撃能力を持つ兵器の導入をすでに進めてきた。ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」「かが」を、事実上の空母とする改修とF35Bステルス戦闘機(短距離離陸・垂直離着陸機)の導入である。

Kanagawa, Japan – August 21, 2021:Japan Maritime Self-Defense Force JS Izumo (DDH-183), Izumo-class helicopter destroyer.

 

Yamaguchi, Japan – March 21, 2017:United States Marine Corps (USMC) Lockheed Martin F-35B Lightning II belonging to the VMFA-121 “Green Knights” taking off from the MCAS Iwakuni.

 

F35戦闘機やF15戦闘機に搭載する長距離ミサイル(射程約500キロのノルウェー製の空対艦・空対地ミサイル、射程約900キロのアメリカ製の空対地ミサイル)も導入する。

「国家安全保障戦略」では、「反撃能力」=敵基地・敵国攻撃能力による攻撃を、「相手の領域において」行うと曖昧に表現している。「相手の領域」とは敵国全体を意味する。敵基地だけでなく「指揮統制機能等」(自民党の安全保障調査会・政務調査会の提言)も含め、どこまでも攻撃対象の拡大解釈ができ、歯止めがなく、危険な方針だ。

A news headline that says “counterattack” in Japanese

 

「指揮統制機能等」への攻撃は、軍司令部や政府機関など、国家中枢にまで攻撃をエスカレートさせ、相手の反撃を呼び、全面戦争にいたる恐れが高い。都市部にある政府機関まで攻撃対象にすれば、当然、一般市民をも戦火に巻き込んでしまう。実態は敵国攻撃能力にほかならない。「安保三文書」は他国の人びとを殺傷する戦争の過ちを繰り返しかねない道に、日本を引きずり込む。

政府・自民党は、「相手側に明確に攻撃の意図があって、既に着手している状況」なら、相手のミサイル発射前でも攻撃可能との見解を表明している。「安保三文書」をめぐる自民党と公明党の与党協議では、「着手」されたかどうかは総合的に判断するという曖昧で恣意的な内容で合意された。「反撃能力」と都合よく言い換えているが、実態は日本が攻撃されていない段階でも、先制攻撃ができる。

しかも「国家安全保障戦略」では、日本が攻撃されていなくても、安保法制の「存立危機事態」(集団的自衛権の行使)の要件を満たせば、アメリカなど密接な関係にある他国への第三国からのミサイル発射準備など、「武力攻撃の着手」の時点で、攻撃は可能とされる。集団的自衛権の行使として、米軍とともに第三国に対し国際法違反の先制攻撃をすることもあり得る。その手段を長射程ミサイルなどの保有で日本は手に入れる。

浜田靖一防衛相は2023年2月6日の衆議院予算委員会で、集団的自衛権の行使として敵基地攻撃を行った場合、「事態の推移によっては他国からの武力攻撃が発生し、被害を及ぼす可能性がある」ことを認めている。まさに日本がアメリカの戦争に加担した結果、戦禍が日本に及ぶことも前提にした戦略を立てているのである。

「安保三文書」はまた、日米同盟の強化も謳っている。「国家安全保障戦略」では「日米間の運用の調整、相互運用性の向上、サイバー・宇宙分野等での協力深化、先端技術を取り込む装備・技術面での協力の推進、日米のより高度かつ実践的な共同訓練、共同の情報収集・警戒監視・偵察、日米の施設〔基地〕)の共同使用の増加」など、全面的な強化を掲げる。

さらに「国家防衛戦略」では、「我が国の反撃能力については、情報収集も含め、日米共同でその能力をより効果的に発揮する協力態勢を構築する」、「日米両国は戦略を整合させ、共に目標を優先付けることにより共同の能力を強化する」と、米軍と自衛隊のより緊密な一体性を目指すとしている。

注目すべきは、米軍が進める統合防空ミサイル防衛(IAMD)の導入である。これはミサイル迎撃と敵基地などへのミサイル攻撃を一体的に運用するもので、敵からのミサイル攻撃を未然に防ぐという名目での先制攻撃も含む。

これにより米軍と自衛隊の連携は一層強化される。日米間の情報共有も進むが、偵察衛星などの情報収集ネットワークを持つ米軍側が主導権を握るにちがいない。迎撃と攻撃の両面で米日軍事一体化が進む。

Vector image. World Wide Web. Satellites in orbit transmit a signal to the planet’s surface. Technological blue background. Planet Earth and outer space. Contours of continents and abstract lights.

 

陸・海・空自衛隊の部隊運用を一元的に指揮する『統合司令部』も新設される。「米軍との一体性を強化」し、「意思疎通と戦略の擦り合わせ」をするのが目的だという(『日本経済新聞』2022年10月30日朝刊)。米軍との共同作戦では、やはり情報収集力・分析力に長けた米軍の事実上の指揮下に自衛隊が入るとみられる。

敵からのミサイル攻撃を未然に防ぐとして、先制攻撃も含む統合防空ミサイル防衛に自衛隊も参加すると、集団的自衛権の行使において事実上、米軍の指揮下で自衛隊も長射程ミサイルでの敵基地・敵国への先制攻撃を行うことになりかねない。アメリカの戦争の片棒をかつぐことになる。そのアメリカ主導の戦争に日本が巻き込まれてしまう。

しかし、他国の軍隊の指揮下に自衛隊が組み込まれることは、明らかに日本の主権が侵害されることを意味し、国民主権を原理とする憲法にも違反する。

「我が国の安全保障政策を実践面から大きく転換」(「国家安全保障戦略」)の「実践面」とは、米軍のもとに統合された自衛隊の敵基地・敵国攻撃能力の保有により、集団的自衛権の行使に実効性を持たせることを意味する。アメリカが大歓迎するわけだ。

 

1 2
吉田敏浩 吉田敏浩

1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ