【特集】日本の安保政策の大転換を問うー安保三文書問題を中心にー

「安保三文書」はこの国をどのように変えようとしているのか(前)

吉田敏浩

3.日本全土に戦火が及び、破滅的な事態となる危険が増す

自衛隊は奄美大島、宮古島に地対艦・地対空ミサイル部隊を配備し、石垣島と沖縄本島にも配備を予定している。与那国島にも地対空ミサイル部隊を配備する方針である。今後、前述の各種の長射程ミサイルも配備されてゆくだろう。

「安保三文書」は自衛隊の南西諸島での基地建設・部隊増強いわゆる「南西シフト」を推し進める。民間空港・港湾の軍事利用も計画されている。

Anti air missile defense system set up and ready to launch in case of an attack.

 

対中国を念頭に「機動展開能力も強化」するため、有事に沖縄・奄美など南西諸島に部隊を「迅速かつ確実に輸送」できるよう、輸送船舶、輸送機、輸送車両(コンテナトレーラー)、港湾での荷役器材(大型クレーン、大型フォークリフト等)の取得など、輸送・補給能力を向上させる。さらに、戦闘継続の能力も高めるために、「各種弾薬の取得」、「火薬庫の確保」(増設)、「主要司令部等の地下化」なども進める。

米軍と自衛隊は大規模な共同訓練・演習を重ねている。米軍と自衛隊の基地の共同使用もより進められる。

共同通信がスクープして各地方紙に配信した記事「南西諸島 米軍臨時拠点に 台湾有事で共同作戦計画 住民巻き添えリスクも」(『河北新報』2021年12月24日朝刊)によると、米海兵隊は台湾有事を想定して、沖縄県と鹿児島県にまたがる南西諸島の有人島、無人島合わせて200弱のうち約40ヵ所に、臨時の軍事拠点を設け、対艦ミサイル部隊を配備する計画である。対中国の小規模部隊の分散展開を主眼とする海兵隊の「遠征前方基地作戦」によるもので、そのために海兵沿岸連隊を創設する。台湾有事を想定した日米共同作戦計画も作られている。

この日米共同作戦計画においても、自衛隊は事実上、米軍の指揮下に入るとみられる。バイデン大統領は台湾有事が起きた場合、アメリカが軍事介入し、中国と戦うことを示唆する発言を繰り返している。仮に中国と台湾の武力衝突が起き、台湾有事となれば、米軍は在日米軍基地をフル活用して軍事介入するだろう。

日本政府は安保法制(戦争法制)の重要影響事態法(「そのまま放置すれば、わが国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等、わが国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」への対処)に基づき、米軍への輸送・補給などの支援をしたり、武力攻撃・存立危機事態法(「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」への対処)に基づき、集団的自衛権を行使したりするだろう。また、自衛隊法に基づく、米軍部隊の武器等防護(軍艦や軍用機の防護)として武力行使もするだろう。

つまり自衛隊が米軍に協力して戦闘をすることになる。日本が戦争当事国になる。そのような危険性を「安保三文書」による軍事同盟強化と大軍拡はもたらす。

台湾有事となり、米軍が在日米軍基地から軍事介入し、自衛隊も米軍に協力すれば米軍基地や自衛隊基地は当然、中国側からミサイルなどで反撃を受ける。被害は基地以外の場所にも広く及ぶ。沖縄はじめ日本が戦場となってしまう。

原発がミサイル攻撃されたら壊滅的な事態となる。それなのに、岸田政権は原発の運転期間延長、新増設をも含む原発回帰の政策を進めている。台湾有事の危機を煽る姿勢とは矛盾する。

戦場となって深刻な被害を受けるのは日本で、アメリカ本土までが戦場となる可能性は低い。中国も核戦争につながるアメリカ本土攻撃は控えるはずだから。結局、日本がアメリカの戦略の捨て石のように利用され、大きな犠牲を強いられることになる。「安保三文書」から浮き彫りになる悪夢の戦争シナリオである。

4.軍事力一辺倒では戦争を誘発するリスクが高まる

自衛隊は軍事組織として作戦遂行を最優先し、有事すなわち戦時の住民避難、住民保護の方策は立てていない。それは自治体が担うとされる。「安保三文書」は「国民保護のための体制強化」を謳うが、たとえば沖縄県だけでも人口は約146万人だ。南西諸島の多くの島々に住む人びとを、いったいどうやって避難させようというのか。そのための十分な船や飛行機の手配は、現実的には不可能である。

戦争が起きた場合の住民の犠牲は想定済みで軍事作戦は作られる。「基地の存在が戦争を招く」、「軍隊は住民を守らない、軍は軍そのものを最優先させる」、「戦争で最も犠牲を強いられるのは民間人」、「それが沖縄戦の痛ましい犠牲を通じて県民が学んだ歴史の教訓」という沖縄戦体験者の言葉を、あらためてかみしめたい。

「安保三文書」が謳う、抑止力向上のための「反撃能力」(敵基地・敵国攻撃能力)の保有という美辞麗句に騙されてはならない。

「国家安全保障戦略」は中国の動向を、「我が国と国際社会の深刻な懸念事項」で、安全保障面などにおける「最大の戦略的な挑戦」と、一方的に敵視している。これは世界的な覇権を維持しようとして中国封じ込めを図るアメリカの視点に同調し、「国際社会」=アメリカとの思い込みから来ているのだろう。米中対立に巻き込まれないようバランスをとろうとするASEAN諸国と比べて、主体性を欠いた外交姿勢である。

東アジアでの平和的共存を目指し、緊張緩和と信頼醸成を図る外交努力による安全保障の道に目を閉ざす、軍事・抑止力偏重の発想が「安保三文書」の根底にある。

「国家安全保障戦略」は安全保障における外交の重要性を掲げながらも、「抜本的に強化される防衛力は、我が国に望ましい安全保障環境を能動的に創出するための外交の地歩を固める」という表現で、強大な軍事力を背景・担保とした外交を目指していることを示す。

アメリカのような威圧的な「力の外交」、砲艦外交もできるようにしたいというのか。アメリカという虎の威を借りながら。しかし、そのような外交姿勢は平和主義を原理とする日本国憲法にそぐわない。

「台湾有事は日本有事」と危機感を煽る側は、「中国の脅威」に対する抑止力として「反撃能力」=敵基地・敵国攻撃能力を保有すべきと主張する。抑止力の向上。それは常に軍拡の理由づけに持ち出される。「安保三文書」もこのような理屈を声高に唱える。

しかし、抑止のためと称してこちらが軍拡を進め、強力な兵器体系を築こうとすれば、仮想敵国とされた相手側はそれを脅威と見なし、対抗して抑止力の向上を唱え、軍拡を進めることになる。相互に抑止を掲げながら脅威を与え合い、それぞれ対抗のために軍拡を競う。その結果、緊張と対立が煽られる。抑止どころか、かえって戦争を誘発するリスクが高まる。

このような状況を「安全保障のジレンマ」という。このまま「反撃能力」=敵基地・敵国攻撃能力の保有へと突っ走るなら、間違いなく日本はこのジレンマに陥ってしまう。

Jet military aircraft in formation flight.

 

「台湾有事は日本の有事」と短絡的に考える軍事力一辺倒で、軍拡競争と緊張・対立がエスカレートしたあげく戦火を誘発し、沖縄など南西諸島はじめ日本全土がミサイル戦争の戦場と化すリスクも高まる。

「安保三文書」はこの「安全保障のジレンマ」をもたらすだろう。これではまるで国民・市民の生命を賭け金にして、抑止力向上という際限のない、しかも確かな保証もない、いわばギャンブルに打って出るようなものではないか。「安全保障のジレンマ」に陥って戦争を誘発しかねない、危険な火遊びをしようとするのが、「安保三文書」の本質である。

そもそも軍事力・経済力で日本を上回り、しかも核保有国でもある大国、中国を相手に、どれだけ軍事力を保有すれば、十分な抑止力が得られるというのだろうか。軍拡による抑止力強化の発想一辺倒では、究極的には核兵器の保有(アメリカがそこまで認めるとは思えないが)にまでエスカレートしかねない。

「安保三文書」の大軍拡は、途方もない軍事費の膨張を招く。はたしてそれに耐えうる経済力・国力が日本にあるのか。国家財政を圧迫し、増税、社会保障費や教育費の削減などの負担が待ち受ける。国債も乱発され、政府の借金の増加、すなわち財政赤字と日銀財務のさらなる悪化を招く。国民・市民の生活に重い負担、悪影響が及ぶ。

News headlines labeled “deficit”

 

5.「安保三文書」の背後にアメリカの武器輸出・軍産複合体の利益

為政者は、戦争で死傷者が出ると、自国の防衛や国益のための「やむをえない犠牲である」といった表現を使って、戦争を正当化しようとする。しかし、この「やむをえない犠牲」論を容認してはならない。

「やむをえない犠牲」論の背後には、戦争で利益を得る政治家・軍人・官僚・企業が一体となった構造がある。

対中国の軍事同盟強化と軍拡は、当然、中国側との軍拡競争を招くことになる。それはアメリカの軍産複合体にとっても利益につながるので、望むところだろう。米軍や自衛隊という軍事組織にとっても、自らの存在意義をアピールでき、組織の維持・拡大につながる好機でもあろう。米軍の高官が確たる根拠もなしに、「中国の台湾侵攻は6年以内に起こり得る」などとアメリカの議会で発言したりして、危機を煽っている。

China Taiwan Conflict Boxing Gloves Trade War Sanction Blockade Tension Relationship

 

しかし、中国の台湾侵攻は、台湾が独立を宣言した場合に起こり得る可能性はあるが、台湾侵攻によって起きる戦争が、台湾に甚大な被害をもたらすことは台湾政府も台湾社会もよくわかっているはずなので、実際に独立を宣言するような事態にいたる可能性は低いだろう。

台湾経済にとっても、中国は貿易や投資や合弁事業などの相手として、また市場としても重要な位置を占めている。台湾政府も現状維持の方針を示している。アメリカ政府も台湾独立までは支持しないと表明している。

2022年10月に台湾の行政部門「大陸委員会」がおこなった世論調査では、中国と台湾の関係において現状維持を望む人の割合が、86.3%にも上っている。台湾の民意は現状維持派が大多数を占めている(『朝日新聞』2023年1月16日朝刊)。

中国も武力行使は台湾が独立を宣言した場合に限ることを明らかにしている。中国にとっても台湾有事となり、戦争をすることになれば、国際的な経済制裁や貿易の不調などに見舞われる。戦火による自国の被害も経済にダメージを与える。

中国共産党はその統治下で国民に経済成長の恩恵・豊かさをもたらすことを、一党支配の正当化に用いている面がある。戦争による経済への悪影響は避けたいはずだ。

また、実際に台湾海峡を渡る上陸作戦をして、台湾を占領することは軍事的に困難で、成功する確証はない。軍事的失敗をしたら取りかえしのつかない大失態となる。

中国共産党は抗日戦争、国民党との内戦を勝ち抜き、冷戦時代はアメリカやソ連と軍事的に対峙してきたことを、党の大きな功績と位置づけている。したがって、台湾に対する軍事作戦に失敗したら、党の威信は大きく傷つき、国内での一党支配の正当性が土台から揺らいでしまう。中国共産党・政府はできればそのようなリスクは避けたいはずだ。

ただし、対立が煽られ、軍拡競争が拡大するなかで、偶発的な軍事衝突事件から戦争の火がつくおそれはある。

アメリカでは軍隊と軍需産業が結びついた軍産複合体が政治を動かし、膨大な軍事予算を獲得して武器を生産している。それら大量の武器は米軍による調達とともに、世界各国に輸出されて利益を生み出す。

アメリカはたとえばイラク戦争を引き起こしたように、常に世界各地での対立と戦争を必要とし、意図的に脅威や危機を煽って、武器輸出で利益を得る軍産複合体中心の“戦争中毒国家”とも呼ばれる。米軍やアメリカ政府の元高官が軍需産業に天下りして幹部になり、その後また政府の要職につくケースもみられる。

軍産複合体の利益を重視するアメリカにとって、武器輸出で儲けるためには、東アジアで緊張・対立が続けば続くほど都合がいい。対中国封じ込めの日米軍事同盟の強化は、日本に武器を売りつけるチャンスでもある。

米軍にとってもみずからの存在意義をアピールでき、組織の維持・拡大につながる好機でもある。日本の「防衛産業」と呼ばれる兵器産業も利益を得る。自衛隊もまた組織の存在意義を高める機会ともなる。

すでに日本は第二次安倍政権時から、アメリカ製武器の大量輸入を続けている。しかもその仕組みはアメリカ政府の「対外有償軍事援助」(FMS)と呼ばれ、アメリカ側が価格も納期も決める。アメリカ側にきわめて有利な武器輸出の方式である。大量の高価な武器輸出で、軍需産業は莫大な利益を得る。

「安保三文書」の背後には、アメリカの軍産複合体の利益がある。その利益のために、軍産複合体が日本を戦争のできる国家体制へと改造しようとしているともいえる。

 

◎「「安保三文書」はこの国をどのように変えようとしているのか(後)」は2月28日に掲載いたします。

「安保三文書」はこの国をどのように変えようとしているのか(後) 

 

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吉田敏浩 吉田敏浩

1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。

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