「安保三文書」はこの国をどのように変えようとしているのか(後)
安保・基地問題9.秘密保全=情報隠蔽体制の強化と国民・市民監視
「国家安全保障戦略」は、「安全保障上の重要な情報の漏洩を防ぐために、官民の情報保全に取り組む」と謳っている。
学術・科学技術の軍事利用の拡大とともに、軍事研究に関わる人たちへの秘密保全義務も厳格化されるだろう。「国家安全保障戦略」は「経済安全保障分野における新たなセキュリティ・クリアランス制度の創設の検討」など、「情報保全のための体制の更なる強化を図る」としている。
それを受けて政府は、「先端技術を扱う民間人」について、機密情報を扱うのに適しているかどうかを身辺調査にもとづいて判断するセキュリティ・クリアランス、すなわち適性評価の対象に加えるかどうかの検討を始める(『朝日新聞』2023年2月15日朝刊)。
この適性評価の身辺調査はすでに特定秘密保護法に基づき、「特定秘密」を取り扱う防衛省・自衛隊、外務省、警察庁、内閣官房などの国家公務員や、防衛産業の契約業者などに対しておこなわれている。
「特定秘密」を取り扱う者は、特定有害活動(スパイ行為など)やテロ活動との関係(家族と同居人の氏名・生年月日・住所・国籍を含む)、犯罪・懲戒歴、経済的状況、薬物の濫用・影響、飲酒の節度、精神疾患などの事項に関する個人情報を、本人の同意のうえで調査される。この適性評価をクリアした者だけが「特定秘密」を扱う資格を持つ。
特定秘密保護法では、①防衛、②外交、③特定有害活動(スパイ行為など)防止、④テロ防止の4分野で、漏洩すると国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあり、特に秘匿を要する情報を、行政機関の長が「特定秘密」と指定する。それを漏らした国家公務員や契約業者や都道府県の警察職員らに対する、最長で懲役10年の罰則が設けられている。
このような特定秘密保護法などすでにある制度に加えて、「安保三文書」に基づく秘密保全=情報隠蔽体制が強化されることになるだろう。政府はますます情報公開に後ろ向きになっていくにちがいない。
「国家安全保障戦略」は、情報収集衛星の機能拡充、電波情報収集(傍受)の強化、人的情報(諜報機関員による情報収集)など、政府の情報収集能力の強化も掲げている。その中心となる防衛省の諜報機関、情報本部の体制の強化が、「防衛力整備計画」に盛り込まれている。
「国家安全保障戦略」には、「自衛隊、米軍等の円滑な活動の確保」のために、「民間施設等によって自衛隊の施設や活動に否定的な影響が及ばないようにするための措置をとる」とある。これは土地利用規制法を念頭においたものだ。
土地利用規制法は、自衛隊や米軍の基地周辺の約1キロ以内の土地・建物の所有者や利用者を政府機関が調査し、基地の機能を阻害するか、その明らかなおそれがあると判断した場合、土地・建物の利用中止の勧告や命令をし、従わなければ、懲役を含む刑事罰を科されると定めている。
しかし、具体的に何が機能を阻害する行為なのか、法律の条文に明記されておらず、曖昧なままである。基地反対運動や基地監視活動などが恣意的に「機能阻害行為」と、政府当局によって判断されかねない。
土地利用規制法の運用に伴い住民の個人情報が収集され、「機能阻害行為」をしているのではないかと一方的に疑われ、場合によっては監視の対象ともされかねない。プライバシーの権利や思想・良心の自由などの侵害につながるおそれも高い。
このように「安保三文書」によって国民・市民監視も強まってゆくと危惧される。
10.臨戦意識・国防精神・愛国心を社会に浸透
「国家安全保障戦略」はまた、「国民保護体制の強化」を掲げて、「弾道ミサイルを想定した避難行動に関する周知・啓発」活動、「住民避難等の各種訓練」の実施の推進も謳っている。
さらに「国家安全保障戦略」は、「本戦略の内容と実施について国民の理解と協力を得て、国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を政府が整えることが不可欠である」と唱える。それを受けて「防衛力整備計画」は、「日頃から防衛省・自衛隊の政策や活動、在日米軍の役割に関する積極的な広報」を行うとしている
「防衛力整備計画」では、「国民が安全保障政策に関する知識や情報を正確に認識できる」よう、「教育機関等への講師派遣」など「安全保障教育」(国防教育)の推進を掲げている。安全保障政策の情報発信でのSNSの「一層の活用」も謳っている。「国家安全保障戦略」でも、「我が国と郷土を愛する心を養う」取り組みなどを進めるとしている。
これらの取り組みには、国民・市民の間に危機感、臨戦意識、国防精神、愛国心などを浸透させてゆく狙いがあるのではないか。心の動員・精神動員も視野に入れているのだろう。
そのために、共同通信配信の記事「防衛省世論誘導研究着手」(2022年12月)にあるように、AI技術を用い交流サイト(SNS)を通じて、防衛省・自衛隊に有利な情報が流布するよう仕向け、防衛政策への支持拡大、有事での特定国への敵対心の醸成、国民の反戦・厭戦気運の払拭など、世論誘導、世論操作の工作も企てているとみられる。
「国家安全保障戦略」には、安全保障のための「戦略的コミュニケーションを関係省庁の連携を図った形で積極的に実施する」とも書かれており、こうした世論誘導、世論操作もこの「戦略的コミュニケーション」の一環なのではなかろうか。
「国家安全保障戦略」は、「サプライチェーン強靭化について、特定国への過度な依存を低下させる」など、「経済安保」の推進も謳っている。「特定国」とは中国を想定したもので、アメリカによる対中国経済封じ込めの戦略に従う方針である。
しかし、日本にとって最大の貿易相手国である中国を敵視する方向では、日本経済にとってマイナスではないだろうか。経済面でも軍事優先の発想が力を持つ「安保三文書」の特徴が表れている。
「国家防衛戦略」も「防衛力整備計画」も、自衛隊が「能力を十分に発揮」するためには、防衛省・自衛隊の「宇宙・サイバー・電磁波領域を含め、戦略的・機動的な防衛政策の企画立案」の機能を「抜本的に強化」すべきだとしている。政府の政策立案に対する影響力の拡大も目指しているのであろう。ここにも軍事優先の発想が透けて見える。
11.緊急事態条項の新設と憲法9条への自衛隊明記の改憲案
2023年1月の日米安全保障協議委員会(外相・防衛相+国務長官・国防長官、2プラス2)と岸田首相・バイデン大統領の日米首脳会談では、「安保三文書」を受けて、「反撃能力」(敵基地・敵国攻撃能力)の「効果的な運用に向けて、日米間の協力を深化させる」、「同盟におけるより効果的な指揮・統制関係を検討する」、「南西諸島地域における施設の共同使用の拡大、共同演習・訓練を増加させる」などと合意した。
米日軍事一体化・統合をより一層進める内容だ。そのための「日米防衛協力の指針」(日米新ガイドライン)のさらなる改定がなされ、米軍と自衛隊の統合共同作戦に向けた連携もより強まるとみられる。
岸田政権は、憲法9条への自衛隊明記と緊急事態条項の新設を主とする改憲に向けた意欲を示している。「安保三文書」の軍事優先の方針を徹底させるための改憲への策動でもある。
憲法9条への自衛隊明記の改憲案には、9条2項の戦力不保持と交戦権否定を空文化させ、歯止めを取り払い、事実上の戦力と交戦権を可能とする狙いがこめられている。安保法制では一応限定的なものとされた集団的自衛権の行使を、全面的な行使可能へと拡大させる意図も秘められている。
緊急事態条項は、憲法に規定されていない国家緊急権(「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が立憲的な憲法秩序〔人権の保障と三権分立〕を一時停止して非常措置をとる権限」(『憲法・第四版』芦部信喜著、岩波書店)に基づくもので、緊急事態における政府の権限を絶大なものとさせる。
自民党の「4項目改憲案」では、大地震など大規模災害時に、国会での法律制定を待つ暇がない場合、内閣は国民の生命・身体・財産を保護するため、政令を制定できるとされる。
自然災害だけでなく、国民保護法の武力攻撃災害という規定を当てはめて、有事=戦時にも使える内容だ。国民統制・動員、治安維持などに強制力の裏づけのある措置を、内閣が国会での法案審議・成立を経ずに政令のみによって可能とする仕組みを目指している。国民の権利・自由が制限され、侵害される危険性が高い。「安保三文書」による新たな「国家総動員体制」に利用されるおそれがある。
政府・自民党は「集団的自衛権の行使容認」や「安保三文書」などのケースで、国会の議論抜きに、閣議決定で従来の政府見解を覆す解釈改憲の手法を濫用しており、立憲主義を空洞化させる改憲への地ならしも進んでいる。
12.軍事一辺倒・軍拡では、国の進路を誤る
「安保三文書」の中国・北朝鮮敵視の姿勢には、アメリカの戦略に同調するだけでなく、安倍政権以来、自民党の右派政治家が主導してきた、侵略戦争・植民地支配に対する無反省と中国・北朝鮮敵視の排外主義的ナショナリズムの風潮も反映されているのではないか。
「安保三文書」は、アジアに対する侵略・植民地支配に対する反省、戦争責任、植民地支配責任、戦後補償などへの自覚、問題意識が薄い日本社会の風潮と排外主義的ナショナリズムを助長するおそれがある。
それはふたたび戦争の加害者になってしまいかねない危惧への無自覚さを、日本社会に広めかねない。かつて侵略や植民地支配をした中国・北朝鮮に対して、ミサイル攻撃ができる能力を持つ日本は、かの国の人びとの目にどのように映るだろうか。
「安保三文書」では、中国の脅威と台湾有事などの危機が煽られているが、日米安保・同盟は「日米防衛協力のための指針」などにより、アジア・太平洋地域をはじめ地球的規模での「切れ目のない、力強い、柔軟かつ実効的な日米共同の対応」を強調している。
要するに、世界中どこでも米軍の戦争に自衛隊が協力する態勢へと拡大しているのである。自衛隊はイギリスなどNATO(北大西洋条約機構)諸国の軍やオーストラリア軍との連携も強めている。
アメリカの世界的な戦略次第で、中東などへの自衛隊の海外派兵(派遣)もあり得る。安保法制の国際平和支援法(「国際社会の平和及び安全を脅かす事態」での米軍への兵站支援を規定)や、自衛隊法の米軍武器等防護(米軍艦・米軍機などの防護)が適用された結果、自衛隊が戦火に巻き込まれ、米軍とともに参戦し、他国の人びとを殺傷することになるかもしれない。
「安保三文書」で配備を決めたトマホークなど長射程ミサイルが発射されたり、事実上の空母「いずも」や「かが」から発進するF35B戦闘機による空爆が行われたりするかもしれない。
「安保三文書」による大軍拡を進め、アメリカの戦争に加担して戦争の加害者ともなる日本に変わってしまってもいいのか。軍事一辺倒・軍拡では、国の進路を誤る。
憲法9条を持つ日本は、日米安保・同盟一辺倒の大軍拡に走るのではなく、紛争回避・予防のため、平和的な外交努力にもとづく、東アジア各国間の対話と信頼醸成による多国間の安全保障の枠組みを目指すべきではないか。
その参考事例として注目されるのが、ASEAN(東南アジア諸国連合)による紛争の平和的解決、武力の行使とその威嚇の放棄などを原則とする、東南アジア有効協力条約(TAC)とASEAN地域フォーラム(ARF)の対話・信頼醸成を通じた安全保障の枠組みである。
このまま「安保三文書」が指し示す道を進めば、再び「政府の行為」によって、「戦争の惨禍」を引き起こしかねない。
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1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。