ウクライナ戦争を煽るヌーランド米国務次官:イーロン・マスク氏の呟きを知れ!
国際電気自動車メーカーのテスラ、宇宙開発企業スペースX、そしてツイッターなどの経営者であるイーロン・マスク氏は2023年2月22日、「ヌーランド氏ほどこの戦争を強引に推し進めている人はいない」とツイートした。彼がウクライナ戦争をめぐってツイートするのは珍しいことではない。2022年10月30日には、和平案を提示したこともある。だからこそ、彼のツイートには「重み」がある。
彼が名指ししたのは、ヴィクトリア・ヌーランド米国務次官である。私は自分の本のなかで、何度も彼女を批判してきた。たとえば、2014年春の「ウクライナ危機」を論じた『ウクライナ・ゲート』のなかでは、「ウクライナ危機の主役は、間違いなくヌーランド米国務次官補である」と指摘した。
当時、ウクライナなどを担当する次官補だった彼女は、ウクライナ西部にくすぶる若者にナショナリズムを吹き込み、親ロシア派とされるヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領(当時)を追い落とすクーデターを画策したのである。
ヤヌコヴィッチ大統領を追い出すことには成功したが、ヌーランド氏は大きな失態を演じる。彼女が煽動したナショナリストのなかには、ロシア系住民に暴力をふるう超過激な者も含まれていたため、彼らによる暴力がロシア系住民の保護名目によるウラジーミル・プーチン大統領の干渉を許してしまったのである。
その結果、ウクライナに属していたクリミア半島がその住民らの圧倒的支持のもと、ロシアに統合されてしまう。それだけではない。ウクライナ東部のドネツク(ドネツィク)やルガンスク(ルハーンシク)で戦闘が激化し、いわゆるドンバス紛争が常態化してしまう。
だからこそ、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』において、「こうして、ヌーランド氏はロシアに対してますます大きな恨みや憎悪をいだくようになったと想像できる」と書いておいた。そう、彼女はクリミアやドンバスをウクライナに引き戻し、プーチン大統領に復讐しようと固く決意していたに違いない。
こうした人物を国務省次官としてワシントンに復帰させたのが2021年1月に大統領に就任したジョー・バイデン氏であった。彼は、2013~2014年ころ、副大統領としてウクライナを担当しており、ヌーランド氏の画策したクーデターを後押ししていた人物だ。
『復讐としてのウクライナ戦争』における以下の記述は重要である(15~16頁)。
「ヌーランドが国務省次官として復帰するのは 2021年5月だ。その後、ウクライナのゼレンスキー大統領は公然とクリミア奪還などを叫ぶようになる。ネオコンで固められたバイデン政権はロシアの怒りを促すかのような政策を公然と行う。すなわち、ロシアを戦争に 向かわせるように煽動・挑発したのである」。
ヌーランド氏の挑発的発言
ここまでの説明を念頭に置いたうえで、なぜマスク氏が「ヌーランド氏ほどこの戦争を強引に推し進めている人はいない」と発言したかを説明しよう。
発端は、2023年2月16日、カーネギー国際平和基金のアーロン・ミラー上級研究員との対談において、ヌーランド氏が問題発言をしたことにある。
戦争終結に向けてウクライナ側が侵してはならないレッドラインをめぐる議論のなかで、「ウクライナ人がクリミアについて、どこで戦うかなどをどう決めようと、クリミアが最低限、最低限非武装化されない限り、ウクライナは安全にはならない」と述べたのである(39分すぎ)。
彼女が「最低限」(at a minimum)という言葉を二度も繰り返した点に留意すべきだろう。さらに、ロシア側がイラン製ドローンなどの発信基地にクリミアを使っているとして、それらについて、「ウクライナの攻撃対象であり、我々はそれを支持する」と明言した(42分すぎ)。つまり、米国政府はクリミア攻撃を「合法」(ligitimate)とみなし、クリミアの非武装化、すなわち、ロシアの領土主権を認めないことを明確に宣言したことになる。
この発言に対して、ロシア外務省のマリヤ・ザハロワ報道官は同年2月17日、「米国の温情主義者たちはさらに進んで、キエフ政権を煽って戦争をさらにエスカレートさせ、単にわが国に戦争を移そうとしている」と指摘する。
他方で、「もう一度、ウクライナの紛争への米国の関与を述べなければならない。彼らは膨大な数の武器を供給し、情報を提供し、ただ戦闘作戦の計画に直接関与し、ウクライナ軍と様々な違法武装集団の代表者を訓練し、2022年とそれ以前から、長い間そうしてきた」とも述べる。ヌーランド氏らが主導して2013年からずっとウクライナでクーデターやその後の戦争準備にあたってきたことを蒸し返したのである。
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。