日本の皆さん、新疆の民族主義を煽らないでください

大西 広

私は1995年に初めて中国の新疆ウイグル自治区を訪ねて以来、一貫して民族問題を研究テーマのひとつとして位置づけ、またその支援も兼ねてウイグル族の留学生を優先的に受け入れてきた。現在、そのうちの3名は新疆の大学で教鞭を執っている。彼らは、それぞれの大学で民族の分け隔てなく学生を受け入れて教育し、彼らに「老師(先生)!」と慕われている。たとえば、そのうちの一人は「計量経済学」の講義を担当し、漢族も、もちろんウイグル族をも教えている。ウイグル族がウイグル族だけで集まって何事かをし、漢族が漢族だけで集まって何事かをするというような状況ではなく、そこでは「民族融和」が実現している。

Vector map of Xinjiang Uygur Autonomous Region, China

 

とはいえ、残念なことにこれはまだ一般的な状況ではない。私は新疆ウイグル自治区に行って民族問題の実際を見たいという友人たちにいつも言っていることだが、たとえば大学の構内で、また市内のマーケットで、漢族らしき人と少数民族らしき人が友達同士風に並んで歩いているのをどれくらい発見できるかを見て欲しいと言っている。残念ながら、そういうケースは多めに見てもまあ10ケースに1ケースくらいだろう。それが「民族融和」の現状ということになる。

もちろん、母語が違うのだから同じ母語を持つ者同士で集まるのは自然なことである。が、そうしてそれぞれが同一民族だけでお仲間を形成し、それが各組織内で派閥化してくると話は一気に複雑化する。たとえば、ある大きな組織体の中で漢族とウイグル族がそれぞれ派閥を形成していたとしよう。そして、この時、現在の政治状況下で漢族の派閥が相手の派閥に対し「あいつらは独立分子だ」と叫んだとしよう。そうすれば、漢族派閥は簡単に相手を弱体化できる。これはまさしく言われなき攻撃であり、民族抑圧以外の何ものでもない。私に言わせると、民族抑圧のナマの姿というのはこういうものである。ウイグル族など少数民族が怒るのは当然である。

が、しかし、ここで怒りに任せてウイグルの民族主義を煽るとこれまた大変なことになる。いよいよ民族間のナマの交流が少なくなり、各民族が自民族の中だけでグループを形成するようになる。そして、漢族への怒りを仲間の中で共有することとなるから、そこでは「独立」のような過激な意見を持つ者も現れよう。こうした彼らの気持ちは重々理解できるのではあるが、しかし、これでは解決にならないことをここでは述べたいのである。悪いのは「大漢族主義」の側にあるのははっきりしている。が、そこで民族主義を煽れば余計にひどいこととなることを述べたいのである。

Urumqi, Xinjiang – October 13, 2016: One of the most visually rewarding destinations in Xinjiang’s capital is the Urumqi International Bazaar (also known as the “Grand Bazaar”). Nestled in the heart of Uyghur, Hui and Russian neighborhoods, it claims to be the largest bazaar in the world. A lot tourists are in the Bazaar.

 

実際、よく考えて欲しいのであるが、生産建設兵団に住む漢族を含めれば過半数が漢族となった新疆地区を独立させることなどできない。また、「独立」と言わないまでも民族に民族として対抗しても、それまた勝つことはできない。これは仮に「民主主義」がしっかり導入されたとしても、である。特定の地区で民主主義的にウイグル族側が勝利したとしても、それによって漢族が怒ってくるならば、その地域の民族対立は余計に激化し、悪くすると内戦のような状況となるだろう。悪いのは「大漢族主義」の側にあっても、民族に民族として対峙しても公平で安定した社会を形成することはできない。「民族を乗り超える」という以外に現実的な道はないことを言いたいのである。

また、さらに突っ込んで言うと、この考え方はこのタイプの民族抑圧の原因を単に「大漢族主義」のみに還元せず、派閥闘争を生じさせる官僚主義に見るということとも関係する。これが漢族側の民族主義を利用して自分たちを有利にしようとしているのであって、官僚主義こそを問題としなければならないという立場である。

たとえば、新中国建国の父毛沢東は、抗日戦を闘うにあたって常に「真の敵は日本軍国主義者。人民は敵ではない」と言い続けてきた。相手民族に民族として対峙するのではなく、真の敵対関係は「軍国主義者と人民」の間にあるのだと言い続けたのである。こうでなければならないと強く思うのである。

なお、このことと関わって最後に付記したいのは、この新疆ウイグル自治区の少数民族の解放を実現するために外国勢力が特定民族の見方として登場してはならないということである。これは、そうすれば外国勢力と結びついた民族が「国家の敵」となり、国内のその他すべての民族を敵にしてしまうからである。

現在のアメリカのキャンペーンが、そしてその動きに同調する日本を含む西側諸国のキャンペーンがそうなっていないか、よくよく反省してみなければならない。私のゼミナールを卒業して行ったウイグル族の多くの弟子たちの平穏な生活のためにも是非お願いしたい「反省」である。

大西 広 大西 広

1956年京都府生まれ。京都大学大学院経済学研究科修了。立命館大学経済学部助教授、京都大学経済学研究科助教授、教授、慶應義塾大学経済学部教授を経て、現在、京都大学・慶應義塾大学名誉教授。経済学博士。数理マルクス経済学を主な研究テーマとしつつ、中国の少数民族問題、政治システムなども研究。主な著書・編著に、『資本主義以前の「社会主義」と資本主義後の社会主義』大月書店、『中国の少数民族問題と経済格差』京都大学学術出版会、『マルクス経済学(第3版)』慶應義塾大学出版会、『マルクス派数理政治経済学』慶應義塾大学出版会などがある。

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