原爆神話の呪縛からの解放を求めて(下):終わらない占領~今も続く日米合作の検閲体制の呪縛
核・原発問題日米合作の検閲体制の呪縛は、いまも「終わらない占領」を示す不可視の存在として生き続けている。占領初期にGHQによって導入されたプレスコード(「新聞統制遵則」)は、あらゆる分野に及んだ。
マッカーサー将軍の最初の仕事は、日本の核開発関連施設の占拠と破壊であった。言論統制の最大の対象は原爆関連情報であり、原爆の恐ろしさ、広島、長崎での原爆被害の実情を証拠づけるすべての資料は真っ先に没収・処分された。
また、多くの被爆者は、米国が広島、長崎に1947年に設置したABCC(原爆傷害調査委員会)によって放射能による人体への影響を観察・測定する実験動物として扱われた。そうした活動は、実は被爆直後から行われていた。米国の陸・海軍の軍医団は、陸軍医務局、東京帝国大学医学部の協力を得て日米合同調査団を編成し、被爆者を中心に約1年間の被爆調査を行った。
日本側から都築正男博士、米国側からはスタフォード・ウォーレン博士らが参加したが、調査活動で得られた収集資料の解析に日本人研究者は参加できなかった。全調査資料は米国に送られ、70年代になって日本に返還されるまで陸軍病理学研究所に最高軍事機密として保管されていた。
このウォーレン博士は、「マンハッタン計画」の医学部門責任者であり、マンハッタン計画の過程で、放射能の人体への影響を調べるために何千人もの人々に無断でプルトニウムを注入するなど狂気の人体実験を行っていたいわくつきの人物であった(アイリーン・ウェルサム著『プルトニウムファイルいま明かされる放射能人体実験の全貌』を参照)。
そして、ABCCは1947年に残留放射能や遠距離の放射線量の影響を軽視して低線量被曝・内部被曝を否定・過小評価した報告書を出している。それは1975年、ABCCを改組して作られた日米共同の放射線影響研究所(放影研)にも引き継がれ、米国放射線防護委員会(NCRP)や国際放射線防護委員会(ICRP)の防護基準ともなって3.11福島原発事故後の日本における原発安全神話・核(放射能)被害問題でも暗い影を落としている。
このように、米国政府・米軍は占領期全体を通じて、被爆者を人体実験の対象とした一方的な調査を強制的に行うとともに、放射線の人体への影響のデータ・資料を独占した。他方で原爆被害を過小評価してその実相を全世界から隠そうとしたのである。その米国政府・米軍を驚愕させたのが、以下のような記事が英国と米国で報道されたことだった(高橋博子著『〈新訂増補版〉封印されたヒロシマ・ナガサキ』を参照)。
ウィルフレッド・バーチェット記者は、1945年9月5日付の『ロンドン・デイリー・エクスプレス』で、「広島では・・・人々は『原爆病』としか言いようのない未知の理由によって、いまだに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている」と書いた。またウイリアム・H/ローレンス記者も、同日付の『ニューヨーク・タイムズ』に「原子爆弾は、いまだに日に100人の割合で殺している」との記事を寄せている。
米国政府・米軍はこれらに対処する必要から、原爆製造計画=マンハッタン計画の副責任者のファーレル准将を翌日8月6日に東京に派遣して記者会見を行い、「死すべき人は死んでしまい、9月上旬において、原爆で苦しんでいる者は皆無だ」との声明を発表した。しかし、これが被曝の実相を無視した事実に反するプロパガンダであることは明白であり、原爆投下直後から米国内外で科学者や宗教者たちなどから出されていた「原爆投下は戦争犯罪であり、次世代にも影響を与える非人道的兵器は即刻廃止すべきだ」との声を封じるためであった。
最後に、原爆を投下した真の理由と日本降伏の決定的要因について考えてみたい。日本への原爆投下の理由としては、原爆神話の一つ目の柱である「早期終戦・人命救済説」の他に、ソ連への牽制と戦後世界での覇権誇示という「原爆外交」説が有力とされてきた。
私は、それ以上に新型兵器の実戦使用による破壊力、とりわけ人体への影響力を確認するためという「人体実験」説を取る立場だ。広島はウラン型、長崎はプルトニュウム型であり、この異なる2種類の原爆の性能比較テストをするためであったと考えるからだ。
もう一つの原爆神話の柱は、日本降伏の最大要因を原爆投下とみなす原爆「天佑」説である。しかし、最近の研究によって、日本にとって原爆投下以上にソ連参戦の「衝撃」が大きかったことが明らかにされている。当時の日本指導部は、広島原爆の後でもソ連に打診した仲介への回答に期待し、ソ連参戦の一方を受けて本格的に降伏に動いたという事実が判明しているからである。
いずれにしても、原爆神話からの解放と核抑止論の克服は表裏一体であり、「戦争と核のない世界」を実現するためには、私たち市民が思考停止状態から抜け出し、核兵器の非人道性(残虐性)と犯罪性に向き合うことが何よりも求められている。
(琉球新報(2016年8月6日)への寄稿文を転載)
〇ISF主催トーク茶話会:元山仁士郎さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
〇ISF主催公開シンポジウム:新型コロナ対策の転換と ワクチン問題の本質を問う
※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
独立言論フォーラム・代表理事、ISF編集長。1954年北九州市小倉生まれ。元鹿児島大学教員、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会共同代表。九州大学博士課程在学中に旧ユーゴスラヴィアのベオグラード大学に留学。主な著作は、共著『誰がこの国を動かしているのか』『核の戦後史』『もう一つの日米戦後史』、共編著『20人の識者がみた「小沢事件」の真実』『昭和・平成 戦後政治の謀略史」『沖縄自立と東アジア共同体』『終わらない占領』『終わらない占領との決別』他。