【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

動員経済の裏側:「国防支援調整会議」=「ゴスプラン2.0」?

塩原俊彦

足元の欧米のロシア経済報告(資料1資料2)を読んで思うのは、その露骨な反ロ的スタンスである。欧米の科す制裁の効果、すなわちロシアの経済損失への関心ばかりが際立つ。

その一方で、ロシアの政権内部における経済政策の大きな変化に対する分析を見かけることはほとんどない(資料3)。ようやく最近になって、ロシアの戦時経済化について論じる記事が出始めた。

といっても、その分析は皮相で浅薄なものにすぎない。そこで、ロシア科学アカデミー・中央数理経済研究所の学術誌『現代ロシアの経済学』の編集委員を一橋大学経済研究所の恩師・西村可明先生から引き継いだ「ロシア経済学者」として、ここで、ロシア経済について論じてみたい。

いわゆる正統派のマクロ経済学の常識が通用しない戦時経済体制に移行しつつあるロシアという観点から、昔取った杵柄で、いまのロシア経済を老体にムチ打ちながらも分析してみたいと思う。

「国防支援調整会議」

現在のロシア経済を考察するうえでもっとも重要なのは、2022年10月21日付大統領令「ロシア連邦の軍隊、その他の軍隊、軍事組織、団体の必要性を満たすために、ロシア連邦政府の下にある調整会議について」で設置が決まった調整会議(以下、「国防支援調整会議」)である。

正確に記すと、ロシアには国防省傘下の軍のほかにも事実上の軍として、内務省軍、連邦国家警備隊(2016年4月、ウラジーミル・プーチン大統領による大統領令によって設立された「連邦国家警備隊局」の属する軍隊で、当初、内務省軍17万人のほか、警官の一部20万人、特殊部隊や迅速対応部隊の3万人の計40万人ほどを同機関に移す計画だった[詳しくは拙著『ロシアの最新国防分析(2016年版)』を参照])、国境警備隊、市民防衛隊などがある。

こうした兵士を総動員して「特別軍事作戦」たるウクライナ戦争を戦い抜くために、軍産複合体による兵器製造などで協力体制を築こうとしているわけだ。

この大統領令によって承認された規則によると、国防支援調整会議は、「特別軍事作戦中のロシア連邦軍、その他の軍隊、軍事組織、団体のニーズを満たすことに関連する問題に対処するために、連邦行政機関とロシア連邦の構成団体の行政機関の間の交流を組織する目的で設立される」という。そのトップは首相が務める。そのメンバーはプーチン大統領によって承認される。

メンバーを示した下表からわかるように、国防相はもちろん、連邦保安局、国家警備隊総司令官などのほか、軍産複合体に関連する産業商業相などもメンバーに入っている。

 

国防支援調整会議の主な任務は、①行政機関の活動を調整する決定を行う、②軍備、軍事用および特殊な装備、資源の提供に関する問題を解決する、③連邦軍、その他の部隊、軍事組織、団体のニーズを満たすための目標任務、その任務を果たすための重要分野と期限、およびその遂行状況の監視の決定、④目標任務の遂行計画の策定、⑤予算資金の範囲および方向を決定する、⑥必要な物品、作業および役務の価格の形成に関する問題の決定、⑦物品供給、作業遂行、サービス提供のための供給業者(請負業者、サービス業者)、下請業者、共同請負業者の選択のための提案の作成など、多岐にわたっている。

なお、11項目には、「調整会議の権限内の問題に関する決定は、連邦行政当局、ロシア連邦の構成団体の行政当局、地方当局、その他の機関および組織に対して拘束力を持つ」と定められており、極めて強い権限を有していることがわかる。

国防支援調整会議の初会合は2022年10月24日に開催された。ここで、ドミトリー・グリゴレンコ副首相が規制・財政支援を担当し、デニス・マントゥーロフ副首相が武器・装備などの供給を担当することになった。これらの副首相のもとに専門作業部会などが設置される。

同会議の議長、ミハイル・ミシュスチン首相は会議の任務について、医療制度、産業、建設、輸送などの領域間の効果的な協力を構築することであり、また国家機関、地域、特別サービス間の連携を強化することであると説明した。

10月26日には、プーチン大統領が同会議にはじめて出席した。

 

プーチン大統領は10月19日に政令を出し、ドネツク人民共和国(DNR)、ルガンスク人民共和国(LNR)、へルソン、ザポリジャー州に戒厳令を導入する一方、国境地帯の八つの地域では中レベルの対応体制、南部連邦管区と中部連邦管区の対象地域には高レベルの対応体制、それ以外の地域では基本的な対応体制を導入したばかりであった。つまり、こうした逼迫する状況下で、軍事優先統治の調整のためにこの国防支援調整会議が設置されたことになる。

同年10月26日の調整会議において、治安改善のための地方活動を調整するモスクワ市のセルゲイ・ソビャニン市長が報告を行い、「国家ソヴィエト」(ゴスソヴィエト)にすべての地方、政府、治安機関の代表からなる特別グループが設置されたことを明らかにした。

そこで取り扱う4つの方向性(①新たな脅威への対応、②動員された人々のための宿泊施設の配備[その時点で全国において約6万室が設置され、地域によっては国防省の協力を得ているところもある]、③家族に対する社会的支援、④軍産複合体への支援)が示された。

なお、ゴスソヴィエトは2020年の憲法改正によって明確化された機関で、政府の調整作業を保証し、主要な国内および外交政策分野、ならびに社会および経済開発の優先事項を決定するために国家元首によって組織される憲法上の国家機関とされている。

2022年11月24日になって、国防支援調整会議の場で、プーチン大統領が軍事装備の生産量の増加と質の改善を要求したことがわかっている。

動員経済化への道

実は、ロシアには以前から、ソ連時代の「計画経済」とまでは言えないにしても、軍事優先の動員経済化を図ろうとする動きが存在した。2017年11月、プーチン大統領は国防省および軍産複合体(ロシア語では、通常、「国防産業複合体」)の指導者との会合で、所有形態に関わらず、ロシアのすべての主要企業は軍事生産の急激な増加に備えるべきだと述べたとされている。

多くの人は、プーチン大統領がロシア経済の動員態勢を強化するための追加策を策定するよう指示したことを、民間部門を「戦時態勢」に入れようというシグナルと受け止めたという。つまり、この段階で、すでに軍事優先の経済体制への指向がプーチン大統領に明確に存在していたことになる。

なお、この時点において、ロシアには「動員準備・動員に関する連邦法」があり、企業が国家当局との契約に基づいて国家的な動員業務を行う際のルールを定めていた。

Effect of war on global economy in 2022 and 2023. Economic crisis that will seriously affect Russia in 2022 due to conflict with Ukraine. Bankruptcy and financial crisis concept.

 

その後、興味深いことが起きる。2018年4月、国立研究大学高等経済学院が主催した会議で、ヴィクトル・ポルテロヴィッチ・アカデミー会員がさまざまな政府機関の仕事を調整する必要から、計画機関を作ることを提案したのだ。

彼は、ロシアは国家計画制度を確立し、借用技術に体系的に取り組み、設計局や研究センターという形で基礎科学とビジネスの仲介役を作る必要があるとし、「各政府系企業は、予算を増やすだけでなく、産業全体を発展させるという使命を持たなければならない」と主張した。

この会議には、「産業政策」をめぐって252頁にもわたる報告書が提出されており、これを機に、論争が巻き起こるのである。ソ連時代の国家計画委員会(ゴスプラン)に代わる「ゴスプラン2.0」設立問題や具体的な動員経済化について、多くの経済学者が関心を持つようになるのだ。

2021年9月に公表された「プーチンの「ゴスプラン」」という記事のなかでは、「国際的な制裁、石油・ガス収入の減少、不利な投資環境、ほぼ10年にわたる停滞のなかで、ロシアでは動員型経済の特徴がますます現れている」との認識が示されている。

ミシュスチン首相の登場で、いわゆる12の国家プロジェクト、なかでも輸送と軍産のプロジェクトと44の国家プログラムに重点が置かれるようになっているとして、ソ連のゴスプランを彷彿とさせるような非市場的な資源配分方法とマニュアル的な経済運営の傾向に着目している。

同記事に登場する経済学者コンスタンチン・ソニン氏は、「計画がどんどん進み、国家機関がより多くの領域に関与するようになっている。一昔前までは、政府が大きなシェアを占めていたが、決して食品市場の小売価格を直接管理することではなかった。今は、政府が直接価格を決めようとしている。

しかし、これはまだ市場経済であり、計画経済ではない。誰がいくらもらって、何をもらって、どれだけ生産するかというタスクはなく、国営企業も含めて、従業員への報酬はまだ自由度が高い」との見方を示した。

意外かもしれないが、連邦国家統計局によると、2016年時点で国営企業を含む国家組織はすでに、31万1,000社、従業員は1,800万人を超え、同年のGDPにおける国家の割合は46%(国営企業の生産高は70%)であった。ゆえに、国家による経済統制はますますやりやすい環境になっていたと言える。

コラム 計画化の歴史〉

まず、ソ連時代には、「戦争計画」という裏の計画が存在していたことを知ってほしい。拙著『ロシア革命100年の教訓』のなかで、次のように書いておいた。

「こうした事情を背景に、1920年代や1930年代における工業化計画に赤軍の戦争計画がどのようにリンクしていたかを探るレナート・サミュエルソンのような試みがある(Samuelson, 2000)。ここでは、彼の分析を手掛かりにしながら、ロシア革命によって「軍事国家ソ連」が誕生した経緯について考えたい。なお、筆者はかつて拙著『ロシアの軍需産業』のなかでこの問題を論じたことがあるので、それも参考にしてほしい(塩原, 2003)。

ここで本題に入る前に、ソ連には軍事に絡む特別の計画化のルートがあったことをあらかじめ説明しておきたい。それは、①期間1年、5年などの経済計画、②戦争計画、③動員発注である。「戦争計画→動員発注→経済計画」の順序に伝達された。あくまで戦争計画が経済計画よりも上位に位置づけられていた点が決定的に重要である。ソ連はまさに「軍事国家」として想定されなければならないのである。この点を明確に論じたのが筆者の書いた岩波新書『ロシアの軍需産業』であり、岩波書店刊行の単行本『「軍事大国」ロシアの虚実』である。

戦争計画には、想定敵国の軍事力の評価、予想される戦争脅威の条件、戦闘時のさまざまの段階での軍事力のニーズなどが含まれる。それに基づいて、動員発注が決められ、それが経済計画の投資部分の核となるのだ。さらに、経済計画から戦争計画へのフィードバックが実施され、戦争計画の見直しにつなげられる。なお、軍事関連として、軍事力建設計画、動員配備計画、戦時経済計画もあった」。

この戦争計画がいつ停止されたかについては判然としない。計画経済を根幹とするソ連が崩壊すると、こうした計画は消滅したと考えられる。重要なのは、ソ連とは別の手法で導入されていたインディカティブ・プランニング(indicative planning)もまたソ連崩壊後、廃止に追い込まれてきた点である。

一説には、「インディカティブ・プランニングの手法自体は、1946年にフランスで初めて採用され、前世紀50〜70年代には、日本、アメリカ、北欧、韓国、カナダ、中国など多くの国で広く採用された」という(Nodira Dzhumaevna Namazova, Indicative Planning As A Model For Creating Conditions For Increasing Interaction Of Economic Subjects In Regional Management, Journal of Positive School Psychology, Vol. 6, No. 8, 2022)。

フランスでは、1946年1月にドゴール将軍が計画総局を設置する勅令を出し、計画総局の付属機関を行政のトップに固定した。さらに、日本では、経済企画庁(EPA)は首相官邸の付属機関として独立し、内閣府経済審議会の委員を兼ねた長官が首相に直属する機関であった。

こうした機関が計画を立案したわけだが、日本は2001年、フランスは2006年(1989年以降、計画はすべての有効性を失った)にその役割を終えた。他国でも、このindicative planningの役割は衰退したかにみえた。

しかし、現在、いわゆる「産業政策」というかたちで政府が経済活動に干渉する度合いはきわめて高くなっている。たとえば、国連貿易開発会議(UNCTAD)報告”World Investment Report 2018″では、「過去10年間に100カ国以上で採用された産業政策モデル」が考察されている。indicative planningへの関心が再び高まっているのだ。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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