【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

動員経済の裏側:「国防支援調整会議」=「ゴスプラン2.0」?

塩原俊彦

戦時経済体制

ウクライナ戦争勃発後の2022年11月になると、「ゴスプラン2.0」の設立さえ求める声が公然となる。経済学者で下院議員のニコライ・ノヴィチコフ氏は、「ロシア経済はゴスプランへの切り替えが必要」との記事を公表する。

そのなかで、将来の「ゴスプラン2.0」の原型は、ある意味、現在の国防支援調整会議であると述べている点が注目される。

彼の言う「ゴスプラン2.0」は、①国家が戦略目標を明確に打ち出し、それに基づいて地域、産業、複合体の課題を特定する国民経済運営のアプローチであり、②連邦政府の議長のレベルで形成された機関でもあり、その副官を長とするものであり(すでに国防支援調整会議はこの条件に適合している)、③動員経済の基本的な部分であり、すべての異質な経済プロセスを単一の経済有機体に統合する機会であるという。

①と③については、まだ条件を満たすまでには相当の時間を要すると思われるが、こうした方向性に向けた中核として、国防支援調整会議が大きな役割を果たす可能性がきわめて高いと指摘しておきたい。

この国防支援調整会議は、2022年9月21日に、兵員不足に悩むプーチン氏が大統領令「ロシア連邦における部分的な動員を宣言すること」に署名したことを端緒としている。この兵員徴収の動員によって、経済界が受けた影響は大きい。だからこそ、一丸となって対応するための体制構築を迫られたわけである。

The concept of mobilization. Text in Russian PASSPORT OF THE RUSSIAN FEDERATION and MILITARY ID

 

2023年2月3日付の「コメルサント」によれば、ロシアの大企業と中堅企業の代表で構成される「経営者協会」の調査(ロシア各地域の200社以上)で、この部分的動員によりロシア企業は各企業で約1〜3%の従業員を失い、徴兵者とその家族の心理的、財政的、法的支援に追加費用が発生したという。これこそ、ロシア経済を抜本的に変質させたと考えるべき大きな変化なのである。

部分的動員がおよぼした経済的影響については、拙稿「対ロ制裁によるロシア経済への影響について:不勉強な日本のマスコミに喝 〈下〉」のなかで論じたことがある。この部分的動員の導入以降、労働力不足が顕在化するなかで、国家統制強化による戦時経済体制が必要になったと考えられる。

特に問題となったのは、①軍産複合体企業の従業員確保、②航空・自動車産業(別言すると戦闘機や戦車などの製造業)への支援、③計画的な資材・機械補給のためのメカニズム――などであろう。

制裁による悪影響

いま、ロシア企業は欧米諸国からの制裁の標的となっている。「Kontur.Prizma」のアナリストが、ロシアで登記されている法人のうち、制裁の影響を受けている法人の数を算出したところによると、1,475のロシア法人が初期制裁の対象となっている。これは、直接的に制裁リストに載っている企業のことで、実際にはさらに3,128社が制裁の対象となっているという。

Russia under sanctions

 

これは「50%ルール」(直接制裁を受けた企業と半分以上関係がある組織には規制がかかる)によるものである。個人または法人が会社の株式の半分以上を所有している場合、リストに掲載されていなくても、自動的に制裁の対象となる。

加えて、同じ組織の複数のオーナーが制裁を受け、その共同所有率が50%以上である場合にも50%ルールは有効となるから、50%ルールと制裁対象企業およびそのオーナーに連なる法人を含めた制裁対象企業は1万4,194社に上るという。ただし、これらの情報がいつ時点のものかは不明である。

ただ、ロシア紙「コメルサント」(2023年2月1日付)によれば、同じ機関の調査結果として、2023年1月末までに、2900社のロシア企業が外国からの制裁下にあり、ウクライナでのロシアの軍事作戦開始前には、制裁リストにある法人は1,600社だった。つまり、前段落の数字は2022年2月以前の数値であったと思われる。

加えて、「50%ルール」により、制裁を受けた企業は9,800社に達していたという。おそらく、2014年のロシアによるクリミア併合後の制裁が継続されており、2021年ころに3,128社となっていた数値が9,800社まで拡大したのではないか。

いずれにしても、こうした制裁企業の増加は、ロシアの軍産複合体の生産に大きな打撃を及ぼしてきた。さらに、こうした軍産複合体への資材・機械補給にかかわる二次制裁も実施されるようになっていることから、ロシア企業のなかには、軍産複合体との取引そのものを隠す必要性が生まれている。

公共調達問題

このため、2022年4月には、政府機関が購入に関するデータを分類し、公共調達統合情報システム(UIS)に公開するという、公共調達に透明性や競争を持ち込むこれまでの方法が変更された。単一サプライヤーからの非競争的購入の慣行を拡大し(政府と地方は独立してそのケースを判断できる)、国営企業が購入の一部についてデータを開示しないことが認められたのである。

他方で、国有企業に輸入代替を促すために、強制的指令が必要となり、それが単一のサプライヤーからの購入を増やすという面もあった。いずれにしても、国営企業取引のブラックボックス化が急速に進んだのである。そして、それは競争水準の低下という悪影響をおよぼしている。

2022年10月10日付の「コメルサント」によれば、2022年第3四半期末の調達統一情報システム(UIS)のデータに基づく政府購入件数は、前年同期比4.6%減の75万8,400件から72万2,900件に減少した(金額は29%増の2兆8000億ルーブルから3兆7000億ルーブルに増加)。

その結果、公共調達の集約化が進み、1回の購入平均価格は390万ルーブルと、33%ほど上昇した。ただ、この過程で、契約を獲得したサプライヤーの数は29%減少した。つまり、競争の厳しさが緩和したことが明白となった。

国営企業の調達分野でも同じ傾向がみられる。2021年第3四半期との比較では、買付件数は44万500件から37万5900件と14%減少(金額ベースでは半減)し、入札件数は12%、も減少した。二次制裁懸念から、国営企業は購入に関するデータについてUISで公表しなくて済むようになったことが関係している。

2023年2月1日、議会上院のワレンチナ・マトヴィエンコ議長は、ウクライナでの「特別軍事作戦」が終了するまで、連邦法第44号「国家および自治体の必要性に応じた商品・労働・サービスの調達領域における契約制度について」の実施を一時停止することを上院本会議で提案した。これは、公共調達のスピードアップを図るために、入札などのルールを定めた法律そのものを一時停止しようという大胆な提案だ。

ロシア政府はこれまで、2022年3月から4月にかけて、公共調達市場および国営企業の調達への参加者を支援する措置を講じてきた。2022年末には、このルールが2023年まで延長された。

特に、義務に違反した請負業者や国家契約の契約者は、制裁により契約履行が不可能だった場合、悪徳業者登録に含まれないようになるなど、供給者への配慮を拡大させてきたと言える。

だが、この提案にみられるように、「上」からの命令で単一のサプライヤーからの購入を増やすといった「指令経済」的な指向が強まっているように思われる。これが前述した「ゴスプラン2.0」への移行と対応関係にあるわけだ。

デジタル・ゴスプラン・システム」の開発

加えて、最近、注目を集めているのが戦略文書や国家命令の実行をリアルタイムでコントロールするための「デジタル・ゴスプラン・システム」の開発である。

モスクワ大学などの専門家が現在、開発中のシステムであり、将来、連邦税務局、連邦関税局、財務省、産業商業省、デジタル発展省の既存の情報システムと統合し、「ゴスプラン」としての集権的指令経済の運営に役立てることが本気で推進されている。

軍産複合体をめぐって

プーチン大統領は2023年1月11日、政府メンバーとの会談で、航空機産業の一部の企業で航空機の受注がないことについて、担当するデニス・マントゥーロフ副首相兼産業・商業相を批判するという「事件」が起きた。

1カ月以内に契約作業を終了させるよう求め、2月15日、軍事企業である国家コーポレーション・ロステック(Rostec)は、国営リース会社に対し、総額2190億ルーブル相当の航空機およびヘリコプター149機を供給する契約を締結した。

武器増強を重視するプーチン氏は1月18日、ミサイルメーカーの「アルマズ・アンテイ」のサンクトペテルブルクにある工場を訪問した。同社は、2002年の大統領令によって設立され、防空ミサイルシステムであるS-300やS-400を生産する企業で、57社を統合した会社だ。プーチン氏はミサイル不足を解消すべく、もっとも重要な軍産複合体の一つを訪れて激励するというわかりやすい行動に出たことになる。

Silhouette of missiles on a background of the flag of Russia and the sun. Nuclear weapon concept. Demonstration of weapons of the Russian Federation. 3d rendering.

 

プーチン氏は労働者を前に講演し、「たとえば、防空ミサイルの年間生産量はアメリカの3倍以上である。我が国の防衛産業は、1年間に世界の軍需産業が生産するのと同数のさまざまな用途の防空ミサイルを生産している」と述べた。

さらに注目されたのは、「防衛産業は現在多忙で、3交代制で仕事をしている」ことを考慮し、軍産複合体の従業員の徴兵制延期問題について近い将来解決する可能性があると述べたことである。なお、軍産複合体で働く予備役労働者は部分的動員の猶予を受けており、ロシア経済全体では「国防省の報告によると、約83万人がそのような猶予を受けている」と説明した。

それでも、ロシア国内において労働力不足が生じているのは間違いない。そこで、外国人労働者に対する規制を緩和しようとする動きが広がっている。労働許可の有効期間を1年から3年に延長することや、入国を禁止された外国人労働者の更正のための仕組みを導入することなどが検討されているのである。

1月18日に開催された軍事支援調整会議で、ミシュスチン首相は、「予備的な結果によれば、軍隊に供給するための軍事・航空・自動車装備、ロケット砲・装甲兵器、防具手段、オールシーズン野戦服の生産に関する(2022年の)計画はほぼ完全に実施されている」と発言した

。2022年に承認された任務に従って部隊に届けられなかったものは、2023年2月までに届けられるはずだとした。この発言が本当かどうかはわからないが、ともかくロシアが戦時経済体制下で軍備優先の動員経済化を強力に推進しているとみて間違いないだろう。

つまり、この軍事支援調整会議の決定が今後のロシア経済の行方を左右するとみて間違いない。その際、軍産複合体での生産強化の具体的な動向がもっとも注目されることになる。この問題については、いずれ機会をみて論じることにしたい。

なお、私は、拙著『ロシアの軍需産業』や『「軍事大国」ロシアの虚実』、『ロシアの最新国防分析』という本のほか、拙稿「ロシアの軍需産業の現状」(『ロシアNIS調査月報』ロシアNIS貿易会2008年2月号)、「国家コーポレーションを探る:ロシアテクノロジーを中心に」(同2010年9-10月号)、「ロシアの軍需産業と主要企業」(同2012年9-10月号)、「ロシア産業の「内部」:Rostecにみる現状と課題」(同2015年12月号)などで、ロシアの軍産複合体について研究してきた。関心のある者は参考にしてほしい。

「技術主権」という考え方

国連総会は1962年12月14日、「天然資源に対する恒久的主権」に関する決議1803を、賛成87票、反対2票、棄権12票で採択した。その1項には、「人民および国家の自然の富および資源に対する永久的な主権を有する権利は、その国家の発展および関係国の国民の幸福のために行使されなければならない」と規定されている。

これと同じ発想で、サイバー空間においても、「サイバー主権」(中国)は「インターネット主権」(ロシア)という、デジタル空間における国家主権の継続・拡張を認める主張が広がりをみせている(詳しくは拙著『サイバー空間における覇権争奪』)。そして、いまロシアでもっとも注目されているのが「技術主権」という考え方だ。

Sovereign cloud technology concept. Global network and solution, management, secure icon on laptop computer screen. Data security, control and access with strict requirements of local laws on privacy.

 

大雑把にいえば、国家支援による高等教育や基礎科学の組織が創出する「知的財産権」に対する「知的主権」、および国家支援と企業資金によって創出された技術に対する「技術主権」という国家主権の拡大によって、「知」や「技術」への国家干渉を正当化しようとする動きが広がっているのだ。こうした国家干渉は戦争遂行に役立てることを目的としている。

man adding a block showing the words Intellectual property on top of other wooden block with text copyright, patents, invention,and trademark

 

経済発展省は2023年2月、技術主権と経済の構造的適応のためのプロジェクトを分類メカニズム内で定義するアプローチを承認する政府令のバージョンを作成した。これは、銀行によるこうしたプロジェクトへの融資において、リスク比率の引き下げを適用することを意味するインセンティブツールで、銀行が許容できる金利での資金調達を容易にすることを目的としている。

技術主権プロジェクトには、自動車、鉄道、石油・ガス、農業・特殊機械、医療・医薬・化学、工作機械・重機、造船、電子・電気工学、エネルギー、航空という13分野の製品生産が対象とされている。

おそらく、「特殊機械」のなかには、武器そのものが含まれている。こうして、戦時経済体制をコントロールするための「理論」や「制度」までもが整えられつつあることになる。それは、長期戦への覚悟を物語っているのかもしれない。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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