【特集】新型コロナ&ワクチン問題の真実と背景

マスクからの解放、活動への自由―新型コロナウイルスの警戒度引き下げをめぐって―

森一郎

新聞報道によれば、岸田文雄首相は2023年1月20日、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けを、5月8日にはインフルエンザと同等の5類に引き下げると表明した。

私はこれに賛同の意を表わしたい。

岸田内閣の政策決定には承服しがたいところが多い。大学人のはしくれとしては、菅義偉前首相が積み残しとした日本学術会議委員任命拒否問題を放置するばかりか、政府の任命権強化に動いているのは座視できない。

アメリカの国際戦略にひたすら追従し、自衛隊を米軍にいっそう従属させ、防衛費の大幅増額へ突き進もうとする「安保関連三文書」を、国会で審議する以前に閣議決定し、のみならず、アメリカを訪問して大統領に公約してしまうという傲慢かつ卑屈な態度には、呆れ果ててしまう。

しかし、その岸田政権が、コロナウイルスをインフルエンザ並みの扱いとし、屋外はもとより屋内でもマスク着用を原則不要とする方向を打ち出していることには、賛成である。

Dramatic image. Used surgical face mask on gray floor. Dirty and many disease. Should be destroy (cut) and separating before throw it in bin. Cannot reuse. Health care concept. Copy space.

 

私はマスク着用を好まない。マスクを着けないと日常生活を送れないのは、手枷足枷の拘束と同様、人間の基本的自由の侵害を意味するからである。2020年春から3年間にわたって強いられてきた不自由から早く解放されたいと願う身としては、喉から手が出るほど欲しかった自由を、政府が国民に保障しようとしているとすれば、諸手を挙げて歓迎しないわけにはいかない。

一方で、そのニュースに違和感が拭えなかったのも確かである。

新型コロナをインフルエンザ並みの扱いとする政府方針に対しては、国民の間には、「まだ不安」「時期尚早」という反応がいまだ根強い。それを押し切って強行すれば、そうでなくとも支持率が低迷している内閣への批判がさらに強まる可能性がある。それなのに、岸田首相がコロナ感染対策の抜本的変更に意欲を見せるのは、なぜか。

その疑問はすぐ解けた。外遊先の人々が皆マスクを外していることを知った岸田首相は、「マスクを着けているのは日本だけで、5月19日から広島で開かれるG7サミット(先進7カ国首脳会議)までには解消したい」と期しているとも報じられたからである。

各国から代表者が集まったその場で、自分だけマスクを着けるわけにはいかない、さりとて、ゲストにマスクを強いるわけにもいかない、だからこの際、日本人みんなでマスクを外すことにしよう、そのための方針を今から決めておこう、という魂胆なのである。

外圧に強いられなければ自分たちのやっているおかしなことをいつまでもやめられない島国根性はいただけないが、だからといってこの場合、ホスト役の岸田首相に、国民に犠牲を強いるなと感情的に反発するのはスジ違いというものだろう。

昨年、イギリスの女王エリザベス2世の葬儀でもサッカーのワールドカップカタール大会でも、参列者や観衆らはみなマスクなどしていなかった。その光景を映像で何度見せつけられても、見なかったかのようにやり過ごし、日本人はいっこうにマスクを外そうとしない。一人で夜道を歩いているときでも、マスクをしっかり着けている。

みずから不自由であることを選択しているようなものなのに、そのことをつゆ考えようともしない。そのほうがラクだからである。思考停止とはまさにこのことだ。

この国ではいかに基本的自由を蔑ろにしているか、見せつけられるような光景が日常を覆い尽くしている。自由とは与えられるものではなく、勝ち取り、守り抜くものであるはずなのに、その能動性が欠如している。

G7開催により、日本人が揃いも揃ってマスクを着けている光景が世界に報道されれば、それはたんなる首相個人の恥ずかしさを通り越して、日本はマスク信仰のはびこる無気味な国と認知されるだろうし、それこそ国辱となりかねない。海外からの訪日客数の回復に期待する業界にとっても、営業妨害となるだろう。

とはいえ私は、外国から日本は新興マスク教信者の国だと笑われるから、だからマスクを外すべきだと言いたいのではない。われわれ人間はマスクなしで生活するのが基本であり、マスク常用がいつまでも続くのはおかしいと考えるからである。

すでに2022年5月、政府は方針を改定し、屋内では距離が確保でき会話がない場合は着用する必要はなく、屋外では原則マスクは不要としてきた。ところが、その後も日本人は屋外でもマスクを外せないでいる。臆病さ世界一を誇る勢いである。

私の勤め先は仙台の青葉山という山の中にあり、クマ出没情報がよく出るほど人はまばらだが、道を行き交う教員や学生はみんなマスクをしている。宿舎近くの広瀬川べりを散歩しても、ほとんどの人がマスクをしている。自分の息ばかり吸っては、せっかくの清浄な空気が台無しだと、私は少なくとも屋外ではマスクなしを原則としている。たまにマスクなしの人を見かけると、同志に会えたかのようにホッとする。

大学では、さすがに対面授業は復活したが、マスクは欠かせず、会議は当然のようにオンラインである。先日、所属専攻内で専攻長選挙があり、そのときだけ教員が会議室に集まった。

驚いたのは、投票用紙配布係の選挙管理委員がビニール手袋をはめていたことである。コロナ禍当初は推奨されたが、今やそこまでの感染対策に意味があるとは思えない。ところが、いったん厳重なやり方を始めると、なかなかやめられなくなるのである。

昨夏泊まったホテルのバイキング式朝食でも、ビニール手袋をはめさせられた。くつろぎを求めて来ている客にそうした警戒を強いるのが、あたかもサービス提供であるかのように信じられている。アクリルパネル設置をはじめとして、サービス業界全体が接客マナーに反する負担を強いられてきた。

Social distancing icon. Keep the 1-2 meter distance. Coronovirus epidemic protective. Vector illustration stock illustration

 

喫茶店で談笑していると、店員から「会話は控えてください」と注意されるのは、やり切れない。政府方針の転換により、その失礼さが見直されるのは、どのような理由からにしろ、望ましいことだと思う。

コロナ感染の警戒レベルが引き下げられて、さまざまな場面で不自由からの脱却が図られることを期待したい。なかでもマスクからの解放は、最も基本的なものであろう。

Face mask hanging on computer screen in an empty office

 

この解放問題の試金石となるのは、学校でマスク着用をやめることができるか、である。コロナ騒ぎが3年近く続き、気がつくと子供たちはマスクを外せなくなっている。長く生きてきた大人に比べて、子供にとって3年間は長い。

たとえば、小学校3年の9歳児にとっては、人生の3分の1を占める。小学校入学以来、ずっとマスクを着けて学校生活を過ごし、友達と話すときもマスク越しの付き合いばかり。のちのちに同級生も恩師もマスクを着けた顔しか思い浮かばなくなるのは確実である。

学校給食の黙食も、最初からそうなら、自然だと思うようになる。そうでなくとも、おとなしく従順な生徒に育てるのが、わが国の学校教育の取り柄である。コロナ時代にはその調教力に磨きがかかっている。

マスクの自発的着用を通じて従順さを刷り込まれた子供たちを、いかにしてマスクから自由にするか。これは、われわれ大人たちの課題であろう。もちろん、自由解放が、強制であってはならない。マスク慣れした子供が、今さら外すのは恥ずかしい、不安だ、と躊躇するのは、当然である。

しかし、教室にマスクを外したがらない生徒が一人でもいれば、その一人に配慮して全員マスク着用のままとするのが「優しさ」だとは到底思えない。

マスクを外して付き合うほうが人間らしく自由だということを、われわれは子供たちに教えるべきなのだ。政府が号令を掛けたから、だから国民はマスクを外すべきだ、といった外的理由づけはやめよう。人間が自由に生きることをマスクは阻害する、と大人自身が理解したうえで、子供に面と向かってそのことを説明するのでなければならない。

ところで我々は、マスクがいかなる意味を持つかについて、そもそも理解しているだろうか。自分で理解できていないことを、賢しらに吹聴しても仕方ない。

 

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森一郎 森一郎

1962年生まれ。東北大学大学院情報科学研究科教授。著書に『死と誕生』、『死を超えるもの』(以上、東京大学出版会)、『世代問題の再燃』(明石書店)、『現代の危機と哲学』(放送大学教育振興会)、『ハイデガーと哲学の可能性』(法政大学出版局)、『核時代のテクノロジー論』(現代書館)、『ポリスへの愛』(風行社)、『アーレントと革命の哲学』(みすず書房)。訳書にアーレント『活動的生』、『革命論』(以上、みすず書房)等。

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