【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(4)―セイモア・ハーシュの暴露記事とウクライナ戦争の本質(中)―

成澤宗男

トランプ前政権から激化していた対ロシア軍事挑発

実際、ヌーランド国務次官の「ロシア嫌い」(Russophobia)の甚だしさはよく知られているが、現在の米国の対ロシア瀬戸際政策が、そうした閣僚の個人的資質に還元される部分が大きいのは疑いない。

同時にそのような姿勢が、個々の政権を超えた軍産複合体、あるいは軍事・諜報を握る官僚の集合意思が支配的な「安全保障国家」(National Security State)の戦略の現れであるのもまた、否定できないだろう。

なぜならすでに前大統領のドナルド・トランプとその政権も、ロシアとの決定的な対決も辞さないかのように軍事的に挑発し、関係を不可逆的にまで悪化させる動きを以下のように繰り返してきたからだ。

●中距離核戦力(INF)全廃条約脱退:1987年に米国と旧ソ連が調印した射程500km~5,500kmの短・中距離地上発射ミサイルを全廃する条約を、2018年10月に一方的に廃棄を宣言。

●オープンスカイズ条約脱退:34の締約国が信頼構築のため非武装の航空機による相互監視を認めた2002年発効のオープンスカイズ条約から、20年5月に「ロシアの違反」を理由に脱退表明。

●ロシアに対する「敵」規定:2018年2月の国防総省『国家安全保障戦略』でそれまでの「対テロ戦争」を転換し、初めてロシアと中国を「戦略的競争相手」とする「修正主義勢力」と規定。

●対ウクライナ武器輸出のエスカレート:ウクライナの軍事支援で致死的兵器を排除していた旧オバマ政権とは反対に、ジャベリン対戦車ミサイル、対艦ミサイル武器等の攻撃的兵器を供与。

●対ロシア核戦力の強化:旧オバマ政権の核兵器への依存低減路線を破棄し、さらに低出力核弾頭W76-1を搭載した潜水艦発射型戦略ミサイルの配備で、核兵器使用の敷居を低くし範囲も拡大。

●ロシアへの圧力:ポーランドへの1000人規模の部隊配備とパトリオット等の史上最大規模の武器売却、バルト三国に対する訓練強化、黒海でのNATOの演習強化等、ロシア周辺での緊張を激化。

無論、トランプ前政権の対ロシア強硬政策はこれだけに留まるものでは決してない(注4)。だが続くバイデン政権はこうした執拗なロシアへの敵対的姿勢を継承・強化するのみならず、直接ロシアの最重要の産業インフラを爆破するという前例のない攻撃にまで及ぶほど対立をエスカレートさせた点に特徴がある。

ポーランドで演習するNATO軍。トランプ前政権は、ロシア周辺国で軍事包囲網を強化し、挑発行為を繰り返した。

バイデン政権の真の怖さとは何か

そしてこの爆破こそは、そうした犯罪を思いつくようなバイデン政権のエスカレートの度合いがたとえ予測不可能な混乱と破局的事態が引き起こされようとも、あえてロシアとの衝突を厭わないまでの、異例の危機的レベルにまで達している事実を示す。

加えて、敵対者に「信じられないほどの憎悪を抱いている」一握りの少数者が領導しているこの政権の真の怖さは、全人類に破局的結末をもたらしかねないエスカレートに歯止めをかける上で不可欠となるであろう理性と自制心が、そこには不在であるのを容易に感じ取らせている点にある。

同時に、この犯罪によってホイットニー氏が述べるように、必然的に「米国がロシアに対する戦争行為を計画していたことが証明された」(注5)と見なしうるのであり、この政権のロシアへの対応・交渉の全過程の隠された深部において、この「計画」に象徴される破壊的好戦性が中心的位置を占めていると考えうる。

無論、現在においてこの「計画」の内容を知ることはできない。それでもバイデン政権内で半永久的に機密指定が解除されない何らかの決定事項が存在するだろうことは疑いないが、その概要を推定するのはさほど困難ではないはずだ。

これについて、『ウォールストリート・ジャーナル』紙の国連特派員など主流派メディアの仕事が長かった米国ジャーナリストのジョン・ローリア氏は、「(経済制裁によって)ロシアを罰し、国民をプーチンに対して立ち上がらせ、最終的にエリツィンのような傀儡をモスクワに復活させる」方針と見なす。(注6)
そしてローリア氏はその裏付けとして、英国の国防担当閣外大臣ジェームズ・ヒーピーが英『デイリー・テレグラフ』紙の昨年2月26日付における発言を取り上げている。

「ロシア国民に、プーチン大統領がいかに自分たちのことを気にかけていないかを分からせねばならない。それを示すことで、プーチン大統領の大統領としての日々は確実に短くなり、彼を取り巻く独裁的エリートらの日々も短くなる。彼は権力を失い、後継者を選ぶこともできなくなるだろう(注7)。

つまり「ロシアに対する戦争行為」の「計画」とは、直接的戦争ではなく、最大限の経済制裁でルーブルを暴落させ、経済と国民生活を破壊して不満を煽り、2014年2月のキエフにおけるネオナチ主導のクーデターに酷似した暴動や内乱で治安を悪化させ、政権転覆を図る――という目論見であると考えられる。

ローリア氏は、だからこそウクライナ侵攻は「米国にとってそうした計画を発動するためにどうしても必要だった」と断言するが、妥当な指摘だろう。

米国はロシアのウクライナ侵攻を望んでいた

他方でバイデン政権が当初、期待通り戦争が勃発しても、ウクライナのロシアに対する軍事的勝利を計算していた形跡は乏しい。一定期間、侵攻に抵抗できればよく、その間に経済制裁で痛めつけるのを予定していたはずだ。

ところが周知のように経済制裁の効果は完全に予測外れとなったため、戦争が長引くにつれ初めてウクライナ軍の弾薬や砲弾、ミサイル、各種兵器等の米国やNATO加盟国からの供給が不足して大混乱をきたし、付け焼き刃的な対応を繰り返している現状はその証明ではないか。

いずれにせよ、バイデン政権あるいは米国という「安全保障国家」に、「紛争の平和的解決」という国連憲章の根幹にある精神は存在しない。

むしろ「世界一極支配」という米国のあらゆる対外行動の大前提が、「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係」という国連憲章が構想する世界像と決定的に相いれないがゆえに、「平和的解決」とは真逆の手段を常時行使するのに及ぶ。ノルド・ストリーム爆破は、その動かしがたい事実を改めて確認させたにすぎない。

米国とその属国らから成る「集団的西側」がハーシュ氏の記事から故意に目をそらし、あるいは虚偽の発言で済まそうとしているのは、そうした事実を認めたくないからだろう。

ローリア氏は続ける。

「米国は、ロシアの軍事行動を容易に阻止することができたはずだ。ウクライナに2015年のミンスク和平協定を履行させ、極右民兵を解散させ、欧州の新しい安全保障の枠組みについての真剣な交渉にロシアを参加させるという3つのことを実行すれば、ロシアのウクライナ内戦への介入を阻止することができたはずなのだ。

しかし、そうはしなかった。米国はロシアとの真剣な外交を通じ、まだこの戦争を終わらせることができる。しかし、そのようにすることはない。……米国はこの戦争を望んでいたのであって、さらに戦争を継続させるのを望んでいることも、これ以上ないほど明らかではないか」(注8)。

(注1)「How America Took Out The Nord Stream Pipeline」(URL:https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream).
(注2)February 11 ,2023「What Hersh Got Wrong」(URL:https://www.unz.com/mwhitney/what-hersh-got-wrong/
(注3)February 16, 2023「WATCH: Sy Hersh on CN Live! — ‘American Sabotage’ 」(URL:https://consortiumnews.com/2023/02/16/watch-seymour-hersh-on-cn-live/).
(注4)Caitlin Johnstone,November 19, 2019「25 Times Trump Has Been Dangerously Hawkish On Russia」(URL:https://caityjohnstone.medium.com/25-times-trump-has-been-dangerously-hawkish-on-russia-ada915b07f97)参照。
(注5)(注2)と同様。
(注6)March 27, 2022「Biden Confirms Why the US Needed This War」(URL:https://consortiumnews.com/2022/03/27/can-russia-escape-the-us-trap/).
(注7)「Ukrainians are fighting for their freedom, and Britain is doing everything to help them」(URL:https://www.telegraph.co.uk/world-news/2022/02/26/ukrainians-fighting-freedom-britain-everything-help/
(注8)(注6)と同。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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