【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第15回 菅家さんの無実を「虚偽自白」で一転させた検事

梶山天

宇都宮地検の森川大司検事は、足利事件の第5回公判後の1992年12月7日、宇都宮拘置支所に足を運び、元幼稚園バス運転手の菅家利和さんを調べた。

菅家さんが自供させられた足利事件の松田真実ちゃんと、その事件前に起きていた2件の未解決事件(福島万弥ちゃん(5)、長谷部有美ちゃん(5))の犯行の一部がパターン化しているとして、一抹の不安をよそに真意を質した。

足利事件だけは、DNA型鑑定が一致したという物的裏付けがあるが、残りの2件の未解決事件は自供だけだったのが気懸りだったのだ。

Male prosecutor reading documentary evidence, preparing case strategy for court

 

森川検事の予測通り、菅家さんは逮捕後、初めてこの日に事件を否認した。ここで重要なことは、足利事件までも否認したことである。青天の霹靂な展開に、森川検事はまずいと思ったのだろう。

翌日の12月8日は予定がなかったのに突如、拘置支所に再度赴き、足利事件について調べをした。その時の様子を録音記録から見てみよう。そこからは森川検事の狼狽した様子が見て取れるだろう。

森川:「……(沈黙・5秒)ところで前にね、君からちょっと変なことを聞いたんでね、今日来たんだけれども」。

菅家:「はい」。

森川:「……(沈黙・5秒)今、起訴している、ね、真実ちゃんの事件」。

菅家:「はい」。

森川:「……(沈黙・5秒)あれは、君がやったことに間違いないんじゃないのかな?」

菅家:「違います。」

森川:「ええ?」

菅家:「……違います」。

森川:「違う?」

菅家:「はい」。

森川:「ふーん」。

菅家:「それでなんか、いいですか?」

森川:「うん」。

菅家:「鑑定ですか?」

森川:「うん」。

菅家:「自分にはよく分かんないですけど、なに鑑定っていいましたっけ?」

森川:「DNA鑑定」

菅家:「そんなこと聞いたんですけど、でも自分じゃそれ全然覚えてないんです」。

森川:「だけど、DNA鑑定で、君とね、君の精液と一致する精液があるんだよ?」

菅家:「全然それ、分かんないですよ。本当に」。

森川:「……(沈黙・5秒)え?」

菅家:「絶対違うんです」。

森川:「違うんですって言ったってさ、え? 君と同じ精液持っている人が何人いると思ってんの?」

菅家:「……(沈黙・5秒)」

栃木県警が菅家利和さん(中央)を足利事件の犯人として逮捕後に渡良瀬川河川敷で松田真実ちゃん殺害事件の現場検証を行った。

 

森川検事は「真実ちゃんの下着の中に陰毛がついていて、それも一致するんだよ」と他の証拠にも言及した。しかし、実は陰毛ではなく一本の毛髪であったこと、そして肌着遺留精液とは極めて高い類似性が認められることがその後の鑑定で分かった。

「陰毛の血液型と、真実ちゃんについていた唾液も一致している。君が認めたっていうことだけじゃなくて、他に証拠があるからだよ?」。森川検事は前日の何でも話を聞くという姿勢から一変し、DNA型鑑定の結果を盾に、言葉を失い黙り込む菅家さんに、畳みかけるように問い質した。

「コンクリートの堤防上で殺したなんていうのはね、警察だって、僕だって誰も想像してなかったことだと思うんだけどね。コンクリートの堤防上でね、首絞めて、それを運ぶときに、斜面で1回下ろしたとか、説明したでしょう? どうなんだい? ずるいじゃないか、君。なんで僕の顔見て言わないの。さっきから君は、僕の目を一度も見てないよ」。途方に暮れた菅家さんは「ごめんなさい」と、すすり泣きを始めた。

「嘘だったの? そうだね。」と犯行を認めさせようとする森川検事に、菅家さんは「勘弁してください。勘弁してくださいよ」とただ、鼻をすすり懇願するしかなかった。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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