第15回 菅家さんの無実を「虚偽自白」で一転させた検事
メディア批評&事件検証92年12月8日の録音の続きを見てみよう。
森川:「で、はっきり言って、草むらに置かれて死んでっちゃった真実ちゃん、可愛そうだと僕は思うしね」。
菅家:「自分も思います」。
森川:「ね、それが、君が本当に違うんだったらだよ、全然やってない人を罪に落としてね、真実ちゃんだって浮かばれないし」。
菅家:「はい」。
森川:「かと言って、本当は罪を犯しているのに罪を免れるんだったら、本当それこそかわいそうでしかたないと思うよ?だから、僕は、本当のことを言え、言ってもらいたいと思っている。ね?」
菅家:「……(沈黙・7秒)」。
森川:「それで、話ししているわけでね」。
菅家:「……(沈黙・16秒、その後、涙混じりの声で)すみません……。」
森川:「間違いないんだな? ん? 真実ちゃんの事件は間違いないんだね?」
菅家:「はい」。
森川:「やったの?」
菅家:「あとは知りませんけれど」。
森川:「真実ちゃんのは間違いないの?」
菅家:「はい。すみません」。
(中略)
森川:「そう。僕はね、昨日、真実ちゃんの事件はね、僕はもう間違いないと思ってたから聞くつもりはなかったんだけど、それで、万弥ちゃんの事件とかね、有美ちゃんの事件がちょっとね、まだやっぱり古いっていうこともあってよく分からないこともあったからね、それを聞こうと思って、あの真実ちゃんの事件と、あっ、万弥ちゃんの事件と、有美ちゃんの事件ね、これについて聞きたいんだと、この2つの事件本当にやったのかということで聞いたつもりなんだよ」。
菅家:「はい」。
森川:「そしたら、君、起訴してる真実ちゃんの事件ね、一番新しい事件ね。これが違うなんて言い出したからね、あれあれって思ったんだけどね」。
菅家:「本当申し訳ないです。(沈黙・4秒)勘弁してください。ごめんなさい」。
(中略)
森川:「昨日のあれは、真実ちゃんのあれ、も、嘘を言ったということで、間違いないんだね」。
菅家:「はい、すいません。ごめんなさい。取り消してください。昨日のは」。
森川:「うん、いいよそれは、それは気にしないでいいから」。
菅家:「はい、ありがとうございます」。
菅家さんの前日の真実ちゃん殺害否定から翌日には森川検事にそれをひっくり返されてしまった。92年12月13日から宇都宮地裁で始まった足利事件の裁判では、菅家さんは真実ちゃん殺害を認め、同年6月9日の第5回公判まで維持する。しかし菅家さんは、第6回公判(同年12月22日)には否認に転じる。
同年12月7日と12月8日の2日間にわたる森川検事の宇都宮拘置支所での取り調べには、いくつかの問題がある。検察官は起訴後であっても被告人に対し起訴に関わる事実について、公判維持に必要な取り調べを行うことはできる。ただし、その取り調べは、刑事訴訟法の大原則である当事者主義や公判中心主義の趣旨を損なう危険がある。
そのため、公判開始後は法廷で被告人質問を行うのが一般的であり、あえて公判外で取り調べを行う必要性はない。それが許されるのは、高度の必要性が認められる場合だ。それも、検察官が被告人や弁護人の承諾を得るなど、対応を充分に行ったと評価できる場合に限られる。
森川検事の取り調べは、すでに2度、法廷で被告人質問を行った後だ。事前に弁護人の許可も得ず、菅家さんには黙秘権の告知や弁護人の援助を受ける権利について何の説明もしなかった。
憲法37条(刑事被告人の権利)の精神を没却している。被告人である菅家さんの当事者としての地位を侵害するだけでなく、公判期日で行われた被告人質問を全く無視した、刑事訴訟法の原則に反するものだった。
足利事件の控訴審から弁護団に参加した泉澤章弁護士によると、検察のこの取り調べについて、それを聞いた弁護団は驚愕したという。
当初検察官は、あくまで別件の取り調べを録音したもので、足利事件とは関係ないと述べていた。しかし、実際録音内容を確認すると、本件である足利事件についての取り調べてあることが判明した。そして、次のように批判した。
従前菅家さんは宇都宮地裁での一審第6回公判で初めて否認に転じたと思われていたのだが、実はその前にも検察官の取り調べに対して別件2件だけでなく、足利事件についても否認していたという事実が初めて明らかになった。
(中略)
検察官は、翌日、すぐにまた拘置所を訪れ、(中略)DNA鑑定が一致するのをどう思うなどと、菅家さんを追い詰め、再度自白へと転じさせていたのである。
そして、このことを全く知らない一審弁護人や裁判官を前に、検察官は、後の公判で再度自白から否認に転じた菅家さんの態度をして、まるで支援者に操られて否認に転じたかのように主張していたのである。
検察官が、足利事件の公判が始まってからも、弁護人に秘して本件調べを行ったことは、それ自体として、非難されるべきであるが(再審判決もこのような検察官の取り調べははっきりと違法と断じている)、さらに、菅家さんが否認に転じ、それまでの供述内容に強い疑念が持たれるようになったにもかかわらず、否認供述内容を真剣に吟味するどころか、虚偽自白を維持するため、あわてて「説得」に回るような取り調べを行うなど、より非難に値しよう。
森川検事の菅家さんに対するこの2日間の宇都宮拘置支所での取り調べについて最高検報告書は次のように述べている。
12月7日の取り調べは、余罪2事件に関して最終的に起訴・不起訴を判断するためになされたものであるが、その際、菅家氏は余罪2事件だけではなく、起訴済みの本件についても逮捕後初めて否認した。そこで、主任検事は、同月8日の取り調べを行った。
主任検事が同日の取り調べの目的については、再審公判における同検事の証言によれば、菅家氏の余罪2事件を否認する供述が真実か、否かを見極めるために本件を否認する供述の真意を確かめるところにあったと考えられ、その取り調べにより菅家氏から本件に関する自白を得た上、これを公判廷で利用する意図まではなかったと認められる。
しかしながら、その取り調べにおいては、かなりの部分が、本件自白に至った経過や事実関係等の確認に当てられたものと認められ、既に起訴されて公判係属中の本件に関する取り調べと受け止められてもやむを得ない側面があったことは否めず、そのような取り調べの必要性や方法について、より慎重に検討すべきであった。
足利事件弁護団も指摘しているが、92年12月7日の取り調べで無実が明らかになり、翌12月8日の取り調べで「虚偽自白」が引き出されたことに対する司法当局の反省は全く見られない。こんな中途半端な反省だから、冤罪が撲滅されない。
これだけは、肝に銘じて欲しい。法律に基づいて取り調べや逮捕などをする検察官や警察官が、法を犯して冤罪を作ったのであれば、しっかりとその罪を償ってもらいたい。
新聞記者時代に様々な裁判官、検察官、警察官を見てきた。殺人事件の裁判で事件のカギを握る証拠であるDNA型鑑定の型判定結果を裏付けるエレクトロフェログラムも見ずに判決を出す裁判官もいる。被告の証言だけで判決文を書くのか。私はその人たちを実名を挙げてこれからも闘う。
連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】鑑定漂流ーdna型鑑定独占は冤罪の罠ー(/
(梶山天)
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。