【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第16回 DNA型鑑定の風雲児の奮闘

梶山天

DNA型鑑定は、1980年後半から警察庁の科学警察研究所(科警研)が研究し、導入をもくろんでいた。ところが国内では、東京大学をはじめ信州大学や新潟大学、筑波大学といった大学医学部の法医学教室などがこぞって研究を始めていたのだ。その大学におけるDNA鑑定こそが、つい2015年ごろまでは捜査機関の鑑定の暴走を少なからず防いでいたといっても過言ではない。

そして、鑑定能力の精度の高さと研究に対する緻密さにおいては、一部の大学を除けば、大学側がはるかに高かったと言えよう。今でもDNA鑑定の世界標準とは異なる日本の捜査機関におけるDNA鑑定の実態は変わらない。いや、直そうとしない。それを見て見ぬふりをして放置しているのが日本だ。

そして、ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天(たかし)がなぜ今、この時期に連載「鑑定漂流」とのタイトルで、よりによって足利事件からなぜスタートしたのか。それには理由がある。私が一番注視しているのは、鑑定機関のトップである科警研の所長の人事である。歴史を紐解くと、長らくその地位には今も捜査機関を監視する大学の法医学の教授が就いている。

当然、彼らは科警研や科捜研のDNA型鑑定が世界標準とは異なっていることは承知の上だ。なのに未だにそうした状況が続いている。どうして所長に選ばれたのか。捜査機関にとって好都合な人物だからとして選ばれているのだとすれば嘆かわしい。

連載「鑑定漂流」で報じている足利事件が実はこの後、再審によって冤罪だったことがあばかれるが、その法廷に出てきた科警研トップの言動こそ、多くの国民があきれ果てたとしても無理はない。伝統的にはタブーとされていた日本法医学会を、科警研主催で行うことを認めていた。なぜ、DNA型鑑定が捜査機関の独占状態になったのか。足利事件の顛末までを見ていくと、その状態が如実に表れている。それは事実だし、その責任は大きいことを指摘しておく。

そして犯罪を裁く裁判所が、証拠で最も有力視されているDNA型鑑定の実情に目を向けなくてどうするのだ。この国を駄目にしている裁判所も同罪だ。何が科学技術立国だ。聞いてあきれる。世界がその実態を知ったら、日本の捜査機関と裁判所は地に落ちる。日本は法治国家と言えるのだろうか。

朝日新聞記者時代にDNA型鑑定の取材過程で関係者に出身大学と学部を聞いてみると、捜査機関の研究員は意外と理学部が多く、大学側は、医学部の法医学教室で学んでいた人がほとんどだった。

ここで梶山が最も尊敬するDNA型鑑定の風雲児を紹介しよう。1970年代にタイムスリップする。北九州出身のある若者が福岡県内の高校を卒業後、関門海峡を渡って、茨城県つくば市に開学した筑波大学人間学群に入学した。その人物の名は本田克也。

もともと彼は、心理学者を志していた。卒業後は大学院に進まず、人間をより深く究めるために、医学部への受験を決意し、独学で同大学医学専門学群に入学。卒業後は臨床医ではなく、学者を目指し、同大学大学院博士課程(医学研究科)で法医学を専攻した。そしてDNA型鑑定に興味を持ち、恩師である三澤章吾教授に出会った。

彼は87年から筑波大の大学院で歯や骨からDNA鑑定を行う研究を進めていた。「好きこそ物の上手なれ」ということわざがあるように、三澤教授は時間を惜しまず、ただひたすらに学ぼうとするこの若者の姿勢に好感を持った。その若者が信州大学の福島弘文教授の目にとまったのだ。

三澤教授も「彼のステップアップのためには、研究環境が整っている所がよい」との薦めもあって若き彼は、博士課程修了後は信州大学の福島教授のもとに助手として赴任したのである。91年10月のことだ。

彼にとっては、これから三澤教授にいろんな事を学ばせてもらおう、と意欲満々だっただけに信州大学への異動は不本意であったのは事実だ。しかし、結果としてそこで大きな発見をすることになる。

時間を忘れるほどDNA型鑑定の研究に没頭する本田克也さん。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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