ドキュメンタリー映画『いのち見つめて』が映し出すもの

向井美香

「高次脳機能障害」をご存知ですか?まだ広く知られているとは言いがたいこの障害は、脳卒中や交通事故などで脳の一部が傷つくことによる記憶障害や人格変化で、コミュニケーションがとりづらい、社会ルールに適応できないなどの症状が見られるようになります。しかし外見は以前と変わらないため周囲の理解を得られにくく、当事者や家族が苦しむ一因となっています。

映画『いのち見つめて』は、こうした高次脳機能障害への理解とともに、現代社会において急速に増しているこの障害の社会背景に目を向けて欲しいとの狙いで制作されました。

映画『いのち見つめて』チラシ

映画製作のきっかけは2020年10月に大阪で開催された「三池闘争60年シンポジウムin関西」。ここで高次脳機能障害について報告した山口研一郎医師を中心に製作委員会が結成され、三池炭鉱があった町・大牟田市出身の港健二郎監督が、「高次脳機能障害を広く知らせること、また、1960年の三池闘争を一つの結節点として能率と経済優先に邁進してきた現代社会の“ありよう”を問う作品にしたい」と指揮をとりました。

港さんは、17年前にも三池炭鉱炭じん爆発事故を下敷きに社会を問う作品『ひだるか』を監督、異色の作品として好評を博しました。『ひだるか』でニュースキャスターを演じた岡本美沙さんが、今回の「いのち見つめて」ではナビゲーターを担当、テーマ曲を提供するなど本職の音楽でも全面協力しています。製作はクラウドファンディングで資金を募り、多くの方々の期待と応援を受けながら進行しました。

映画では、JR宝塚線福知山脱線事故の被害者、落馬で障害を負った元JRA競馬ジョッキーなどの当事者、ともに暮らす家族、患者会、医師、支援者、弁護士などに高次脳機能障害を取り巻く現状を取材。同時に重要なエピソードとして、63年の三池炭鉱の炭じん爆発事故を取り上げています。

59年、合理化を進める会社側に対し、命と生活を守れと労働者が立ち上がった「三池闘争」は敗北に終わり、会社側は採掘現場での人員削減を断行。その3年後に起きた炭じん爆発事故は、死者458名、一酸化炭素中毒(CO中毒)患者839名を出した戦後最大規模の炭鉱事故となりました。その原因は必要な保安要員が減らされた結果、坑内の安全と労働者の命がおろそかにされたことに求められます。

事故によるCO中毒患者は外見は事故前と変らないものの、脳の一部が破壊されることに起因する社会性の欠如や暴力的性格への変化、幼児化といった高次脳機能障害に特有の症状がみられましたが、当時はわからないままに、「ぶらぶら病」などと言われて詐病を疑われ、会社側も国も障害を持つに至った患者と家族への態度は冷たいものでした。

高次脳機能障害に20年以上取り組み、患者1000名以上を診てきた山口研一郎医師は、「高次脳機能障害は社会を映し出す鏡」と言い、三池闘争敗北後に労働組合の力が弱まってゆくのに反比例するように、1970年代以降、能率追求の労働現場や交通事故による患者の増加を指摘。上映の広まりが、炭じん爆発被害の患者を受け入れ、高次脳機能障害に関するデータと経験の蓄積がある大牟田市の「大牟田吉野病院(旧労災病院)」を研究のためのパイロット施設とする後押しに、との期待も込めます。

2021年11月の大牟田市での完成披露上映を皮切りに、大阪府下ではすでに高槻市、堺市、八尾市などで、また22年4月5日には東京の衆議院第二議員会館でも『国会内試写会』行われました。当日は映画に登場する当事者家族の白井京子さんも参加。ご自身のブログに「私はもう何度も見ている映画。

でも国の舵を取る先生方と一緒にこの映画を見ることで高次脳機能障害の未来が少しずつ良い方に進む気がしました。高次脳機能障害という言葉さえなかった時代からこの後遺症に苦しんできた方々の思いも、そして今なんとかこの障害に向き合おうとしている私たちの思いも、今回この映画に乗せられたようなそんな気持ちで見ていました」と綴っています。

いつ誰でもがなりえる障害としての高次脳機能障害への理解、また、現代社会のひずみへのひとりひとりの向き合いを問われる作品であることに加え、上映を重ねるごとに、「人と人とが繋がることの希望」を伝える映画としても育っているように思います。

障害は社会が生み出すもので、生きづらさがあるとすれば、それは障害者当人の責任ではありません。この作品が一人でも多くの人に届き、誰もが尊厳を持って生きられる社会づくりにほんの少しでも貢献できれば。映画に登場する面々、スタッフ一同で願っています。

※長編ドキュメンタリー映画『いのち見つめて』

東京都武蔵野市のアップリンク吉祥寺にて絶賛上映中(〜4/28)
上映時間は、下記、アップリンク吉祥寺予告サイトにてご確認ください。

『いのち見つめて』公式サイト
https://inochikoujinou.wixsite.com/inochi
アップリンク吉祥寺予告サイト
https://joji.uplink.co.jp/movie/2022/12881
キネマ旬報社・KINENOTE
www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=96632&key_search=いのち見つめて
映画ドットコム
https://eiga.com/movie/96707/

向井美香 向井美香

編集者

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