NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(5) ―セイモア・ハーシュの暴露記事とウクライナ戦争の本質(下)―
国際これまで論じてきたセイモア・ハーシュ氏によるノルド・ストリーム爆破事件の記事が、新たな展開を見せた。ハーシュ氏のスクープを約1ヶ月間も無視してきた『ニューヨーク・タイムズ』等の主流派メディア(MSM)が2023年3月7日以降、唐突にかつ一斉にこの事件を取り上げ始めたからだ。
しかもそこでは、米国のジョー・バイデン大統領とジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官、アントニー・ブリンケン国務長官、ヴィクトリア・ヌーランド国務次官が共謀して爆破を計画・実行したというハーシュの記事の根幹が一切触れられないまま、正体不明の「親ウクライナ派」なる集団を実行犯として登場させている。
本サイトではこれまで、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』を筆頭とするMSMがいかに政権と癒着し、その戦争政策のプロパガンダ機能を果たしてきたかを事実に即して指摘してきた(注1)。今回の3月7日以降のMSMで賑わった爆破事件「報道」も、そのような機能の新たな例証に他ならない。
特に『ニューヨーク・タイムズ』同日付の「親ウクライナ派がパイプラインを破壊したことを示唆する情報:米政府関係者が発表」なる大型記事(注2)は、同紙の「格」からか、大きな注目を集めた。
しかし執筆した記者を確認しただけで、早くも胡散臭さが漂う。3人の連名のうち、ジュリアン・バーンズ記者とアダム・ゴールドマン記者は2020年5月から7月にかけて、断続的に同紙が掲載した例の「ロシアのGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)がアフガニスタンのタリバン兵士に賞金を支払い、米兵を殺害させた」などとする一連の記事の執筆者だ。
この種の記事は当時の米中央軍(注=中東、中央アジア担当の地域別統合軍)司令官だったフランク・マッケンジー自身が同年7月7日に信憑性を否定したことで以後消滅し、「ロシアゲート」報道と同様に近年の『ニューヨーク・タイムズ』の捏造体質を露呈する結果となった。同じ記者による今回のノルド・ストリーム「報道」も、いつものロシアバッシングと趣が異なるが、これまでと同様に説得力に乏しい。
その特徴として指摘されるべき第一は、記事の最大の狙いがハーシュ氏のスクープの無化にあるという点。冒頭、「米国当局が検討した新たな情報は、親ウクライナ派グループが昨年のノード・ストリーム・パイプラインへの攻撃を行なったことを示唆しており……破壊行為の責任を決定するための一歩となった」とこの記事の「意義」を自賛している。
だが、2月8日にハーシュ氏の記事がインターネットで公開されており、これが疑いなく「責任を決定するための一歩となった」はずではないのか。
それでもハーシュ氏については、「バイデン氏の指示で米国がこの作戦を実行したと結論付ける記事」を発表したと触れている。ところが、記事の内容については「大統領が(ロシアの)侵攻前にストリーム2に『終止符を打つ』と脅したことや、他の米政府高官の同様の発言を引用している」とだけ紹介。その「米政府高官」に「米国の関与はなかった」と語らせ、同記事を事実上切り捨てている。
ハーシュ氏の記事の骨頂は、米海軍の深海潜水部隊がバルト海でのNATOの演習「BALTOPS22」を利用し、ノルウェー海軍と共謀してプラスチック爆薬C‐4を設置・起動させたというディテールにあるが、この部分を『ニューヨーク・タイムズ』は何も触れていない。
「記事」の要件を満たしていない『ニューヨーク・タイムズ』
第二に「一歩」などと強調しながら、「親ウクライナ派グループ」について極度に具体性を欠いている。当の「示唆」したという複数形で表現している「米政府高官」自身が「犯人とその所属について知らないことが多くある」とされ、しかも「グループのメンバー」は「特定できていない」という。ならば、常識的に考えて記事にできるような条件を満たしていない。
結局、「特定」らしきものは「(破壊が)ウクライナ政府またはその諜報機関とつながりのある勢力によって非公式に行われた可能性」という、曖昧模糊とした記述だけだ。
第三に、それでも記事はウクライナに対し、ネガティブな印象を植え付けることに成功している。つまり米国のみならずロシアについてすら「証拠」という語句や「米政府高官」の断言調の「証言」を用いながら事件への関与を否定し、かつウクライナ政府の「関与否定声明」を紹介しながらウォロディミル・ゼレンスキー大統領も「疑惑」から排除する一方で、「ウクライナ」に「疑惑」をなすり付ける記述を次々と羅列する。
曰く「ウクライナとその同盟国は、パイプラインを攻撃する最も論理的な潜在的動機を持っている」、「ウクライナの関与が示唆されれば……ウクライナとドイツの微妙な関係を揺るがし……ドイツ国民の支持を損なう恐れがある」、「キエフやウクライナの代理人に責任を負わせるような調査結果は、欧州での反発を招き、ウクライナを支持する欧米の統一戦線を維持するのが困難になる可能性がある」等々。
挙句の果てに「クリミア西岸にあるロシアのサキ基地への攻撃」や「ケルチ海峡橋の一部破壊」、「ダリア・ドゥギナさんの殺害」等を引き合いに出し、ウクライナを「ロシアの標的に対する作戦で……必ずしも(米国に)透明でないことがある」ため、「欧州の同盟国を疎外し、戦争を拡大させる危険性があると、米国政府関係者をいら立たせている」などと指摘。これだと、「親ウクライナ派がパイプラインを破壊」したと見なされても、不思議ではないかのようだ。
この記事は、「記事」として成立する必須条件である事実性の確かさ、あるいは確かであろうと見なしうるような構成を欠く。憶測と未確認情報を積み重ねて、ウクライナの否定的行動の「恐れ」や「可能性」の印象を漠然とではあれ読者に植え付ける認識操作が露骨だ。
つまり「細部も情報源も薄っぺらかつ曖昧で、『ニューヨーク・タイムズ』の掲載基準を満たしたのが不思議に思えるほど」であっても、「唯一うまくいったと考えられるのは、ハーシュが結論付けた米国政府への非難をそらすことにある」(注3)という性格の記事なのだ。
ちなみに『ワシントン・ポスト』も同じく3月7日に「諜報部員はノルド・ストリーム爆破の背後にウクライナのパルチザンを疑い、キエフの同盟国を動揺させる」というタイトルの記事を掲載。内容は似たり寄ったりだが、こちらはハーシュに一言も触れていない。
また米国では、「3大ケーブルニュース(CNN、MSNBC、Fox News)のすべてが3月7日から1日以内に『ニューヨーク・タイムズ』の記事を公表した。5つの主要な企業・公共放送局のうち、NBC、ABC、PBS、NPRが同紙の記事を伝え、CBSだけが沈黙を守った」(注4)という。
ドイツ版プロパガンダ記事の登場
さらにドイツでも3月7日に同じような動きがあり、週刊新聞『ディー・ツァイト』が米紙と比べ、より詳細な印象を受ける記事を掲載している。ドイツ公共放送連盟(ARD)や南西ドイツ放送(SWR)等の「共同調査」だという「ノルド・ストリーム調査 ウクライナにつながる痕跡」と題したこの記事(注5)は、やはり質の低さが顕著だ。
例えば、「ドイツの捜査当局は(爆破の)秘密作戦に使われたと思われるボート(注=別の個所ではヨット)を特定することに成功した」とか「グループは船長、潜水士2名、潜水助手2名、女医1名の計6人で構成され」ていた、あるいは「捜査当局は、(所有者に戻されたボート又はヨットの)船室のテーブルに爆薬の痕跡を発見した」などと断定かそれに近い調子で報じているが、一方で逃げを打つような表現だらけだ。
「誰が破壊を命じたのか、捜査当局はまだ証拠を発見していない」、「犯人の国籍は不明」、「ウクライナ人が犯人であることを示す痕跡が意図的に作られた可能性」等々と続き、これではどうして「ウクライナにつながる痕跡」というタイトルが成立するのか疑わしい。それらしき唯一の根拠は、この「ヨット」が「2人のウクライナ人が所有しているようだ」というおぼつかない伝聞だ。
例の『ニューヨーク・タイムズ』が「示唆」する「親ウクライナ派」とは、この一隻の「ヨット」に乗船した「6人」ということなのだろうか。しかしそもそもこの程度の陣容で、ノルド・ストリームのような巨大インフラを爆破するのは不可能だ。
海兵隊の情報将校出身で、イラクの元国連大量破壊兵器廃棄特別委員会の主任査察官を務めた軍事評論家のスコット・リッター氏は、次のように指摘する。
「ノルド・ストリームのパイプラインは、26.8㎜の鋼管に33.2㎜のコンクリート被覆を加えた合計60㎜の厚さで構成されていた。一般的な数百㌔の爆薬では、破壊できない」。
「(破壊するには)爆薬の専門家が準備し、理想的には運用前にテストして、設計と機能性を検証する必要がある。これは(ドイツで報じられたような)ウクライナの水中破壊工作員の小規模なアドホック・チームが手掛ける作業ではなく、軍用爆弾や試験施設を利用できる国家の支援者の手によるものだ」(注6)。
つまり『ディー・ツァイト』も『ニューヨーク・タイムズ』と同様、「掲載基準」を満たすのか疑わしい。それでもバイデン政権への疑念をそらし、「ウクライナにつながる痕跡」を印象付けるだけで記事の使命は達せられる。
米独による「明らかな協調的な誤報キャンペーン」(注7)と呼ぶのにふさわしく、背後に「協調」して報道機関に何らかの形で情報をリークした両国の「匿名の政府高官」の影が垣間見えるようだ。
米国の気鋭のジャーナリストであるアーロン・マテが指摘するように「匿名の米政府関係者がウクライナの代理人をスケープゴートにするため、既成メディア内部の代理人を使った」(注8)という仕掛けは、ドイツでも共通であるに違いない。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。