トランプーロシア伝説と米国ジャーナリズムの「デススパイラル」
国際メディアは特定の層を対象にして、その層がすでに自分で信じていることを告げる。たとえそれが裏付けされてないか嘘であっても報じる。この迎合がトランプ—ロシア伝説(the Trump-Russia saga)の報道を定義する。
記者は過ちを犯す。それはその職業上の性質だ。もっと注意深く報道されればよいのにと我々が願う話は常に幾つかある。発表まで数時間しかないことも多い締め切り間際に記事を書くことは、不完全な技だ。
しかしミスが生じたときには、それを認め公表しなければならない。それを隠蔽すること、それが起らなかったふりをすることは、我々の信憑性を破壊する。ひとたびその信憑性がなくなれば、報道は選ばれた層のための閉ざされた反響室(echo chamber)に過ぎなくなる。不運なことに、それが現在、商業メディアを定義しているモデルだ。
トランプ政権のあの4年間、トランプ-ロシア説話についての正確な報道がなかった点でも十分悪いことだ。さらに悪いことには、主要なメディア組織は、その間に偽りの話や報道を何千と作りだしていながら、現在、本気で事後検証に取り組むことを拒否している。その組織的失敗があまりにひどく広範であったために、報道全体に非常にやっかいな影を投げかけている。
CNNやABC、NBC、CBS、MSNBCといったテレビを始め、『ワシントン・ポスト』、『ニューヨーク・タイムズ』、そして『マザー・ジョーンズ』が4年間、軽薄で裏付けのないゴシップを事実として報道していたことをどうやったら自分で認めるだろうか?
どうやったら彼らは、自分たちが魔女狩りや敵意に満ちた新マッカーシ主義に参加するためにジャーナリズムの最も基本的なルールが無視されたことを、視聴者や読者に打ち明けるのだろうか?
どうやって彼らは、トランプ大統領への彼らの憎しみが、本人が行なっていない活動や犯罪のことで何年間も彼を非難させるに至らせたことを、一般社会に説明するのだろうか?どうやって彼らは、自分たちの現在の透明性のなさと不正直さを正当化するのだろう?
それは心地よい告白ではないから、起りはしないだろう。米国のメディアへの信憑性は、ロイター・ジャーナリズム研究所が2022年に公表した報告によれば、46ヶ国中で最低の26%であった。そしてそれには十分な理由がある。
ジャーナリズムの商業モデルは現在、私が1980年代初めに中央アメリカにおける紛争を取材しつつ記者として働き始めた当時から変わってしまっている。その当時、広範な一般社会に発信しようとするメディア大手の支局は数社であった。
私は古い時代の報道を美化したいのではない。支配的な言説に挑戦するストーリーを報じた者たちは、米国政府によってだけでなく『ニューヨーク・タイムズ』のようなニュース報道組織内部の支配秩序によっても攻撃の対象となった。
例えばレイ・ボナー氏は、エルサルバドル政府によって行なわれた実にひどい人権侵害を暴露したとき、『ニューヨーク・タイムズ』の編集者たちに叱責されたが、その政府はレーガン政権が資金提供し武装させたものであった。彼は金融デスクの閑職に移動させられた後、まもなく辞職した。
シドニー・シャンバーグ氏はクメール・ルージュに関するカンボジアでの報道でピューリッツァー賞を受賞し、その報道が映画『キリング・フィールド』の素材となった。彼はその後、『ニューヨーク・タイムズ』のニューヨーク支局編集委員に任命され、そこでホームレスや貧困者、マンハッタンの不動産開発業者によって家やアパートを追い出されつつある者たちを取材する仕事を記者たちに振り当てた。
同紙のエイブ・ローゼンソール編集長は嘲笑的に、彼は自分の「専属共産党員」(resident commie)だと私に話した。ローゼンソール編集長はシャンバーグ氏の週2回のコラムを打ち切り、彼を追い出した。私はイラクへの侵略を公然と批判したときに、同紙での自分の職が終わった。物議のある記事を伝えたり、反対の意見を表明したりする者たちに対する解職作戦は、自分を守るために自己検閲を行なった他の記者や編集者たちに関しては無縁だった。
読者の聞きたい情報だけを提供
しかしその古い時代のメディアは、広範な大衆を対象とするために、その読者のすべてを満足させるわけではない出来事や時事問題を報道した。確かにそれは多くを省いた。それは社内の官僚体制(officialdom)に対して過度の信憑性を与えたが、シャンバーグ氏が私に語ったように、ニュースの古いモデルは、議論の余地はあるものの「沼地がさらに深くなり、今より高くなること」を阻止したのだ。
デジタルメディアの到来、及び一般社会を敵対的な構成集団に区分けすることが、商業ジャーナリズムの従来モデルを破壊してしまった。広告収入を失い、視聴者と読者が急激に減少したことで打撃を受けた商業メディアは、残る顧客を満たすことに利権を持つ。
トランプ大統領時代に『ニューヨーク・タイムズ』が得たおよそ350万人の同社のデジタルニュース登録者は、内部調査でわかったことでは圧倒的に反トランプであった。同紙が、自社のデジタル版登録読者たちに彼らの聞きたいことを与えるフィードバック回路が始まった。後にわかることだが、デジタル版登録者たちはまた、非常に怒りっぽいのだ。
長年『ニューヨーク・タイムズ』に勤務した調査ジャーナリストのジェフ・ガース氏が最近私に語ったところでは、「もしも『ニューヨーク・タイムズ』がトランプ支持か、あるいはトランプに対する批判が十分ではないと受けとめられるものを報道すると」、彼らは「登録解除するか、ソーシャルメディアでそれについて不満を書く」場合もよくあったという。
登録読者に彼らが欲しいものを与えることは、商業的分別だ。しかしそれはジャーナリズムではない。
ニュース配信組織は、その将来がデジタルであるので一斉に、たとえ報道記者の手腕がなくともテクノロジー通で、ソーシャルメディアによりフォロワーを引きつけることができる者たちで自社のニュースルームをいっぱいにした。
『ニューヨーク・タイムズ』のバグダッド支局長だったマーガレット・コーカー氏は2018年、同紙の編集部によって解雇された。テロリズムに関するスター記者とされたルクミニ・カリマキ氏がイラクへの再入国を禁じられたのは彼女のせいだと経営陣は主張したが、コーカー氏は一貫してそれを否定した。
しかし、コーカー氏がカリマキ氏の仕事について多くの苦情を申し立て、カリマキ氏を信頼できない人物とみなしていたことは、同紙の多くの人にとってよく知られたことだった。
同社はその後、2018年にカリマキ氏が立ち上げ高く賞賛されていた12編のポッドキャストである「カリフ」を取り下げねばならなくなるが、その理由はそれが1人の詐欺師の証言に基づいていたためであった。副編集長であったサム・ドルニック氏は「カリフ」のポッドキャスト開始発表時、「カリフ」はモダンな『ニューヨーク・タイムズ』を象徴すると言った。その宣言は後に、ドルニック氏がおそらくは予想していなかった形ではあれ真実であるとわかった。
米国を代表するフリージャーナリストの一人。2002年にピューリッツァー賞を受賞。『クリスチャン・サイエンス・モニター』等で中米をはじめ海外特派員として15年間活動後、1990年から2005年まで『ニューヨーク・タイムズ』に記者として勤務。中東支局長やバルカン支局長を歴任した。著書に 『American Fascists: The Christian Right and the War on America』(2007)、『Death of the Liberal Class』 (2010)等。現在は、インターネットメディアを中心に執筆活動を続けている。