【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第14回 「ブチャにおける虐殺事件」の真相

寺島隆吉

ゼレンスキー大統領の国会におけるオンライン演説の嘘を、何回かにわたって追求してきたのですが、そこに突然、 「ロシア軍によるウクライナ・ブチャ(Bucha)の大量殺戮」というニュースが飛び込んできました。

そこで、今回で「ゼレンスキー大統領の国会におけるオンライン演説の嘘」についての連載を終えて、元々の話題である「Sさんのオンライン署名運動」に戻るつもりだったのですが、急遽、予定を変更して、今日は「ブチャ(Bucha)の大量殺戮」に絞って考えてみたいと思います。

それを考える格好の材料が、 元財務次官ポール・クレ イグ・ロバ ーツ(PCR:Paul Craig Roberts経済学博士)のブログに掲載されました。 「クレムリンは学ぶことがないのか」と題する次のようなブログです。幸いにも、その和訳が『翻訳NEWS』に掲載されましたので、それを利用することにします。

元財務次官ポール・クレイグ・ロバーツ

 

*The Kremlin Never Learns「クレムリンは学ぶことがないのか、ウクライナ、ブチャのプロパガンダ戦争」( 『翻訳NEWS』2022/04/07)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-872.html

まずロバーツ博士は、ロシアが善意でキエフ郊外から早々に軍隊を撤退させたことが、そもそも間違いだったと、プーチン大統領を批難することから論を始めています。

それは次のようになっていました(ただし寺島による一部改訳)。

 

ロシアは、 「ウクライナが中立国であることに同意した」 あるいは 「同意しようとしている」と考えて、 キエフ周辺から軍を撤退させた。 この軍隊はキエフを包囲し、 その郊外を占領していた。

ロシア軍が撤退するとすぐ、西側の「娼婦メディア」と政府議会からプロパガンダ(偽の大宣伝) が噴出した。 「ロシア軍は敗北したから撤退し、 その敗北に腹を立てて民間人を虐殺した」というのだ。アメリカがユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、ソマリア、シリア、ベトナムなどで犯したのと同じような、戦争犯罪を犯した、というわけである。

ただし、それには違いもある。その違いは、ワシントンは戦争犯罪を犯すことを許されていることだ。なぜなら、ワシントンの犯罪は、民主主義を促進する行為に過ぎず、本当の戦争犯罪ではないからだ。もう一つの違いは、ワシントンの戦争犯罪は本物であるのに対し、ロシアの戦争犯罪はプロパガンダが作りだしたものだということだ。

 

ここでロバーツ博士が言いたかったのは、今回のキエフ政権との交渉で「ミンスク合意で確認されていたはずの『ウクライナ中立化』に、ゼレンスキー大統領が同意した」と考えたことがプーチン大統領の間違いだったということです。

なぜならロバーツ博士が、このブログの後半でも言っているとおり、 「ワシントンの傀儡であるウクライナのゼレンスキー大統領」は、 「クレムリンがキエフとおこなっている交渉を支持する声明を1つもおこなっていない」からです。

言われてみれば確かに、キエフとの交渉団でロシア側はそのような感触を得たので、そのことを受けてプーチン大統領は軍の撤退を命じたのでしょうが、キエフ側は軍事行動の敗色が濃くなればそのたびに停戦・交渉に応じて時間稼ぎをし、体制を立て直すと戦闘を再開するということを、この8年間、繰りかえしてきたのです。

それがミンスク合意が守られなかった最大の原因でした。また同時に、このウクライナ紛争を長引かせてロシアを疲弊させ、プーチン政権を倒すことが、覇権国家アメリカの最終的な目標でした。

このためドンバスの住民は、辛酸をなめるような生活を8年間も送らねばなりませんでした。そして、その中での死者は1万3,000~4,000人にも上りました。

だからこそ、ロバーツ博士が思わず、 「クレムリンは学ぶことがないのか」 「プーチンは学習能力があるのか」と叫びたくなったのでしょう。その証拠に、ロバーツ博士は、このブログの後半部で次のように嘆いています。

 

ワシントンの傀儡であるウクライナのゼレンスキー大統領からの、クレムリンが行っている交渉を支持する声明は1つもない。クレムリンは、無意味な交渉で戦争に負けることを選んでいるとしか考えられない。だとすれば、なぜクレムリンはさっさと降伏してしまわないのだろうか?

 

ここでロバーツ博士は、ゼレンスキー大統領を「ワシントンの傀儡である」と言っています。つまり、ゼレンスキー大統領の言動は、CIAや国防総省による裏からの指導によるものだと、ロバーツ博士は考えているのです。

ここでロバーツ博士が言いたかったのは、たぶん次のことだったのでしょう。

 

ウクライナの首都キエフ占領を目の前にして、なぜ撤退する必要があるのか。

キエフ占領が目前だったからこそゼレンスキーは交渉に応じてプーチンの要求を呑むふりをしたのだ。だからその確認をゼレンスキーから得た上で、 軍の撤退を命じても遅くなかったのだ。

プーチンが、 この撤退を通じて、 「さすが彼は、 戦争ではなく交渉を重視する、 善良な人間だ」という評価を得たかったのだとすれば、それはおめでたいとしか言いようがない。お前はこの8年間に何を学んだのか。

このロバーツ博士の嘆きや心配は、軍が撤退するとすぐ現実のものになりました。というのは大手メデ ィアは、 博士の言うように、 政府に媚を売る「娼婦メデ ィア」なのですから、一斉に次のように叫び始めたからです。
「ロシア軍は敗北したから撤退し、その敗北に腹を立てて民間人を虐殺した」

それはともかく、大手メディアやウクライナ政府・議会による「ロシア軍は敗北したから撤退し、その敗北に腹を立てて民間人を虐殺した」という宣伝には、 一片の真実もありません。

アメリカがアフガニスタンから撤退するときなら、米軍の今までの行為から推測すると十分に考えられることですが、世界最高レベルの戦闘能力を有するロシア軍が「敗北に腹を立てて民間人を虐殺した」ということはあり得ないことですから。

ロシア軍がアサド政権の要請でシリアに乗り込み、米軍ですら手を焼いていたイスラム原理主義勢力をあっという間に駆逐したみごとな成果を知っているものにとっては、上記のような主張をするメディアがあるとすれば、それは無知としか言いようがありません。

というのは、ロバーツ博士は、このブログの最後で次のようにも言っているからです。

 

現在進行中の戦争はプロパガンダ戦争であり、クレムリンはこの点で完全に負けている。クレムリンの心理作戦の能力のなさは、ロシアの軍事的優位性をほとんど無意味なものにしている。 (中略)

ロシアの軍事力を持ってすれば3日で成し遂げられたことが(民間人の殺傷を避けるというプーチンの良心的な戦術のため)今や41日目になっている。

NATOによる「ロシアの侵略」というシナリオは初めから決まっており、ロシア軍の善意は相手側にはロシア軍を無能なものに見せるだけに終わった。

こうして、プーチンの撤退命令によって、キエフ側の挑発行為を迅速かつ決定的な行動で終わらせるチャンスは失われてしまった。

アメリカが通常兵器ではロシア軍と戦っても勝ち目はないことは初めから分かっていることです。だからこそ、最終的には核兵器に頼らざるを得なくなるわけです。このウクライナ危機が「核戦争」につながるかも知れないと恐れられている理由が、そこにあります。

他方、アメリカが軍事面だけでなく経済面でも危機にあり、その面でもロシアや中国に後れを取りつつあることは、世界情勢に明るいひとには自明のことでした。

ですから著名な経済学者マイケル・ハドソンが、プーチンがドンバ ス2カ国の独立国承認を発表したとき、次のような論考を発表した理由も、そこにありました。
The American Empire Self-Destructs, But Nobody Thought That It Would Happen This Fast「アメリカ帝国は自滅する。しかしこんなに早くとは誰が思ったろうか」
( 『翻訳NEWS』2022/03/25)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-842.html

この論考の冒頭で、ハドソンは次のように書いています。

帝国はしばしばギリシャ悲劇のような経過をたどる。避けようとしていた運命がもたらされるのだ。

このことはまさにアメリカ帝国にもあてはまる。しかもそれは、それほどゆっくりではなく、むしろかなり早く自壊する。

経済や外交の予測の基本的な前提は、すべての国が自国の利益のために行動するということだ。しかし、そのような理屈は今日の世界では何の役にも立たない。

なぜなら、 政治的領域を超えたところを見る観察者は、アメリカによるロシアやその同盟国中国との外交的対立を、 「自分自身の足を撃つ」すなわち「自滅」といった言い回しで表現する。

しかし、誰も「アメリカ帝国」がこれほど早く自滅するとは思っていなかった。

つまり経済学者ハドソンにとっては、アメリカの自滅は今や自明のことなのです。だから、 「ロシア軍
は敗北したから撤退し、その敗北に腹を立てて民間人を虐殺した」という西側報道の無知さを眼にしたとき、恐らく氏は唖然としたことでしょう。

経済学者マイケル・ハドソン

 

バイデン政権が、自分の軍事力の弱さを補うためにNATO軍を総動員するだけでなく、世界中からテロリストをかき集めてアフガニスタンにソ連軍を引きずり込み泥沼に落とし込んだと同じ戦術をとろうとしていることも、たぶん、ハドソンにとっては自明のことでしょう。

しかし、ポール・クレイグ・ロバーツ博士にとっては、これはそれほど自明のことではなく、それが次のような嘆きになっていることは先に紹介しました。

現在進行中の戦争はプロパガンダ戦争であり、クレムリンは完全に負けている。クレムリンの心理作戦の能力のなさは、ロシアの軍事的優位性をほとんど無意味なものにしている。

ロバーツ博士は、ブログの後半部で、 上記のことをさらに詳しく次のように説明しています。

 

ロシアのウクライナへの介入は、それが適切におこなわれていれば、いずれ核戦争に発展するロシアへの挑発を終わらせることができたはずだ。

しかし、クレムリンは、自分たちの善意を示すことに固執し、悪魔のような西側が事実や善意など気にも留めないことを認識できなかった。

プーチンの善意によるウクライナへの限定的な介入がもたらしたものは、プーチンとロシアの完全な悪魔化であり、バイデン大統領はニュルンベルク裁判と同じようにプーチンを戦争犯罪人として裁くよう要求している。

ロシアが無実である証拠があるにもかかわらず、第2次世界大戦後のドイツの将校や高官と同じようにプーチンを戦争犯罪人として裁くよう要求しているのだ。

本当の証拠は必要ないのだ。西側では、 「娼婦メディア」の主張だけが支配的なのだから。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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