ロシアからの新たな脅威? NATOこそが現実の脅威だ(5)最終回

アラン・マッキノン(Alan Mackinnon)

米軍が海軍と空軍をアジア太平洋地域へとシフトすることは、NATOが「グローバル」化し、間もなく世界のあらゆる地域からの完全なメンバーシップへとそのドアを開こうとしているのを意味するのだろうか?いや、そうでもない。少なくとも、まだだ。NATOが圏外活動のための権限を持つかどうかの内部での討論は、終わっているように思える。20年間にわたり、この同盟は中東、アフリカ、欧州全域での戦争を戦ってきた。その同盟はすでにその役割を、世界中での問題と緊急事態への対処であると解釈している。

北大西洋条約機構から今後本当にグローバルな同盟となるものへのNATOの変容には、要職高位にある者たちによる強力な唱道がある。昨年までNATO事務局長であったアナス・フォー・ラスムセン、および2013年まで米国のNATO常駐米国政府代表であったアイヴォ・ダールダーのどちらも、NATOのメンバーシップはいかなる民主主義国家に対しても、その国の位置する場所にかかわらず開かれるべきだと強く主張した。(注1) 彼らはバルカン半島とアフガニスタンにおけるNATOの活動が非NATO諸国からかなりの数の部隊を含んだこと、及びオーストラリア、日本、韓国がイラクへ部隊を派遣したことを指摘する。彼らはNATO同盟のグローバルなメンバー諸国が、欧州の軍事力から任務の重圧の一部を取り去るだろうと主張する。その変化のためには、メンバーシップをヨーロッパと北米大陸に限定している、北大西洋条約の第10条の修正が必要になる。これまでNATOはその道を行くことを拒んできた。

現在のメンバー諸国は、第5条の下で世界のいかなる国の防衛に対してもそのように無制限な関与となることを懸念している。たとえばデンマークやラトビアが、東シナ海にある領海争議の島々をめぐる中国との紛争において、日本を防衛するために関与したいと望むだろうか?おそらくそれはない。たぶんより重要なことは、そのような展開となれば、世界中における米国のいかなる介入をも支援するためにはおあつらえ向きの、恒久的な「有志連合」を創り出すことになるだろう。それは疑いもなく、集団的軍事行動に正当性を与えることが可能である唯一の国際組織としての国連、つまり米国がますます支配できなくなりつつある組織を脇に追いやるために使われることになろう。実際に多くの共和党員にとって、国連を抹殺することになる「民主主義諸国の連盟」の創設はその主要な利点のひとつである。

世界は米一極支配から多極化に向かっている

それに向かうひとつのステップとして、NATOには現在、ジョージア、フィンランド、スウェーデン、ヨルダンに加え、オーストラリア、韓国を含む「高次パートナー(enhanced partners)」のカテゴリーがある(注=フィンランドとスウェーデンはNATOの正式加盟が目前の段階)。それは選ばれた非NATO諸国を、完全なメンバーシップへとより近づける。それが一つの完全にグローバルなNATOに帰結することになるのかどうかは、まだ明らかではない。現在のところ、アジアへの「旋回」は、米国とその地域の他の諸国との間の、一連の二国間関係から成り立っている。NATOではなく、米国がアジア太平洋における主要な行動主体である。もちろん、ひとつの新たな地域連盟、つまり極東のNATOを創設するためにどこかの段階で試みがなされることは、まったくあり得ることだ。かつてのその試みである東南アジア条約機構(SEATO)はうまくいかず、1977年に解散された。

明らかなのは、NATOが世界の平和にとっての深刻な脅威であり続けていること、そしてそれが現在欧州の戦域をかなり越える軍事介入のために使われていることだ。それは世界で最も主要な軍事同盟であり、世界の支配的軍事力を備えた米国の確固たる支配下にあり続けている。しかし世界は急速に変化しつつある。挑戦者なき唯一の超大国という時代は終わった。その代わりに、我々は多極化した世界へと向かっている。

過去15年間に、米国は中東全域での大きな戦争において、深刻な逆転を被った。イラク、アフガニスタン、リビア、シリアにおいて、米国主導の軍事介入は惨憺たる戦争そのもので、イスラム国(IS)が入ってきてその野蛮なカリフ統治を確立することとなる権力の真空状態を生んだ。仮にアルカイダが、1980年代の間のアフガニスタンのムジャヒディーンへのCIAによる大規模な支援からの反動的な産物であるとすれば(注2)、イスラム国に対する現在の戦争は、アフガニスタン、イラク、リビアに対する米国主導の戦争からの反動である。

シリアにおいては米国、英国、そしてトルコのようなNATO加盟国は、サウジアラビアとカタールにより支援されて、反アサド勢力のための訓練、兵器および資金を提供したが、その勢力の大半は後にイスラム国かアルカイダと提携する「アル=ヌスラ戦線」に参加した。そして2013年8月のアサド体制に対し米国が直接主導する攻撃を開始する試みは、大西洋の両側での広範な大衆の反対と、英国議会における投票によって失敗しただけであった。

米国支配に対するBRICSの挑戦

おそらくはさらにもっと重要なのが、欧州とアメリカの長期の経済衰退であろう。両者は深く、また被害を与える景気後退により何年間も経済が麻痺しており、負債と低成長の循環にはまったままである。両者の経済は、中国および他の発展途上国により急速に追い抜かれつつある。

Set flags BRICS in room. 3D illustration

このことは、BRICSの台頭によって示されている。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの同盟は西側のG7勢力への代替として出現しており、米国が支配するブレトンウッズ体制および世界の準備通貨としての米国ドルの役割に挑戦しつつある。2014年にBRICSは途上国におけるインフラ事業に融資するため、元入れ計上資産(initial capitalisation)が1000億ドルの新開発銀行を設立した。2015年、中国は新しいアジアインフラ投資銀行(AIIB)を開始し、それはオバマ政権の反対にもかかわらず、たちまちに英国を含む50近くの支援諸国を引きつけた。

オバマ政権は、軌道を変えることでこの危機に対応しようとしている。ブッシュ政権時代にはグローバルな支配への米国の試みが完全に露呈し、相対的に孤立させられ、非常に不人気であった。オバマの思惑もまったく同じであるが、彼の方法はブッシュとは異なる。ブッシュの単独主義(unilateralism)とは対照的に、オバマは米国の手のうちをかなりの程度まで隠す地域的およびグローバルな新しい同盟の創設によって、米国のヘゲモニーを維持しようと求める。米国は現在、世界人口のほとんどを含むものの、中国を排除する広大な自由貿易エリアの中心に自らを置く、大西洋と太平洋の全域にわたる新たな自由貿易合意を交渉しつつあり、それによって米国経済を押し上げ、新規雇用を生み出そうとしている。

軍事の点では、米国はこれまでNATOの急速な成長を好み、NATOの背後でグローバルな強制の鉄拳を隠している。この戦略には理論的根拠がある。それは米国の力の調べを他に聴かせるのだ。米国の経済は長期的には傾くだろうが、その世界的な戦争マシーンは、歴史において類がない。18兆ドルの国家債務にもかかわらず、米国は世界の兵器支出のほぼ40%を占め続けている。そしてそうするのには理由がある。冷戦の終わりには、防衛予算が年ごとに減少していたのだ。

兵器産業のためのNATO拡大と平和運動の課題

しかしながら兵器製造は、米国の生産的な経済のうちで現存する中でも重要で非常に利益があがる一部である。そして平和はビジネスにとっては悪いことだ。NATOの拡大は、諸国をもっと防衛に支出させて、それらの国が直面してはいない脅威に対して対抗するのに必要としない兵器を購入させるためのひとつの方法である。諸国はまた世界における米国の政策への支持に投資する。たとえオバマ政権がロシアとの戦争を実際に求めないとしても、それは自らのやり方を通すための瀬戸際政策ゲームに従事する気はあるのだ。しかしそれは、過ちや誤算の余地がまったくないハイリスクのゲームである。危うくなるのは、欧州、中東及びアジアにおける平和だ。全面的な在来兵器戦争、あるいは核による戦争のリスクすらここ数十年間のそれらよりも高い。

American soldier in uniform and civil man in suit shaking hands with a USS Destroyer and Littoral Combat Ship

その理由で平和運動は、これらの出来事に対応する責任がある。ロシアとその大統領を悪魔化し、戦争の太鼓を叩く新たな、そして一方的なプロパガンダ戦争が現在行なわれている。それはすでに、英国の戦略核ミサイルであるトライデントの刷新を正当化するために使われつつある。NATOの拡大、及びロシア国境の西と南に隣接する諸国をターゲットにすることは、すでにウクライナにおけるロシアの反応を挑発している。明日には、それがジョージア、モルドバ、あるいは中央アジアになる恐れもある。

このことのどれも、腐敗し追放されたヤヌコヴィッチ政権に共感したり、ロシアのクリミア併合や東部ウクライナにおける反体制派に提供される軍事支援を正当化したりするためであると受けとめられるべきではないが、それらは冷戦への回帰ではなく、交渉による解決を必要とする複雑な問題である。そしてそのような解決は、NATOの拡大の終了と、ヨーロッパの挑発的なミサイル防衛システムの解体、および世界の大多数の諸国によって支持されているように、グローバルな核兵器禁止を必要とするものだ。これが我々の時代における平和運動が挑まれている主要な課題である。8(終)
(翻訳:レンゲ・メレンゲ)

(注1) Daadler, Ivo. Goldgeier, James.「Global NATO」『Foreign Affairs』 Sep/Oct 2006.

(注2)「9・11事件」の惨劇が、米国によって作られたという良い証拠がある。1980年代にオサマ・ビン・ラデンとムジャヒディンは、アフガニスタンでソ連軍に対しジハードを行なうため、CIAによって武器を供与され、サウジ・アラビアに資金援助された。とりわけ米国製の携帯用地対空ミサイルスティンガーはムジャヒディン側に決定的に有利になるような軍事バランスをもたらした。こうした勢力は、後に米国によって主要な敵と規定されるタリバンとアルカイダになった。

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アラン・マッキノン(Alan Mackinnon) アラン・マッキノン(Alan Mackinnon)

アラン・マッキノンはグラスゴー大学で医学士の学位を取り、同時に政治活動に参加し、そこで身につけた反帝国主義、平和的共存という理念に生涯を捧げた。結婚後、夫婦でタンザニアでの医療活動に従事。帰国後は平和運動の指導的役割を担いながらリバプール大学で熱帯医学を学び、その後は「国境なき医師団」の一員として再びアフリカに向かい、シエラレオネで医療活動にあたった。その際の経験から、現代の帝国主義、軍拡競争とアジア・アフリカへのNATOの拡大といった課題についてさらに理解を深める。 1990年代の湾岸戦争では、「スコットランド核軍縮キャンペーン」の議長として抗議運動を取りまとめ、2011年の「9.11事件」を契機とした「対テロ戦争」に反対し、「戦争ではなく正義を求めるスコット連合」を結成。英国の政党や労働組合、宗教団体、平和運動グループの代表を集め、アフガニスタンとイラクに対する米英の戦争に抗議活動を続けた。また、スコットランドへの潜水艦発射型大陸間弾道核ミサイル「トライデント」の配備に反対し、先頭に立って闘った。晩年はがんで片足を失いながらも、最後まで平和実現のための歩みを止めることはなかった。

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