【特集】沖縄の日本復帰50周年を問い直す

問題の本質を見失うな

与那覇恵子

1.沖縄の米軍事件の例

次の話を聞いたことがある。高校生が沖縄の米軍基地について討議した。最初は基地の存在は戦争に繋がるので反対だという意見が大半であったが「でも、基地のおかげで国際交流ができる」との発言がきっかけとなり、全体が基地容認へと傾いていったとのことだ。基地は何のために存在しているのか?国際交流のために存在しているのか?このような本質を見失った議論や行為は、大人の間でも、日常生活でも、意外に頻繁に見受けられる。

例えば、沖縄で発生する米軍人による事件を擁護するコメントにもそれを見る。曰く「米軍人だからといって皆が悪い人ばかりではない」。勿論、この発言自体が間違っている訳ではない。しかし、組織が負の存在として批判されている時に「中には良い人もいる」という発言は問題の本質を見失わせる。

US MILITARY concept with branch tapes and dog tags on camouflage uniform background

 

では、方言を話す者はスパイだと殺害し、避難壕から住民を追い出し食料を奪い、足手まといだと手榴弾を渡して自決を暗に強要した。助けるべき住民により多くの犠牲を強いた沖縄戦での日本軍という組織の在りようを問う時に、「中には良い軍人もいた」ということで組織全体を擁護し美化できるのかという疑問にも繋がる。

その組織が存在する目的は何か、それはどのような組織で、私達の社会で善として貢献しているのか、悪の影響が勝るのか。そのような組織全体の話であるにも関わらず、一部の良い人達を引き合いに出すことで組織が正当化できるのか?しかも、その人達も組織の中で生きており、結局は組織の目的に沿って動くのである。

「この事件を政治に利用するべきではない」。これも、上記のような米軍人による事件が取り上げられ問題になると、自民党の政治家がよく言うことである。しかし、人が社会的動物である限り、その社会を治めるための政治は必須であり、生活のすべてに政治が関わっており、人はそれから逃れることはできない。

しかも、この事件が基地があるがゆえであることは明らかで、だとすれば、それは基地をめぐる政治問題である。事件を革新政党に利用されるべきではないと言う意味だろうが、基地の存在を負と認識する政党にとっては、さらなる反対の声を上げることは当然の帰結であり、それを政治利用というなら「事件は政治と関係ない」「政治的解決は必要ない」と言っていることになる。しかし、この問題は米軍駐留という日本政府の政治の帰結であり、政治的解決以外の解決策もないのである。

問題の本質を見失った発言や行為は、本来の問題から些末な枝葉の問題へと目が逸らされ、論理性を損ない、問題解決のための議論や行動を混乱させてしまうものとなる。個々の事項は切り離されたものではなく、大きな構図の中で引き起こされているのにも関わらず、個々のものとして切り離す行為は、前述の高校生の例のように思考が鍛えられていないか、あるいは、大人の場合は、無意識にしろ、意図的にしろ、問題に直面したくない、それから眼をそらさせたいからだと考えられる。

2.ウクライナ戦争の例

今、世界中を不安にさせているウクライナ戦争についても、それは言える。毎日、テレビで流されるウクライナの戦況に、心を痛め鬱になったりするのは、戦争を体験した高齢者だけではない。皆が一刻も早い終結を願っている。

No to war, let peace win crossword puzzle on the map in Ukraine flag colors. 3d Rendering

 

しかし、日本のメディアは、ほぼ反ロシアの情報ばかりで、ロシア悪、ロシア憎しの感情に国民が覆われつつある現状は懸念されるべきだ。これでは、この戦争の本質を見誤ってしまう。

戦争の本質を掴むには、目に見える悲惨な戦闘状況だけではなく、戦争に至った歴史・背景を見る必要があり「この戦争で誰が最も利益を得ているのか?得るのか?」という問いがまず問われるべきであろう。

『日本人だけが知らない戦争論』(苫米地英人著)は、戦争遂行の目的を「自国民と他国民の両方からの壮大な収奪」と規定する。この国民の中に、戦争によって利益を得る人々は入っていない。国民とは戦死していく兵士や殺害される一般市民である。

2015年に出版された本書は「なぜ日本のメディアは反中ナショナリズムを煽るのか」という問いに対する答えとして、日中戦争により日中両国を疲弊させ東アジアの利権を独り占めしたい米国戦略、アーミテージ・ナイレポート通りに動く日本の情勢を挙げている。「アメリカはアジアの緊張を高め、日本は中国の脅威を煽る反中ナショナリズムによってアメリカの計画に埋め込まれ、そのようにコントロールされるだろう」とは、ジョセフ・ナイの「Foreign Affairs」誌への外交論文であるが、まさにその通りになっている。

当然、沸き起こるのは「なぜ自国が疲弊する、あるいは崩壊する事態に自らを陥れる、日本が損をするシナリオに協力する日本の政治家がいるのか?」という疑問だ。それに対しては、戦後の日本で戦争責任を問われるべき人々が社会の中枢に返り咲いた歴史がある。つまり、彼らや彼らの子供が前線に行くことはなく戦争終結後は約束された道が準備されるからだと述べる。

安倍晋三元総理が敬愛する祖父、岸信介は戦犯だがGHQの援助を受け首相になった。平和憲法(9条)を変えるという不断の努力に加え、集団自衛権を認めさせ米軍の司令、組織下に自衛隊をしっかりと組み込み、今や、憲法改正無しに敵基地攻撃の選択も辞さずとする日本政府の姿勢を見ると、残念だが、まさに米国のシナリオ通りに動き、引かれた路線をひた走っている。そのような日本の現状認識があれば、現在進行中のウクライナ戦争の背後にもそれがあるだろうとの推測や理解は誰にでも可能であるはずだが、無自覚か意図的か、相変わらず日本のメディアは西側メディアの情報のみに偏っている。

最後に苫米地のこの本から学ぶべきは、戦争ほどもうかる商売はない、不況と戦争はセットであるという言葉だ。不況だから戦争が起こるのではなく、戦争を起こすために不況にするという。これからの日本の経済に注目だ。

さて、ウクライナからの避難民受け入れに懸命な日本政府だが、次なる米国の代理戦争、日中戦争の攻撃拠点とされた南西諸島からの避難民のことは一切頭にないようだ。復帰50年を記念する今年、沖縄が孤独感と共に噛みしめるのは、沖縄は日本の一県にしてもらっていない、今も捨て石に過ぎないという悲しさ、辛さであり、基地無き平和な島を求めて復帰を願い、懸命に運動した自らの行為に対する、複雑な自責を含んだ悔恨である。

与那覇恵子 与那覇恵子

独立言論フォーラム・理事。沖縄県那覇市生まれ。2019年に名桜大学(語学教育専攻)を退官、専門は英語科教育。現在は非常勤講師の傍ら通訳・翻訳を副業とする。著書は「沖縄の怒り」(評論集)井上摩耶詩集「Small World」(英訳本)など。「沖縄から見えるもの」(詩集)で第33回「福田正夫賞」受賞。日本ペンクラブ会員。文芸誌「南瞑」会員。東アジア共同体琉球・沖縄研究会共同代表。

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