ウクライナ戦争をめぐる機密文書の暴露を読み解く
国際2023年4月6日、「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は「ウクライナ戦争計画漏洩で国防総省が調査へ」という記事をスクープした。その後、この機密文書に絡んださまざまな報道があるので、ここでこの機密文書についてまとめておきたい。ただし、毎日、散発的に機密文書の内容が様々な形で明らかにされているので、4月12日現在の情報に基づいている。
機密文書とは?
当初、NYTは、「国防総省は、「ツイッター」と、ロシアで広く利用されている5億人以上のユーザーを持つプラットフォームである「テレグラム」に掲載された機密書の流出について、だれが背後にいたかを調査中であると報じた。
ただし、「文書は5週間前のものである」とした。4月9日に公開された情報によれば、これらの文書は、ゲーマーに人気のあるメッセージング・プラットフォームである「ディスコード」(Discord)に3月上旬ころにオンライン投稿されたものであり、ここ数カ月の間に他のDiscordサーバーでさらに多くの文書が共有されていたようだ。
その後、画像掲示板の4Chanなどの他のサイトに広がり、テレグラム、ツイッターなどに広がったと考えられている。
比較的整理された「メドゥーサ」の情報によれば、この機密文書は、ある種のプレゼンテーションのA4シートの写真(全部で100枚以上と言われている)であり、3月1日にドイツで開催された北大西洋条約機構(NATO)とウクライナ軍の会合に参加したアメリカ人向けに作成されたものという。
インターネット上で広く流通したのは、プレゼン資料の中の数枚だけで、そこには改ざんされたデータも含まれていた。
このリークの部分は、4月5日に戦争を支持するロシアのユーザーの電報フィードに現れ、瞬く間にこのセグメント全体に広まった。ソースとされる英語版ドンバスDevushkaチャンネルが特定された。
4chanにおいて、同じプレゼンテーションの文書の写真数十枚の別の部分が公開されていたが、それはドンバスDevushkaに掲載される数時間前に行われた。
だが、4chanでの公開が最初でないことがすぐに明らかになる。3月上旬には、フィリピンのユーチューバーWaoMaoのファンのグループ内のDiscordプラットフォームのサーバーに同じ文書が投稿されていたのだ。
しかし、それ以前に流出の痕跡が見つかったのは、Thug Shaker Centralという別のDiscordサーバーだ。
このサーバーに関するリーク情報は、1月に公開されはじめたとされており、合計で数百の文書が投稿された。現在、これらのサイトはすべて文書が削除されている。
機密文書の特徴
「メデゥーサ」は、機密文書の内容について、つぎの5項目の特徴を記している。
- 多くのシートには「極秘」「外国人代表には提供しない」と記されている。
- 写真のなかには画質が悪いものもあり、重要な細部が見えないものもある。
- 書類のかなりの部分はウクライナとは関係ない。このコレクションには、世界中の出来事-中国からイエメンまで-に関する米国のさまざまな情報機関の報告が含まれている。
- ウクライナ戦争に関連する文書は、前線の現状(3月2日現在)と戦略的な問題(反撃のためのウクライナ軍の新編成の人員配置、双方の戦力バランスと損失、ウクライナ防空の状態、各種兵器の納入スピード)の両方を説明している。
- これとは別に、前線の状況に関するウクライナ指導部の議論や、ロシア参謀本部での同様の議論に関する情報報告もある。
機密文書の個別内容
機密文書は多岐にわたるので、ここでは、さまざまな公開情報に基づいて、その具体的な内容を紹介してみたい。
- 3月初旬の時点で、両軍とも状態は悪く、比較的小さな兵力で活動していた。ロシア軍はウクライナ軍より若干多い兵力(約14万人)を前線に配置していた。
- 両軍とも予備兵力を増強していた。ロシアの予備軍についてはほとんど書かれていないが、反撃のためのウクライナ軍の二つの攻撃軍団の創設に数ページが割かれている。9個旅団は西側諸国が訓練と武装を行い、別の3個旅団はウクライナ自身が行う予定だった。旅団はすべて新しく作られた編成である。
- ウクライナの防空は、3月初めの時点でとくにひどい状態だった。90%近くがソ連製システム(主にS-300とBuk)で、弾薬が枯渇していた。西側の防空システムの弾薬の消費量も、NATOの更新能力を上回っていた。文書によると、ウクライナの防空は4月には弾薬がなくなり、ロシア空軍が航空優勢になり、前線とウクライナ防衛の深部の両方を攻撃できるようになり、部隊にヘリコプターを供給することも可能になると、文書の一つに書かれている。米国はS-300とBukミサイルを「同盟国から」緊急に求める予定だった。
- ウクライナ軍では、西側の大砲の弾薬不足も深刻だった、と文書は示している。
- ウクライナは反攻のために12個旅団を準備しており、そのうち3個はウクライナで、9個は米国の指導者の指導のもと西側諸国で訓練されている。3月末までに6個旅団、4月末までにさらに3個旅団が準備される予定だった。さらに、作戦中、ウクライナは253輌の戦車、381台の追跡車両、480台の車輪付き車両、147門の大砲、571台の「高機動多目的車輪付き車両」(HMMWV)を主に米軍で使用されているものから使用する予定である。
- あるスライドでは、ロシア兵が1万6000~1万7500人死亡したのに対し、ウクライナでは7万1500人もの兵士が死亡したとされている。4chanで見つかったシートでは、ロシア軍は2月末までに最大4万3500人を失ったのに対し、ウクライナ軍は1万7500人を失っていた。
- (4月12日付のロイター電によれば、「ロシア/ウクライナ-戦闘の持続性と消耗の評価」という機密文書において、ウクライナの戦死者1万5500-1万7500人と10万9000-11万3500人の戦傷者を含む12万4500-13万1000人の犠牲者を出しているとされている。「この数字は、モスクワとキーウのいずれが発表した公的な死傷者数の約10倍である」と報じている)。
- 2月28日付の文書は、米国人だけが見ることを許可されたことを意味する「SECRET/NOFORN」に分類されている。この文書によると、米国を含む西側5カ国から97名の特殊部隊がウクライナに派遣されていた。英国が50人と最も多く、次いでラトビアが17人、フランスが15人、米国が14人。オランダはウクライナに1人の兵士がいた。
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。