[講演]小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教) 放射能汚染水はなぜ流してはならないか(下)
核・原発問題汚染水問題──被ばくは必ず実害を伴う
最後に、本日の本題の汚染水問題についてかいつまんでお話しします。福島第一原発のもともとの敷地は、海抜三四㍍くらいでしたが、原発を造るときに、海抜一〇㍍まで掘って、そこに原子炉建屋を建てました。掘ったところは、周りから比べると低くなっていますから、当然地下水も表面水も流れてきます。雨漏りや地下水が原子炉建屋に流れ込み、汚染水となっていると東京電力が言っている。原子炉建屋は膨大な放射能を取り扱う場所で放射線管理区域です。そこは外界と繋がってはいけないところなんです([図9])。
空気も地下水も入ってくることなどないというのが放射線管理区域ですが、どんどん汚染水が入ってくる。まずは放射線管理区域として、地下水を遮断しなくてはいけないと、私は二〇一一年五月から言ってきましたが、残念ながら、東京電力は採用しませんでした。(本日の)主催者の方もおっしゃっていましたが、意味のない凍土壁に三〇〇億円を超える国費を注ぎ込んで造りましたが、いまでも汚染水がどんどん増えるという状況になってしまっている。本当ならば、ここにきちっとした遮水壁を作って、雨水も地下水も流れ込まないようにすることを一番にしなくてはならないのです。あまりにも遅いですが、いまでもやらなくてはいけないと思います。
でも、どんどん汚染水は増えていきました。それをどうするかというと、経済産業省の資源エネルギー庁が書いた[図10]を見てください。汚染した水からセシウムとストロンチウムを重点的に除去し、そのほかのトリチウム以外の放射能も除去する。トリチウムだけは除去できないからしょうがない、そしてその水をタンクに貯蔵するということをやってきました。
現在、福島第一原発の敷地内に一三〇万㌧くらいたまっています。この中にはトリチウム以外にも、ストロンチウム90やヨウ素129などさまざまな放射能が存在しているんです。法律を守るなら、海に放出できない濃度の放射性物質が存在してるんですね。国の基準まで放射能の濃度を低めるためには、まだ一倍から五倍、五倍から一〇倍、一〇倍から一〇〇倍、さらに一〇〇倍以上薄めなければ基準を満たすことができないという放射能汚染水が、タンクにたまっている汚染水の七〇%を超えて存在しています。そう経産省の資源エネルギー庁が言っているのです([図11])。その上、トリチウム以外の放射能については基準をクリアしたとしても、トリチウムという放射能はまったく処理できないままこの汚染水に含まれているのです。つまりタンクにたまっている水は全部放射能汚染水です。
約一三九万五四〇〇㌧の水を入れることができる一〇〇〇基のタンクが林立しています。その中に、東京電力が「処理水」と呼んできた、いわゆるトリチウム汚染水がある。実際にはその七〇%が、国や東京電力に言わせてもまだ処理途上水です。そのほかにもストロンチウム処理水や濃縮廃液などがあって、合計で一三三万㌧を超えるほどたまっていて、もう置き場所に余裕がないから海に捨てるんだと、それが東京電力の言い分になっています([図12])。
でもトリチウムはどうするんですか? 皆さん、水はどういうものか習ったと思います([図13])。Oが酸素、Hが水素で、酸素一つの周りに水素が二つ付いて、H2O、水になります。これが普通の水ですが、水素の中には普通の水素の二倍の水素、重水素(D)とよんでいる水素が天然に存在しています。それを含む水もあります。ではトリチウムは何かというと、Tと書きますが普通の水素の三倍重い水素です。そして、酸素の周りに普通の水素が一つと、トリチウム一個がついている水がトリチウム水です。これらは全部水です。酸素の両側に水素が二つついているのは化学的にはまったく同じ水です。ですから、汚染水の中から、放射能をどんなに厳密に取り除いても、トリチウムは水そのものの構成要素なので、決して除去できません。何をやっても無理です。
「いや、なんとかなるだろう」と言う人もいます。「同位体分離技術」を使ってやれば、トリチウム水と普通の水を分離することはできます。でもこれをやろうとしたら、膨大なエネネルギーがかかってしまい、すでに一三〇万㌧もたまっている汚染水に対してその技術を適用することは実質的にできません。では何ができるのか? 放射能を消す力は人間にはありません。放射能が持っている寿命を考えて、なるべく長い間保管し続ける、その間に放射能が自分で減っていくのを待つしかないのです。
被ばくは必ず実害を伴います。放射能を消す力は人間にも自然にもない。その力が人間にないから、海に流せばいいという考え方は、初めから間違っています。福島原発にたまっている汚染水を、海に流さないで、現実的で有効に実行できる方策は沢山あります。大型タンクの設置、モルタル固化、地下への圧入、海の深層への注入などいくらでもあります。それをやって、生命環境にトリチウム水が出てくるまで、とにかく時間を稼がないといけない。それが一番大切なことです。
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3.11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。