【特集】砂川闘争の過去と現在

砂川最高裁判決の黒い霧に挑む国賠訴訟(上)

吉田敏浩

・砂川事件元被告が起こした国賠訴訟

いま東京地裁で注目すべき国家賠償請求訴訟の裁判が続いている。2019年3月19日提訴の砂川事件裁判国賠訴訟(以下、砂川国賠訴訟)である。それは司法の公平性・独立性と憲法9条や日米安保条約・地位協定にも深く関係している。

「米軍の駐留は違憲ではない。高度の政治性を有する日米安保条約は、一見極めて明白に違憲無効と認められない限りは裁判所の司法審査権の範囲外」とした砂川事件最高裁判決(1959年12月16日。以下、砂川最高裁判決)。その背後に、当時の田中耕太郎最高裁長官からマッカーサー駐日アメリカ大使らへの密談による裁判情報の漏洩があり、憲法37条が保障する「公平な裁判所」の裁判を受ける権利が侵害されたとして、砂川事件元被告の土屋源太郎氏と椎野徳蔵氏、元被告の故坂田茂氏の長女・坂田和子氏の3名が、国を相手取り起こした。賠償金各10万円、元被告の罰金各2000円の返還、国(政府)による謝罪広告の掲載を求めている。

東京地裁へ向かう砂川国賠訴訟の原告団と弁護団と支援者 (撮影:吉田敏浩)

 

砂川最高裁判決は、2015年に当時の安倍晋三政権が判決内容をねじまげて、集団的自衛権の行使容認の強引な解釈改憲の正当化に用いた。また、米軍機の騒音公害や米軍用地の強制使用など米軍基地被害をめぐる裁判で、安保優先・軍事優先の判決を正当化する最高裁判例としても使われている。いわば日米安保体制と軍事同盟強化のお墨付きとして利用されているのだ。

しかし、その背後に、アメリカ政府の密かな内政干渉、田中最高裁長官による裁判情報の漏洩など不正行為のあったことが、アメリカ国立公文書館で秘密指定解除のうえ公開された、秘密電報・書簡などの外交文書(後述)で明らかになった。司法の公平性・独立性が侵害されていたのである。砂川国賠訴訟はそのような黒い霧に覆われた最高裁判決に、根底から異議申し立てをするものだ。原告のひとりで提訴当時84歳の土屋氏は、こう訴える。

1959年当時、砂川事件を裁いた最高裁大法廷の裁判長は、田中長官が務めました。ところが裁判長みずから、裁判の一方の当事者にあたるアメリカ大使に密かに裁判情報を漏らしていたのです。そうした不公平で不透明な最高裁判決に正当性はありません。裁判所は、私たちが公平な裁判所の裁判を受ける権利を侵害されたことを認め、司法の公平性と独立性をみずから回復させるべきです。

砂川事件とは、57年7月8日、東京都北多摩郡砂川町(現立川市)で、米空軍立川基地の基地内民有地の強制使用に向けた測量に反対する、地元農民と支援の労働者・学生のデモ隊の一部が、基地内に数メートル立ち入り、同年9月、日米行政協定(現地位協定)の実施に伴う刑事特別法(以下、刑特法)第2条違反容疑で23人が逮捕された事件だ。そして7人の労働者や学生が起訴された。当時、明治大学生だった土屋氏もそのひとりである。

・米軍駐留を違憲とした「伊達判決」

59年3月30日の東京地裁の判決では、砂川事件の被告全員が無罪を言い渡された。新聞各紙は一面で、「米軍の駐留は違憲、刑特法は無効、基地立ち入り、全員に無罪」などの見出しを掲げて大きく報じた。伊達秋雄裁判長の名から「伊達判決」と呼ばれる。憲法9条をめぐる裁判史上、特筆される判決の主旨は次のとおりだ。

安保条約による駐留米軍は日本国外にも出動でき、基地を軍事行動のために使用できる。その結果、日本が武力紛争にまきこまれ、戦争の惨禍が及ぶおそれもある。そのような危険をもたらす可能性のある米軍に、基地を提供し駐留を許した日本政府の行為は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにする」と決意した憲法の精神に反する。したがって米軍の駐留を許すことは、日本国の指揮管理権の有無にかかわらず、憲法9条が禁じる戦力の保持にあたる。

刑特法は正当な理由のない基地立ち入りに、1年以下の懲役などを科しているが、それは軽犯罪法の規定よりも特に重い。しかし、米軍の駐留が憲法9条に違反している以上、国民に対し軽犯罪法の規定よりも特に重い刑罰を科す刑特法の規定は、どんな人でも適正な手続きによらなければ刑罰を科せられないとする憲法31条に違反し、無効である。したがって全員無罪である。

この判決は、日本政府の「駐留米軍は、日本国に指揮管理権がないため日本の戦力ではなく、憲法9条に違反しない」という従来の見解を否定するもので、前例のない画期的な内容だった。それは日米両政府に衝撃を与えた。当時、全国各地で高まっていた米軍基地反対闘争や安保条約反対運動を勢いづかせ、日米間で進む安保改定交渉の障害になるとみられたのだ。米軍駐留の安定性を脅かし、日米安保体制の根幹を揺るがす事態は、基地を自由に使用する米軍にとっても容認できない。アメリカ政府は素早く政治的工作を始めた。

 

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吉田敏浩 吉田敏浩

1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。

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