【連載】百々峰だより(寺島隆吉)

腐敗・堕落したアメリカ民主主義: ヒラリー・クリントンの名門コロンビア大学教授就任が意味するもの

寺島隆吉

百々峰だより(寺島隆吉)2023/01/9 http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-584.html  からの転載記事

カテゴリー:アメリカ理解(2023/01/09)
タグ:カダフィ大佐 (ムアンマル・アル=カダフィ、社会主義人民リビア・アラブ国の元首)
ヒラリー・クリントン(元アメリカ国務長官)
ポール・クレイグ・ロバーツ(元アメリカ財務次官)
藤永 茂(物理化学者、九州大学やカナダのアルバータ大学の元教授)
吉田ルイ子(報道写真家、慶応大学&コロンビア大学大学院卒)
イーロン・マスク(テスラ社、Twitter社、SpaceX社などの社長)
マット・タイビ(元ローリングストーン誌のライター)
ウクライナ「暗殺リスト」(Mirotvorets=英語にするとPeacemakerというふざけた名前)


 

*Hillary Clinton gets new job(ヒラリー・クリントン氏、新たな職を得る)
The former top US diplomat said she is “thrilled” to be able to influence the “next generation of policy leaders” at a prestigious university (元国務長官が、名門大学で「次世代の政策リーダー」に影響を与えられることに「感激」していると語った)
https://www.rt.com/news/569461-hillary-clinton-new-job/
2023年1月6日

ウクライナ情勢も、冬将軍を利用したロシアによる新しい攻勢が始まる前なので、やっと以前から書きたいと思っていた「研究所:野草・野菜・花だより」に取りかかることが出来ると喜んでいたのに、このヒラリー・クリントンのニュースを聞いて、急に気が変わりました。
これはコメントせずにはおれないニュースだと思ったからです。以下に、その理由を書きます。

元国務長官ヒラリー・クリントンについては、以前のブログでかなり詳しく書いた記憶があったので調べてみました。すると私は「アメリカ理解」というカテゴリで次の記事を書いているのを見つけました。

*ヒラリー・クリントンとは誰か(下)アメリカ大統領選挙を目前にして
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-276.html(『百々峰だより』2016/11/07)

何と驚いたことに、6年以上も前の2016年の記事でした。月日の経つのが、なんと早いことか!
それはともかく、私はこの記事で、ヒラリー・クリントンについて次のように書いていました。

2016年10月20日は、リビアの元首だったカダフィ大佐が、アルカイダの一派に惨殺されて五周年になる日でした。
カダイフィが殺されたとき、ヒラリー女史は国務長官として、NATO軍のリビア攻撃を指揮・監督する立場にいたのですが、カダフィ惨殺の報が届いたとき、CBSのインタビューの中で「来た・見た・死んだ」”We came, We saw, He died” と、身振り手振りをまじえて、嬉しげに言っています。
この言葉は、共和制ローマの将軍カエサル(日本ではシーザーとして知られている)が言ったとされることば「来た・見た・勝った」をもじったものですが、その嬉しげに語っている映像がユーチューブに流れ、ヒラリー女史の冷酷さ・好戦性を浮き彫りにするものとなりました。

アメリカは、「独裁者カダフィ大佐がリビア国民を自国の民衆を無差別に爆撃して大量の死傷者を出している」という口実で、国連決議による飛行禁止区域を設け、自分が連れ込んだイスラム原理主義勢力を、カダフィ軍と戦わせました。
そして空からはNATOの空軍がイスラム原理主義勢力を援助しました。その結果、カダフィ大佐は、自国の空軍でイスラム原理主義勢力と戦うことができなくなり、惨殺されることになってしまいました。
このとき、中国やロシアも欺されて、「国連決議による飛行禁止区域の設定」に反対しませんでした。
あとで欺されたことに気づいたロシアは、アメリカやNATOが次の政権転覆目標であるシリアにイスラム原理主義勢力を送り出したとき、ヒラリー・クリントンが再び「シリアにも飛行禁止区域を!」と叫んだのですが、それに賛成しませんでした。

こうしてアメリカやNATO軍は、カダフィ大佐を「自分の国民を冷酷に支配する独裁者」と「悪魔化」して、政権転覆に乗りだしたわけですが、リビアとはどのような国で、カダフィとはどのような人物だったのでしょうか。
元財務省省高官(財務次官補)で、かつウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者だったポール・クレイグ・ロバーツ氏は、このカダフィ惨殺五周年の日に、自分のブログで、それを次のように書いています。先に書いたブログ記事から再掲します。

ムアンマル・カダフィは、世界で最も進歩的な指導者だった。カダフィはリビアの石油の富をリビア国民のために使っていた。
彼は宮殿ではなく、立派なテントではあるが、テントで暮らしており、アメリカ政府の中東同盟国であるサウジアラビアや産油首長国支配者一族につきものの、ヨーロッパ高級車や他のあらゆる身の回り品のコレクションを持っていなかった。
リビアでは、教育・医療・電力は無料だった。ガソリンは事実上無料で、1リットル14セントで売られていた。子どもを産んだ女性は現金の助成金を貰い、カップルが結婚すると現金の助成金が貰えた。リビアの国営銀行は無利子で融資し、農民には無償で開業資金を供与した。

Hillary’s War Crime「ヒラリーの戦争犯罪」October 20, 2016
http://www.paulcraigroberts.org/2016/10/20/hillarys-war-crime-paul-craig-roberts/

では、上記のような理想国家をつくろうとしていたカダフィ政権を、なぜアメリカとNATOは倒そうとしたのでしょうか。それをロバーツ氏は、先の引用に続けて次のように書いています。

  カダフィがアメリカ政府から自立していたことが彼の没落をもたらしたのだ。若い頃のカダフィの目標は、アラブを欧米の略奪に抵抗できる一つの連合に組織することだった。
それが思うように進展しないことにいらだった彼は、汎アフリカ主義に向かい、アメリカのアフリカ軍に参加するのを拒否した。また彼は、ドルではなく金をもとにしたアフリカ統一通貨を導入ようとした。そうすればアフリカをアメリカの金融覇権から解放できるからだ。
カダフィは、中国のエネルギー企業にリビアのエネルギー資源を開発させた。以前から地中海におけるロシアの存在に腹を立てていたアメリカ政府は、今や中国の存在にも向き合わねばならなくなった。だからアメリカ政府は結論を出した。カダフィは悪い連中と付き合っているので退陣させるべきだと。

私は今まで、アメリカとNATO軍によるカダフィの追放は、リビアの石油が目当てだとばかり思ってきたのですが、実はもっと深い理由があったのです。「ドルによる世界支配」を維持し、「中国のアフリカ進出」を阻止することが、カダフィ追放の真の理由だったのです。
しかも、ここで注目すべきは、次のような事実です。

 飛行禁止空域の口実は、カダフィによる民間人攻撃を防ぐためということだった。しかしそれは嘘だった。
本当の理由は、主権国家のリビアが自分の領空を使えないようにして、傭兵(イスラム原理主義勢力)と戦っているリビア地上軍を、リビア空軍が支援できないようにするためだった。
ロシアと中国がこれに騙されて、安全保障理事会の議決で拒否権を行使しそこねると、今度はアメリカとNATO自身が、決議に違反して、NATOの空軍力を用いてカダフィ軍を攻撃した。こうして戦局はCIAが組織した傭兵に有利になった。
こうしてカダフィは原理主義集団に捕らわれ惨殺された。

それ以来、かつて繁栄し成功していた国家リビアは混乱・混沌の極みで、石器時代に戻ったと言われています。それがオバマ政権が望んでいたものであり、このときの国務長官がヒラリー・クリントンだったのです。
ご覧のとおり、アメリカによるリビア侵略は、嘘で固められた「侵略戦争」でしたから、ニュルンベルク裁判をもとにした国際法では、彼女が有罪すなわち「侵略の罪」に問われても仕方がないのは明らかです。
だからこそ、元財務次官ポール・クレイグ・ロバーツは、先に引用したブログで、「この戦争犯罪について『殺人ばばあ(婆)』(killer bitch)に質問したマスコミは皆無だ」と憤っていたのでしょう。
この「殺人婆(ばばあ)」という言葉づかいに、元アメリカ財務省高官ロバーツ氏の憤りが伝わってくるような気がします。ロバーツ氏は、このような大手メディアを、「売女(ばいた)マスコミ」(presstitute=press+prostitute)」とも呼んでいましたが、なるほど巧い命名だと感心しました。
それにしても、実名で公けにしているブログなのに、よくぞここまで大胆に言い切れるものだと、その勇気に感心・感動しました。日本の元政府高官に、このようなひとはいるのでしょうか。私は寡聞にして知りません。

以上で「シリアに飛行禁止区域を!」と主張するヒラリー女史の冷酷さ・好戦性が少しは分かっていただけたかと思いますが、これだけでは、リビア空爆の残酷さや戦犯性が今少し伝わりにくいように思います。
そこで、戦場リビアのようすを物理化学者・藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」から引用して紹介したいと思います。
このブログの日付は「2011年8月31日」となっています。カダフィが惨殺されたのは2011年10月20日ですから、そのことを念頭において読んでいただければと思います。これも先述の私のブログからの再録です。

いま、リビアについての我々の関心は(好奇心は)、カダフィが何処でどのようにして捕まり、どのように処分されるかに釘付けにされているようですが、我々の本当の関心は、今回のリビア内戦でNATOが何をしたか、何をしているかに集中されるべきだと私は考えます。
「カダフィの政府軍による大虐殺からリビア国民を守る」という名目の下に開始されたNATOによるリビア空爆は、想像を絶する物凄さで行なわれました。8月23日のNATOの公式発表によると、過去五ヶ月間にNATO空軍機の出撃回数は2万回を超えました。1日あたり130回の物凄さです。
対地攻撃を行なった戦闘爆撃機が一機に複数の爆弾や誘導ミサイルを搭載しているとすると、正確激烈な破壊力を持った数万の爆弾やミサイルがリビアの人々の上に降り注いだことになります。
リビアの人口約650万人、人口的には福岡県と佐賀県を合わせた位の小国です。ミサイルの標的が戦車であれ、輸送車両、船舶であれ、カダフィの住宅であれ、放送局、大学であれ、無人ではない場合が普通でしょうから、多数の人間が殺傷されたに違いありません。8月上旬に、NATO空爆による死者2万という報道がちらりと流れたことがありましたが、あり得ない数字ではありません。
しかも、NATOの反政府軍支援は空爆に限られたわけではありません。大型ヘリコプターなどによる兵器、弾薬、物資の補給も行なわれ、地上でも多数のNATOやCIAの要員が間接的に参戦した模様です。しかし、こうしたNATOの活動の具体的報道は殆ど完全な管制下にあります。
これだけの規模の軍事暴力が、国際法的には全く合法性のないままで(UNの決議内容をはるかに超えて)、人口数百万の小独立国に襲いかかったのです。まことに言語道断の恐るべき前例が確立されました。カダフィと息子たちの今後の命運など、この暴虐行為の歴史的意義に較べれば、三面記事の値打ちしかありません。

これを読んでいただければ、ロバーツ氏が先に、「注目すべきなのは、ニュルンベルク裁判をもとにした国際法では彼女が有罪であることは明らかなのに、この戦争犯罪について殺人婆(killer bitch)に質問したマスコミは皆無だということだ」と言っていたことの意味が、改めてよく理解できるのではないでしょうか。
そして、満面に笑みを浮かべて「来た・見た・死んだ」と言ったヒラリー女史にたいして、ロバーツ氏が悪罵を投げつけたくなった理由も。

それにしても、藤永氏は1926年生まれですから、2016年11月現在で、氏は九〇歳前後だったはずです。
九州大学やカナダのアルバータ大学で教鞭を執っていた一流の物理化学者でありながら、老体にむち打ちつつ、NHKや朝日新聞などの大手メディアが目をつむって通り過ぎている事実を掘り起こし、上記ブログを通じてそれを私たちに伝える仕事を続けておられます。
唯々(ただただ)、頭が下がります。
物理化学者・藤永茂氏の著書には、『分子軌道法』(岩波書店)などといった専門書の他に、『アメリカ・インディアン悲史』(朝日選書)、『アメリカン・ドリームという悪夢、建国神話の偽善と二つの原罪』(三交社)やジョゼフ・コンラッド『闇の奥』(藤永・訳、三交社)といった専門外の本も少なくありません。
私が藤永先生を初めて知ったのは、二〇年近くも前に、『アメリカ・インディアン悲史』を読んだときでした。なぜ物理化学者がアメリカ先住民の歴史を書くのか、そのときは理解できませんでしたが、それでも、これを書かざるを得なかった先生の気持ちがヒシヒシと伝わってくる名著でした。
それ以来、インディアン研究者の専門書を機会があれば目を通すのですが、藤永先生の本を超えるものに出会ったことがありません。拙訳『『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(明石書店)を出したときも、必要なかぎり他の専門書にも眼を通したのですが、藤永先生の本以上に、心を動かされる本には出会えませんでした。

ところでリビアの事態は、単にカダフィ大佐の惨殺に終わったわけではありませんでした。
前述のとおり、この戦争はリビア全土を瓦礫(がれき)に変え、「リビアの民主化」どころか、大量の死者と難民をうみだしただけでした。そしてリビアはいまだに混沌の極致にあります。
そのうえ今度は、このような惨劇をシリアに輸出しようとしているのがヒラリー女史だったのです。それは単に彼女が「シリアにも飛行禁止区域を!」と叫んでいるからだけではありません。リビアで使ったイスラム原理主義集団を、今度はシリアに輸出しようとしてきたのが、ヒラリー女史を外交政策の責任者とするオバマ政権だったからです。
かくして、シリアがNATO軍とアメリカ軍、それに後押しをされたイスラム原理主義勢力の新しい戦場になりました。そして未だにシリアの政情は平和を取りもどすことが出来ていません。

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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