「Dappi」だけじゃない 自民党「ネット世論工作」20年史
政治・嵐・櫻井翔を“炎上”させたのは誰か
インターネットやSNSの発展は、個人と世界をつなげることで、社会の透明度を高めたように見える。しかしその実は、むしろ人々を真っ暗な世界に放り込んでいるのかもしれない。いわゆる“炎上騒動”が、火元を辿ればごく少数の人間であることは、いまやよく知られることだ。ステルスマーケティングにより、流行が簡単につくられるようにもなっている。そうなれば、ネット上で「社会の声」のように幅を利かせる論調も、本当にそうなのか、疑ってかからなければならないだろう。
昨年12月6日放送の日本テレビ系「news zero」で、嵐の櫻井翔が、太平洋戦争の真珠湾攻撃に参加した103歳の元日本兵・吉岡政光氏にインタビューを行なった。櫻井の「アメリカ兵を殺してしまったという感覚は」との質問に対し、実際に魚雷を撃った経験を持つ吉岡さんは、言葉を詰まらせつつ、「戦艦を沈めてこいという命令を受けているんですね。人を殺してこいとは聞いてないんです。命令どおりの仕事をした」と答えた。すると、ネット上では櫻井への批判が殺到。「無礼な質問だ」「感謝すべき相手にかける言葉か」などの声が並んだ。
番組の主旨である「日米開戦80年」という戦争体験の生々しい現実には目もくれず、質問者の態度を議論しているのだから滑稽だ。その櫻井の質問にしても、海外メディアでもよく見かけるもので、とりたてて問題があるとは思えない。そもそも吉岡氏は、戦争体験者の生の声を語るために、インタビューを受けたのである。
それでも、番組はネットで“炎上”した。ただし、本当に櫻井への批判が「世論」なのかといえば、そうではない。日テレ関係者に聞くと、ネットの騒ぎに比べれば、直接的な抗議の電話などはさほどなかったという。
テレビ各局は番組に対するクレームを専門部署が受け付けているが、以前は番組の制作スタッフが直で受け取っていた。その応対を経験したあるスタッフは、「電話の8割が、意見を届けるというよりストレス発散。金切り声を上げたり、番組と無関係な話を延々としたり、なかには不愉快な番組を見たから慰謝料を払えという者もいて、辟易した」と振り返った。
もちろん、公共の電波を利用するに見合わない、問題のある番組は山ほどある。それへの抗議は有意義だが、一方で、ネットで声を大に批判する人々は、必ずしも一般大衆ではない。しかし、その大声がまるで世論のように見えてしまうのがネットだ。そして、ネットニュースでは「櫻井が炎上」との記事が出ていた。
・多数のアカウントを持っていたワンズ社
前置きが長くなってしまったが、最も大きな問題は、この手の連中を利用する者がいることだ。
昨秋の衆院総選挙直前、プロフィールに「日本が大好きです。偏向報道するマスコミは嫌いです」と掲げ、野党議員の言動を捏造してしつこく攻撃していたツイッターのアカウント「Dappi」に開示請求がなされた。そこで明らかになったのは、アカウントの持ち主が「ワンズクエスト」なる東京都内のIT企業で、自民党を得意先にもち、同党の有力議員たちとも深い繋がりがあったこと。Dappiの流していたデマは自民党にとって好都合なものばかりで、17万人超のフォロワーがそれを拡散させていた。
この件は議員側が名誉毀損で提訴、昨年12月10日から東京地裁で争われている。原告の1人である立憲民主党の小西洋之参院議員は、「フライデーデジタル」(12月12日付)で次のような疑問を呈していた。
「このアカウントの書き込みは、たとえば、国会閉会中の委員会で行った質問に対しても、即対応しているんです。これは『ふつうの人』にできる作業ではないでしょう。その日、私が質問に立つことは、一部の人が前日または当日に知るんです。(中略)なにか、高度に専門性をもった人が、たとえば国政に関わった人がやっているように思います」。
同じく原告である立憲民主党の杉尾秀哉参院議員は、「民間企業を隠れ蓑にしたフェイクの拡散に見える」と語っている。
もはやデマ拡散は珍しくない時代でも、判明したアカウントの所持者が個人ではなく、法人であったことにはあらためて驚くが、このワンズクエストには自民党の小渕優子元経産相ら複数の有力議員たちが、政治資金収支報告書に支払い先として記載。さらに岸田文雄首相、甘利明前幹事長が取締役に名を連ねた「システム収納センター」なる企業と取引関係にあることも判明した。
「システム社は自民党のダミー会社で、党の名前を使いたくないときに用いられるトンネルです。所在地は、石原伸晃元幹事長が会長を務めていた派閥・近未来政治研究所と同じビルにあります。同社には、党本部からも寄付として4000万円以上の金が出ており、おそらくワンズクエストに迂回して金を与えたのではないでしょうか。いずれにせよ、公金を投じ世論操作をしているわけです」(全国紙政治部記者)。
さらに、ワンズクエストはほかにも多数のアカウントを持っていると思われる。ネットウォッチャーは、少なくとも48のアカウントが似た主張を同時期に発していたと指摘。さらに気になるのが、そのうちの4つが、前述の櫻井の質問に、執拗な批判を行なっていたことだ。
「別に櫻井翔や日本テレビを標的にしたいわけではないでしょう。おそらく、憲法改正の邪魔になりそうなメディアや放送に、片っ端から噛み付いているのではないでしょうか。大手メディア、有名タレントということで、良いネタだと思われたのでしょうね」(同前)。
問題のワンズクエストは、社長が自民党本部事務総長の親戚であることも、しんぶん赤旗の取材で判明している。さらに社長が自宅を新築した際のローンは、国会の通行証がないと使えない「りそな銀行衆議院支店」。ここまでいけば、単に自民党から仕事をもらっていただけでなく、党の関係者による運営と言っていい。
米商社マン、スポーツ紙記者を経てジャーナリストに。K‐1に出た元格闘家でもあり、マレーシアにも活動拠点を持つ。野良猫の保護活動も行う。