米国のイラク侵攻20年が教える米エスタブリッシュメントの「悪」:それはウクライナ戦争へと続いている
国際遺伝子組み換え種子の強制
もっとも恐ろしい命令は、「特許、工業デザイン、未公開情報、集積回路、植物品種法」に関するCPA81号令であった。
これは、製品または製造工程に関連するあらゆる技術分野の新しいアイデアを保護するために、イラクの特許法および工業デザイン法を改正するもので、この改正により、イラク国内の企業、またはイラクが加盟している関連条約の加盟国の企業が、イラクで特許を登録することが可能になった。
特許権者は、イラクにおける特許登録の日から20年間、特許権者の許可を得ていない者が特許製品または特許プロセスを利用することを阻止する権利を付与された。
これだけでは、この命令の恐ろしさは理解できないだろう。イラクは多くの国と同様、植物などの生命体に関する商業特許の原則を認めていなかった。
だが、CPA81号令は、イラクの特許法を改正し、イラク法における特許の合法性に関係なく、外国の特許を認めるようにしたのである。その特許で保護される植物品種となったのが「遺伝子組み換え(GM)」植物だ。
イラクは歴史的に生物資源の私有を禁じていた。だが、米国が新たに制定した特許法は、イラクの農民が開発する資源を持たない種子の独占権制度を導入したのである。
事実上、ブレマー氏はイラクの特許法に植物品種保護(PVP)という新しい章を挿入し、「植物の新品種の保護」を規定するとした。
知的財産権(IPR)であるPVPは、実際には植物品種の特許であり、新品種を発見または開発したと主張する植物育種家に植え付け材料に関する独占権を与えるものであった。
つまり、GM、あるいは遺伝子操作された植物の種子を植えることを選んだイラク人農民は、特許を持つ種子会社と、特許種子を植えるための「技術料」と「年間ライセンス料」を支払うことを定めた契約書に署名しなければならなくなる。
また、イラクの農家が翌年以降に植え替えるために特許種子の一部を持ち出そうとすると、種子供給会社から重い罰金を課されるようになる。
米国では、モンサントは、裁判所の判決で取り消されるまで、GM種子1袋の価格の120倍に相当する懲罰的損害賠償を要求していた(注1)。
ゆえに、エングダール氏は、「これがきっかけで、イラクの農民はサダム・フセインの家臣ではなく、多国籍のGM種子大手の家臣となった」と書いている。
CPA81号令では、国際的な大企業がイラクの特定の害虫に耐性のある種子品種を開発し、イラクの農家が同じ品種を栽培していた場合、その農家が自分の種子を保存することは違法とされた。
その代わり、モンサントなどのGM種子を使用するためのロイヤリティを支払う義務が生じた。その結果、なかばGM種子を利用した栽培を強制することが可能となったのである。
米国際開発庁(USAID)とモンサントの結託
エングダール氏は、この「経済的ハイジャック」がブレマー氏とモンサントによってCPA81号令のもとでイラクに意図されたものだったと指摘している。
「ワシントンの情報によれば、植物に関するCPA81号令の具体的な内容は、GM種子と作物の世界的な供給者であるモンサント社が米国政府のために書いたものだという」と記されている。
こうして、イラクは、モンサント、デュポン、ダウといったGM種子と化学物質の巨大企業の管理下で、食品を開発するための巨大な実験場と化すのである。それを後押ししたのが米国際開発庁(USAID)と米国のイラク農業復興開発プログラム(ARDI)であった。
CPA81号令が出されるやいなや、USAIDは農業省を通じて、何千トンもの補助金付きの米国産の「高品質で認証された小麦の種子」を、当初はほぼ無償でイラクの農民に提供しはじめる。
USAIDは独立した科学者がその種子がGMであるかどうかを判断することを拒否した。当然、GM小麦の種子であることが証明されれば、1、2シーズンのうちに、イラクの農民は生き残るために外国の種子会社にロイヤリティを支払わなければならないことになる。
ARDIでは、米国務省は米農務省(USDA)と協力して、「改良小麦種子の導入とその価値の実証」を目的として、イラク北部に56の「小麦普及実証地」を設置した。
大麦、ひよこ豆、レンズ豆、小麦などの作物の「高収量種子品種」の栽培方法が農民に指導された。
もちろん、新しい種子には、モンサント、カーギル、ダウといった企業がイラク人に販売する農薬、除草剤、殺菌剤といった新しい化学物質がついて回る。
GM種子をきっかけにして、播種・給水・施肥・収穫、さらに販売までの行程について支配することがもくろまれていたのである。
外国の大手種苗会社の特許で保護されたGM種子の導入を促進するために、イラク農業省はこれらのGM種子を「補助金付き価格」で配布した。
いったんGM種子を使い始めると、CPA81号令の新しい植物特許保護規則により、農民は毎年新しい種子を会社から買わなければならなくなる。「イラクに『自由市場』をもたらすという旗印の下、イラクの農民は外国の種子多国籍企業の奴隷となりつつあった」と、エングダール氏は指摘している。
知らなければいけない事実
つぎに、米国政府幹部とモンサントとの癒着をめぐる話をしたい。ジョージ・W・ブッシュの農務長官(2001年1月~2005年1月)、アン・ヴェネマンは、モンサントの子会社となったバイオテクノロジー企業、カルジーン社の取締役を経て、2001年にワシントンにやってきた人物だ。
ドナルド・ラムズフェルド国防長官は、遺伝子組み換えの人工甘味料で発がん性のあるアスパルテームを製造するモンサントの子会社G.D.サールのCEOを務めていた。
スイスの大手製薬会社ロシュが独占的に製造するタミフルを開発し、特許を取得したバイオテクノロジー企業、ギリアド・サイエンスの取締役に1988年から就いていたのも彼だ。
元米国通商代表でビル・クリントンの弁護士だったミッキー・カンター氏は、政府を離れ、モンサントの取締役に就任した。モンサントには、ニクソン、レーガン両大統領の下で環境保護庁(EPA)の長官を務めたウィリアム・D・ラッケルズハウス氏も役員として参加していた。
まだまだいる。モンサントの製薬部門G.D.サールの臨床担当上級副社長であるマイケル・A・フリードマン医学博士は、かつて食品薬品局(FDA)の長官代理を務めていた。
モンサントの英国政府担当ディレクターであるマーシャ・ヘイル氏は、元クリントン大統領補佐官(政府間問題担当)である。
モンサントの広報担当副社長リンダ・J・フィッシャー氏は、かつてEPAの予防・農薬・有害物質局の管理者であった。
モンサントの法律顧問であるジャック・ワトソン氏は、カーター政権でホワイトハウス・スタッフのチーフを務めた。
FDAは1991年に政策担当副長官というポストを新設し、モンサントを顧客にもつキング・アンド・スポールディング法律事務所の共同経営者マイケル・テイラー氏がそのポストに就く。
前述したUSAIDとARDIによる介入で、イラクの伝統的な農業を「潰滅」させた最重要人物は2003年、ブッシュ政権下の農務省のイラクへの特別連絡官に任命された、巨大穀物コングロマリット、カーギル(同社は、ラテンアメリカでロックフェラー社と協力し、また、1970年代にヘンリー・キッシンジャー氏と協力して、米国産小麦をソ連に販売し、莫大な利益を得て、その強大な世界帝国を築いてきたばかりでなく、米国の大企業幹部で構成される強力なロビイスト団体、ビジネス・ラウンドテーブルを主導)(注2)の元副社長、ダニエル・アムスタッツ氏だった。
彼は、1995年の世界貿易機関(WTO)創設につながったガット・ウルグアイラウンドで、米国の農業に関する要求を作成した重要人物の一人であった。
これらの人物を列挙したうえで、エングダール氏は、「食糧政策に責任を持つ政府機関のトップと、モンサント、ダウ、デュポン、その他のアグリビジネスやバイオテクノロジーのプレーヤーなどの企業スポンサーとの間の利益相反の回転ドアのこのパターンは、少なくともレーガン政権の時代から行われていた」と指摘している。
そのうえで、「米国政府は、モンサント、ダウ、デュポンなどの巨大農薬会社と協調して、あたかも公私の利害が一致しているかのように行動していた」のであり、結論として、「米国政府は、遺伝子組み換え作物(GMO)による「遺伝子革命」とその世界的な普及に不可欠な触媒であった」と明言している。
米エスタブリッシュメントの恐ろしさ
これが意味しているのは、米国のエスタブリッシュメントがGMOの安全性を無視して、その普及のために、侵略戦争さえ厭わなかった事実である。
2007年に刊行されたエングダール氏の本の270頁には、決して座視できない重要な指摘がある。
「モンサント、ダウ、デュポン、そして彼らを支援するワシントン政府の明確な戦略は、世界の隅々にまで遺伝子組み換え種子を導入することだった。無防備で高負担のアフリカやその他の発展途上国、あるいはポーランドやウクライナのように政府の管理が最小限で公的腐敗が蔓延している国を優先した」というのがそれである。
ここでの主張は、2011年8月、ウィキリークスが公開した情報に符合している。すなわち、米国務省がモンサントをはじめとするデュポン、シンジェンタ、バイエル、ダウといったバイオテクノロジー企業のために世界中でロビイ活動を展開していることを示す米外交公電が暴露されたのである。
米国の非営利団体フード&ウォーター・ウォッチは、5年間(2005年~2009年)の公文書を精査し、報告書「バイオテクノロジー大使」を発表した。
報告書は、米国国務省が「外国政府に農業用バイオテクノロジー政策や法律を採用するよう働きかけ、バイオテクノロジーのイメージを向上させるために厳格な広報活動を行い、常識的なバイオテクノロジーの安全策や規則に異議を唱え、さらには遺伝子組み換え(GM)食品の表示を義務付ける法律に反対している」とのべているのである。
ウクライナ危機後の出来事
ゆえに、2014年2月21から22日に起きたウクライナでのクーデターについても検討しなければならない。
当時のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を武力で追い落とした事件を米国政府が支援したからだ(直接の主導者はヴィクトリア・ヌーランド国務省次官補[現次官]であり、その上司がジョー・バイデン副大統領[現大統領]であった)。
このクーデターを主導した米国政府はウクライナでたくらんだのは、イラク侵攻後に米国がイラクで行ったことに似ているはずだ。そうであるならば、米国のエスタブリッシュメントはウクライナにおいて遺伝子組み換え種子をめぐってどんな「悪だくみ」をしてきたのだろうか。
まず、オークランド研究所の「ウェストサイドを歩く」という意味深長な報告書を参考にしてみよう。
それによると、2014年2月末に発足した親EU、親米政権は発足からわずか1週間後、IMF使節団を受け入れ、アルセニー・ヤツェニューク首相代行は、金融・為替政策、金融部門、財政政策、エネルギー部門、ガバナンス、ビジネス環境に影響を与える諸政策の実施を約束した。
イラク侵攻後のIMFがとったやり口と基本的に同じものだ。
その後、IMF理事会は4月30日、ウクライナへの2年間のスタンド・バイ・アレンジメント(SBA, 109.76億SDR=170.1億ドル)を承認する。
他方で、ジム・ヨン・キム世界銀行総裁は、2014年5月22日に35億ドルの支援パッケージを発表し、ウクライナ当局が「世界銀行グループの支援を受けて取り組むことを約束した包括的な改革プログラム」を策定したと賞賛する。
すなわち、世界銀行は、ウクライナに資金を貸すために新自由主義的な条件を課し、「競争を妨げる制限を取り除き、経済活動における国家の『支配』の役割を制限する」よう政府に求め、それをウクライナの新政権に受け入れさせたのである。
つまり、IMFと世銀がともに、「ハゲタカ投資家」たる外国投資家がウクライナを「餌食」にする道を拓いたのであった(余談だが、いまIMFと世銀は米中対立のはざまでその融資機能が弱まっていることに注意してほしい)。
今回、世銀が顔を出したのには理由がある。世銀は2012年から、民間部門である国際金融公社(IFC)を通じて、ウクライナのアグリビジネス拡大のためのプログラムを開始していたのである。
IFCは、アグリビジネスに特化した投資環境の改善を目指す「ウクライナ投資環境アドバイザリーサービスプロジェクト」を設立した。
このプロジェクトでは、2015年までに58の異なる手続きや慣行を合理化または廃止することで、農業ビジネス環境の改善が提案されていた。
たとえば、「企業にとって不必要なコスト」を避けるために、IFCは同国に対して「ウクライナ法令と政府令に記載されている食品の強制認証に関する規定の削除」と「農薬、添加物、香料に関する国際標準と法律の整合化」を助言したという。
2013年には、ウクライナは世銀の新プロジェクト「Benchmarking the Business of Agriculture(BBA)」のパイロット10カ国の一つに選ばれた。BBAはまだ予備段階だが、農業政策の改革を促進することを目的としていた。
だが、その本音は、種子や肥料市場の規制緩和などの改革を促すことにより、国内の農業部門を外国投資に開放することであったと思われる。
ゆえに、ここで紹介した報告書は、「親欧米政権の誕生により国際機関主導の構造調整が加速され、外資系企業による農地の大規模取得がさらに拡大し、農業の企業化が進むことが予想される」と結論づけている。
狙われるウクライナ
実は、ウクライナには2007年6月21日施行の「バイオセーフティ法」がある。これにより、GMOの栽培は禁止されており、ウクライナに輸入される遺伝子組み換え(GM)生産物については、その登録が義務づけられている。
さらに、ウクライナは、2014年にEU・ウクライナ連合協定(Association Agreement)に署名した後、EUの基準に沿ってバイオテクノロジー政策を形成することを約束した。
クーデター後の2014年末、GM成分を含む加工製品、およびそのような製品の表示に関する様々な政府当局の重複した管理機能を排除するために、国内法が改正される。
2015年9月20日になると、ウクライナ法「食品に関するウクライナの特定の立法行為の改正について」が制定され、バイオセーフティ法に多くの改正が加えられた。
もちろん、これらの改正は主に、さまざまな政府当局の重複した管理機能を排除することを目的としていた。
さらに、2018年には、ウクライナの政府機関は、食材、飼料、飼料添加物、動物用医薬品におけるGM関連の登録手続きを確立した。
ウクライナはイラクほど迅速ではなにが、それでも着実にGMOの魔の手が迫っていたのである。
2018年10月に公表された報告書には、看過できない記述がある。
「輸出施設でのトウモロコシ、菜種、大豆の検査結果が陽性であることから、GMOの生産があることがわかる。ウクライナの業界の噂では、輸出用に生産される大豆の60~70%、菜種の10~25%、トウモロコシの1~3%が遺伝子組換えであるとされている」というのがそれである。
あるいは、「GM製品の栽培や輸入が法律で制限されているにもかかわらず、業界筋によると、一部の小規模農家は生産コストの節約を実現するためにGMO(主に大豆)を栽培している可能性があり、動物生産者はGM大豆ミールを輸入している」とも記されている。
さらに、米農務省の外国農業局(FAS)の推定では、ウクライナの2017年のGM関連輸入を400万ドルの水準とみている。
つまり、ウクライナでは実際にGMOが栽培されており、その生産が2014年2月のクーデター以降、着実に増加していると考えられるのだ。
虎視眈々と進む制度改正
ただ、ウクライナにおいて実際にGMOがどの程度浸透しているかどうかは判然としない。モンサントを買収したバイエルに関する2022年10月に公表された「バイエル、ウクライナでのGMO生産に可能性を見出す」という記事によれば、バイエル側は、「ウクライナでの事業展開については、たとえば、遺伝子組み換えトウモロコシなど、一定の見通しが立っている」と説明している。
2022年12月、法案「食料安全保障のための遺伝子工学活動の国家規制および遺伝子組み換え生物および遺伝子組み換え製品の流通に対する国家統制について」が議会の第一読会を通過した。
同法案は、2022年8月に公開されたもので、ウクライナにおける遺伝子工学活動の国家規制、遺伝子組み換え生物の使用に対する国家監督、遺伝子組み換え製品の流通に関する法的・組織的枠組みを定義するものである。
この法案には問題点がある。ウクライナ語で書かれた「遺伝子組み換え作物に関する法律案がEUへの農産物輸出を脅かす」という記事によれば、EUの文書(規制、指令、勧告)は、GMOの分野を包括的かつ実質的に規制し、リスクと責任の明確化をしているのに対して、ウクライナの法案はこうした点が不明確である。
具体的には、①法案は遺伝子組み換え微生物(GMM)の概念を定義しておらず、バイオセーフティのレベルに応じた保護措置の規範と要件、少なくともそれらを確立する、あるいは確立する予定の文書への参照を明示していない、②法律案では、GMOの環境への意図的な放出に関する2001年3月12日の指令2001/18/ECで求められている、詳細な公的登録の作成、GMOの放出・栽培場所、公開情報・協議は規定されていない――といった問題点がある。はっきりいえば、ウクライナにGMOを普及させるための規制法案なのだ。
2023年3月21日、議会の農地・土地政策委員会は、この法案を修正し、第2読会で法律案の多くの条項を修正したうえで採択するように決めた。
その改正点には、①GMOに関する法律に違反した場合の責任と手続きに関する規定の明確化、②人の健康に対するGMOのリスク評価基準および環境に対するGMOのリスク評価基準の確立、③特定のGMOの禁止を定める(トウモロコシの完全禁止、テンサイと菜種の5年間の栽培禁止、ウクライナがEUに加盟した時点からEUで許可されている遺伝子組み換え作物のみを使用する許可を得る)――などがある。
懸念されるのは、GMOへの性急な転換がウクライナの種子の輸出市場の喪失につながることである。2020年の穀物・油糧種子の輸出量はウクライナ独立後最高となり、2019年の約2倍となる1870万ドルとなった一方、4億940万ドル相当の穀物・油糧種子を輸入した。
GMOと従来の作物を並行して栽培することはほぼ不可能である。また、ウクライナが生産する砂糖などの製品も、原料が遺伝子組み換えであることが知られると、困難に直面する可能性がある。
EUには「予防原則」があり、人の健康や環境に対する予想されるリスクについて科学的に不確実であるため、実際にはGMOを導入すべきではないとの立場をとっているようにみえる。
ただし、「EU当局は、より厳しい基準を適用していると宣言する一方で、GM食品を実質的同等性という緩い基準で評価しつづけてきた」(スティーブン・ドル―カー著『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実』295頁)。
そのため、EU加盟国の大部分では、GMOの栽培は実施されないばかりか、法律で禁止されている(2021年1月の欧州議会の情報では、EU加盟27カ国のうち19カ国が、GMOの一部または全部の禁止を決議した[なお、当時、EU内(主にスペインとポルトガル内)で栽培されていたGMOは、米モンサントが製造した遺伝子組み換えトウモロコシ「MON810」のみであったが、使用を許可されたGMOは60種類近くあり、EU全域で自由に売買されていた])。
だが実際には、GM食品が浸透しつつあるようにみえる。EUの消費者も当然、自分たちの安全性を心配しているが、もはやGM食品は避けられない状況に陥りつつある。GMO飼料の流入やGMO加工品の輸入が広がっているのだ。
名目上、GMOの栽培禁止国が多いEUでは、ウクライナでのGMO栽培が知られると、ウクライナの種子を買おうとするEU加盟国は急減するかもしれない。
ウクライナは種子分野の主要企業であり、トウモロコシの栽培面積では欧州で上位5カ国の一つである。また、EU、中国、日本にも大量の種子を輸出しているから、日本も他人事ではない。
いずれにしても、米国のエスタブリッシュメントと癒着したマスメディアはここで説明したような「現実」をいっさい語ろうとしない。
それどころか、エスタブリッシュメントの過去の「悪行」を批判する者を非難し、排除しようとしている。そして、これは、ウクライナ戦争の本質、すなわち、米国政権によってつづく「リベラルな覇権主義」によって引き起こされた戦争という側面を無視・隠蔽する現在へと継承されている。
なお、エスタブリッシュメントに含まれているマスメディアは、ウクライナ産穀物が隣接するEU加盟国の農業に打撃を与えている事実をほとんど報道しないことにも留意しなければならない。
たとえば、多くの読者はウクライナとポーランドの両国関係は良好であると感じているかもしれない。
だが、ポーランドの農民はウクライナから流入する穀物で国内価格が下落し、激怒している。とくに、小麦の価格は、2023年3月のポーランド証券取引所で1トンあたり230ドルを割り込み、466ドルに達した半年前の半分になった。
EUがウクライナの農業部門を維持するために関税や輸入割当を免除したことから、侵攻当初から安価なウクライナ産の穀物がEU市場にあふれているのだ。
ポーランド政府は欧州委員会にウクライナの穀物に対する関税の再導入を求めたが、欧州委員会はウクライナとの免税制度をさらに1年間延長した。この論争を契機に、ヘンリク・コヴァルチク副首相兼農相が4月5日に辞任する事態まで起きた。
4月6日に新しく就任したロベルト・テルス氏は翌日、ウクライナのムコラ・ソルスキー農業相との間で、双方が管理する第三国向け先での通過を除き、ポーランドへの穀物の流入を止めることで合意したと発表した。
だが、ウクライナの農産物がポーランドを経由して他国へ配送されることが妨げられることはない。つまり、ウクライナ産の穀物が、ウクライナ産の供給により価格が急落しているポーランド国内市場に浸透する可能性は残されている。
この動向は、2023年秋に予定されている下院(Sejm)の総選挙において、与党「法と正義」(PiS)が支持者の多い農民票を失うことにつながりかねない。
「エスタブリッシュメント」の嘘
ここで、2023年3月16日、ドナルド・トランプ前大統領が大統領選に向けたビデオのなかでのべた言葉を紹介したい。彼が「エスタブリッシュメント」という言葉を使った部分である。
「さらに、海外で自由と民主主義のために戦うふりをしながら、国内では第三世界の国や独裁国家に変えてしまう、終わりのない戦争に永久に引きずり込むグローバリストのネオコン・エスタブリッシュメント全体を解体することにも、完全にコミットしなければならない。国務省、国防官僚、諜報機関、その他すべてを完全に見直し、ディープスタッター(ディープステイト支持者)を解雇し、アメリカ第一主義を打ち出すために再構成する必要がある。私たちは米国を第一に考えなければならない」。
「最後に、NATOの目的とNATOの使命を根本的に見直すという、私の政権下で始めたプロセスを終わらせる必要がある。私たちの外交政策エスタブリッシュメントは、ロシアが最大の脅威であるという嘘に基づいて、世界を核武装したロシアとの紛争に引き込もうとし続けている。しかし、今日の西洋文明にとって最大の脅威はロシアではない。それはおそらく、何よりも私たち自身であり、私たちを代表する恐ろしい、米国を憎む人たちの一部なのだ」。
「これらのグローバリストは、アメリカの力、血、宝をすべて浪費し、海外で怪物や幻影を追い求め、ここ国内で彼らが作り出している大混乱から私たちの目を逸らさせようとしている。これらの勢力は、ロシアや中国が夢見た以上のダメージをアメリカに与えているのだ。病的で腐敗したエスタブリッシュメントを追い出すことは、次期大統領に課せられた途方もない課題である」。
2016年11月の大統領選でトランプ氏が勝利した背景には、厳しいエスタブリッシュメント批判があった。それは、いまでも変わっていない。
だからこそ、エスタブリッシュメントの一翼を担うマスメディアは現在もトランプ排除の手を緩めていない。そのトランプ氏は2023年3月30日、ニューヨーク・マンハッタン地区の大陪審によって起訴された(その後、34件の第一級虚偽業務記録提出の罪で起訴されたことがわかった)。
みなさんが思い出すべきなのは、国家機密を漏らしていたかもしれないヒラリー・クリントン元国務長官への起訴がなぜか見送られた事実についてであろう。あるいは、つぎのようなロシア語報道もある。日本でも、米国でも報道されそうもないことだから、ここでしっかりと紹介しておこう。
「ビル・クリントン米大統領は宣誓の上で嘘をつき、27歳年下のホワイトハウス実習生モニカ・ルインスキーとの不倫を否定した。また、クリントンの親友であるジェフリー・エプスタインは、14歳の少女がいる売春宿の経営者であることが判明した。
エプスタインは未成年者売買の罪で投獄されたが、裁判を生き延びることはできず、独房で自殺し、その様子を記録したビデオも「技術的エラー」によって失われてしまった。
そして2022年5月、エプスタインのもう一人の親友、元ビル・クリントン特別顧問のマーク・ミドルトンが遺体で発見された。彼は首に縄をかけられ、胸に弾痕があり、近くに武器もなく、木に吊るされている状態で発見された。
しかし、アーカンソー州警察は、ミドルトンの死因を『自殺』と断定した!ホワイトハウスの現職のトップが腐敗していることは、証拠を探すまでもなく確信できる。彼の薬物中毒の息子ハンター・バイデンは、自ら国中に証拠をばら撒いているのだから」。
私は、トランプ氏のエスタブリッシュメント批判は的を射ていると思う。「だからこそ、エスタブリッシュメント擁護派の民主党寄りの勢力が起訴したのだ」とまではいわないが、トランプ排除をずっとつづける勢力の側に「巨悪」が潜んでいるとだけ書いておきたい。
民主党は、トランプ氏を訴追することで、政権を維持するためなら何でもすることを示したということもできるのだ。
この「巨悪」こそ、「民主主義国家アメリカ」を誇り、安全とはいえない遺伝子組み換え作物(GMO)を手掛けて大儲けしているのだ。そして、米国と同じような状況が日本でも、厚生省(当時)がGM食品の安全性を確認した1996年以降、つづいている。
(注1)モンサントは、ミズーリ州セントルイスを本拠とする世界トップの遺伝子組み換え企業として知られてきた。遺伝子組み換え種子の主要供給者であり、同社がラウンドアップ・グループと呼ぶ化学除草剤、グリホサートの世界最大の生産者でもある。1990年代からモンサントは、世界有数の除草剤メーカーとしての役割を補完するため、カリフォルニアの遺伝子組み換え種子大手セミニスや、ミシシッピ州スコットの綿花種子のトップサプライヤー、デルタ&パインランドなどの種子会社を買収した。もともとは1901年、硫酸などの工業用化学薬品を製造するために設立された会社であったが、後に深刻な脳障害、先天性欠損症、癌を引き起こすことが証明されたポリ塩化ビフェニル(PCB)のほとんどを製造し、ライセンス供与していたことや、ダイオキシン濃度の高い枯葉剤(エージェント・オレンジ)の製造などで悪名をはせた。2018年6月、独バイエルは630億ドル[660億ドル説も]規模とみられる米モンサントの買収を完了し、モンサントブランドを停止した。
(注2)農業部門の国際ロビイスト組織として、1987年に国際食料・農業貿易政策会議(IPC)が設立された。カーギル、遺伝子組み換え作物の大手シンジェンタ(当時ノバルティス)、ネスレ、クラフトフーズ、モンサント、アーチャー・ダニエルズ・ミドランド(ADM)、バンゲ、ウィンスロップ・ロックフェラーのウィンロック国際財団、米農務省、日本最大の貿易グループ、三井物産のトップや幹部が参加した。IPCは、世界中の政治家にとって、無視できない利益団体となる。エングダール氏は、「カーギル、IPC、ビジネス・ラウンドテーブルはいずれも、クリントン政権の米国通商代表、後の商務長官ミッキー・カンターと緊密に連携していた」と記している。
〇「ISF主催トーク茶話会:羽場久美子さんを囲んでのトーク茶話会」のご案内
〇「ISF主催公開シンポジウム:加速する憲法改正の動きと立憲主義の危機~緊急事態条項の狙いは何か」のご案内
※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/
※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。