〈海峡両岸論〉中国は台湾民衆への「和平攻勢」継続 対米改善の幻想捨て外交攻勢も

岡田充

台湾の蔡英文総統が4月5日中米からの帰途、米ロサンゼルスでマッカーシー下院議長(共和)ら米連邦議会の超党派議員と会談した。(写真 会談後記者会見する蔡とマッカーシー)下院議長は米大統領継承第2位で、台湾総統が米台断交後に米国で会う最高位の高官となった。中国軍は8日、台湾北部・南部・東部海空域で8~10日まで軍事演習を開始した。ただ22年8月のペロシ元下院議長訪台後に行った大規模軍事演習と比べれば「抑制的」にみえる。中国は24年1月の台湾総統選挙での政権交代を意識し、年初から台湾民衆に向けた「和平攻勢」[i]を展開しており蔡訪米後も継続する構え。その一方、対米関係改善には幻想を抱かず、G7を含む米勢力圏への浸食を強める外交攻勢に出ている。
対応措置は北京の主体的判断
中国軍で台湾海峡を管轄する東部戦区は4月8日、10日までの3日間、台湾海峡や台湾本島北部・南部・東部の海空域で軍事演習すると発表[ii]。海軍駆逐艦、戦闘機、空中給油機、ミサイル部隊などを動員し「制海権や制空権を奪う能力検証に重点を置く」と説明した。
演習目的について戦区報道官は「台独分裂勢力と外部勢力による度重なる挑発に対する厳重な警告であり、国家の主権と領土の一体性を守る上で必要な行動」と説明している。演習には、台湾本島東部で中国空母「山東」が初めて参加、艦載機が台湾防空識別圏内を航行した。
国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官[iii]は12日、軍事演習が蔡とマッカーシー会談への「対抗措置」と明言し、「決して台湾同胞を対象にしたものではない」と強調した。中国の「抑制的対応」の背景について、ジャーナリストの池上彰氏[iv]は「アメリカも下院議長が台湾を訪問するのでなく、総統が『立ち寄った』米国で会うという、こちらもまた抑制的な行動を取ったことに中国も対応している」とコメントした。
朝日新聞も「中国を過度に刺激したくないとの考えは、米台の政権ともに一致。~中略~訪台の希望を口にしていたマッカーシー氏との会談を、蔡氏が訪米する形で調整したとみられる」と分析する。
これら論評は「米台」を主語にする分析だがが、中国を主語にすると別の景色が見える。それを解くカギが、馬英九前台湾総統の大陸訪問(3月27~4月7日)。湖南省湘潭県にある先祖の墓参・供養と青年交流を目的にした馬の訪問が、蔡の中南米・米国訪問(3月29~4月7日)とほぼ重なることからみて、中国側が蔡訪問に馬訪中をぶつけたのは間違いない。
「一つの中国」を認める馬は、蔡の対中敵視政策に反対して両岸の関係改善を訴えており。中国からすれば両岸の関係改善が進めば、台湾海峡の平和と安全が保てるというサインを台湾民衆に送る狙いが透ける。習自身も年初から、蔡政権と台湾民衆を分け、台湾民衆に「両岸は親しい家族」と温和なメッセージを送ってきた。だから軍事演習も、馬の大陸訪問終了後に発表された。
中国の対抗措置が抑制的だった理由を、米台側の「配慮」に求めるだけでなく、北京の主体的判断分析しないと正確な構図は描けない。日本メディアの台湾報道の欠陥がここにも露呈した。

 

 

対米不信は払拭できたのか
では蔡はマッカーシーとの会談で訪米目的を達成したのだろうか。蔡は2016年の政権スタートからこれまで、米国と「二人三脚」で対中軍事抑止路線を歩んできた。中国外交部報道官は6日、この間の米台関係についてわかりやすい声明[v]を発表した。その一部を紹介しよう。
「米国は長年、『台湾によって中国を抑え込む』戦略を頑迷に進め、約束に背いて台湾との公式往来や台湾への武器売却、軍事的結託、台湾の『国際空間』拡大支援などで一線を越えた挑発を続け、一つの中国の原則を絶えず骨抜きにしている」。
2024年総統選挙に関心を寄せているのは中国だけではない。台湾問題が米中対立の争点になっている現状を継続するには、米台ともに民進党政権の維持こそが絶対必要条件になる。国民党が政権復帰し両岸関係が改善すると、米台の二人三脚で中国と対峙できなくなってしまう。
台湾では、ウクライナ戦争で米国が米軍を投入せず「代理戦争」に徹しているのを見て、台湾有事でも米政府は米軍を投入せず、代理戦争するのではという疑念(疑美論)が根強い。(写真=疑美論について論じる元台湾海軍艦長の張競氏のコラム・ロゴ)
22年のペロシ訪台も台湾は「熱烈歓迎」したわけではない。歓迎世論はようやく過半数に達したことを知る日本人は少ない。要するに「米国は台湾を対中抑止のカードに使っているに過ぎない」という冷静な見方が、台湾世論で多数を占めている。
これは日米安保における米国の日本防衛への「本気度」とも重なる議論だ。バイデン政権はスタート以来、台湾有事を煽り続けるが、米国から遠く離れた台湾問題が果たして米国自身の安全保障にとり最重要課題なのか、冷静に見つめれば答えは明らかだ。
米ペンシルベニア大のジャック・デリール教授[vi]は、ペロシ訪台について「台湾全体では歓迎一色とはほど遠かった。台湾の人々は、ペロシ氏の訪台が、中国から挑発的な行為とみなされたことを理解している。マッカーシー氏の訪台の受け入れに熱心にはなれなかった。つまり、マッカーシー氏の訪台は誰も望んでいなかった」と分析した。傾聴に値する。
こうしてみれば、次期総統選挙で民進党政権を継続する最大のカギは、根強い「対米不信」を払拭し、米国防衛への信頼回復にある。マッカーシーもそれをよく知っている。5日、ロサンゼルス郊外の「レーガン大統領図書館」で蔡と会談した後、マッカーシーは「これほど我々の絆が強かったことはない」と、超党派で台湾を支援する方針を伝えた。
これに対し蔡は、「台湾は孤立していない」と、繰り返した。米国の台湾関与が決して「対中抑止のカード」ではないことを強調した米側に対し、蔡は台湾民衆に向けて「孤立していない」と、対米信頼回復を呼びかけたのだった。

 

訪米の是非問わぬ不思議
メディア報道を振り返る。日本経済新聞は5日付けの社説[vii]で、蔡マッカーシー会談について「米台の枢要な立場にある人物が連携を確認する意義は大きい」と、会談意義を絶賛した。しかし社説は、米国が国交のない台湾のトップ訪問を受け入れたことの政治的是非を一切問うていない。なぜか。
同紙は、台湾問題で米国に忠実に追従してきた岸田政権のポジションをそのまま受け入れ、社説で繰り返しているにすぎない。米国務省は蔡訪問を「乗り継ぎであり訪問ではない」と釈明するが強弁であろう。
台湾総統が中南米諸国を訪問する際、その往復に「経由地」である米国に滞在するのを、米政府は陳水扁元総統時代から慣例として認めてきた。しかし米政府は従来は、蔡が往路のニューヨークの「ハドソン研究所」で講演(3月30日)し、復路で下院議長と会談するなど「政治・外交活動」は認めなかった。
そのハードルを下げたのは、トランプ政権時代に米連邦議会で成立した米台高官の相互訪問を容認する「台湾旅行法」(2018年2月成立)が法的根拠。バイデン政権は同法に基づき、23年2月には台湾の呉釗燮・外交部長(外相)の訪米を受け入れ、シャーマン米国務副長官と会談させている。
「台湾旅行法」の成立前は、台湾正副総統をはじめ行政院長(首相に相当)、外交部長、国防部長ら要人の訪米は認めてこなかったから、中国側が呉訪米や蔡の政治活動容認を「一つの中国」の骨抜きと非難するのは理解できる。
朝日新聞社説[viii]に至っては、冒頭で「民主的に選ばれた政治家同士の交流が非難されるいわれはない」と書くのを読み、開いた口がしばらくふさがらなかった。民主化という「内政上の変化」が、外交関係を律する「米中3つのコミュニケ」など共同声明や条約の枠組みを崩すのは許されない。
それを認めれば、外交関係自体が成立しなくなるからだ。特に米中という世界政治・経済の枠組みに変化を及ぼす大国同士の外交関係では、より慎重な対応が求められるのは当然であろう。
もし朝日が書くように、民主化が外交関係に勝る価値を持つというなら、日本政府にも蔡来日を認めるよう提言してはどうか。朝日にも岸田にもそんな胆力はないと思う。日中平和友好条約締結45周年を迎える今年、「一つの中国」の意味と意義を改めて問い直す必要がある。

G7に亀裂入れたマクロン発言
蔡・マッカーシー会談が行われた北京時間の6日、習近平は訪中したマクロン・フランス大統領と向き合い、(写真 4月7日、広州でマクロン大統領と意見交換する習 新華社)ウクライナ問題で和平交渉を進める意欲を強調した。
同じ日、秦剛外相の仲介でサウジアラビアのファイサル外相とイランのアブドラヒアン外相の会談も北京で実現した。中国は米国を頂点とするG7への「切り崩し」や、中東や中南米など米勢力圏での浸透を図る外交攻勢をかけ続けている。
台湾海峡での軍事演習を調べるため、中国国防部のHPをチェックすると、演習2日目の8日のサイトは、演習記事よりマクロン習会談に、大きい紙幅を割いていたのは意外だった。中国がマクロン訪中をいかに重視していたかが分かる。
そのマクロンは広州からパリに戻る大統領専用機の機中で、米政治メディア「ポリティコ」[ix]記者らに「欧州は対米依存を減らし、台湾めぐる米中対立に巻き込まれるな」と、対米追従を戒める発言をした。ドゴール元大統領以来、フランス政府が維持してきた米外交と距離を置く「戦略的自律性」[x]を強調したのだ。
ウクライナ・台湾問題でG7に亀裂が入れば、今年の議長国の日本政府にとっても穏やかではいられないはずだ、

米中改善に幻想ない
中国がいま外交攻勢に出る背景のひとつは、米中対立が米中初対面会談(22年11月バリ島)を経ても打開できなかったことにある。中国の外交政策に大きな影響力をもつ王緝思・北京大教授は4月3日、シンガポールの南洋理工大学で行った講演[xi]で、「(中国政府は)多くの対話を重ねても中米関係の改善は難しいとみている」と、悲観論を展開、中国側が「中米関係の改善にいかなる期待も抱いていない」とみていると述べた。
王はさらに、中米関係悪化に関する中国国内の主要な見方として「中国台頭と米国衰退の中で、中国は遅かれ早かれこの競争に勝利する」とみなし、鄧小平が提唱した「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)は、もはや提起する必要はないと考えているとも紹介した。ただ、王自身はその見方には同意しないとも述べたのだが。
習近平は現在の国際情勢についてことあるごとに「百年来の未曾有の変化」と形容している。国際政治から内政に至るあらゆる領域で「安全」を強調し、戦略目標である「中華民族の復興」の根本にも、国家安全があるとみなす「総体国家安全観」(2014年)を提起した。
少し長くなるが、それを説明すると「政治の安全・人民の安全・国家の利益を至上として有機的に統一し、人民の安全を宗旨とし、政治の安全を根本とし、経済の安全を基礎として、国家主権と領土の完全性を守り抜き、重大安全リスクを防止・解消し、中華民族の偉大な復興の実現のために堅固な安全保障を提供」ということになる。
米国など西側で強まる対中圧力が、国内の様々な矛盾と連動し、中国が内部から崩壊するとの危機意識の反映でもある。香港問題、台湾問題がまさにそうだ。王も先の講演で、「安全が一切を圧倒する」が、内外政策の基調になるとみる。習政権が進める外交攻勢も、共産党一党支配の生死をかけた「大事」なのだ。
対米関係改善を中心とする「大国外交」を主唱してきた王に「幻想放棄」を言わせたのは何だろう。幾つかその原因を探ると、2月初めの気球事件[xii]を機にブリンケン米国務長官が訪中を中止したこと。習のロシア訪問に向け、中国の対ロシア兵器供与に強く警告を発したこと。バイデンが蔡の「訪米」を認め、マッカーシーとの会談を認めたことなどが挙げられる。

危ない日米の「もたれ合い」
マクロン訪中をみると、中国外交攻勢はG7という「本丸」への浸食にも及び始めた。岸田首相は権力基盤の強化とレガシー作りという目的達成に向けた最大の課題として、5月中旬のG7広島サミットを設定している。
だが岸田のポジションはマクロンとは真逆。同盟国の軍事力強化と「核の傘」による拡大抑止を結合したバイデン政権の「統合抑止戦略」に追随し、忠実な対米依存外交を展開してきた。
衰退するアメリカと日本の「もたれ合い」はいかにも危うい。マクロンが対米自立を呼び掛けたのは、G7広島サミットまでに、外交「落とし穴」が待ち構える警告でもある。(了)

[i] 岡田充(海峡両岸論第148号「国共合作」で政権交代狙う中国 習近平が台湾民衆に平和攻勢)148 2023318発行 weebly.com

[ii] 现场视频组织环岛战备警巡和合利人民共和国国防部 mod.gov.cn

[iii] NHKニュース (「中国 “軍事演習は台湾同胞対象ではない” 台湾側に揺さぶりか」2023年4月12日)中国軍事演習は台湾同胞対象ではない台湾側に揺さぶりか | NHK | 中国・台湾

[iv] 中国軍が台湾周辺で演習 810日、蔡氏訪米に対抗日本経済新聞 nikkei.com

[v] 中国外交部声明(23年4月6日)外交部言人就蔡英文谈话_人民共和国外交部 mfa.gov.cn

[vi] 「台湾総統と下院議長の米西海岸会談 背景に「誰も望まない」シナリオ」(朝日新聞
デジタル 4月6日)台湾総統と下院議長の米西海岸会談 背景に「誰も望まない」シナリオ:朝日新聞デジタル asahi.com

[vii] [社説]台湾総統の訪米で中国は対抗措置控えよ日本経済新聞 nikkei.com

[viii] 社説台湾総統訪米 過剰反応 避けるべきだ:朝日新聞デジタル asahi.comlist

[ix] Europe must resist pressure to become ‘America’s followers,’ says Macron – POLITICO

[x] 岡田充(Business Insider Japan「台湾問題「米国に追従すべきでない」マクロン仏大統領“爆弾発言”の深い理由。G7に亀裂生む可能性」)

台湾問題「米国に追従すべきでない」マクロン仏大統領爆弾発言の深い理由。G7に亀裂生む可能性 | Business Insider Japan
[xi] 大陸學者王緝思:北京已不對改善中美關係抱任何期望 yahoo.com

[xii] 岡田充(Business Insider Japan「中国気球撃墜事件とは何だったのか」)
中国気球撃墜事件とは何だったのか。バイデン大統領「新冷戦は望まない」異例発言の真意とは | Business Insider Japan

 

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岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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