第8回 代用監獄制度悪用、母あての手紙書きかえ
メディア批評&事件検証ここから検察官
——今回の殺人はやっていないということですね?
被告:「はい」
——平成17年12月1日、2日どこで何をしていたか?
被告:「覚えていません」
——覚えているのは何一つない?
被告:「あ、はい」
——12月1日にレンタルショップに寄っていたことを手がかりにしても?
被告:「レンタルショップにはよく行くのでいつ何を借りたか覚えられない」
——Nシステム通行記録を聞いても、どの方向にいったとおぼえていない?
被告:「あ、はい」
——起訴以降、この事件で平成17年12月1、2日どこで何をしていたか、思い出そうとしたか?
被告:「しましたが、無理でした」
——謝罪の手紙は看守に塗りつぶされて書き直しをさせられたと証言していた
被告:「はい」
——書き直した文面は、看守がこういうふうに書くように伝えてきたのか?
被告:「はい」
——看守は担当検事の取り調べの時にいた人か?
被告:「最後までいた。班長と呼ばれていた」
——手紙を書き直したのは1回か?
被告:「その1回だけです」
——塗りつぶして、書き直すように指示した理由について説明はあったか?
被告:「詳しくは書いては駄目ということでした」
——書き直した手紙は看守が言ったとおりにしたのか?
被告:「はい」
——下書きか何かを見ながらか?
被告:「いや、口頭で言われたことを書きました」
——弁護側が質問をした際、涙を流していたのはなぜか?
被告:「まさか、裁判で手紙が使われるとは思っていなかった。こんな形で出てくるとは思わない」
一審の宇都宮地裁は、この手紙の文中にある「事件」が偽ブラント品を売ろうと所持していた商標法違反か、女児の殺人事件か分からないとした。そのうえで、これら殺人に関する客観的事実のみで被告が本件殺人の犯人であると認定することはできないとした。
あれから歳月が流れ、筑波大法医学教室の本田克也元教授と徳島県警科捜研出身で、徳島文理大大学院人間生活学研究科の藤田義彦元教授によって捜査当局の布製ガムテープのDNA型鑑定結果で被害者以外に検出されていた犯人とみられる女性のDNA型の隠ぺいを鑑定解析データなどの検証で見破り、勝又受刑者の無実が明らかになった。
今年4月20日、母親が勝又受刑者に面会した。ISF独立言論フォーラムの私も同席したかったが、仕事の都合で行けなかったので、この勝又受刑者が母親に宛てた手紙のやり取りの経緯を詳しく聞いてくるよう頼んだ。
特に勝又受刑者が母親宛てに書いた手紙を面会に来る予定の姉に渡してほしいと看守に託した後、いつ手紙の書きかえをさせられたが問題だ。
一審の裁判では、弁護団がそこらへんを聞いていないからだ。看守といえども、手紙の書きかえを自分の考えで即座にさせるとは到底思えない。
当時は商標法違反で起訴した2014年2月18日の午前中の検察庁での大友亮介検事による調べの際に殺人を認める調書にサインをさせられている。そこには「班長」と呼ばれる警察の看守が同席していた(事実なら違法)と勝又受刑者は法廷で証言している。おそらく看守は勝又受刑者から預かった母親宛ての手紙を大友検事か捜査本部に見せて、指示を仰いだのではないだろうか。私の脳裏に疑惑が渦巻まいた。
同日夜、母親から電話をもらった。予想通り、手紙の書き換えをさせられたのは勝又受刑者が看守に手紙を預けた翌日だった。途端に体中に鳥肌が立った。看守が問題の手紙を捜査機関に見せて相談したからこそ、翌日にわざわざ書き直しをさせた。
裁判官たちをだますために手紙を悪用したのだ。一審の法廷でその書き直しの文面を覚えていないというのは、ある意味うなづける。だって、自分の思いつづった言葉なら記憶に残るが、他人から言われた言葉を即座に書きうつしし、それを2年もたって覚えているか、と言われても覚えていないというのが正直な答えだからだ。私が同じ立場でもそうしか答えられないだろう。
だがだ。勝又受刑者は、少しずつではあるが、塀の中で、問題の手紙の内容を思い出そうとして努力している。そもそも勝又受刑者と母親が商標法違反で逮捕される数年前から母親は骨髄異形成症候群という難病で週に2、3回病院で輸血するなど治療費の負担もあり、違法な偽ブランド品販売に手を出したいきさつがあった。
勝又受刑者が母親宛てに書いてた手紙はそうしたいきさつの中で、自分が正規の職についておらず、偽ブランド品に手を出すようになったことや、病気の母親がちゃんと病院に行かせてもらっているのか、心配する内容が主で、大友検事と看守によってやってもいない女児殺害を認める調書にサインしたことをいち早く知らせ、謝る手紙の内容だったのだ。
「中に入ってる間、今回でその間がもしばれなかったら、うまれかわろうと思ってたげと………ておくれ………」とあるのは殺人のことではなく、偽ブランド品販売のことだったのだ。偽ブランド品販売と分かるように書いてたところがおそらく主に実は黒塗りされ、これを読んだ裁判官たちが殺人と読めるように悪用したと推察される。
私がどうしても許せないのは、何より、重い病気の母親の体調を気遣い、職もつかない自分の情けなさで偽ブランド販売に手を出させ、それをひたすら詫びる息子の大事な手紙を踏みにじり、あろうことか無実の人を陥れた公務員の行動だ。私は絶対許さない!!
これこそ国連が「人権侵害もはなはだしく、直ちにやめるべき」と日本政府を名指しで批判し続けている「代用監獄」制度の違法性だ。本来は法務省管轄の拘置所に収容されるべき勾留決定後の容疑者、被告人を引き続き警察の留置場に収容し、終日監視状態にする日本にだけ存在するシステム。世界の中で人権侵害を考えてみると、日本は先進国ではない。後進国の最たるものだ。
連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。