【特集】ウクライナ危機の本質と背景

評論「映画に学ぶウクライナ侵攻の前史―特に『ウクライナ・オン・ファイヤー』と『リヴィーリング・ウクライナ』を巡って」(2)

嶋崎史崇

第3節 表現の自由、知る権利と民主的討論の観点から考察する『ウクライナ・オン・ファイヤー』の削除・排除と実質的検閲の問題

 『ウクライナ~』に偏りはあるが、『ウィンター~』等主流派の情報の偏りに気付かせてくれる
『ウィンター~』と『ウクライナ~』を比較してみると、「革命」という同一の出来事がいかに正反対の見方で再現され、受け止められるのか、という事実に気付き、驚かされる。そして本稿の冒頭で言及したように、革命の兄弟姉妹のような戦争もまた、複数の見方をもたらすことが示唆されているのではないか。

ただ本稿での『ウクライナ~』の要約が『ウィンター~』よりも結果的に長くなってしまったように、一般に知られていない歴史的な深みや調査報道の掘り下げ方については、前者の方が鋭いものがあると評価せざるをえない。私達は今や、『ウクライナ~』で暴露された3種類の干渉政策の実態や、平和的デモが暴動へと変質させられ親欧米的・反ロシア的な「革命」への導火線として利用されたという見方を知っている。これらの要素を踏まえると、そもそもNATO加盟という多数派の「民意」は米国側の干渉なくして存在していたのか、という疑問が生じてくるのも自然ではないか[1]。ウクライナは主権国家としてNATO加盟を目指す権利がある、というよく聞こえてくる意見も形式的には確かに正当であろう。だがそうした見解も、欧米とロシアの間で均衡を保つ同国の伝統的外交方針が外部からの干渉によって崩されたのでは、という疑惑を踏まえれば、空しく響いてくるのではないだろうか[2]

今日の戦争、あるいはクリミア併合に際しても、ロシアは「力による現状変更」を行ったと非難されている。これは恐らく正当なものであろう。だが、本稿でこれまで見てきたように、これらの出来事に先立って、概ね正当な選挙で選ばれたと認められた政権を、一部の過激な人々も加わって暴力的に打倒したと疑われる体制転換があった。そしてこの出来事を米国が多かれ少なかれ支援・誘導していたのならば、そうした行為は、軍隊を派遣していなくても、実質的には広い意味での「力による現状変更」に当たらないのか、と問うのが公平な態度であろう[3]

他方で、ストーン氏は、現在アマゾンで視聴できる4時間にわたるプーチン大統領へのインタビュー作品『オリバー・ストーン オン プーチン』(2018年)から感じられる和気藹々とした雰囲気に表れているように、確かに同大統領に一定の共感を持っていた人物であるように思われる。ドイツ語圏から世界に広がっているとされるPutinversteher(「プーチンの理解者」)という蔑称が相応しい人物だ、と揶揄する人もいるかもしれない[4]

ストーン氏は、一貫して米国の主流的価値観や歴史観に疑問を呈し、その表現活動全体を通して、いわばもう一つの米国を追い求めてきた映像作家であるといえるだろう。そういった現実の米国への批判的視点が、「ユーラシア主義」を掲げて、英米流の新自由主義的・金融資本主義的秩序とは別の広域秩序を構想しているとも評されるプーチン氏と共鳴するところがあるとも考えられる[5]

そもそも『ウクライナ~』で主要な取材対象者となっているのはマイダン革命で辞職に追い込まれたヤヌコヴィッチ元大統領であり、『オリバー・ストーン オン プーチン』からプーチン大統領のインタビューも証言として引用されている。それ以外にも、ウクライナの歴史を回顧する場面で、ロシア帝国時代のウクライナ語に対する弾圧や、ソ連時代初期のウクライナで穀物徴発によって引き起こされた大飢饉・ホロドモール等、ロシアとウクライナの間の不和の原因となった事実への言及が乏しいことが、不公平だと批判される余地もあるだろう。現代に関しては、転覆されたヤヌコヴィッチ政権が深刻な腐敗の問題を抱えて元々不人気だったことにも触れられていない、という指摘もできるだろう—腐敗の問題があっても、正規の手続きを経ないで退陣させる理由にはならないが[6]。個別に見れば、こういった問題をこの作品の欠点として挙げることには正当性があるだろう[7]

だが逆に考えると、『ウクライナ~』は、時としてロシア寄りの姿勢すら垣間見えることから、『ウィンター~』をはじめ、現在の日本で出回っている情報の大多数は反対に、欧米およびウクライナ政府側の視点に由来するものであることに、合わせ鏡のような仕方で気付かせてくれる希有な作品なのではないだろうか[8]。マイダン革命およびその延長線上にあると考えられる今日のウクライナ侵攻は、ローマ神話のヤヌスや『日本書記』で触れられる両面宿儺のような二面性を持つものであるように思われる。にもかかわらず、我々は片面だけからの見方しか知らないのではないか、と謙虚に自らに問い掛ける必要があるだろう。無論私は、主流の見方が端的に間違っている、等と主張したいわけではない。他方からの見方も加味したより多角的にして総合的な議論を目指すべきではないか、と指摘したいのである。

他方で私は、『ウィンター~』に登場する革命支持者らのヨーロッパへの憧れを表明する証言にも真摯な思いを感じており、この作品も現代ウクライナの情勢を知るために見ておくべきだと考える。独立広場に置かれたウクライナ国旗の色が施されたピアノで、少女がショパンの『革命』を奏でる場面など、純粋に映像作品として優れていると感じるところも多い。革命参加者が皆過激な民族主義者だった等という見方は、ストーン氏やロパトノク監督も当然していないと思われる。例えばこの作品によって、西部ウクライナを中心とした根深い反ロシア感情を知ることができ、ロシア人とウクライナ人が一体である、という有名なプーチン大統領の主張は、少なくとも現在については実態にそぐわない側面が強いことがわかる。だがいずれにせよ、この作品は、あくまでウクライナの親欧米派の視点から描写されたものであって、唯一の見方ではないことを念頭におく必要がある。

一つの作品で、親欧米派と親ロシア派の視点両方を取り込んだものがあれば最善だろうが、私は寡聞にしてまだ知らない。現状では、『ウィンター~』と『ウクライナ~』の両方を見た上で、より深く考えるべきだろう[9]

『ウクライナ~』の削除問題と表現の自由の問題
『ウクライナ~』に関しては、もう一つ大きな問題が発生していることに言及しなくてはならない。それは、インターネットメディアgigazineがまとめているように、製作者らが無料公開を望みダウンロードも許可しているにもかかわらず、ユーチューブをはじめとした動画プラットフォームで、削除されてきたことである[10]。その理由は、ユーチューブ担当者によると、「このドキュメンタリーは暴力的で生々しいコンテンツに関するポリシーに違反していたため」だと報道されている[11]。確かに焼き殺されたマイダン革命の反対派の遺体が映し出される等、不快で苦痛と感じられる映像も少なからず含まれる。それに対して動画サイトRumbleは、「私たちは、何を見るかを決めるのはGoogleのお偉いさんではなく、一般の人々であるべきだと考えています」として、『ウクライナ~』の公開を決断したと報告されている[12]。現在は再びユーチューブで視聴できるようになっているが、「次のコンテンツは、一部の視聴者にとって攻撃的または不適切な内容を含んでいると YouTube コミュニティが特定したものです」という注意が表示されている。

現在は、日本語字幕版の『ウクライナ~』映像も出回っている。ユーチューブでは、本稿執筆中の2022年5月25日時点で、「ウクライナ オン ファイヤー」で検索しても、題名だけ似ているが正反対の視点から見た内容である『ウィンター~』が一番上に表示される。それに対して検索対象の『ウクライナ~』は遥か下の6番目にようやく現れる等、それこそ「不適切」ではないのか、という事態になっている。グーグルで「ウクライナ オン ファイヤー」で動画検索をしても似たような結果になってしまう。このような不可解で不透明な検索アルゴリズムでは、『ウクライナ~』が広く知られることは難しいだろう。ユーチューブ以外では、ニコニコ動画で視聴できた時期もあったが、同日時点で削除されているのを確認した。

私自身の考えは、上で引用したRumbleの見解に近い。たとえ残虐な映像が出てこようとも、それが本当に起こったこととして提示されているならば、自ら真相を見極めることが肝要ではないか。もちろん遺体を見たくない人に配慮は必要であろう。だがそれならばより具体的に「遺体の映像が含まれる作品です」等とより具体的に注意を促すべきではないだろうか。一律に「不適切な内容」と断定されては、プラットフォーマーがパターナリズム的な姿勢を取ることにより、事実上の言論統制をしているとみられても仕方がないだろう。

確かにユーチューブのようなプラットフォームがなければ私が『ウクライナ~』を見ることはなかっただろうし、その点で恩恵を受けているのは確かだ。だがそれと同時に、結果的に、同じプラットフォームによって削除・排除の問題が生じてしまっているのは両価的な皮肉である。『ウクライナ~』のDVDはアマゾンで販売されているが、4000円弱の価格であり、日本語字幕も付いていない。

有名な独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」をはじめ、ロシアが政府方針を批判する人々を、非常にあからさまな仕方で、暴力的に弾圧していることは確かであろう。だが『ウクライナ~』削除・排除事件に看取すべきは、こうしたプラットフォーマーによる事実上の情報統制もしくは情報操作によって、特定の作品が大多数の人々にとってそもそも存在しないかのように処理されることで、表現の自由や知る権利が侵害されているという事案ではないだろうか。しかも大多数の人々が、そこに問題があることにすら気付かないように仕組まれていること自体が巧妙である。こうした実質的な「検閲」により、多様な意見同士の対立・衝突・調整を前提し、民主的討論の実効性を担保するはずの「思想の自由市場」の仕組みが機能不全に陥っていると疑わざるを得ないのではないだろうか[13]

その思想の自由市場論の元祖の一人と目されるジョン・スチュアート・ミルの含蓄ある言葉も、改めて胸に刻んでおきたい。

「意見の発表を封ずるのは特別に有害なのだ。すなわち、それは人類全体を被害者にする」

「その意見をもつひとびとよりも、反対の意見をもつひとびとの損害が大きいのである」

「その意見が正しい場合、ひとびとは間違いを改めるチャンスを奪われたことになる。その意見が間違っている場合にも、ひとびとは前の場合と同じくらい大きな利益を失う。なぜなら、間違いとぶつかりあうことによって、真理はますますクリアに認識され、ますます生き生きと心に刻まれるはずだったからである」[14]

 

[1] “Before Crisis, Ukrainians More Likely to See NATO as a Threat”(2014年3月14日)
https://news.gallup.com/poll/167927/crisis-ukrainians-likely-nato-threat.aspx

米国のギャラップ社のこの調査によると、2014年のマイダン革命前の08~13年のウクライナでの世論調査では、NATOを「守り手」(protection)よりも「脅威」(threat)として見る意見が多数だったことが示されている。革命直近の13年でも、29%が脅威と答え、守り手と見なしたのは17%にすぎなかった。

[2] NATO拡大の問題点に関しては、本稿付録で紹介するジョン・ミアシャイマー氏の動画も参考にしていただきたい。

[3] 塩原俊彦氏は、米国のこういった介入がウクライナの領土的一体性や政治的独立を保証したブダペスト覚書違反である、というロシア側の見方に触れ、それに賛同している(『ウクライナ・ゲート ネオコンの情報操作と野望』、社会評論社、2014年、電子書籍版の位置Noは1178)。塩原氏の別の著作では、ウクライナ危機は米国によるロシアへの(実質的な)「先制攻撃」だという見方も示されている(『ウクライナ2.0  地政学・通貨・ロビイスト』、社会評論社、2015年、1頁)。塩原氏の一連のロシア・ウクライナ著作の概要については、本稿付録を参照。

[4] “Das deutsche Wort “Putinversteher” geht um die Welt”(Deutsche Welle, 2022年4月9日、https://www.dw.com/de/putinversteher-englisches-wikipedia/a-61394050)。

[5] 中島岳志氏は、ロシア正教を中心とするユーラシア主義が、中国の一帯一路、およびかつての日本のアジア主義とも重なる広域秩序構想であると指摘することで、この戦争を局地的な現象ではなく、より深い世界史的次元で考察することを求めているように考えられる。ロシアは欧米中心の決済システムSWIFTから排除され、欧米諸国や日本からは経済制裁を受けているが、人口の多いBRICS諸国はいまのところ制裁に加わっていないことが重要である(『東京新聞』2022年4月26日付夕刊「論壇時評 ウクライナ侵攻 2カ月 国際秩序の脆弱性露呈」)。

[6] 汚職・腐敗の問題に取り組む国際NGO・Transparency Internationalが公開する「腐敗認知指数」(Corruption Perception Index)によれば、ヤヌコヴィッチ政権下の2013年にウクライナは世界で144位である。比較のために示しておくと、親欧米のポロシェンコ政権時代の2015年は130位、ゼレンスキー政権下の2021年は117位である。この指数は、次のサイトで検索できる。
https://www.transparency.org/en/cpi/2021

[7] ただし、『ウィンター~』をはじめ、親欧米・反ロシア的な情報は既に十分に普及していることを前提とした上で、ストーン氏はあえて反対方向に偏ったものをつくって全体の均衡を回復しようとした、という見方もできるだろう。

[8] 日本のメディアでも、時折駐日ロシア大使や駐大阪総領事のインタビューが流されることはあるが、ドンバス地方の親ロシア派住民の声を知る機会はほとんどないであろう。

[9] ユーチューブではごく簡単にではあるが、有村昆氏が、両方を比較しながら紹介している(「有村昆のシネマラボ」の中で、「ウクライナ」で検索)。

[10] 削除問題に関するGAFA批判としては、2022年3月23日に公開された『長周新聞』の記事「消される『ウクライナ・オン・ファイヤー』」も参照。
https://www.chosyu-journal.jp/column/23047

[11] こういったユーチューブのポリシーは、以下で閲覧できる。
https://support.google.com/youtube/topic/2803176?hl=ja&ref_topic=6151248

[12] https://gigazine.net/news/20220314-ukraine-on-fire-youtube-vimeo/
以上の経緯はアラブ系サイトAl Mayadeenの英語版でも、「検閲」だとして指弾されている。”Censorship: Youtube deletes then restores as flagged a documentary on Ukraine”(2022年3月10日)
https://english.almayadeen.net/news/Art-Culture/censorship:-youtube-deletes-then-restores-as-flagged-a-docum

[13] こうした異論の排除という問題は、インターネットの世界に限らないようだ。例えばロシア史の権威として知られる下斗米伸夫氏は開戦初日の2022年2月24日に、ゼレンスキー大統領は政治経験に乏しくロシアとの交渉に失敗し、NATO諸国との関係でも的確な判断ができず、ロシアの武力介入を招いた、と解説した。その後、下斗米氏はNHKニュースに出演せず、その解説がウェブサイトで文字になることもなかった、という調査がある。以上は元共同通信記者の浅野健一氏の「停戦を遠ざける史上最悪の偏向報道 ロシア“悪玉”一色報道の犯罪」(『紙の爆弾』、2022年5月号、鹿砦社、10-17頁)による。ただしこの記事は4月7日発行である。しばしば正面から対立するほど多様な意見を持つ有識者同士が行う本気の論争を視聴者に見せ、考える材料を提供することこそ、有意義ではないだろうか。

[14] J・S・ミル『自由論』(斎藤悦則訳、光文社、2012年、45-46頁)。ミルは民衆自身や、政府による言論統制を問題にしているが、今日の条件下では、プラットフォーマーに当てはめてもおかしくはないだろう。

 

 

第4節 オリヴァー・ストーン作品『リヴィーリング・ウクライナ』(2019年)

以上で『ウィンター~』と『ウクライナ~』両作品の比較と考察を一通り終えた。以下では、『ウクライナ~』と同じく知名度は著しく低いにもかかわらず、その続編といえる必見の作品『リヴィーリング・ウクライナ』(以下『リヴィーリング~』を紹介、分析したい。ユーチューブでは、日本語字幕付き版が鑑賞できるが、2022年5月25日時点では邦題の「乗っ取られたウクライナ」や「Revealing Ukraine日本語」等の通常の検索語では見つけられない状態になっているのを確認した[1]

監督はロパトノク氏、エクゼクティヴ・プロデューサーもストーン氏であり、『ウクライナ~』と同じである。主題はマイダン革命の背景のさらなる掘り下げと、米国によるウクライナ介入と「植民地」化の暴露である。

『リヴィーリング~』の冒頭でストーン氏が、自分がウクライナと米国の関係にこだわるのは、「世界市民」として、米国が軍国主義の道を歩むことを見たくないからだ、と宣言していることは特筆に値する。この発言からは、米国の世界規模の積極的干渉政策こそが、各地で紛争や戦争を引き起こす原因になっているという認識と、それを社会に知らしめたいという動機が見て取れる。この認識と動機は、『リヴィーリング~』の姉妹編たる『ウクライナ~』にも共通しているように私には見える。今日のウクライナ侵攻を見れば―一般の米国人にとってはそれほどなじみのない国とされる―ウクライナへの着目には先見性があったと評価できるだろう。

親ロシア派ウクライナ人政治家メドヴェチュク氏の証言と視点
この作品で多くの時間を占めるのが、ヴィクトル・メドヴェチュク(Viktor Medvedchuk)氏へのインタビューである。1954年生まれの彼は弁護士出身で、ウクライナ国会の副議長も務めた政治家であり、プーチン大統領とも親しい野党系ウクライナ人有力者の重鎮である。これは『ウクライナ~』でヤヌコヴィッチ元大統領が主要取材対象だったことに対応し、視点の偏りは否定しがたい。それでも日本ではなかなか窺い知ることができない反主流派の本音を聞くことができ、見る価値があることに変わりはない。

メドヴェチュク氏は今回のウクライナ侵攻の最中に、ウクライナ政府によって国家反逆罪の廉で逮捕され、世界的に名前が知られるようになった。作中でメドヴェチュク氏は少数派の代表として、ロシアとの合邦を目指すわけではないが、様々な地域共同体の連合体としてのウクライナの多様性を強調し、連邦制を擁護する。

その上で、マイダン革命後のウクライナ政府が、(ウクライナ語を母語とし欧米に近いと感じる西部住民を中心とする)単独のアイデンティティーを一方的に追求したことを厳しく批判する。彼は、クリミア併合後の2014年3月に、ヤヌコヴィッチ元大統領の腹心として、プーチン大統領との間を仲介し、ウクライナの平和、安全、領土の一体性を脅かしたとして、米財務省による制裁の対象になっている[2]。メドヴェチュク氏の妻は、自分はテレビ司会者だったが、この制裁と関連した見せしめとして解雇された、と訴える。2019年4月には、ウクライナ語圏ではウクライナ語のみを使うようにする法律が国会で成立したという事実が紹介される。メドヴェチュク氏はこの法律により多くの国民が母語を「禁止」された、と告発する[3]

マイダン革命再論:誰が最初に群衆を射撃して暴動を誘発したのか
『ウクライナ~』の主題は14年のマイダン革命だったが、本作ではさらに深い追及がなされる。最大の争点は、独立広場に結集していた群衆を最初に狙撃して暴動を誘発したのは誰かという問いである。ウクライナ政府の治安部隊やロシアの特殊部隊が疑われているが、なかなか確固たる証拠は出てこない。ここで引き合いに出されるのが、カナダ・オタワ大学のアイヴァン・カチャノフスキ(Ivan Katchanovski)教授による綿密な調査である。教授は当時の各国テレビ局の様々な映像を総合的に分析し、狙撃手が潜んでいたのはデモ参加者が占拠していた建物であり、犠牲者らはわざわざその付近に連れてこられていた、と指摘する。ストーン氏は、マイダン革命に顕著に見られるように、ウクライナが西側諸国により、ロシアを挑発するための梃子として使われている、と総括する。

米国とIMFによるウクライナの「植民地」化
さらに注目すべきは、近年の米国によるウクライナの従属化―メドヴェチュク氏自身の言葉を使えば「植民地」化―である。独立時のウクライナは、旧ソ連の産業の3分の1を占めていたため、ヨーロッパの新しい大国として躍進が期待されていた。しかし旧ソ連諸国との関係悪化もあって、かつて機関車を輸出していたウクライナは輸入国に転落し、空母を建造できるほど発展していた造船業はもはや見る影もないとメドヴェチュク氏は語る[4]。宇宙産業、軍需産業についても同様の傾向が続き、ウクライナは欧州最貧国の一つに転落しているとされる[5]。さらに非効率的だと指摘されるのは、ドンバス地方が豊かな石炭を産出しているにもかかわらず、東部での紛争勃発後、ウクライナ政府が南アフリカや米国からの輸入に切り替えたことである。ウクライナは元来、石油やガス資源にも恵まれているが、投資環境が悪いことが災いして十分に開発できずにいた。そこに現れたのがウクライナの資源会社ブリスマ・ホールディングスである。問題なのは、当時のバイデン副大統領の息子ハンター氏が、2014年4月に父がウクライナを訪問した直後に、腐敗が問題になっていたこの企業の取締役に名を連ねるようになり、数百万ドルに及ぶ不透明な報酬を受け取っていたことだ[6]

資源問題に関しては、2014年の親欧米政権成立により、ロシアとの関係は悪化し、ウクライナがロシアの天然ガスを、ロシアから直接ではなく、EUから4年間で1079%の割り増しで買うことになったとナレーションは語る。IMFの指示で国家予算の3割が借金返済に割り当てられ、百万人単位の人々がウクライナを去ることになった。

ジョージ・ソロス氏の「国際ルネサンス財団」による「民主化」支援
バイデン親子以外による介入の実例としては、『ウクライナ~』で取り沙汰されていた著名投資家ジョージ・ソロス氏の「国際ルネサンス財団」によるものが、当時のヒラリー・クリントン国務長官の「市民社会2.0」プロジェクトとの関連も含めて、文書上の証拠付きで暴露される。インターネット上で公開されている同財団の2010年の報告書を私が閲覧したところ、保育所への支援、芸術・文化活動の促進、電子政府の推進、医療支援等、公益性が認められる活動も、もちろん多い。だが、「ウクライナの市民社会をEUの市民社会に統合」するためのNGO支援プロジェクト等には、既に内政干渉の色が見て取れる。ストーン氏らが特に問題視するのは、Maidan Monitoring Information Center というNGOへの、4万7 750フリヴニャに及ぶ財政支援だ。なぜならこの組織は、2004年のオレンジ革命で情報発信役を担い、「モスクワから離れよう」(Away from  Moscow)を掲げ、ウクライナのロシアからの離間を狙う団体だったからだ。作中に出演するジャーナリスト、リー・ストラナハン(Lee Stranahan)氏は、こういった―確かに非営利かつ非政府ではあるが非常に政治的といえる―市民団体が、マイダン革命の成就に貢献したと指摘する[7]

今日のウクライナ侵攻を予見?
この作品で印象的なのは、よく知られたロシアによるトランプ大統領候補の為の選挙介入疑惑ではなく、当時のポロシェンコ大統領、ヤツェニーク首相体制下のウクライナ政府によるヒラリー・クリントン大統領候補当選の為の選挙介入疑惑の追及である。これは米国では時間差を置いてスキャンダルとなり、公式な調査がなされ、大きく報道もされた[8]。米国が傀儡とみなしていたウクライナが、今度は米国をあやつろうとしたのだ、とナレーションが入る。ここで重要なのは、このスキャンダルに関わっていたとされるOpen World Leadership Centerが、米議会図書館に属する組織である以上、そもそも政治活動を行うことは許されない、というストラナハン氏による指摘である。

こうした米国による、ロシアにとって決定的な地政学的意義を持つウクライナへの数々の介入、「植民地」化や挑発を総括し、―国連安保理決議として国際法並みの権威を備えていたはずの―「ミンスク合意」に反してドンバス地方への攻撃を終わらせないゼレンスキー政権の姿勢を見せつけつつ[9]、作品は今日のウクライナ侵攻勃発を予見するような映像を示して幕を閉じる[10]

 

[1] 今のところ、次のURLを入力すると、『リヴィーリング~』日本語字幕版にたどり着ける。
https://www.youtube.com/watch?v=1yUQKLiIoFA

[2] この事実は、米財務省ホームページで確認できる。https://home.treasury.gov/news/press-releases/jl2326

[3] これに関しては、「国家言語としてのウクライナ語の機能を支援する法律」の公式英訳を、ウクライナ国会のホームページで閲覧できる。
https://zakon.rada.gov.ua/laws/show/2704-19?lang=en#Text

2019年に成立したこの法律は、第1条でウクライナ語を唯一の公用語として定めている。問題があると思われるのは、政府機関の記録に使われる言語をウクライナ語と定める第13条で、クリミア・タタール語には翻訳の配慮がなされているが、ロシア語への言及がそもそもないことだ。さらには印刷マスメディアの言語をウクライナ語と定める第25条で、クリミア・タタール語と英語等のEU公用語を例外としているのに、ロシア語の項目はない。以上の情報を見る限りだが、ロシア語を話すことそのものが禁止されていることはなくても、第2公用語としての地位定着を目指してきたロシア系住民の要求に逆行する法律になっているという認識は妥当であろう。国際人権団体Human Rights Watchも、この法律について、「少数言語の保護」についての懸念を示していた。Rachel Denber: “New Language Requirement Raises Concerns in Ukraine. The Law Needs Safeguards to Protect Minorities’ Language Rights”(https://www.hrw.org/news/2022/01/19/new-language-requirement-raises-concerns-ukraine 2022年1月19日)

[4] 作中で言及されていることではないが、中国海軍初の空母として知られる「遼寧」は、1988年にウクライナの造船所で竣工し、98年にウクライナから売却されたものである。
時事通信「世界の航空母艦 遼寧(中国)」(公開日不明)
https://www.jiji.com/jc/v2?id=20100503aircraft_carriers_of_the_world_12

[5] 世界銀行の2020年の資料によると、ウクライナの1人当たりGDPは1万3054ドルである。なお比較のために挙げておくと、ロシアは2万9812ドル、EU平均は4万4791ドル、いずれもウクライナの隣国であるポーランドは3万4287ドル、ベラルーシは2万239ドルである。
https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.PCAP.PP.CD?locations=UA

[6] なおバイデン親子によるウクライナへの介入の実態は、米上院委員会の以下の報告書において、克明に暴き出されている。
https://www.hsgac.senate.gov/imo/media/doc/Ukraine%20Report_FINAL.pdf

驚くべきことに、この報告書では、当時副大統領だったバイデン氏が、ウクライナへの10億ドルの支援を取りやめると脅して圧力をかけ、当時のウクライナの検事総長を辞職に追い込んだことが事実として認定されている(8-9頁)。この発言は、Foreign Affairs主催の会合Council on Foreign Relationsの公式議事録でも確認できる(prosecutorでサイト内検索のこと)。
https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2018-01-23/foreign-affairs-issue-launch-joe-biden

[7] https://www.irf.ua/content/files/annual_report_2010_en.pdf
EU市民社会への統合は148頁以下に見られる。

[8] US Senate Committee on Foreign Relations: “Menendez Confronts Senior State Dept. Officials: Did Ukraine or Russia Intervene in the 2016 U.S. Elections?”(2019年12月3日)
https://www.foreign.senate.gov/press/ranking/release/menendez-confronts-senior-state-dept-officials-did-ukraine-or-russia-intervene-in-the-2016-us-elections

Why Ukraine has become ensnared in US collusion claims(2019年5月18日)
https://www.bbc.com/news/world-europe-48268762

[9] 現在のウクライナの政権は、ゼレンスキー大統領が2019年にポロシェンコ前大統領に勝利し、同年の国会選挙でもゼレンスキー氏の新党「国民の僕」が単独過半数を取ったことによるもので、14年の「革命」とは直接的につながっているわけではない。ただし親欧米路線、NATO加盟方針等については、変わっていないといえよう。

[10] 2015年に更新されたミンスク議定書Ⅱの内容は、以下で確認できる。
https://www.un.org/press/en/2015/sc11785.doc.htm

なお国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、2014~21年のドンバス地方の内戦で、子供を含む3404人の非戦闘員が殺害されたことを報告している。ロシア側が主張する「ジェノサイド」という言葉を適用するには慎重でなければならないだろう。だが、ウクライナ軍側の攻撃によるロシア系住民地域における多数の犠牲者の存在は、事実として知っておく必要がある。
https://ukraine.un.org/sites/default/files/2022-02/Conflict-related%20civilian%20casualties%20as%20of%2031%20December%202021%20%28rev%2027%20January%202022%29%20corr%20EN_0.pdf

ドンバス内戦については、付録で言及している映像作品「ドンバス」と、ジャック・ボー氏の記事も参考にしてほしい。

 

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本稿はオリヴァー・ストーン氏のウクライナ作品を中心に据えた評論であり、『人文×社会』第6号、2022年6月号、49-86頁からの転載です。ウクライナでの戦争にも触れていますが、当然ながら戦争勃発当初の情報に基づいています。この戦争についての私のより新しい見解は、近刊の拙著『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社)をご覧ください。ご感想やご質問は以下のメールアドレスにお送りください。elpis_eleutheria@yahoo.co.jp

 

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嶋崎史崇 嶋崎史崇

しまざき・ふみたか 1984年生まれ。MLA+研究所研究員。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程(哲学専門分野)修了。ISF独立言論フォーラム会員。著書に『ウクライナ・ コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文は、以下を参照。https://researchmap.jp/fshimazaki 記事へのご意見、ご感想は、以下までお寄せください。 mla-fshimazaki@alumni.u-tokyo.ac.jp

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