「放送法国会」の裏で財務省と結託 「岸田増税」の罠
政治〝捏造〞はありえない
「まるで下手な縁台将棋を見せつけられているみたいだ」
3月20日、閣僚の元秘書は自嘲気味にこう語った。
前日、将棋の藤井聡太5冠が棋王戦で渡辺明棋王を破り、3勝1敗でタイトルを奪取し、6冠に輝いた。それに遠く及ばない現在の永田町の体たらくを嘆いてみせたのである。3月2日、立憲民主党の小西洋之参院議員が記者会見で明らかにした総務省の内部文書がきっかけだった。
この文書は第2次安倍晋三政権下、放送法上の政治的公平性に関する政府の解釈に関するもので、本来、「政府の解釈」とは、放送事業者の番組全体を見て判断される。ところが2014年11月、TBS系「サンデーモーニング」を見た礒崎陽輔首相補佐官(当時)が「政権に批判的だ」とし、「1つの番組では見ない、全体で見るというが、全体で見るときの基準が不明確ではないか」「1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」と、この政府解釈の変更を要求。
さらに同年12月18日には「年明けに総理にご説明しようと考えている」と局長に再び迫っている生々しい記述が続く。2015年5月の参院予算員会で高市早苗総務相(当時)が「1つの番組でも、極端な場合は政治的公平性を確保しているとは認められない」と答弁。この7カ月間の首相官邸と総務省のやり取りが行政文書として残っていたと、小西氏はブチ上げたのである。
この文書について高市経済安全保障担当相は3月3日、国会で「捏造」と断言し、「捏造でなければ議員辞職するか」と問われ、「結構ですよ」と答えた。
「これまでのお決まり答弁では、『記憶にない』とか『本当の文書なのかどうか調査します』程度で済ませるものを“捏造”だと決めつけ、本物だったら辞職するとまで言ってしまった。彼女のキャリアを考えれば、軽率の1言で済まされる問題ではない」(前出の元秘書)
松本剛明総務相は、文書を「行政文書」だと認め、高市氏が「受けたはずもない」と答えた2015年2月13日の大臣レクについても、総務省の局長が「あった可能性が高い」と答弁し、高市氏の外堀は徐々に埋まってきている感が否めない。一方、“攻撃”の標準を高市氏に絞った立民だが、小西氏をはじめ、杉尾秀哉・塩村文夏両参院議員らが文書問題で高市氏に詰め寄るものの、攻め手を欠いて時間だけが空しく過ぎているような形になっている。この様子を見て、冒頭の元秘書氏は“縁台のヘボ将棋”と揶揄したのである。
この文書の出た背景は何なのか。無論、悪意をもっての捏造ではない。高市氏をよく思っていない、または安倍政権時代の強権ぶりに嫌気がさしていた総務省職員が、元総務省職員の小西氏に渡したとの見方もあるが、真相は不明だ。ただし、捏造については的外れだとの指摘がある。
「行政文書は、役所内でその時々のレクなどについてどのような話し合いが行なわれたかなどを記し、内部で確認し合うメモのようなもの。捏造できるようなものではありません」
こう語るのは、大臣の秘書官を務めた経験のある野党の政策秘書。
土俵際に追い詰められた高市氏であることに間違いはないのである。
漁夫の利を得た岸田首相
しかし、岸田首相は柳に風の如く、微動だにしない。3月16日の衆院本会議でものらりくらりを繰り返した。岸田首相は、放送法の政治的公平性の解釈は「一貫して維持されている」と述べ、解釈変更が安倍元首相の“負の遺産”だと指摘した野党の質問に対して「その指摘は当たらない」と否定した。「1つの番組でも判断できる」とした政府見解は「補完的説明」であるとして撤回もしない。
実は、ここに岸田首相の思惑が垣間見える。
「岸田首相は“漁夫の利”を得たかのように、にんまりとしています。この問題でぐだぐだして予算委員会は“順調”に流れ、新年度予算案は年度内可決へと向かっている。予算可決後、まだ尾を引くようであれば、責任をとって閣僚辞任してもらえばいいと考えている。3月に入り、各社の世論調査で内閣支持率が回復基調にあることが、自信に繋がっています」
こう語るのは、宏池会所属議員の1人。NHKが3月10~12日に実施した世論調査で内閣支持率は、前月調査から5ポイント増の41%。不支持率が40%だったので、支持率が不支持率を7カ月ぶりに上回ったのである。
NHKだけではない。朝日新聞は同18・19日に調査。こちらは依然として不支持率が支持率を上回っているものの、支持率は前回調査から5ポイント増の40%。毎日新聞も18・109日の調査で内閣支持率は前回調査から7ポイント増の33%だった。時事通信の調査でも2・1ポイント増の29・9%。産経新聞・FNN合同調査に至っては、前月比5・3ポイント増の45・9%だった。
NHKの調査で内閣を支持する理由のトップは「他の内閣より良さそうだから」で47%。次いで、「支持する政党の内閣だから」が27%、岸田首相に直接関連する「人柄が信頼できるから」は11%に止まった。
つまり、ポスト岸田で期待できる人がいない、野党には期待できないといった減点方式によるもので、決して期待値が高まったわけではないことがわかる。それでも岸田首相にとっては追い風だ。
「サミット後の解散総選挙に向け、上り調子になっている。岸田首相は、総務省文書問題については高市氏に全ての責任を押し付けて辞任させる腹づもりでしょう。岸田首相にとっては何の痛みもない。むしろ、問題解決を総務省にやらせ、しっかり責任を取らせた総理としてさらなる支持率アップにつながると踏んでいるように見えます」。
こう語るのは、安倍派(清和政策研究会)の中堅衆院議員。政権基盤を強固にしようとする狙いがあり、高市氏はその“生贄”として使い捨てる気ではないかと推測するのだ。それを裏付けるかのように、岸田首相はウクライナを電撃訪問した。
当初は予算成立後の3月31日ではないかといわれていたが、「もう予算成立のメドはつき、早めの訪問日程を詰めたのだろう。言い換えれば、余裕の表れだ」(自民党関係者)。岸田首相の高笑いが聞こえそうな話である。
ほくそ笑む財務省
一方、この総務省文書問題で重要案件がすっかり陰に隠れていると危惧する面々がいる。
「本来、昨年末から問題になっていたのは、増税問題です。しかし、連日の総務省文書問題、さらにガーシー元議員を巡る問題などで国会は腑抜けた状態になり、増税問題がすっかり陰に隠れてしまっている」
こう語るのは、昨年設立された自民党の「責任ある積極財政を推進する議員連盟」(共同代表・中村裕之衆院議員、谷川とむ衆院議員、足立敏之参院議員)の1人だ。同議連は、3月15日にも総会を開き、「2%物価安定目標と賃金上昇を達成する財政金融政策を求める決議」を全会一致で決定。
これは、大胆な金融緩和によって、日銀が掲げた2%の物価安定目標の実現を推し進めるよう求めるもので、①構造的な賃上げを伴う経済成長と物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けて、政府には日銀との継続的な政策連携を求める②「物価安定目標」2%が達成され、安定的に継続するとともに、名目3%、実質2%を超える経済成長が実現するまで、政府は日銀と大規模な金融緩和の継続が必要であることを確認する③政府が決定する「経済財政運営と改革の基本方針」(筆者注・6月にも策定する「骨太の方針」のこと)において、大胆な金融政策の堅持や、2%の物価安定目標を持続的・安定的に実現することを明記することの3点を記したものだ。
つまり、アベノミクスの継続を約束しろという内容である。翌16日、積極財政議連の幹部らはこの決議文を萩生田光一政務調査会長に提出した。提出後、中村共同代表は、「アベノミクスを完成させたい決意だ」と語り、受け取った萩生田氏は「これからもしっかり取り組んでほしい」と述べたという。
また、議連の総会では、クレディ・アグリコル証券の会田卓司チーフエコノミストが講演した。安倍政権時、自民党財政政策検討本部などのアドバイザーを務めた御仁。「アベノミクスの完成には積極財政が必要~増税なしに防衛費とこども予算を倍増する方法~」という演題で、マクロ経済の視点からいかに日本財政がガラパゴスであるかを説き、世界各国の財政運営の主流は積極財政であるかを示した。
こうした議論の後、質疑応答で会田氏は「財務省はマクロ経済での議論を避け、ミクロ経済の話に持っていく」と、財務省の姿勢を批判。岸田首相が防衛費増額に際し、「将来世代にツケを回してはならない」と訴える姿勢そのものだ。
会田氏が説く論の一つに「ワニはいなかった」がある。一般会計税収が低調な横ばい傾向が続き、歳出が年々増えるさまを同じグラフに示すと、2本の線はワニの口が開いたような形になる。
要は、入るカネが少なく、出るカネが増える一方だと大きなワニの口のようになり、国家は危うくなるという論法だ。しかし、先進国の一般的な財政運営は、国債償還費を歳出に計上しないという。すると、歳出と税収入の差はほぼなくなり、ワニの口にはならない。さらに、国債の60年償還ルールを撤廃すれば、歳出構造の硬直化がなくなり、予算の使い道の選択肢が増えるというのだ。
マクロ経済と世界標準――。この視座に立てば、“悪しきインフレ”に陥っている日本経済の立て直しには、積極財政が不可欠と訴えたのである。しかし、財務省は頑なに財政健全化を主張し、岸田首相も財務省に乗っかっている。
気づけば増税決定か
「ようやく企業は賃金アップに本腰を入れ始めた。しかし、見違えるほどの効果がある賃金上昇にはならない。そんな中で増税に向かう岸田首相は、かつての民主党政権を想起させる」
こう語るのは、別の積極財政議連の1人だ。
「かつての民主党政権」とは、菅直人氏が首相になったとたんに消費税増税に舵を切り、続く野田佳彦首相が「社会保障と税の一体改革」を掲げて増税路線を踏襲した。重苦しくのしかかった増税感が再び到来しそうな気配だというのだ。とはいえ、第2次安倍政権下でも消費税増税は2度も実施された。それが成長戦略に歯止めをかけることになったとの指摘もある。
真っ向対立する財務省と先の有志議連だが、そうした本格的な財政論議を封じているのが、総務省文書問題であると、自民党中堅衆院議員は苛立ちを隠さずこう語る。
「予算委員会では、そうした予算に絡む議論をしていかなければならないのにもかかわらず、文書問題で堂々巡りし、時間だけを消化しているのは、まさに“税金の無駄遣い”ではないでしょうか。文書が本物で高市氏に責任があるのなら速やかに辞任させればいいだけの話だし、解釈変更を訂正すればいいだけの話」
放送法の解釈変更は、誰が見ても明らかな誤りである。岸田首相がそれを認めてしまえばいいのだ。しかし、そうならないのは、財務省との連携を密にした“のらりくらり戦法”で、気づけば増税決定というシナリオを描いているからだろうと、この議員は言うのである。
塗炭の苦しみが続く国民生活を救う政治が生まれるのは、果たしていつの日になるのだろうか。
(月刊「紙の爆弾」2023年5月号より)
高市氏が辞任しないために陰に隠れた増税問題
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黒田ジャーナル、大谷昭宏事務所を経てフリー記者に。週刊誌をはじめ、ビジネス誌、月刊誌で執筆活動中。