【特集】終わらない占領との決別

大転換する世界と日本の生きる道―「アジア力の世紀」へ―(前)

進藤榮一

・中国が日本に追いつき、アメリカをも凌駕し始める

1980年代初頭、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を日本が謳歌していたころ、中国のGDPは、購買力平価で日本のわずか1/3(!)でしかなかった。すなわち、日本が1兆692億ドルに対して、中国は3034億ドルであった。しかし、92年、鄧小平の「南巡講話」以来、中国は改革開放政策に舵を切り、経済力を強化し加速させた2000年に、日中間の経済格差が逆転した。

すなわち、GDP(購買力平価)で日本3兆4763億ドルに対して、中国は3兆6574億ドルになる。そしてその10年後の2020年には、中国は24兆1913億ドル、日本5兆3123億ドルの5倍になった。また名目GDPでも、すでに2014年に、中国は日本を凌駕していた。

そして中国のGDPは購買力平価で、2017年にアメリカをも追い越し始めた。この年アメリカは19兆4796億ドルに対し、中国は19兆8140億ドル。日本はその1/4、5兆2484億ドルに留まる。

以後、単に中日間だけでなく、中米間の経済力格差もまた開き続けて、コロナ渦の2020年に、アメリカ22兆9027億ドルに対して、中国は24兆19億ドル。2兆ドル規模の差をつけて、中国がアメリカを凌ぎ、2021年にはその差が、4兆ドル以上になると計算されている。

世界経済に占める中国の比率を、GDPで見るなら、1980年にわずか2.7%でしかなく、2000年でも3.6%でしかなかったけれども、2020年には、17.8%にまで上昇していた。

かつて西側先進諸国の半植民地従属下に置かれた中国が、いまや巨大な人口と広大な国土をバネに、アジア経済を牽引し、世界の景気と経済発展に寄与し始めたのである。

・21世紀情報革命下で

21世紀情報革命下で、中国と、中国が牽引するアジアが、「大転換する世界」をつくり始めている。

中国は世界最大の人口14億人を有する。日本の10倍、アメリカの4倍、EU全域の2倍を超える。しかもアジア諸国の資産家層を中心に、

3000万人を超える華人ネットワーク、いわゆる「チャイナ・サークル」(バリー・ノートン)が、アジア太平洋諸国で多様な形で機能している。

加えて広大な国土面積。日本の24倍、アメリカとほぼ同じである。前者、巨大人口は、かつて「貧乏人の子沢山」の譬えに見るように、発展の阻害要因とされてきた。いわゆる「人口オーナス(発展阻害要因)」である。しかし、21世紀情報革命下で、モノとカネとヒト、情報と技術が、瞬時に国境を超える世界へと変わった。

そのため、いわゆる「モジュール化」と部品生産化が進展する。

「モジュール化」。レゴの組み立てのように、パソコンであれクルマであれ、個々の部品を(コスト最適を考慮し、国境を越えて)生産し一個の完成品に組み上げていく、情報産業革命下の新技術工法である。

かくて国境を越えた直接投資が急増し、中国は、アジアの生産工場としての役割を果たし始めた。「世界の工場」としての中国である。実際、冷戦終結2年後以来、中国は、積極的な改革開放と外資導入政策を展開し、アジア経済を牽引し、2001年にはWTO(世界貿易機関)に正式加盟した。

その結果、総人口14億の総所得が増大し続ける。そして国民の旺盛な購買意欲に支えられて、中国は、「世界の工場」から「世界の市場」としての役割を果たし始める。

人口オーナスから「人口ボーナス(発展促進要因)」への構造変容である。

しかも中国の巨大な面積は、これまで、峻厳な山岳や不毛の砂漠、広大な河川や湖沼で分断され、発展阻害要因、「空間オーナス」でしかなかった。しかし情報革命は、開発工事建機やドローン技術の急速な発達を促した。それら情報技術の成果を活用して、大型船舶の入港できる港湾を建設した。そして長大な新幹線網を広い国土に縦横に張り巡らせた。空間オーナスが「空間ボーナス」へと構造変容した。

2.グローバルネットワーク型地域連携へ

・ユーラシア地域連携が進む

しかもここでもまた、21世紀情報革命下で、製造工程のモジュール化を軸に、グルーバル・バリュー・チェーンが張りめぐらされる。そしてアジア諸国家間の連携とネットワーク型発展が進む。日中韓の夫々を軸に、ASEANやインド、オーストラリア、ロシアなどを巻き込んで、地域連携の動きが進む。

2001年上海協力機構(SCO)が発足した。中、露、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギスタンの6か国が参加し、のちインド、パキスタンが加盟。本部は上海に設置。オブザーバーとしてイラン、アフガニスタン、モンゴル、ベラルーシが参加した。

09年にはBRICSが、ブラジル、ロシア、インド、中国の4か国で発足。本部は、インドのムンバイに設置。11年に南アフリカが参加し5か国に拡大した。

同じ09年、リーマン金融危機を機に、先進国G7が、G20に拡大改組。中国、韓国、オーストラリア、インドネシア、トルコ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、サウジアラビア、それにEUが参加した。

・一帯一路構想が動き始める

そして13年、習近平主席が、6月にカザフスタン・アスタナで「一帯一路陸のシルクロード」構想を発表した。そして10月にインドネシア・ジャカルタで「21世紀海のシルクロード」構想を打ち上げた。さらに18年、ロシアが、ノルウェイ、日本の協力を得て、北極海沿いのヤマルに巨大LNG基地を建設した。北極海の氷が、地球温暖化で溶け始めた気候変動効果を逆手にとって、ヤマルから北極海をへて、ベーリング海峡から釧路港、津軽海峡経由で、中国沿岸部に海上輸送路を開設したのである。「氷上シルクロード」と呼ばれる所以である。
かくして21年現在、一帯一路構想参加国は、陸と海と氷上を含めて、143か国、25国際機関に及び、それぞれの国・機関と一帯一路協力協定を締結している

・東南アジア諸国が地域協力機構を

アジア諸国家間の地域的連携は、一つに、冷戦期(べトナム戦争の渦中)の1967年、東南アジア4か国のASEAN設立宣言に始まる「東南アジア諸国家連合(ASEAN)」を出発点とする。2015年12月、ASEAN10か国による「ASEAN経済共同体(AEC)」の成立に至る。

それと前後して、20年11月に、「RCEP(東アジア地域包括経済連携)」の発足を見た。10か国に、日中韓3か国と、オーストラリア、ニュージーランドを加えた全15か国からなる、経済関税自由化協定である。

またそれに先立って、15年、中国は「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」を、57か国の参加を得て北京に本部をおいて設立。参加国・地域は現在103か国・地域に拡大。「一帯一路構想」を資金面で支える役割を主目的にする。

併せて15年に、CIPS(人民元国際決済システム)を構築した。中・ロを中心に、いわゆる非米国家間での利用を目的に、米ドル決済システムに代替する国際金融システムの構築に乗り出し始めている。

その間、17年11月、TPP11協定(環太平洋パートナーに関する包括的及び先進的な協定、正式略称、CPTTPP)が、(米国が離脱した形で)関係閣僚会議で承認されていた。そして、中国もまた、TPP11に参加する意向を明示し始めている。

21年9月、中国は正式にTPP11(CPTTPP)への加盟を申請した。そしてそれを追いかけるように、台湾もまた、その翌日にTPP11への加盟を申請した。

(註、日本のメディアや研究者は、しばしば「CPTTPP」を「TPP」と呼称している。しかしこれは、(米国が議会の批准を得ることができず、加盟できなかった)TPPと、同じものであるかの誤解を生む呼称である。あえて本書では、両者を明確に区別するべきことを強調したい)

Schematic map of the new Trans-Pacific Partnership after the USA (TPP).

 

・変容するインド、インドネシア、そして香港

加えてインドもまた、2億人を超える極貧層を制度的にカースト制として抱えていたとはいえ、中国とともに、急速な経済発展を続けていたことに、触れる。

インドは、19年(EU離脱後の)イギリスを抜いて世界第5位の経済大国となった。コロナ渦で発展停滞を余儀なくされた後、インドは、27年にはドイツを、30年には日本を追い抜くと予測されている(英国経済シンクタンクCEBR資料による)。

そのインドを、インドネシアが追いかけ、2050年に、日本とほぼ同じ経済規模になる。そしてそのインドネシアをベトナム、タイ、バングラデッシュなどの東南アジア諸国が追いかける。ベトナム、フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマーは、07年から17年まで10年間、それぞれ6%の成長率を超えていた。

台湾と香港は、米中摩擦の主要争点として、東アジアの緊張の焦点であり続けるだろう。しかしにもかかわらず、台湾は、その旺盛な国民的活力と知的生産能力のゆえに、アジア経済の中心の一つとして機能し続けるはずだ。

それに反して香港は、アジア経済の中心拠点としての位置を縮減させていく。実際、香港の金融経済機能は、その多くを、広東、深圳、福州、マカオに至る、いわゆる「大湾区(ビックベイエリア)」に拡大移転する。そして香港は、アジア経済の中心拠点としての位置を縮小させていく。かつて香港経済は、中国のGDPの1/4をはじき出していたけれども、それがいまや2%台にまで縮小している。

かくして、台湾や香港、それに新彊ウイグル少数民族問題などで、いくつもの問題を抱えながらも、中国の政治経済的牽引下に、21世紀アジア・ユーラシアが興隆する。

※「大転換する世界と日本の生きる道―『アジア力の世紀』へ―」の後半は5月2日に掲載します。

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進藤榮一 進藤榮一

北海道生まれ。1963年京大法卒。法博。筑波大学大学院名誉教授。国際アジア共同体学会会長、アジア連合大学院機構理事長。プリンストン大学等で客員教授等。著書に『アメリカ黄昏の帝国』『分割された領土』等多数。

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