【特集】終わらない占領との決別

大転換する世界と日本の生きる道―「アジア力の世紀」へ―(前)

進藤榮一

「アメリカは、もはや世界的な単独覇権を維持できなくなった。アメリカと中国は競争しつつ共存していかざるをえない」(ヘンリー・キッシンジャー「対中関係全国委員会報告」、2019年12月4日)。

「2世紀以上もの間、先ずヨーロッパ、次いで米国という形で、西洋は世界に君臨し続けてきた。われわれはいまや歴史的な変化を目のあたりにしている。それは、初期段階にあるとはいえ、やがて世界の構造を一変させるはずだ。……途上国の台頭はすでにグローバル経済の勢力バランスを大きく変化させつつある」(マーチン・シェイクス『中国が世界をリードするとき』上、2014年、松下訳、2頁)。

1.帝国以降

・トランプ以後の世界へ

「今回の大統領選挙は、パクス・アメリカーナに終止符を打つものだ」。かつて2016年の米大統領選挙でトランプが勝利した日、イアン・ブレマー(ユーラシアグループ代表)は、こう語っていた。

あれから5年有余、いまコロナ渦の蔓延するアメリカと世界を見た時、このブレマーの言葉の重みを、私たちは、改めて感じる。

Sarasota, FL, USA – November 28, 2015: White seniors holding a placard supporting Donald Trump showing their support at his Presidential candidacy visit to Sarasota FL

 

実際、アメリカ主導のグローバル・ガバナンス、「パクス・アメリカーナ」は、世界に蔓延するコロナ渦に十分対応できず、世界最多のコロナ患者と死者を生み続けている。それに対して、中国をはじめ、台湾、シンガポール、そして韓国など、東アジア新興国家群が、日本を例外として、コロナ禍を見事に封じ込めている。そして中国は、数百億回分のコロナ・ワクチンを、コロナ禍で苦悩するアジアや中東、アフリカやラテンアメリカなど、南の途上国世界に無償支援して、国際秩序の回復に寄与し続けている。

しかも、マラッカ海峡とスエズ運河経由でヨーロッパとアジアをつなぐサプライチェーン網がコロナ渦で分断された苦境に応えるべく、中国は、12年以来開始された「陸のシルクロード」。5本の欧亜班列をフル稼働させた。その結果、電化製品や機械部品、車や食料品などおよそあらゆる製品や部品の販路・運輸を確保し、欧州諸国のコロナ不況に歯止めを掛け、ポスト・コロナの欧州経済復興に寄与し続けている。

実際、欧亜班列の稼働便数と運搬コンテナ数は、12年の42便、4000㌧(TEU)から、加速度的に増加し、コロナ渦中の20年、1万2400便、113万5000㌧(TEU)の大台に乗った。そして21年10月末、121.6万㌧、対前年比20%増と、拡大し続ける。
(出所:福山秀夫「RCEPと東アジア国際輸送共同体(インターモーダル輸送共同体)の道」、2021年12月2日、国際アジア共同体学会2021年年次大会報告)。

・現実化する一帯一路構想

日本の著名な中国外交専門家が繰り返し語っていたのとは違って、一帯一路構想は、夜空にきらめくだけで、地上からは手にできない「星座」のようなものでは、けっしてない。あるいは、中国の勢力圏を拡大膨張させるための「赤い竜の爪」のようなものでもないし、習近平主席が〝独裁〟の座から降りたら消えてなくなる、主席の「ペット・プロジェクト」に矮小できるものでもない。

一帯一路構想。それは、陸と海と氷上の、東西貿易と南北交易を支え進展させる現実的な戦略構想だ。情報革命に立ち遅れコロナ渦で痛めつけられた途上国世界の発展に協力寄与する新しい国際秩序構築の戦略構想だ。アメリカの主導下、経済制裁や核軍事力による脅しと介入によって世界秩序を保持していく旧来型のグローバル・ガバナンスのあり方を拒斥する。そして相互に裨益し合うウインウインの関係を構築して、市場と市民社会を育成拡大し、人間の顔をした社会主義。もう一つの資本主義をつくり上げていく試みといってよい。

かくして、好むと好まざるとにかかわらず、アメリカ主導の「パクス・アメリカーナ」に代わって、中国主導の「パクス・アシアーナ」が、21世紀グローバル・ガバナンスをつくり始めている。

それは、米国主導の対中対ロ封じ込め戦略を超え、(中国やインドを南の構成国と位置付けた)「南・南協力」を謳い上げた。そしてそれによって、ポスト・コロナの21世紀国際秩序の構築に寄与し続ける。

・せめぎ合う二重運動

20世紀「知の巨人」カール・ポランニーは、時代の巨大な変貌期を、「大転換期」と定義した。そして第2次世界大戦後とニューディール政策展開後の世界史的発展状況を、その表れととらえた。そしてポランニーは、大転換期は常に、時代を前に転換させていく動きと、時代を後ろに引き戻そうとする動きの、せめぎ合いの中で展開していくととらえた。それを、大転換期につきものの「二重運動」であると定義し直すことができる。

実際、「パクス・アメリカーナ」が終焉し、「パクス・アシアーナ」が登場する大転換期にあって、いま二重運動が展開している。昨日の世界へ引き戻す動きと、明日の世界へと転換させる動きが、せめぎ合いながら、新しい世界。パクス・アシアーナを生み出し始めている。

その角度を異にした動きが、21年6月、G7とG20が競い合うかのように開催されたコロナ渦の国際社会の今日に反映されている。一方でG7は、アメリカや英国、日本などからなる先進7か国首脳会合である。1973年発足のG5(米、英、日、独、仏)に、イタリア、カナダが参入して79年にG7へと拡大変容した。他方でG20は、インドネシア、インドやメキシコ、南アフリカなど途上国を含め、20か国・地域首脳会合として発足した。

・米中「新冷戦」へ

確かにアメリカ・バイデン民主党政権は、ワクチン開発に成功した2021年6月段階で、英国南部コーンウォールで開催したG7サミットで、英国や日本、ドイツ、フランス、イタリア、カナダの首脳を集め、世界のリーダー、アメリカの存在感をアピールした。

そしてそこでG7首脳は、バイデン主導下で、「よりよい世界の復興(Build Back Better World=B3W)」構想を宣言し、中国主導の一帯一路構想(BRI

)に対抗する姿勢を打ち出した。さらにバイデン政権は、21年9月、日豪印を誘い込んで「クワッド(4か国連合)」を構築した。そして、EU離脱後の英国とカナダを誘いこんで、「自由で開かれたアジア太平洋戦略(フォイップ)」の同盟化へと乗り出した。その延長上に、21年12月、110か国・地域の首脳のオンライン参加を得て、「民主主義サミット」を開催し、「民主主義対専制主義」の国際対立構図を明らかにし、反中〝覇権抗争〟に乗り出していた。

いま、ポスト・コロナの世界のありようをめぐって、米中を軸に熾烈な権力闘争。米中「新冷戦」が展開している。

Conflict between countries: USA vs China. Vector.

 

米国主導の「パクス・アメリカーナ」は終焉した。そして米国に代わって中国が牽引する「パクス・アシアーナ」が、登場し始めているのである。それを、「地域としてのアジア」を「アジア力」と定義し、「アジア力の世紀」の到来と呼んでよい。

実際パクス・アメリカーナは終焉し、世界はゆっくりと確実に、巨大な変貌をとげ始めて、「アジア力の世紀」が登場し始めている。それが、「人新世の世紀」を求めている。すなわちそれを、近代資本主義の〝終焉〟と、人間中心主義の〝復権〟とを、ともに求める「ポスト近代」の世紀への転移と、いいかえてもよい。

しかもその転移は、三重の逆転劇から成り立っている。

・南北逆転と東西逆転

第一に、先進国として世界を取り仕切ってきた北側諸国(いわゆるG7)が、南の世界、新興諸国(いわゆるE7)を経済力(購買力平価での実質国民総生産GDP総額)で凌駕している南北関係の常識が、17年以降、もはや過去のものとなった。そして逆に、南が北に優位しているという逆転劇が進行している。

G7 summit or meeting concept. Row from flags of members of G7 group of seven and list of countries, 3d illustration

 

19年に、G7、すなわち先進7か国(アメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)のGDP(実質国民総生産)総額は、42兆7370億ドル。対する南側E7、新興7か国(中国、インド、ロシア、ブラジル、インドネシア、メキシコ、トルコ)のGDP総額は、48兆9060億ドル。北の経済力が南に追いつかれ、以後、南が北に優位する。G7に対するE7の優位性は、年ごとに拡大し始める。

第二に、西が東を圧倒する世界もまた、過去のものとなっているという逆転劇。

同じく19年に、西側(EU27か国、米、豪、加)の実質GDP総額は、29兆217億ドル。対する東側、アジア26か国(ASEAN10か国、中、日、韓、北朝鮮、ロシア、旧ソ連圏諸国、インド、パキスタン、ネパール、バングラデッシュ、イラン、イラク、トルコ、シリア)のGDP総額は、56兆1452億ドル。その多くがかつて西側諸国の植民地下に置かれたアジア諸国だ。しかも、そのアジア諸国全体の実質国民総所得総額で、欧州諸国全体の総額のほぼ2倍にまで増大している。

東西逆転と南北逆転が、同時進行している。それが「大転換する世界」をつくり始めている。

しかもその二重の逆転を、好むと好まざるとにかかわらず、中国が牽引する。それが、日中間と米中間の逆転劇と同時進行する。先ず日中間の経済力が、次いで米中間の経済力が逆転している。

第三に逆転劇。日中米三国間の逆転劇である。

 

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進藤榮一 進藤榮一

北海道生まれ。1963年京大法卒。法博。筑波大学大学院名誉教授。国際アジア共同体学会会長、アジア連合大学院機構理事長。プリンストン大学等で客員教授等。著書に『アメリカ黄昏の帝国』『分割された領土』等多数。

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