【特集】参議院選挙と改憲問題を問う

コロナ対策を口実とした改憲策動を許すな! 新型コロナ「緊急事態」と改憲「緊急事態」は別物である

足立昌勝

・緊急事態宣言の持つ意味=改憲への地ならし

筆者は、紙の爆弾20年5月号「新型コロナ特措法と自民党改憲『緊急事態条項』」でも、コロナ禍を利用した改憲策動について批判している。繰り返しになるが、今問題とされようとしている改憲問題にしっかりと対応しているので、改めて述べたい。

Shibuya, Tokyo, Japan – April 28, 2020: Fewer visitors at the famous Shibuya crossroad at the rush hour, after state-of-emergency declaration due to COVID-19 pandemic (Coronavirus)

 

緊急事態宣言は、時間と範囲を限った国民の人権の制限を行なう非常権限を政府に与えることを意味している。

その例としては、カンボジアにおけるUNTACや東ティモールにおけるUNTAETを挙げることができるが、それらの国では地域の政府が崩壊し、国連監視下での政府が成立していた。そこでは、国連事務総長の代理である事務総長特別代表にすべての権限が集中されていた。それは立法・行政・司法のすべての権限であり、かつての独裁専制君主のようなものと言って過言ではない。

緊急事態宣言が出された地域では、その本部長に、司法権は除くとしても、多くの権限が委譲される。日本において現憲法下で認められていない特別権限を付与しようとするのである。

自民党改憲4項目に示されている「緊急事態条項の創設」を党是とする自民党では、改憲への足掛かりとしてコロナ禍を利用し、市民の権利を制限したら、どのような反応が起きるのか等について実験をしようとしているのではないだろうか。

18年の西日本豪雨に際して、気象庁から「大雨特別警報」が出された。この大雨特別警報について、翌19年5月、 NHKは、「『 大雨特別警報』『特別警報』命に関わる非常事態 正しく理解を」と題する報道を行なっている。そこでの結論は、「『特別警報発表前』に行動を」「命を守るために何が大事なのか。それは『特別警報』を待つのではなく、早めの避難を心がけることです」だが、これは、まさに政府の代弁といえるものだ。

命にかかわる大雨に際し、各自治体は気象庁から出される「大雨特別情報」を根拠に、避難に関する命令・準備などを指示している。

ここでのキーワードは「命にかかわる災害」である。これを「非常事態」として強調し、特別警報を待たずに「自分の命、大切な人の命を守るため、特別警報の発表を待つことなく、地元市町村からすでに発令されている避難勧告等に直ちに従い緊急に避難してください」と、行政の指示に従うよう市民に勧めるのがNHK記事だ。

Photo of a place flooded. Overflow.

 

この「命にかかわる災害」は、自民党改憲4項目の緊急事態条項にも登場する。そこで自民党は次のように述べている。

〈1.大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2.内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。〉

すなわち、大地震その他の異常かつ大規模な災害から、国民の生命、身体及び財産を保護するために出されるのが緊急事態宣言だという定義づけである。そして「国民の生命、身体及び財産を保護」すべきケースとして、大雨や、新型コロナ蔓延(特措法「国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件」)を、緊急事態に相当するとしているのである。

災害やコロナ禍に際して「非常事態」を強調することで、国民を国や行政の措置に慣らしてしまおうとする政府の意図を見抜いているのは、私だけではないはずだ。

それゆえに、自民党の改憲を許さない闘いは、新型コロナ特別措置法に基づく緊急事態宣言を出させない闘いへと進んでいかなければならない。

11年の福島原発爆発事故では、市町村長による警戒区域の指定がなされ、その区域への立入り制限・禁止、または当該区域からの退去が命じられた。これは、災害対策基本法に基づいて行なわれ、憲法改正論議など起こらなかったことを、ここに銘記しておく。

・緊急事態と国家緊急権

国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構では対処できない「非常事態」において、国家の存立を維持するために、憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限をいう。

この国家緊急権は、一時的にせよ行政府への強度の権力集中と憲法上保障された人権の制限を図るものであるから、行政府による濫用の危険性が高く、基本的人権の尊重と権力分立を旨とする立憲主義体制を根底から否定するものである。

では、非常事態とは、どのようなものを想定しているのであろうか。

容易に想起できるのは、戦前の日本における戒厳令の規定である。戒厳令では、戦争や大規模災害を想定し、臨戦地境と合囲地境が規定されていた。災害においてこれが発動されたのは、1923年の関東大震災に際しての1回だけである。

国家緊急権(非常事態法)を持つドイツ連邦共和国は、その基本法で4つの事態を想定している。

①防衛事態:連邦領域が武力で攻撃された、又はこのような攻撃が直接に切迫している場合。
②緊迫事態:解釈上、防衛事態に発展する可能性が高く、防衛のための準備態勢の即時の整備を必要とさせるような外交上の危機状況。
③連邦若しくは州の存立又は自由で民主的な基本秩序に対する差し迫った危険。
④自然災害又は災厄事故の場合。

このうち、日本で現在想定されているコロナ対策としての緊急事態に最も近いのは、④であろう。しかし、ドイツ政府は、非常事態法発動を検討すらしていない。国家、特に行政に絶大な権限を与えることを、容易に認められるべきではないことを、ドイツ政府や国民がわかっているからである。

(月刊「紙の爆弾」2022年3月号より)

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足立昌勝 足立昌勝

「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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