【特集】日本の安保政策の大転換を問うー安保三文書問題を中心にー

権力者たちのバトルロイヤル:第49回「東側」へ動くサウジ皇太子

西本頑司

血の粛清
2020年以降、国際情勢の混迷が新たな“権力者”の野心を刺激するのだろう。これまででは考えられない動きが生まれている。

アラブの大国・サウジアラビア王国皇太子のムハンマド・ビン・サルマンである。

2017年から現サウジ首相として高齢の第7代サルマン国王に代わり、サウジを主導してきたムハンマド皇太子は日本での知名度は高く、評判も悪くない。2018年、ソフトバンクの孫正義に900億ドル(当時で10兆円)をお投資、SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)を立ち上げたことで日本メディアが大きく採り上げてきたからだ。

さらにこのファンドを通じて日本のゲームメーカーやアニメ企業を積極的に買収。サウジアラビア国内の新産業として、東映アニメーションなどと組んで「イスラム向け」のアニメやゲーム制作を主導してきた。本人も漫画「ONEPIECE」の熱烈なファンと公言、「親日家」としての顔もあり、何かと好意的に扱われてきた。

しかもムハンマドは、6000億ドル(約70兆円)という国家予算規模のサウジ公共投資ファンド(PIF)を掌握した、実質世界一の大富豪である。この莫大なオイルマネーを原資にしたファンドで「石油に依存しない大国への転換」を打ち出す改革派であり、極度のイスラム原理主義方針によって戒律違反を厳しく取り締まってきたサウジにおいて、穏健路線へ転換する開明派としての呼び声も高い。

しかし、それは表の“顔”にすぎない。裏の顔は、まったく違う。

ムハンマドが「皇太子」となって手に入れた政治主導者の地位は、「王家の血で洗い流した」血の玉座だからである。オスマンと対立してきたイギリス(大英帝国)の支援で1932年に建国したサウジアラビア王国の初代国王アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードは一夫多妻制で50人以上の直系嫡子をもうけ、その直系王子がさらに多妻によって、なんと、ムハンマドら第3世代(孫)では、実に254人の皇位継承件を持つ「王子」が誕生した。

ムハンマドは初代の直系男子かつ有力氏族を母に持ち、実父ナーイフが皇位継承第1位の父太子だったよう、第3世代有数の孫王子だったが、当然、父の在位いかんでは王位が回ってくるか微妙なところにあった。

ところが2015年1月、第6代国王アブドゥッラーが崩御、叔父であるサルマン現国王が即位する。その皇太子がサルマン直系のムクリンとなった3カ月後、なぜかムクリン皇太子が廃嫡、第2位だったムハンマドが皇太子に繰り上がるのだ。

同年11月には「血の粛清」が発生。有力な皇位継承権を持つ11人の王子と、その支援者である富豪や閣僚経験者が「国家反乱罪」で次々と逮捕。そのなかにはツイッター社などメジャーIT企業の大株主で知られるアルワリード王子がいたことで波紋を呼んだ。

さらにイエメン国境付近でやはり有力王子がヘリコプター事故で死亡するのだが、これも逮捕を恐れて逃亡しようとしたところを(ムハンマドの命令で)撃墜された、とまことしやかに語られている。2020年には前皇太子にサルマン国王の同腹弟も拘束。現国王を完全に“傀儡”にしていることを内外に示した。

こうした背景から2021年10月、米テレビCBSは、サウジ情報機関元幹部の証言として、2014年の段階で、自身の王位継承を早めるために第6代アブドゥッラー国王の「暗殺」とサルマンを新国王にして傀儡にする計画を立案・実行したと報じているほどなのだ。

実際、ムハンマドは米FBI、英スコットランドヤード(英国警視庁)の対テロ対策部門の留学経験を持ち、帰国後は内務省情報局の要職に就き、サウジ国内の対テロ組織や反政府組織の摘発に辣腕を振るってきた。つまり、国王と王子、その支援者の暗殺および粛正を実行できる立場にあっただけに、信憑性は低くないことがわかる。

いずれにせよ、この強権によって254人の王子による国家崩壊につながりかねない権力争いは回避、サウジの絶対王権はムハンマドのもとで確立した。その意味で現時点におけるムハンマドの権力は、「大英帝国の傀儡」だった初代国王よりも高いといわれる。

この危険な皇太子は、これから何を目論むのか。あえて断言したい。「脱アメリカ」ではないか、と。

アメリカの中東支配
周知の通り、戦後のサウジアラビアは、アメリカの中東支配=石油資源支配の尖兵と橋頭堡となってきた。オイルマネーで世界有数の資産家一族となったサウジ王家は、その“代金”としてアメリカの石油資本(メジャー)の支配下に置かれることになる。

サウジ王家は単なるアラブの王族ではない。イスラムの聖地メッカとメディアの「守護者」の一族だ。それがアラブ最大の敵・イスラエルの最大支援者であるアメリカの手先となり、キリスト教圏の盟主・米軍を、聖地サウジに駐留させることを許してきた。その結果、サウジアラビアは中近東屈指のリージョナルパワーでありながら、アラブとイスラム圏における求心力を失い、それが中近東を不安定にしてきたという構図がある。その意味で戦後の中近東の歴史とは、欧米列強(アメリカ石油資本=ディープ・ステート)の支配からの脱却を目指す闘争と、その挫折でもあるのだ。

その代表例がイラク。アメリカの傀儡だったイラン・パフラヴィー朝を下した1979年のイスラム革命でイラクのサダム・フセイン大統領が利用され、ボロクズのように捨てられた。イラクが、なぜイランとの戦争に踏み切ったのか。イラクは世界第2位の石油埋蔵量を持っているが、大英帝国(当時)の傀儡国家となったクウェートを分割されただけでなく、ペルシャ湾の入り口を塞がれてしまった。その結果、タンカー輸出に制限がかかり、イラクの発展を阻害してきた。

内陸の油田地帯から直接ペルシャ湾につながるパイプラインと、巨大タンカーが寄港できる港湾の確保は、戦後イラクの“悲願”となってきた。それに目を付けたアメリカはイランと戦争をし、反米イランを叩きつぶす条件としてイラン側か、クウェートの港湾をイラクに譲渡するという密約を結んでいたといわれている。

イランとの戦争には勝利したもののイラン側の港湾確保に失敗したフセインは、この密約をもとに1990年、クウェートに侵攻する。フセインが最後まで「アメリカは軍事行動を起こさない」と信じていたのは、そのためなのだ。同様に、イラク戦争においてアメリカが「本気」で大量破壊兵器を持っていると信じていたのは、それだけのだまし討ちをしてきたからでもある。

アフガニスタンのタリバンも同様だろう。ウサマ・ビン・ラディンのラディン一族は、サウジ有数の建設会社を保有する大財閥、アメリカのブッシュ家と近く、当時、CIAの要職にあったパパブッシュの“命令”でアフガンに侵攻した旧ソ連を叩くためにイスラム義勇兵に軍事費を提供し、その管理者としてアフガンに送り込まれたのが一族のウサマだった。

イスラム義勇兵の血と命でソ連軍を追い返したあと、残されたのは戦火に荒れ果てたアフガンの国土と困窮した国民。にもかかわらずアメリカは復興支援をせず、あっさりと見捨てた。ベイビーブッシュ政権になった直後に起きた9・11とアメリカのアフガン侵攻には、「利用されたタリバン」と「騙したアメリカ」という背景があった。

ロシアに接近したシリアは内戦を仕掛けられ、欧米資本からの脱却を核保有に求めたリビアのカダフィ大佐もクーデターで“暗殺”。アメリカの中近東支配・石油資源支配のためにアラブやイスラム諸国は常に利用され、使い潰されてきた。

第3の「戦時国家」
この無情なまでの支配の歴史が、アメリカの支配から脱却し、「アラブの、アラブによる、アラブのための」アラブの大国を待ち望むようになった。その資格があるアラブの大国は、本来ならばイスラムの聖地と潤沢な資金を持つサウジアラビアだ。そのためアメリカはサウジ王家が「裏切らない」よう、とりわけ厳しく管理してきた。

その監視役だったブッシュ一族が力を落とすなか、実にタイミングよく登場したのが、建国以来の独裁権を得たムハンマドなのだ。

先にも述べたが、ムハンマドは直系王族という高貴な出自でありながら、自ら率先して対テロ・反政府摘発部隊を組織し暗殺や粛正を計画、政敵を排除してきた。その粛正を正当化する「大義名分」が、アラブとイスラムの悲願「脱アメリカ」だ。

その証拠にムハンマドは政権奪取後、「核武装」の動きを強めている。ムハンマドが登場するまでサウジの核武装論は、その前段階となる原子炉の確保に留まってきた。それがムハンマド政権以降、「イランが核武装すればサウジアラビアも核武装する」と明言、アメリカが強硬に反対すれば、平然と中国と接近するようになった。とくに昨年末、習近平国家主席の訪問を受けた際、ムハンマドは中国政府と「原子炉技術の提供(ウラン濃縮技術)と、中国によるサウジ国内のウラン鉱山採掘協力」で合意した。

その後、習近平の斡旋でイランと歴史的な和解(2023年3月)。イランは核開発に国家存亡を賭けており、今現在、アメリカと激しく対立する中国がイランに核開発に必要な高性能の遠心分離機、濃縮に必要なフッ化水素などを提供する可能性は否定できまい。その“情報”を中国から提供されたサウジが、対抗手段として大手を振って核開発に乗り出すという「自作自演」のシナリオは十分にありえるのだ。

なぜ、これほど強く核武装を求めるのか。それは昨年2月からのウクライナ戦争で明確になった戦訓があるからだろう。それが「核国防論」である。

今さらだが、他国の領土を武力により「併合」することは、2度の世界大戦を経て列強国が決めた絶対ルール「戦後秩序」への全否定となる。この戦後秩序を違反する国家は“悪の国家”として正義の名のもとに叩きのめす。これが今までのあり方だった。

これを真っ向から否定したロシアに対して、国際社会は経済制裁しかできなかった。EU(欧州連合)やアメリカすらウクライナへの主力兵器輸出に二の足を踏んでいるのが実情だろう。これほどまでに核保有国は強いのだ。

こうしたロシアへの対応は、多くの地域大国に「核保有国となれば他国の軍隊に自国へ攻め込まれることはない」という“希望”を見せてしまった。核兵器の保有は脱アメリカの第一歩。そして「脱アメリカ」とは、いま、バイデン政権がロシアと中国を排除して構築する新たな「西側」への不参加を意味する。

すでに経済制裁を受け、国際社会から孤立したロシアは軍事力と資源、食糧を武器に独自の経済圏へと動き出し、同じく中国もアメリカとは違う経済圏へと向かっている。これを新たな「東側」とするならば、国家による人権や言論、経済活動などの厳しい統制を行なう「戦時国家」体制となろう。

そして今現在、この2大大国と最も近い政治制度と政治風土を持っているのが、ムハンマド率いるサウジアラビアなのだ。いうなればムハンマドは、ロシア・中国に続く第3の「戦時国家」となり、アラブ諸国とイスラム圏を掌握しようとしているのかもしれない。

戦後、アメリカの傀儡国家となってきたサウジの「裏切り」。核武装による独自路線への転換によって国際社会は、再び大きく動くことになろう。それがアメリカの崩壊につながるかどうかは別として、80年近くにわたるアメリカ中心の戦後秩序は間違いなく崩壊しよう。

そもそもアメリカが提唱する“西側”とは、SDGsルールというきれいごとを悪用し、チャットGPTといったIT技術で徹底した思想誘導や情報統制を行なうなど、“東側”と向かっている先は一緒ではないのか、と付け加えておきたい。

(月刊「紙の爆弾」2023年8月号より)

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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