【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

佐渡金山・世界遺産「歴史戦」はネトウヨ用語 党内極右勢力に逆らえない〝安倍傀儡〞岸田政権

浅野健一

岸田文雄政権は1月28日、朝鮮人が強制労働させられた新潟県の「佐渡島の金山(佐渡金山)」を世界文化遺産の候補として国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦すると表明した。日本が朝鮮半島を植民地支配した40年の間に、佐渡金山で数千人の朝鮮人労働者たちが働いたといわれている。

岸田氏は、歴史問題を理由に韓国が反発しており、2021年度は見送る方向で検討していたが、7月の参院選を控えたなか、安倍晋三元首相ら自民党内の極右靖国派に突き上げられ、一転して推薦に踏み切った。23年の登録に向けた推薦の締め切り直前だった。

岸田氏は官邸玄関ホールでの内閣記者会のぶら下がり取材で、「佐渡金山は、江戸時代にわが国固有の伝統的手工業を活用し、大規模、長期に継続した希有な産業遺産。本年申請し、早期に議論を開始することが登録実現への近道との結論に至った」と説明。韓国の反発については、「登録に向けて関係省庁が参加するタスクフォース(作業部会)を設置し、歴史的経緯を含めさまざまな議論に対応する」と述べた。

朝日新聞の宮田裕介記者らから「保守派の意見を聞いて方針転換したのか」「推薦の決断に、安倍元首相等の意見が大きかったことが影響しているのか」などと聞かれると、「変わったとか転換したという指摘は全く当たらない」と不愉快な表情で反論した。

日本政府は2月1日、閣議了解の後、推薦書をユネスコに提出し、内閣官房・外務省・文部科学省から成る作業部会の初会合を開いた。

NHKなどはこの部会を「歴史戦チーム」と報じた。

自民党の外交部会や文部科学部会なども、翌2日に合同会議を開き、韓国の佐渡金山は強制労働被害の現場だったとする主張について、「わが国に対する誹謗中傷で、到底看過できない独自の主張」と強弁。佐藤正久外交部会長が首相官邸を訪れ、松野博一官房長官に決議書を手渡した。

ユネスコ諮問機関が秋に現地調査し、23年5月ごろに登録の是非を勧告。夏の世界遺産委で登録可否が決まる。

佐渡金山は「相川鶴子(あいかわつるし) 金銀山」と「西三川砂金山」の二つの鉱山遺跡で構成。17世紀には世界最大級の金の産出量があったとされる。06年11月、新潟県と佐渡市が世界文化遺産への推薦を文化庁に提案し、15年3月、県と市が推薦書原案を文化庁に初提出。文化審議会が昨年12月28日、世界遺産への推薦が適当と評価し、21年度の推薦候補に選定していた。

登録推薦物について調査・勧告を行なう国際記念物遺跡会議(イコモス)は「より広い社会的、文化的、歴史的、自然的な文脈と背景に関連させなければならない」との原則を示している。

・韓国、朝鮮の反発

韓国政府は岸田氏の推薦表明があった1月28日、外交部報道官声明で「度重なる警告にもかかわらず登録を推進することを決めたことに対し、強い遺憾」を表明。 文在寅大統領は2月10日、聯合ニュースや共同通信など通信各社との書面インタビューに応じ、岸田政権が推薦を決めたことについて、「歴史問題の解決と未来志向的な関係発展を模索しなければならない時期に、憂慮される」と述べ、不快感を示した。

韓国の鄭義溶(チョンウィヨン)外相は15年に「明治日本の産業革命遺産」が文化遺産に登録された際、日本側が徴用を含む遺産の全体像を説明する施設設置を表明したことを挙げ、「日本が自ら約束した措置を忠実に履行すべき」と求めた。

これに対し、林芳正外相は「韓国側の主張は受け入れられない」と反論。徴用工訴訟などについて「韓国国内の動きにより日韓関係は引き続き非常に厳しい状況にある」と言い、事態打開に向けて「韓国側が責任をもって対応する必要がある」と求めた。加害者側が被害者側に責任を持てというのだ。

ハンギョレ新聞は2月3日、「佐渡金山の世界遺産登録推進、国際社会の連帯で阻止すべき」と題した社説で、「当時、日本は多くの朝鮮人たちを強制動員しており、所在地の新潟県が発刊した歴史書にも朝鮮人の強制連行を認める記述がある。日本政府はこれを否定しながらも、世界遺産の対象期間を江戸時代に限定する奇想天外な『小細工』を弄している」と論評した。

また、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)は1月中旬にウェブサイトに掲載した記事で、「佐渡金山は『殺人現場』であり、これを世界に誇ろうとする日本の破廉恥さと道徳的低劣さに驚愕を禁じ得ない」「遺産保護制度を犯罪の歴史を美化、粉飾する目的の実現に悪用している」と主張した。

朝鮮外務省日本研究所のラ・グクチョル研究員も8日、同省HPに「日本特有の傲慢性と狡猾さ」と題した記事を載せ、「朝鮮人があたかも日本人と同じ待遇を受けたという荒唐無稽な主張まで持ち出している」と指摘し、「日本の保守勢力がいくら無理筋な主張をしても、侵略と犯罪の痕跡がありありと残る佐渡鉱山は絶対に世界文化遺産にはなり得ない」と述べた。

・〝安倍傀儡〞岸田政権が迫られた〝歴史戦〞

新潟県の花角英世知事ら地元から推薦するよう要請が長らく行なわれていたが、岸田氏は動かなかった。

しかし、安倍元首相が顧問を務める議員連盟「保守団結の会」は1月18日、速やかな推薦を政府に求める決議をまとめ、19日には、安倍氏が次期首相に推す高市早苗政調会長が「日本国の名誉に関わる問題だ」と発言。安倍氏は20日、自民党安倍派の会合で「論戦を避ける形で登録を申請しないのは間違っている。しっかりとファクト(事実)ベースで反論していくことが最も大事だ」とも語った。

安倍氏は27日には、「(韓国側に)歴史戦を挑まれている以上、避けることはできない」とフェイスブックに投稿。同日付「夕刊フジ」インタビューでは、「今こそ、新たな『歴史戦チーム』を立ち上げ、日本の誇りと名誉を守り抜いてほしい」と檄を飛ばした。

そして、岸田氏が推薦を表明した28日、「首相は冷静に正しい判断をされた」とのコメントを発表。高市氏も「首相の決断に心から敬意を表す」と賛辞を送った。自民党内の日本会議・靖国派の勝利宣言だ。

この日の共同通信の記事によると、岸田氏の方針転換について、〈効いたのは、安倍晋三元首相が岸田首相に電話で伝えた推薦要求〉だという。〈首相が推薦の意向を固めて安倍氏に電話で伝えたのは、表明当日の28日午前。自民党内最大派閥の会長で、保守層に影響力を持つ安倍氏から引き続き政権運営への協力を得るための「苦渋の決断」(政府筋)だった。〉

記事には、「推薦しないと判断した場合、参院選前に岩盤保守層が離れる」(高鳥修一政調会長代理)などの声が続出し、首相は次第に外堀を埋められていったとある。

岸田氏を屈服させて胸を張る安倍氏だが、自身が首相で岸田氏が外相だった15年に長崎湾沖の通称「軍艦島」を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録された際、日本政府が「意思に反して連れてこられ、厳しい環境で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいた戦時の朝鮮人強制労働を含めて展示などで、犠牲者を記憶にとどめる措置をとる」とユネスコ世界遺産委員会で表明した公約が守られていないという問題がある。

政府は登録実現のためのぎりぎりの判断で「forced to work(働かされた)」との表現を用いたが、「強制労働」を認めたのではないと苦しい釈明をしていた。

ユネスコの委員会は昨年7月、いまだ日本の措置は不十分だとして「強い遺憾」を全会一致で決議。今年12月までの報告を日本政府に求めている。

2月8日付の北海道新聞は社説で「ユネスコは昨年、世界記憶遺産に関して反対国があれば登録されない制度を導入した。中国による『南京大虐殺』登録を機に日本が主導したものだ。別の遺産とはいえ、韓国の反発を無視すれば整合性が取れまい」と指摘した。また、「佐渡金山の価値が高いと主張するのであれば、歴史全体を隠さず提示して理解を求めてこそ、世界遺産にふさわしい」と主張している。

日本は17年にも、韓国など8カ国15の市民団体が共同申請した日本軍慰安婦に関する記録物の「世界の記憶」登録を、この条項を盾に阻止した。

 

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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