【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

佐渡金山・世界遺産「歴史戦」はネトウヨ用語 党内極右勢力に逆らえない〝安倍傀儡〞岸田政権

浅野健一

・「歴史戦」という言葉は産経新聞が最初

政府の推薦決定では、立憲民主党の泉健太代表も、「最初から正しく判断してほしかった。前進を評価したい。佐渡金山は江戸時代から日本が育ててきた産業であり、有意義なものだ」と強調した。日本維新の会や国民民主党の賛成を含め、昨年の総選挙以降の日本政治の翼賛化、反動化を示している。

岸田政権が「歴史戦」と称し、過去の侵略・強制占領と暴力支配・抑圧を否定する立場から歴史を改ざんし、日本の主張を認めない近隣国を攻撃することは根本的に間違っている。「歴史」を戦争の場にしてはならない。

ところが、安倍氏に近いNHKの岩田明子解説委員は、1月27日の「シブ5時」で、「『歴史戦チーム』は『政権の歴史認識』に基づき歴史的事実を集めて検証を進め、国際社会の理解を得る目的」と説明した。日本側の主張が国際社会で認められていないために、韓国などの日本に批判的な歴史認識が通用しており、日本側が「正しい事実」を集めて主張すれば、それらの言いがかりが収まるというのだ。

公共放送が、政府による歴史改ざんを肯定するのは異常だ。加害者側が歴史的事実を捻じ曲げている。歴史認識は、事実に基づく調査研究によって成立するのであり、国対国の戦いで決めるものではない。政府が「事実」を判断するべきではない。

「歴史戦」という言葉は、産経新聞が14年から、日本軍慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、「戦い」だとして使った用語だ。その後は極右雑誌、ネトウヨなどが好んで使う言葉だ。それを、ついに政府とメディアが普通に使い始めた。

朝鮮を40年間、侵略・強制占領した加害者の日本の政府と政権党が歴史の事実を歪曲し、被害国に同意を強要する異様な事態だ。

政府・安倍派・NHKなどが仕掛ける歴史戦だが、敗北は必至だ。

佐渡金山で朝鮮人の強制労働が行なわれていたのは、新潟国際情報大学情報文化学部紀要にある広瀬貞三・元教授の「 佐渡鉱山と朝鮮人労働者(1939〜1945)」と題した論文で詳細に明らかにされている。また、新潟県が編纂した『新潟県史』(88年)には「1939年に始まった労務動員計画は、名称こそ『募集』『官斡旋』『徴用』と変化するものの、朝鮮人を強制的に連行した事実においては同質であった」と記述されている。

旧相川町(現・佐渡市)が編纂した『佐渡相川の歴史 通史編 近・現代』(95年)にも、39年に始まった労務動員計画は「朝鮮人を強制的に連行した事実においては同質であった」と記されている。労働条件についても「賃金は『内地人同様』とうたわれているが、両者を職種別に見るなら、その悪平等が判然とする」「労働条件の劣る坑内の採掘はより多く朝鮮人が受け持っていた」と記述されている。

しかし、地元紙の新潟日報は「佐渡金山推薦へ地元から期待の声」(1月29日)、「悲願 4回の『落選』乗り越え」」(30日)、「価値の発信 登録への鍵」(31日)と報じた。全国紙を含め、歴史問題に触れる記事は少ない。

2月2日付の産経新聞と3日付の新潟日報には「歴史認識問題研究会」(西岡力会長)の「佐渡金山は朝鮮人強制労働の現場ではない、事実に基づく反論を!」という横見出しの意見広告が載った。広告は「朝鮮人戦時労働動員は強制労働ではない」「待遇はみな内地人と同じ」と指摘し、「事実に基づく反論だけが祖国と先人の名誉を守る道だ」と結んでいる。

元新潟日報記者の片桐元氏は、「戦時中、約1200人の朝鮮人が鉱山労働に動員されたことは歴史的事実。佐渡金山も含め、朝鮮人の戦時労働、強制連行について、地元の県高教組や、研究者、朝鮮総連の若手らとフィールドワークを続けてきた。その成果は、『平和教育ガイドブック・新潟県内における韓国・朝鮮人の足跡をたどる』(平和教育研究委員会)などで発表した」と話した。

片桐氏は、「この問題で新潟日報の腰が定まらないのは、新潟県が朝鮮人労働者のことについて触れようとしないからではないか。地元の佐渡の人々が強制連行に触れようとしないのは自民党右派らの影響だろう。強制連行のことは負の遺産=触れてはいけない事柄なのだろう」と指摘した。

・NHK新潟が30年前に放送した強制連行の真実

岸田・安倍両氏、岩田氏らはNHK新潟放送局が30年前に放送した「新潟スペシャル 50年目の真実〜佐渡金山“強制連行”の傷あと」というドキュメンタリー番組を観るべきだ。

私は日本基督教団佐渡教会の三村修牧師への取材で、この番組のDVDを観せてもらった。三村氏は、佐渡金山における強制労働の実態を調査してきた地元の寺の住職・林道夫氏からこのDVDを提供されたという。放送日は92年6月4日。新潟日報のテレビ欄には「韓国での調査に同行取材」とある。番組はユーチューブで観ることができる(https://youtu.be/z0jWUAQzkWw)。

番組は、金山で郵便局長をしていた富田毅氏を取材。彼が保有していた「三菱第一相愛寮」などの名簿で、名前は日本名に変わっている。富田氏は、「私は三代目の局長で、タバコも売っていた。当時、タバコを配給するために作った名簿。朝鮮の人たちが本国に送った現金書留の控えなども持っていたが、戦後、郵政省から秘密命令でリストをすべて焼却するよう命じられた」と話した。

林氏と在日朝鮮人の張明秀(チャンミンス)氏は、戦時中に強制連行された朝鮮人の出身地の忠清南道(チュンチョンナムド)論山(ノンサン)などで現地調査をし、NHKが同行取材している。取材ロケは92年4月に行なわれた。

地元紙の大田(テジョン)日報の協力も得て、強制労働の被害者にも取材。父親が佐渡の三菱金山で「圧死」して遺骨で帰ってきたという女性が答えていた。女性は当時、警官が持ってきた三菱鉱山からの文書を示した。「父は28歳で連行され死んだ。何の罪もなかったのに」と訴えた。

また、村から9人が連行され、生存するただ1人のノ・ピョング氏にもインタビュー。ノ氏は日本語で「昭和16年、18歳の時、役場の命令で佐渡へ行けと命じられた。断ると軍隊に行かされると思い応じた。鉱山では河田という姓を名乗らされた。『気合を入れる』と言われ何度も殴られた。教練で天皇陛下を拝まされた。今も肺が悪い。目の前で村の仲間4人が死んだ」などと語った。

 

一方、佐渡金山資料館を運営するゴールデン佐渡の大野保二社長は、当時の数千人の朝鮮人の資料開示を迫る張氏らに、「当時は、一人残らず狩りだされた。朝鮮人とかの人種には関係なく、あらゆる階層の人がだ。当時は、朝鮮は日本の一部だったんだよ」。同じ国だったんだよ」と言い放った。また嵯峨洋介支配人は、「火事もあり、当時の資料は何もない」と答えている。番組は「強制連行の傷跡は今も深く残っている」と結んだ。

三村氏は09年に、「金山の歴史を振り返るとき、金山が人類共通の宝物となるには、朝鮮半島の人々に対しての償いに向けての働きかけを、どれほど佐渡島民が、誠実に進めてゆけるか、ということに関係しているように思う。もし、そのことが可能なら、やがて、佐渡金山が真の意味での人類共通の宝物、世界遺産となってゆくにちがいない」と地元の冊子に書いている。

三村氏は、「NHKオンデマンドを検索してもこの番組は出てこない。『強制連行』という言葉が何度も出てくる番組は封印されるのだろうか」と不思議がった。

・教科書の歴史改ざんで進む日本の孤立

安倍・菅政権の9年間で、公教育の場において、歴史改ざんが進んでいる。菅義偉前政権は21年4月、「従軍慰安婦」ではなく、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切、戦時中に朝鮮人を日本で働かせたことを「強制連行」と表現するのは「適切ではない」との答弁書を閣議決定した。これを受け、教科書会社7社が昨年秋、訂正申請を行ない、「従軍慰安婦」「強制連行」等計41点にわたって記述の削除や表現を変更した。

今回の佐渡金山報道で、キシャクラブメディアは揃って、「朝鮮半島出身労働者」と表現している。NHKが30年前に普通に使っていた「強制連行」「徴用」などの言葉がメディアから消えた。

朝鮮新報政治部の金淑美(キムスンミ)記者は「『朝鮮半島出身者』という呼称は、『従軍慰安婦』を不適切として『慰安婦』と表記するとした昨年4月の閣議決定と同様で、侵略と植民地支配の加害責任を覆い隠そうとする詭弁でしかない。問題は、メディアを担う人たちの歴史認識欠如により、報道各社が、政府が画策する歴史歪曲に加担していることだ。少なくとも河野談話や村山談話が発表された90年代には、こんなことは日本社会として到底許されなかったと思う」と指摘する。

若い世代は日本の歴史を知る機会を失う。被害国の人民は、過去の歴史を忘れない。このままでは、日本はアジアで孤立を深めるだけだと思う。

米国人の詩人、アーサー・ビナード氏は、「日本人は広島の原爆ドームが世界遺産に登録されたと思っているが、英語ではpeace memorialとして登録された。原爆のことは名前に入っていない。米国の異議で、核兵器とかのことは消して認定された」と語った。

さらに、「私も佐渡金山に行ったことがある。これまでに登録された世界遺産には疑問なものも多いので、遺産には値すると思う。ただし、どういう遺産として登録するかが問われている。また、核兵器を持つ5大国が牛耳る国連の機関からの認定をありがたがる風潮も問題だ」とも語っている。

片桐氏によると、15年以降、島内で佐渡鉱山労働者を追悼する集いが続けられているという。地元での歴史を正確に記録するための地道な実践を大切にしたい。

(月刊「紙の爆弾」2022年4月号より)

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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