大阪ワクチン開発断念とアンジェスの闇
社会・経済だいぶ前から、もう時間の問題だと思われていたのだが、大阪アンジェスのコロナワクチン開発中止が正式に発表されたので、ここまでの経緯をまとめてみたい。
毎日新聞報道:大阪大発の製薬ベンチャー、アンジェスがコロナワクチン開発中止
2020年4月14日、吉村知事と松井市長が会見を開き、「オール大阪でワクチン開発を進める」「早ければ7月から治験を開始し、9月には実用化を図りたい」「年内には10万から20万単位でワクチン投与させる」とぶちあげ、新型コロナウイルスのワクチンを人に投与する臨床試験が大阪市立大病院で7月にも始まるとの見通しを明らかにした。
大阪市は、早速、アンジェス社と「新型コロナウイルス感染症にかかる予防ワクチン・治療薬等の研究開発に係る連携に関する協定」を締結。
5月1日には、アンジェス創業者でメディカル・アドバイザー森下竜一寄付講座教授は、自信満々に、ビジネス・インサイダー誌に「アンジェスは3月5日に開発を発表して、3月24日にはDNAワクチンが完成しました。20日間で作れたのは、世界最速です。」と豪語。経済誌などを中心に、同教授へのインタビューが相次いだ。
・ ビジネス・インサイダー:「早く、大量生産できる」新型コロナ国産ワクチン、年内供給を目指す。開発者に最新状況を聞いた
・ GQジャパン:Covid-19に負けるな! ドクター×ドクター対談新型コロナウィルス向けワクチンを、ただいま開発中!
・ NewsPicks:【真相】「国産ワクチン」が必要な本当の理由
ちなみに、アンジェス創業者&メディカル・アドバイザー&大株主(第6位、0.56%)の森下竜一 大阪大学大学院 医学系研究科臨床遺伝子治療学寄付講座 (第一製薬による) 教授は、2003年から2007年まで第1次小泉改造内閣時代の知的財産戦略本部本部員。2013年以後は安倍政権下で『内閣府規制改革会議委員』、『健康医療戦略本部戦略会議』参与を歴任するばりばりの安倍のブレーン。なにより、ゴルフ仲間として知られていた。
大阪では『大阪府・市統合本部医療戦略会議』参与や『2025年万博基本構想検討会議』委員、さらに大阪市特別顧問になるなど、維新ともきわめて関係が深い人物だ。
ノバルティス・ファーマ社の降圧剤に関する論文データ不正問題(ディオバン事件)では、ノバルティスから4年間で2700万円の寄付を受けて、何度も座談会に出席し、ディオバンの宣伝を行っていたことがわかっている。
また、基礎研究論文でも、疑惑が指摘されている
ちなみに、森下寄付講座教授は、こんなトンデモ本も出していることも特記しておこう。
なにより、アンジェスは 2019年12月期売上3億2千6百万円、営業利益 マイナス32億7千万円 経常利益 マイナス32億9千3百万円、2020年度第一四半期にいたっては、わずか3ヶ月で前年度比で売上高マイナス92.4% 経常利益がマイナス9億円というとんでもない赤字会社だった。
第2期の事業報告には「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような状況が存在しております」とまで書かれている。さらに、20年12月期第3四半期累計(1-9月)の連結最終損益は31.7億円の赤字。直近3ヵ月の7-9月期(3Q)の連結最終損益は12.7億円の赤字(前年同期は7.9億円の赤字)に赤字幅が拡大し、売上営業損益率は前年同期の-429.8%→-9091.7%に急悪化していた。
そもそも、同社は2002年9月の上場から約18年間一度も黒字になったことがないにもかかわらず、増資を繰返すことで上場を維持していたのが実態で、20年上半期にも37回目のMSワラント発行に至っていたため、投資家の間では「本業:株券印刷会社」と揶揄される状況だった。
アンジェスの財務状況がここまで悪いのは、創業以来19年で、承認された薬品が遺伝子治療薬コラテジェン(一般名・ベペルミノゲン ペルプラスミド)のみであることによる。
コラテジェンは2019年9月に発売されたが、ごく小規模の臨床試験の結果をもとに、何度も申請却下された挙げ句、5年間の条件・期限付きで承認されており、さらに、データが乏しく現時点では有効性の評価が限定的であるという事情があったため、中央社会保険医療協議会(中医協)が決めた薬価は1回60万円であった。
60万円というと高いと思うかも知れないが、そうではない。この手の新薬の薬価は1000万レベルであることが普通なので、60万円という設定自体、いかに期待されていなかったかというようなもので、実際、臨床現場ではほとんど使われていないという。
そのため、発表直後、アンジェスの株価は4割も急落している。
※このコラテジェン承認の経緯まとめは一読の価値あり
【アンジェス】今更振り返る、遺伝子治療薬コラテジェン【審査報告書】
このような、実質的な実績が皆無に近いうえ、感染症や免疫疾患はまったく未経験であり、さらに、財務状況がきわめて不健全な会社でのワクチン開発だったわけだ。言うまでもなく、ワクチン開発の実績も皆無。しかし、この発表で、同社の株価は倍以上に上がった。その後もテレビなどでの露出のたびに、株価は劇的に上がっていく。
具体的には、このコロナワクチン開発発表で株価は、2月の最安値388円から4月の会見以来、爆上がりとなっていく。
興味深いのは、このアンジェス社の最安値は2020年3月5日にコロナ治療薬開発に乗り出すとIRで公表した直前の2月17日、約93億7000万円相当の新株予約権発行を表明したがゆえの下落だったということだ。その直後、吉村知事による「大阪ワクチン」の大々的打ち上げとその後の発言で、一時は最高値2492円をつけるほど、株価は鰻登りに上がっていくことになる。
また、このワクチン開発への取り組みにより、アンジェスは、5月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構から研究開発費として20億、8月に厚生労働省から93.8億の助成を受け、一部で「ワクチン錬金術」と評された。
また、この会社の乱高下する株価の値動きが、吉村知事の発表や発言と連動していることや、同社が以前にも、インサイダー取引で金融庁から課徴金納付命令を出されるという不祥事を起こしていることからも、透明性のある情報開示は不可欠であろう。
森下竜一寄付講座教授は、4月の段階で、「アンジェスは3月5日に開発を発表して、3月24日にはDNAワクチンが完成しました。20日間で作れたのは、世界最速です。」「年内に、百万人の方にワクチン接種が出来るようにするのが目標です。」「ただし、アメリカで仮にうまくワクチンができたとしても、それが日本にやってくるまでには時間がかかります。まずは、自国が優先になるはずです。加えて、仮に技術を提供してもらい日本で同じものをつくろうとしても、まったく同じ結果にはなりません。」「仮に海外で製造できても、物流網の破綻で日本に輸入できない可能性も高い」などと煽りまくっていたが、結果はどうだったかは、もう説明の必要もないだろう。
国産ワクチンへの期待があったことは理解できるものの、現実と乖離した大風呂敷と言われても仕方あるまい。
改めて言うが、この会社に、5月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構から研究開発費として20億、8月に厚生労働省から94億が報道されていることは強調しておきたい。
その勢いを受けてか、アンジェスは、12月15日付けで、ゲノム編集技術に強みを持つ米エメンドバイオを2億5000万ドル(約260億円)で買収すると発表している。
一方、ワクチンとは何の関係もないが、なぜか、翌11月25日、森下寄付講座教授が、森千里なる名義で、浅野忠信、宮沢りえらが出演した改憲推進映画「日本独立」(2020年12月18日公開)の製作総指揮を勤め、制作費4億円を出し、撮影現場にも足を運んでいたことが週刊文春で報じられる。
さて、それで、開発費120億円が注ぎ込まれているはずの、肝心のワクチンはどうなっていたのか。
2020年度中に大阪ワクチン100万人接種どころか、開発の目処も立っていない状態ながら、なぜか、森下寄付講座教授は、2021年2月16日、大阪・関西万博「大阪パビリオン」総合プロデューサーに就任する。
そして2021年8月10日、アンジェスは、第2四半期の決算説明会にて、ワクチン開発における高用量製剤での第I/II相臨床試験結果については、この夏のうちに海外委託先から正式なデータが上がってくる予定と説明。
31日になって、海外委託先での臨床試験結果の解析に時間を要しており、半月程度遅れる見通しと発表。
さらに同年11月5日、期待する有効性がこれまでの治験では確認できないとして、実用化の時期を2023年に先送りすると発表した。
しかも、このとき公表されたプレスリリースは、第1/2相臨床試験わずか30例、第2/3相臨床試験500例という、なかなかお粗末極まりないもので、具体的なデータの開示もまったくないものだった。
それでも、同月25日には、前日に、ワクチン開発断念と報じられたことに関し、アンジェス社は、引続き8月から高用量製剤の臨床試験を進めており、ワクチンの開発を断念することなく進めていると主張。
そして、今年、8月18日、森下寄付講座教授・内閣府健康・医療戦略推進事務局健康・医療戦略参与は、安倍晋三元首相の訃報に際し、日本最大級の医療従事者専用サイトm3に、安倍氏の功績を賛美する記事の緊急寄稿をおこなった。
ここで、(慶応医師団が実質的に否定している)安倍氏の潰瘍性大腸炎なる病名が、森下氏が出演するラジオ番組で初めて公表されたことを明かすと共に、「再生医療に関しても、2014年の医薬品医療機器等法(薬機法)改正により、画期的な期限付き・条件付きで早期に承認する制度を創設した」、健康食品の機能性表示の解禁(トクホが消費者庁の承認を必要とするのに対し、事前届出制で消費者庁の承認なしに保健機能の表示ができるようになった)など、安倍氏の功績を絶賛。
前者の再生医療の促進(期限付き・条件付き承認制度の創設)に関しては、まさに、アンジェスのコラテジェンがその代表例であるわけだし、 後者の健康食品の機能性表示の解禁に関しては、森下氏の例の著書が「機能性食品と逆メソッドヨガで免疫力UP! 」であることに注目されたい。(ちなみに、森下氏は抗加齢協会の立場で機能性表示制度のコンサルなどもやっていたようである。)
森下寄付講座教授は、この追悼文を、「健康医療政策を福祉でなく成長戦略と捉えた点に、安倍政権での特徴があった」と結んでいるが、まさに、医療を「国民のための福祉」ではなく、「利益供与・金儲けのネタ」と捉えていたのが、安倍&森下コネクションということだろう。
ちなみに、この寄稿のコメント欄は、現役医師からの「医療や介護の抜本的改革を先送りした政権を賛美するとは少々異常」「社会保障費は増える一方でした。」「アベノマスクの後処理はどうなった? まだ在庫山積み?」「現場感覚から大きく乖離しており、医療人としても学者としても、とても受け入れられるものではありません。」という批判で炎上する。
その挙げ句、今年の9月7日になって、コロナワクチンの開発断念を正式発表したというわけだ。
この時点で、アンジェスにワクチンが開発できると本気で思っていた人はすでにいなかったと思うが、それにしても、プレスリリースで、試験結果と称して出されたものは「安全性◎ 免疫原性△」という、具体的なデータ皆無の、小学生の夏休みの宿題以下の代物で、しかも、オミクロン株や将来発生する可能性のある新たな変異株にも有効な改良型の経鼻投与型DNAワクチンを新たに開発するとのたまうという、もはや失笑を誘うものだった。
https://www.anges.co.jp/pdf_ir/public/100618.pdf
本来、2021年5月31日のWHOの変異名指定に基づいて、従来株あるいは標準株と呼ぶべきものを、いまさら 「武漢株」と書くあたり、科学者と言うより、これだけでもネトウヨ色を漂わせているわけだが、従来株対応のワクチンすらまったく開発できないような会社が、いったい、なにをどうやって「ワクチンの研究開発の知見を活かした」、改良型のワクチンが開発できるというのだろうか。
要するに、2020年3月24日に完成していた「はず」のワクチンが、結局、2年半経って、なぜ開発中止なのかと言えば、まったく効果がなかった、という一語に尽きる。(もっとも、それでも、ちょっと手と品を変えれば、補助金はまだまだもらえると思っていたのかもしれないが)
それでは、森下教授が「世界最速で完成した」と主張して、多額の補助金をゲットした代物とは、いったいどういうものだったのか。
この点に関しては、国立遺伝学研究所の川上教授の辛辣なツイートを挙げておこう。
アンジェスが提案したDNAワクチン。
言うだけなら誰でもできる。生物系のラボでプラスミドDNAを調整できないラボはない。
大阪府知事の後押しもあり、そこに国から~100億ものお金がついた。が、結局何もできずに断念。
その100億を一体何にどのように使ったのか? 検証が必要。
https://twitter.com/koichi_kawakami/status/1567822131421155328
私自身、他の複数の研究者からも、同様の話を聞いている。
ちなみに、時を同じくして、Webちくまでも、インペリアル・カレッジ・ロンドン小野昌弘准教授と医師・作家の海堂尊氏が、対談で厳しくアンジェスを断罪している。(主に後半)
「オミクロン時代を生き抜くための『本当の知識』とは」
※後編で、アンジェスに関して厳しい指摘あり。(尚、海堂尊氏は分子生物学で博士号を取っている)
なによりありえないことは、多額の補助金を受け取っていながら、アンジェスは、この間、新型コロナワクチンに関するまともな論文をひとつも出せていない。
一本だけ論文はあるにはあるのだが、LancetやJAMAといった「まともな」学術誌ではなくて、掲載料を支払って掲載してもらう(しかし、実質的な審査は皆無だったり、お粗末な)、いわゆるハゲタカジャーナルと呼ばれる媒体で、しかも、具体性に疑問がある数値が並べられた代物となっている。(小野准教授は、「学部生のレポートとしても落第レベル」と辛辣)
こんなことでは、本当に作っていたのか、本当に治験をやって、きちんとデータを取っていたのかと疑われても仕方がない。
なお、アンジェスは、JRCT(臨床研究等提出・公開システム)への登録内容を今年の6月に変更し、この計画によれば2022年3月31日に試験は終了しているはずであるのに、進捗状況は「募集終了」のままで終わっている。計画変更なら倫理委員会からやり直す必要があるはずなので、試験自体をやっていないのではないかという疑惑も表明されていることも付記しておく。
一つ言えることは、ワクチン開発を断念した以上、そこにもう実験データに関しての企業秘密はあり得ない。多額の公金を補助金として受け取っている以上、どのような研究・治験が行われたのか、その具体的なデータ、莫大な資金の使途が開示、監査されるべきだろう。
そしてまた、なぜ、感染症にもワクチンにも免疫学にも、何の実績もない、しかも財務状態が極めて悪いベンチャー企業に、これだけ巨額の国費が投入されたのか、その経緯についても、精査されるべきだろう。
なお、同9月7日、同社の唯一の条件付き認可薬品コラテジェンの「慢性動脈閉塞症における安静時疼痛」の適応追加に向けた国内開発も中止が発表されている。プラセボ群に対して有意差を見出すことができなかったということは、まったく効かなかったということですね。それでも、「慢性動脈閉塞症の下肢潰瘍の改善を効能、効果又は性能とする本承認の取得に向けた申請の準備を計画どおり進める」そうだ。
【さらに追記 2022/09/11〜】
・アンジェスのインサイダー取引に関し、 「逮捕者を出す」と書いておりましたが、逮捕の事実は確認できませんでしたので、「金融庁から課徴金納付命令を出される」と訂正させていただきました。
・ 「2020年10月27日には、現在の株主を対象に、11月30日に1→2の株式分割を実施することを発表」という事実が確認できませんでしたので、削除いたしました。
・MP3の森下教授寄稿文の情報を頂いたことをもとに、若干の加筆を行いました。
・誤字脱字変換ミスなどは適宜訂正しております。ご指摘ありがとうございます。
・当初、アンジェスの新型コロナワクチンに関する論文の掲載媒体を、当初、「ハゲタカジャーナルと呼ばれても仕方がない媒体」と表現しておりましたが、ハゲタカジャーナル認定協会のリストに掲載されており、さらに、中国でもMDPIを「ブラックリスト」入りし、業績評価の対象としない流れになっていることから、「ハゲタカジャーナルと呼ばれる媒体」と表現を変更させていただきました。
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大阪出身。大阪府立北野高校を経て、京都外国語大学から政府交換留学生としてメキシコに留学。その後、音楽家として、メキシコシティとキューバ・ハバナを拠点に活動を開始。中南米各地で公演し、多くの作曲家らから曲を献じられるまでになり、メキシコ・ペンタグラマ社から4枚のCDを発表。現地でのTV、ラジオ、音楽祭等に多数出演。高い評価を受ける。また、日本で作家・エッセイストとしても「禁じられた歌(晶文社/日本図書館協会選定図書)」、「ラテン女のタフで優雅な生き方(大和出版)」、「危険な歌(幻冬舎文庫)」、「キューバ音楽(青土社)」「ラテンに学ぶ幸せな生き方(講談社+α新書)」等多数。一方、2010年以後、「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」代表として、大阪地検特捜部証拠改ざん事件、陸山会事件における東京地検特捜部の虚偽報告書事件、森友事件における公用文書毀棄など、検察・司法問題を追及。明治大学情報コミュニケーション学部、中央大学文学部、神奈川大学国際関係学部等を始め、数多くの講演・講義を行っている。