権力者たちのバトルロイヤル:第50回「戦前回帰」する日本

西本頑司

絶望大国

令和の日本は急速に国力が低下している。アジア唯一の列強国となった戦前の躍進、焼け野原から奇跡の復興を成し遂げ、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となった戦後の繁栄は、今や見る影もなくなった。

それは数々の経済データが物語っていよう。平均年収はOECD(経済協力開発機構)の2021年調査で平均値5万1607ドルを大幅に下回る3万9711ドル(約403万円=当時。34カ国中24位)。しかも、この30年、ほぼ横ばいだったために、2000年には世界トップだった1人あたりの名目GDPも27位まで落ち込んだ。

なにより「令和日本」において深刻なのが、経済発展に不可欠な国際競争力の喪失だ。2022年度は、ついに過去最低となる主要63カ国の半分以下の34位まで下落した。それを象徴するかのように、1995年の企業ランキングでは、NTTが2位、トヨタも8位に食い込んでいた。そのトヨタもついにトップ10から陥落。日本一の企業である同社すら時価総額で見れば、世界39位(23年3月)にすぎない。

さらに問題なのがユニコーン企業(新興企業)の少なさであろう。アメリカ655社、中国316社、EU164社に対して日本はわずか6社。AIやグリーンテックなどの次世代技術を持つ新興企業が壊滅状態なのだ。

唯一、まともな経済データが平均株価と地価の不動産価格。しかし、これらは一部の富裕層や外国の投資家が持つ数値であって、日本人の「豊かさ」を示すものではない。

庶民の豊かさでいうならば、税金・社会保障費の国民負担が重要となるが、こちらは文字通り右肩上がりで増え続けている。2021年度はついに48.1%。バブル崩壊の余波で「過去最高」と騒がれた1997年でも36%だったことを考えれば、現在の酷さが理解できよう。これに「森林税」や防衛費の大幅増による大増税が加われば、2023年度以降は確実に5割を超える。ネットでは、すでに「五公五民の江戸時代か!」と怒りの声が渦巻いている。

この公的な高負担に加え、昨今の急激な物価高とエネルギー高が追い打ちをかけ、庶民生活を打撃している。普通に暮らすことすら難しくなっているのが実情なのだ。

その証拠に低賃金でこき使っていたアジア諸国の外国人実習生すら日本を避け、逆に海外に「出稼ぎ」する日本の若者たちが激増している。オーストラリアの平均年収は円安もあって800万円を軽く超える。日本で就職するよりワーキングホリデーのほうが稼げるようになってしまったのだ。また、風俗業界で働く女性たちの間にも、中国やアジアの富裕層に「パパ活」をする、戦前の「からゆき(唐行き)さん」が常態化しているという。

この状況を端的に言葉にすれば「一億総貧困化」だ。いや、「絶望大国化」とすら言いたくなろう。

なぜ、ここまで悲惨な状況に陥ったのか。改めて検証していきたい。

 

階層の固定化

個人的な見解を述べれば、「戦前回帰」がキーワードとなる。日本の支配階層が戦後の「平和国家」という統治方針を「戦前回帰」へと切り替えた影響ではないか、というのが筆者の分析である。ここでいう日本の支配層とは、自民党を中心とした政治家一族層・高級官僚層・大企業経営一族層・平均年収5千万円を超える富裕層と思えばいい。

21世紀以降の日本は「戦前回帰」に向けて急ピッチで社会構造を作り替えてきた。その結果が、冒頭の悲惨な経済データなのである。

この戦前回帰とは、「財閥・大地主の復活」「貧富の差の拡大による階層の固定化」「軍事大国化」が3本柱といわれ、「裏アベノミクス」と呼ばれることもある。日本の国際競争力で重要な役割を果たしてきた中小企業を大企業(財閥)のもとで集約、同時に戦前の大地主を農業法人として復活させて小作人(農業従事者)による大規模経営へと転換する。その過程で大多数の一般庶民を貧困層へと固定する。その貧困層を「経済徴兵」(軍隊に入るしか選択肢のない貧困状態)し、戦前のような軍事大国にしつつ、アメリカに従い、参戦できる状況を作り出そうというものだ。

21世紀以降から現在までの状況を見れば、あながち暴論ともいえまい。すべては、この方向に向かって突き進んでいることがわかる。

ここで重要なのが、「階層の固定化」が最優先事項となっている点である。一度、貧困層に落ちたら絶対に這い上がれないようにする。

この階層の固定化が最優先されているのには理由がある。日本人と日本社会の大きな特徴が「下克上体質」にあるためなのだ。一般的に日本人と日本社会は国や所属企業に忠実で、どんな命令にも従う印象がある。その一方で日本人は下層にいる人でもチャンスを得れば下克上に成功するケースが実に多かった。

これは、日本人が他国民に比べ、知的レベルや勤勉さと社会階層との相関性が低いためだといわれている。庶民階層の平均レベルが高く、与えられた責務を忠実にこなそうとするために、チャンスがあれば、一気に上層階層へと成り上がってきたということだ。

事実、明治維新は、それを主導した下級武士による「下克上=旧体制打破」といっていい。そして戦後の経済発展を支えたのは「金の卵」と呼ばれた地方出身の中卒労働者と新興企業群だった。戦争で焼け野原になった結果、下層階級に大きなチャンスが生まれ、ソニーやホンダといった新興企業が雨後の筍のように生まれた。1990年代まで世界経済を席巻していた「メイド・イン・ジャパン」の多くは旧財閥系企業よりも戦後に登場したユニコーン企業であり、この新興企業と結びついて、経済政策を推し進めていた政治家や官僚たちも戦後に登場した「新興勢力」だった。いわば戦後の混乱期から復興期は、明治維新に続く下克上の時代だったのだ。

ここで3度目の下克上時代が到来する。それが1985年のプラザ合意によって発生した空前のバブル経済で、下克上した人々が、各方面で既得権益に手を突っ込むようになった。

これに危機感を抱いたのは、戦後の混乱期以降に登場した新支配階層だ。彼らは、せっかく獲得した既得権益を奪われかねないと、戦前の旧支配階層と結託し、バブル勢力の駆逐に乗り出す。そして、二度と下克上時代が発生しないよう、戦後の統治方針を切り替える決断を下す。それが先の「戦前回帰」なのである。

この統治方針の切り替えが本格化するのは21世紀、バブル崩壊を経て2001年の小泉純一郎政権に始まり、その後の第2次安倍政権という2つの長期政権によって日本の「戦後体制」は徹底的に潰されていくことになる。

その成果こそ、冒頭の経済指標なのだ。あの悲惨なデータは支配階層にすれば「狙い通り」「当然の結果」と、実は評価できるものだったのである。

角栄と「1億総中流」

この戦前回帰とは「戦後体制の解体」を意味する。その「戦後体制」を構築したのが、田中角栄と、その派閥に属する政治家たちとなる。

1970年以降、キングメーカーと呼ばれ、政界を主導してきた田中派(のちの竹下派)は、戦後の下克上の体現者と言っていい。彼らこそ旧支配階層の既得権益を奪い、一般庶民にばらまいてきたからである。角栄の権力が絶大なとき、誰もが普通に働けば、マイホームを手に入れ、子どもたちを大学などの高度な教育機関に入れることができた。それが「一億総中流」で、世界史に残る経済成功といっていい。

角栄の政治手法は、まず国家予算を扱う大蔵省(現財務省)の大臣ポストを押さえ、人事権で財務官僚を従える。そして分捕った国家予算を貧困地帯へとガンガンつぎ込む。貧困地帯には、まともな産業が少ないために土木事業(公共事業)の形で金をばらまく。これが後に金権政治と批判されるわけだが、一方で貧しい家庭に金が回れば旺盛な消費活動を生み出し、景気を一気に押し上げたのも事実であろう。

しかも角栄と、その派閥政治家たちは富裕層にすれば「悪夢」のような税制度を構築してきた。それが「(当時)世界一厳しい」累進課税と相続税だ。こうして富裕層から税金と家産を奪い尽くして弱体化し、それを原資に膨大な公共事業を全国にばらまく。それで全国の一般庶民(有権者)を味方につけて政界を牛耳る。まさに「今太閤」と呼ばれるに相応しい、豊臣秀吉に劣らぬ見事な下克上ぶりであろう。

この角栄式政治手法は、竹下登・小渕恵三・橋本龍太郎らに受け継がれてきた。2000年ごろまで、まがりなりにも日本経済が回り、日本人の生活が相応の豊かさだったのは、角栄の後継者たちが中央政界で“健在”だったからであろう。

その一方で角栄の意志を継ぐ派閥の首領たちは、すべてスキャンダルで政権を潰され、しかも全員が不審な最期を遂げる。これに震え上がった旧田中派勢力は、2006年、「最期の角栄直系」橋本龍太郎の“不審死”以後、支配階層の軍門に完全に下ったといわれる。

こうして第一次安倍政権が誕生し、戦前に戻す陰謀は本格化していった。

焼け野原

この戦前回帰、つまり下克上を不可能とする階層の固定化は、角栄の政治手法を裏返せば簡単に実現する。国内に金を回らせなくする。それだけでいいのだ。

まず銀行の金利(公定歩合)を下げ、ゼロ金利からマイナス金利にする。そうすれば預金は株式やファンドなどに流出し、銀行は企業に融資する原資を失う。企業は設備投資どころか、銀行の貸し渋りを懸念して研究開発といった将来に向けた投資をなくし、社員や社会に還元すべき利益を内部留保の形で貯め込む。企業の業績が悪化すれば株価が低迷し、外国投資家やファンドに株を押さえられ、株主配当の形で貯め込んだ金をはき出させるという悪循環に陥っていく。

さらなる一手が、「世界最大の公的資金」と呼ばれた郵便貯金と日本の年金マネーの収奪である。角栄流の政治が健在だったころ、これらは財政投融資の原資となって日本全国の公共事業投資へと回されてきた。これが地方経済を活性化していたわけだが、郵便局と公的年金は小泉純一郎によって、いずれも民営化した。

「ゆうちょマネー」は利益を求めて外国(アメリカ)の株式市場へ流れ込み、同様に186兆円という「世界最大の機関投資家」となった年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、第2次安倍政権時代、やはり外国の株式市場に投資できるよう規制が緩和されたことで、一気に国外へと流出した。道路・鉄道・ダムなどのインフラ投資は、国富(ストック)の形でGDPを押し上げる。その公共事業の原資が、すでになくなったのだ。日本の経済成長が止まるのも当然だろう。

また第2次安倍政権の農業改革で、外国資本が相次いで日本の農地を買いあさり、「農奴」として日本人を雇うようになっている。

そして22年12月、岸田政権による「安保3文書」の閣議決定で日本の軍事大国化が確定した。小泉政権から20年の月日をかけた陰謀計画は、この日、完成した。その仕上げを行なったのが、自民党リベラル派の宏池会を率いていた岸田文雄という点からも、この戦前回帰が支配階層の“総意”だったことがうかがえよう。

こうした日本社会の「改造」は、1994年以降、米政府から送りつけられてきた「年次改革要望書」や、その米政府を支配するディープ・ステートの陰謀とされてきた。しかし、そのもとでの「戦前回帰という統治方針の切り替え」は、日本の支配階層が自ら計画を立案し、総意のもとで、この愚行を行なったのだ。ここを断じて忘れてはなるまい。

戦前に回帰した日本は、今後、さらに信じられない愚行を繰り返すことだろう。再び「焼け野原」になって新たな下克上に「希望」を見いだす、そんな絶望の時代を迎えたのだ。

(月刊「紙の爆弾」2023年8月号より)

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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