【連載】大崎巌の国際情報

13 Days 2022(2)嵐の前の冷たい皮肉

大崎巌

Day 2 2022年2月12日(土)

ニューヨーク、正午過ぎ。プーチンとバイデンの電話会談が終わった。数学者のサーシャは、首をかしげた。

昨日、バイデンはNATOとEUの指導者に「プーチンがウクライナの侵攻を決定し、2月16日にも攻撃する」という根拠のない結論を伝えて嘘をつき、ウクライナからの米国人退去を決定した。今日の会談の数時間前には、米国務省が中核メンバーを除く自国の外交官全員にキエフの大使館を離れるよう命じていた。緊張を最大限まで高めたタイミングで、プーチンと何を話したのだろう?

午後14時、ロシア大統領府のホームページに、ウシャコフ大統領補佐官の首脳会談に関するブリーフィングが載った。

やはりロシア側は、なぜバイデンが2日後に予定されていたプーチンとの会談を今日行うよう求めたのか、なぜ米側がロシアの意図について故意に偽情報をメディアに伝えるのか、理解できなかったようだ。

米国政府は「ロシアが侵略を計画」と叫んで西側社会でヒステリー状態を創りながら、NATOと共にウクライナの軍事力を増強させ、ウクライナ軍がロシアを挑発する可能性を高めている、とロシア政府は認識している。

ただ、ウシャコフは、会談の雰囲気は「かなりバランスが取れていて実務的だった」と強調している。今日の電話では、昨年12月7日・31日の米ロ首脳会談で開始された<ロシアの安全の長期的・法的な保証>に関する交渉が継続されたらしい。

おそらくキューバ危機のことだろうが、バイデンは冷戦期に米ソの指導者が大惨事を避けるためにできる限りのことをしたと言及。米ロ両大国は競争相手だが、世界の安定と安全を維持するためにあらゆることをすべきであり、ウクライナ危機でも最悪のシナリオを避けるためにできることはすべて行うべきだと訴えた。

彼は外交による問題解決を求め、安全保障に関するロシアの懸念についても、米国が考慮できる多くの事項を説明。厳しい対ロシア制裁の問題に言及はしたものの、強調はしなかった。

だが、ウシャコフによると、バイデンがこの会談で表明した考慮事項の多くは、既に1月26日にワシントンとNATO本部から受け取ったロシア側提案に対する回答に含まれていた。何よりも、NATOを東方に拡大させない、ウクライナ領に攻撃兵力を配置しない、ロシア・NATO基本文書が締結された1997年当時の状態にNATO軍の配置を戻す、というロシアが求めてきた点について、実質的な答えは何もなかった。

Sandwich, Massachusetts, USA-May 5, 2013: Issued by Italy in 1959, this stamp commemorates the tenth anniversary of NATO

 

プーチンは、なぜまさに今、ロシアの国家安全保障にとって極めて重要な問題を解決すべきか説明した。1990年代からNATOが拡大して西側同盟がロシアの国境に近づき、米・NATOがロシアに対して非建設的な路線を取ったこと、2000年代に欧州の安全保障環境が急激に悪化し、ロシアの安全保障に影響を与えたことに言及。過去8年間続いているミンスク合意(東部紛争をめぐる停戦協定)を妨害するウクライナ当局の破滅的な路線を強調し、キエフが自らの義務を果たすための西側諸国からの適切な圧力はないと指摘した。

彼はウクライナの軍事化の危険性、西側諸国によるウクライナへの新兵器の供与に注意を喚起し、ドンバスとクリミアに対するウクライナ軍の挑発の可能性に言及した。その上で、クリミアを武力で取り戻すという目標を明確に宣言しているウクライナがNATOに加盟すれば、ロシア・NATO間の直接的な軍事対立に発展し得ると警告した。

おれにはわからない。この首脳会談は、いったい何だったのか。結局、ロシアにとって最重要テーマである<ロシアの安全保証>について新たな成果は何もなく、ウクライナ危機の解決に向けた具体的な進展もなかった。

それでも、バイデンは米ロ関係が相互尊重に基づいて構築されることを望んでいると言ったらしく、両者は今日の電話会談で提起されたすべての問題について、さまざまなレベルでの接触を継続することに合意した…。

それにしても気になったのは、欧米の主要新聞社のほとんどが、「バイデンはプーチンにウクライナ侵攻の深刻なコストを警告」とほぼ全く同じ見出しを使って会談内容を報じたことだ。これじゃあ読者は、正義のバイデンが悪のプーチンを一方的に非難し、強い警告で威嚇した会談だったかのような印象を受けるだろう。

何より気味が悪いのは、ホワイトハウスの公式声明でも、今回の首脳会談では「ロシアがウクライナに侵略したら、米国とNATOはロシアに迅速かつ深刻なコストを課す」ことをプーチンに伝えたことが強調され、米政府と欧米メディアがピッタリと歩調を合わせている点だ。

そもそもロシアはウクライナを侵略する意図などないと繰り返し説明し、昨日、サリヴァン米国家安全保障担当大統領補佐官は「侵略の最終決定が下されたとの情報はない」と認めていたじゃないか。

今日、ブリンケン米国務長官との会談の中でラヴロフ外相は、「ウクライナに対する『ロシアの侵略』について米国とNATOが展開しているプロパガンダキャンペーンは、挑発的な目標を追求し、キエフ当局によるミンスク合意の妨害と「ドンバス問題」を武力で解決する破滅的な試みを奨励している」と指摘した。

19時前にアップデートされたワシントン・ポストの記事によると、ロシアはキエフ政権と第三国による挑発の可能性を考慮し、自国の外交官をウクライナから撤退させるようだ。ロシア外務省のザハロワ報道官は、この決定は他国政府の同様の動きへの対応であり、米英の外交官はウクライナで軍事行動が準備されていることを明らかに知っていると言った。

サーシャは鋭い眼差しのまま、冷たい微笑を浮かべた。

2014年に米国は、ロシアを弱体化させて自らの絶対正義を世界に拡散させるためにウクライナの親欧米派を支援し、暴力的な政権転覆を成功させた。そのクーデターを指揮したのが、副大統領だったバイデンじゃないか。その後、新政府と極右過激派がロシア語話者を弾圧・虐殺するのを容認し、ウクライナ人の命を犠牲にする内戦を創った人間が、相互尊重に基づいた米ロ関係を望むわけがない。

バイデンは、キューバ危機の時にフルシチョフと共に核戦争・人類滅亡を防いだケネディーではない。ロシア国家を破壊するための大戦争を創り出そうとしているのではないか。明日以降、事態がエスカレートしないよう、祈るしかない。

米ロ両大国による世界の安全の維持、外交による問題解決を訴えながら、同時に「プーチンがウクライナの侵攻を決定」という嘘をつき続けるバイデン。ひょっとしたらこれからバイデンという狡猾な政治屋・戦争屋は、ドンバス情勢を極度に緊張させていくかもしれないな。

嵐の前の冷たい皮肉。そうつぶやくと心がうずき、サーシャはセントラルパークの<祈りの場所>に向かった。

(サーシャには複数のモデルがいますが、本連載は、実際の出来事に基づいています)

参考資料(最終検索日、2023年7月27日)

・「ウラジーミル・プーチンとジョセフ・バイデンの電話会談の結果に関するロシア大統領補佐官ユーリイ・ウシャコフによるブリーフィング」
『ロシア大統領府ホームページ』2022年2月12日:

・「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのバイデン大統領の電話会談に関する公式声明」『ホワイトハウス・ホームページ』2022年2月12日:

・「米国は、ロシアがオリンピック中にウクライナを侵略し得る『明確な可能性』を語るホワイトハウスのジェイク・サリヴァン国家安全保障担当大統領補佐官は金曜日、政権はプーチンが最終決定を下したとは考えていないと記者団に語った」
『NBCニュース(電子版)』2022年2月12日記事:

・「プーチンとバイデンの交渉が終わった」
『イズベスチヤ(電子版)』2022年2月12日記事:
(バイデン・プーチン電話会談、ラヴロフ発言について)

・「バイデンはプーチンにロシアがウクライナを攻撃したら『迅速で深刻なコスト』を警告」『ワシントン・ポスト(電子版)』2023年2月12日記事:
(バイデン・プーチン電話会談、ザハロワ報道官の発言について)

・「ロシア-ウクライナ緊張 電話でバイデンは、プーチンにウクライナ侵攻の『深刻な』コストを警告」
『ニューヨーク・タイムズ(電子版)』2022年2月12日記事:

「バイデンは電話で、プーチンにウクライナ侵攻の『深刻なコスト』を警告」
『ガーディアン(電子版)』2022年2月12日記事:

*例えば、グーグルで「Biden Warns Putin of ‘Severe’ Costs of Invading Ukraine」などと検索すると、2・12電話会談に関する欧米の新聞記事の見出しがほぼ全く同じであることが分かる。

**クーデター前後のウクライナの状況については、以下の動画を見ることをお薦めします:「ウクライナ・オン・ファイアー(Ukraine on Fire)」:(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品)

「乗っ取られたウクライナ(Revealing Ukraine)」:(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

「ウクライナ・オデッサの悲劇」:(日本語字幕付き。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

筆者のウクライナ危機に関する論考:

・JBpress(2022年7月18日掲載)「ウクライナに阿鼻叫喚の地獄をもたらしたのは米国だ:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71012

・JBpress(2022年11月23日掲載)「ロシアより先に戦争を始めたのは米国とウクライナの可能性:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72795

*BIGLOBEニュースではまだ無料で読めます:https://news.biglobe.ne.jp/international/1123/jbp_221123_3115356117.html

・長周新聞(2023年2月13日掲載)「日本と東アジアが戦場になるのを防ぐ方法:https://www.chosyu-journal.jp/heiwa/25825」)

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大崎巌 大崎巌

極東連邦大学(ウラジオストク)元准教授 おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。 政治学者として毎日新聞・北海道新聞・長周新聞・JBpressなどに論考を寄稿。エッセイストとしては、北海道新聞の連載「大崎巌先生のウラジオ奮闘記」(2020年10月〜22年4月)を担当。 【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/ 【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki

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