【特集】ウクライナ危機の本質と背景

《安倍晋三銃撃事件から1年》岸田政権の対米隷属と〝疑惑の銃弾〞の真相

孫崎享

安倍政権と岸田政権

「日本没落」の基礎は第2次安倍晋三政権でつくられたといえる。外交・安全保障分野では、ほとんど米国の意向だけを反映する政策を行ない、日本経済は後退、安倍首相・菅義偉官房長官の体制の下で言論の弾圧が進み、大手メディアは単なる政府の広報機関となって、その意向と異なる発言をする者は、官界・マスコミから次々に排除された。

おそらく後世の歴史では、安倍元首相は、日本の民主主義と自由主義を大きく後退させ、経済的衰退を加速させた人物として描かれるであろう。2021年10月4日の岸田文雄政権発足で、多くの日本国民は、「岸田首相は安倍首相のような悪政はしない」とほっとしたのではないか。ところがよくよく見ると、岸田政権の対米隷属は安倍時代よりも一段とひどくなっているのである。

岸田政権は昨年末、安保関連3文書を閣議決定した。3文書中、国家安全保障戦略と国家防衛戦略は、敵のミサイル発射基地などを叩く「反撃能力」を自衛隊が保有することを明記している。

反撃能力は従来「敵基地攻撃能力」と呼ばれてきた。安保関連3文書の改定を受けて日経新聞が行なった世論調査では、5年間で防衛力を強化する計画を支持するとの回答が55%で、支持しないが36%。日本の多くの人はこれで日本の安全が高まったと思っているようだが、全く逆である。

戦争の歴史を見た時、敵基地攻撃が戦術的に最も成功したものに、日本軍の真珠湾攻撃がある。米国の戦艦・爆撃機等に多大な損傷を与え、米側戦死者は2334人に上る。

確かに敵基地攻撃は成功した。しかし当時の日米の国力の差は1対10ほどの格差があり、結局、日本は軍人212万人、民間人は50万人~100万人の死者を出し無条件降伏した。敵基地攻撃の大成功は日本国民の破滅につながった。敵基地攻撃が出来れば、日本の安全が高まるのではなく、逆に危険性を増すのだ。

敵基地攻撃の必要性を唱えている人に、次の問いを投げかけるがいい。彼らは何ら答えられないであろう。

①仮想敵国は、日本を攻撃するミサイルを何発保有していますか?

②そのうち何発が実戦配備され、何発の配置場所を正確に把握していますか?

③敵基地攻撃で何発を破壊できますか?

④「敵基地攻撃」をされた仮想敵国はどのような報復攻撃をすると思いますか?

中国の秦剛外交部長は3月7日、全国人民代表大会(全人代)第1回会議時、記者の質問に対して米中関係につき次のように述べている。

「米国の言う“競争”とは、中国を全面的に抑圧するゼロサムゲームだ。“ガードレールを作る”や“衝突しない”というのは、中国に対し、殴られても殴り返さず、罵られても言い返さないよう押し付けることだ。それは決して実現できない」

つまり、中国は米国に対してすら「殴られたら殴り返す」と言っている。

中国は日本に発射しうるミサイルを少なく見積もっても1200発以上実戦配備している。核兵器も搭載できる。北朝鮮とて、日本向けに発射しうるミサイルを200~300発は配備している。日本が先制攻撃で破壊できるのはせいぜい数発であろう。「3倍返し」「10倍返し」で、日本は政治・経済・社会の中心にミサイル攻撃される。こうして敵基地攻撃は、日本に何の貢献ももたらさない。

だが視点を米国の安全保障政策に移すと、日本の敵基地攻撃能力は有効だ。自国を攻撃される可能性を排して、中国・北朝鮮に攻撃できるからだ。「国を売る」という言葉があるが、敵基地攻撃とは、まさに米国の安保政策のために日本を危険におとしめる「国を売る」政策といえる。

対ウクライナ政策と日本の軍備増強

5月3日付の読売新聞は「憲法改正『賛成』が61%、コロナ禍やウクライナ侵略影響で高水準に…読売世論調査」の標題の下、「ウクライナ侵略が憲法改正に関する意識に与えた影響を聞くと、“憲法を改正するべきだという意識が高まった”が40%で、“今の憲法を守るべきだという意識が高まった”の21%を上回った。“変わらない”は32%だった」と報じた。つまり、ウクライナ問題への認識、その報道が、日本国民の安全保障観を大きく変えた。

麻生太郎自民党副総裁は4月19日に次のように述べている。

「反撃能力も、これまでも認めてくれという交渉を公明党としてきたが、うまくいかなかった。でもやっぱり今のウクライナの惨状を見て、きちんと公明党も呑んで、去年の12月に反撃能力を認めるということになった」

昨年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻して以来、日本はほぼ「1億総ロシア糾弾」と「1億総ロシア制裁」一色となった。ウクライナのゼレンスキー大統領は同年3月23日、日本の国会でオンライン形式の演説を行ない、与野党問わず出席の国会議員がスタンディング・オベーションを捧げた。

ロシアがなぜウクライナ侵攻に及んだかの客観的分析は、日本ではほとんど見られなかった。そして、日本でロシア批判と、ウクライナ支援の方針が確立した。

1年後の3月21日には岸田首相がウクライナを電撃訪問。日本国民はこれを歓迎し、日本テレビの世論調査によれば、「評価する」が74%に達した。同時に岸田内閣を「支持する」と答えた人は47%であり、日本国民の心情が、いかにウクライナを支援しているかがわかる。

そして5月、日本を議長国としてG7広島サミットが行なわれた。コミュニケでは、「ロシアのウクライナに対する侵略戦争を、可能な限り最も強い言葉で非難する。揺るぎないウクライナへの支持を行なう。ロシアを支援する者に対するコストを増大させる」と最大限のロシア非難とウクライナ支援が決議された。

 

安倍元首相の発言を日本メディアは無視した

こうしたなか、安倍元首相はウクライナ問題にいかなる発言をしていたのであろうか。以下に採り上げたい。

(1)22年2月27日のフジテレビ系「日曜報道THEPRIME」で、安倍元首相は次のように語った。

「プーチンの意図はNATO(北大西洋条約機構)の拡大、それがウクライナに拡大するということは絶対に許さない。東部2州の論理でいえば、かつてボスニア・ヘルツェゴビナやコソボが分離・独立した際には西側が擁護したではないか、その西側の論理をプーチンが使おうとしているのではないかと思う。

(コメンテーター:まさに、平和維持部隊を送り込もうとしているのはコソボ紛争と似ているところがあると思うのですが。プーチンがNATOの東方拡大について不満を漏らしたことがあったのですか)

米ロ関係を語る時に(プーチンは)基本的に米国に不信感をもっているんですね。NATOを拡大しないことになっているのに、どんどん拡大しているんです。プーチンとしては領土的野心ということではなくて、ロシアの防衛・安全の確保という観点から行動を起こしているのだろうと思います。もちろん私は正当化しているわけでありませんし、しかし彼がどう思っているかを正確に把握する必要があるんだろうと思います」

(2)22年5月、英紙エコノミストのインタビューに応えて、安倍元首相はこう語った。

「侵略前、彼らがウクライナを包囲していたとき、戦争を回避することは可能だったかもしれません。ゼレンスキーが、彼の国がNATOに加盟しないことを約束し、東部の2州に高度な自治権を与えることができた。おそらく、アメリカの指導者ならできたはずです。しかしもちろんゼレンスキーは断る」

少し考えてほしい。ロシアの侵攻以来、日本では連日のように新聞・テレビが「ロシアの意図」を論じている。そして安倍元首相は約30回、プーチン大統領と対談している。“西側”で、安倍氏以上にプーチン大統領の考えに触れた者はいない。さらに、22年の段階で、安倍元首相は約100名の安倍派議員を従わせ、日本で最強の政治家だったと言っていい。

にもかかわらず、なぜ彼の発言が封じられたのか。誰が封じたのか。安倍元首相より力のある者は、米国以外にない。

22年6月、日本の週刊エコノミストは「勇ましさに潜む『自立』と『反米』」という論評を掲載した。主要な論点は以下である。

・(前出のフジでの安倍氏の発言は)主要7カ国(G7)を中心とする西側民主主義陣営が結束してロシアに経済制裁を科し、ウクライナへの軍事支援を強化するなかで、それに同調する日本の岸田文雄首相に背後から弓を引くに等しい、極めてロシア寄りの発言だ。

・知米派の政府関係者は「自分の(ロシアに対する)失態を棚に上げて米国を批判する安倍氏の脳内が理解できない」と憤りを隠さない。

仮に安倍元首相が存命で、隠然たる勢力を保持していたならば、日本が議長国であるG7のコミュニケで「ロシアのウクライナに対する侵略戦争を、可能な限り最も強い言葉で非難する」と書き込めただろうか。

やはり謎が残る安倍元首相の死

私は日刊ゲンダイ4月13日号に「安倍元首相を銃殺したのは山上被告なのか 日本外交と政治の正体」を書いた。以下に再掲する。

〈ジョン・F・ケネディ米大統領の暗殺事件が起きたのは1963年11月22日である。当初、リー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯行とされたが、今日、多くの米国人は単独犯行とは考えていない。映画監督のオリバー・ストーンは1991年、この事件を調査した地方検事の姿を主に描いた「JFK」を作製し、アカデミー賞で撮影賞と編集賞を受賞した。

ケネディ暗殺事件を踏まえた上で、昨夏の参院選の応援演説中に銃撃され亡くなった安倍元首相の事件の展開は今後どうなるのだろうか。私はこれまで、東大名誉教授や自民党関係者、評論家、米国人などから直接あるいは仄聞で、安倍氏の殺害事件は山上徹也被告の銃ではない可能性がある――と聞き、彼以外の人物による犯行の有無を考察してきた。

近年、こうした作業でありがたいのは、疑念を持ってツイッターに呟くと、不思議にすぐ関連情報が集まることだろう。極めて重要だと思われる情報は、銃撃当日の治療に従事した奈良県立医大付属病院での福島英賢教授の説明である。彼は「頚部前の付け根付近で真ん中より少し右に2つの銃創があり、1つは左の肩から貫通して出たとみられる」と説明していた。

これを安倍氏と当時の山上被告の位置関係で考えてみる。極めて単純な論である。

1発目は安倍氏が前を向いて演説しているから、当たっても後ろである。安倍氏は時計の反対回りで後ろを振り返っている。頚部前方の回転は90度以内である。山上被告の銃弾は角度からして安倍氏の頚部前の付け根付近には当たらない。福島教授が説明した時の関心は、安倍氏の治療がどうだったか、いつ死亡したかであり、誰も犯行と結び付けて考えてはいない。少なくとも福島教授の説明と銃撃事件の映像とを併せ考えれば、銃弾は前方ないし右から撃たれている。つまり、山上被告が安倍氏を銃撃するのは難しいと言わざるを得ない。

では仮に安倍氏を銃撃した人物が山上被告ではないとすれば、誰が殺害したのだろうか。我が国は安倍氏の国葬まで行った。そして多くの人は山上被告を殺害犯と思っている。だが、万が一にも犯人が別にいるのであれば、世紀の滑稽譚となるであろう。〉

私の論に対し批判的立場にあるのが5月3日付読売新聞の「安倍氏銃撃『真犯人は別にいる』…ネットでいまだくすぶる陰謀論、背景を探る」と題した記事であろう。さまざまな「陰謀論」を紹介し、なぜ陰謀論が広がるのかを考察した内容だった。

前記の通り、私は福島教授の説明、すなわち「頚部前の付け根付近で真ん中より少し右に2つの銃創があり、1つは左の肩から貫通して出たとみられる」をもとに、安倍氏との位置関係から、山上被告の銃弾は安倍氏の「頚部前の付け根」付近には当たらない、と指摘した。したがって「陰謀論」を否定するという読売新聞の記事が、この部分をどう扱っているか興味を持った。

記事は、「安倍氏の搬送先の病院では医師が記者会見し、首の銃創の位置に言及している。司法解剖の実施前で、正確な状況が確認されていない段階だった」と書いていた。しかし、治療にあたった奈良県立医大は、一国の元首相の蘇生を担当するという重大任務だから、大学の名誉をかけて治療に当たったことだろう。初期段階で10人、最終的には約20人が治療に関与した。

最初に確認するのは当然、銃弾の体内への入り口である。そして、福島教授は約100人の記者の前で数回、「頚部前の付け根付近で真ん中より少し右に2つの銃創」と述べた。この記者会見は今でも動画で観られる。今まで、医療関係者で福島教授の判断に然るべき場所で疑念を発言している人はほとんどいないであろう。

政権に都合の悪い意見が展開されると、しばしば「陰謀論」と言ってそれを封じ込める。その際、「陰謀論」の中に示される事実に反論することはほとんどない。「陰謀論」という言葉は、政権に都合の悪い事実を封じ込める手段である。

あらためて述べると、安倍元首相銃撃事件は、ほぼ100%の確率で、山上被告の銃では殺害できないものだった。近年のオレオレ詐欺・預貯金詐欺・架空料金請求詐欺・還付金詐欺・キャッシュカード詐欺盗等の犯罪は「プレイブック」に基づき細分化され、頭目が誰かわからなくされている。安倍元首相殺害も同様だ。様々なプレイヤーが相互の関係を認識せずに行動しているように見える。

安倍元首相殺害でケネディ大統領暗殺事件を想起した人が相当数いるとおり、2つの事件は類似性がある。要人殺害の「プレイブック」を書くとすれば当然、ケネディ暗殺事件が手本になる。

ケネディ暗殺事件は、アメリカで全容がまだ公表されていないものの、公的調査機関が設置された。ジャーナリスト等が解明に向け調査をしている。これに比し、日本の安倍元首相殺害事件は同程度の疑惑があるにもかかわらず、疑念を「陰謀論」として片付け、考察することを放棄した。それは殺害実行の大元の予測がつくからでもある。怖いのだ。

(月刊「紙の爆弾」2023年8月号より)

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孫崎享 孫崎享

元外交官

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