米製兵器爆買いの果てに─米中新冷戦に組み込まれる日本─(前)
安保・基地問題1.防衛費初の5.4兆円 8年連続で過去最大を更新
2012年の第2次安倍政権以降、防衛費の拡大が続いている。岸田文雄政権が閣議決定した22年度予算案は、前年度当初予算から583億円増(1.1%増)の5兆4005億円となり、8年連続で過去最大を更新した。
内容をみてみよう。射程延長を行う12式地対艦誘導弾「SSM」の艦艇や、戦闘機発射型の開発に393億円、最新鋭ステルス戦闘機F35A8機の購入費768億円、事実上の空母化を進める「いずも」型護衛艦の改修費61億円、「いずも」甲板から離着陸ができるF35B4機510億円などが盛り込まれた。主要装備品の新規取得費1889億円。財務省から部品調達費の高さが問題視された、P1哨戒機やC2輸送機、地対空誘導弾「PAC3MSE」などは、「安全保障環境の急激な悪化」を理由に前倒しで計上された。
高額装備品の購入費を複数年度に分割して支払う「後年度負担」は、前年度比11.8%増の2兆9022億円で、こちらも過去最大になった。後年度負担は、ローンの分割払いに似た性格から「兵器ローン制度」ともいわれるが、その残高はついに5兆8642億円まで膨らんだ。
それもそのはず。21年度の新規の兵器ローンは2兆6712億円で、片やローン返済予定額は2兆2337億円。つまり新たな負担額が返済額を上回っているのだ。このままでは残高が膨らみ続け、10年間で約1.8倍に増える計算になる。米製兵器の多くは米政府が一方的に有利な条件で価格や納期を決める、対外有償軍事援助「FMS」方式の契約となっていることも、防衛費総額を押し上げる一因になっている。
そこで新たな問題も生じてきた。従来、装備品の購入費は、5か年の「中期防衛力整備計画」に沿って毎年度の当初予算に計上してきた。ところが、第2次安倍政権以降、防衛費が急速に拡大したため、補正予算を「ローン返済」に充てる手口が定着化してしまった。
安倍政権が閣議決定した19年度の防衛省補正予算案4287億円のうち、兵器ローンの支払いは89%の3807億円。さらに、このうちFMSで調達する米製兵器の費用は1773億円で、ほぼ半分を占める。
防衛省の補正予算は、東日本大震災が起きた2011年度の3378億円を除き、06~10年度まで1000億円を超えなかったが、第2次安倍政権発足後の12年度から1100億~2200億円台と徐々に増え、米製兵器の「爆買い」が顕著になった18、19年度の概算要求額は4000~6000億円を超えた。
そもそも補正予算は、国の財政法で「特に緊要になった支出に限る」と規定されている。装備品購入が該当するかどうか微妙だが、防衛省は「ローン返済の経費で計上したものは、緊要性があるとして補正になった。安保環境の悪化で、国内業者にもFMSでも早めに代金を払い、防衛装備品の納期までのスピードが早くなる。
早期に納入されるメリットは大きい」と意義を強調する。だが、防衛省はイージス・アショアの導入も最初は補正予算で決めた経緯があり、この主張はかなり苦しい。何てことはない。爆買いのため、補正予算が「第二の財布」になっているのが実態だ。
2.トランプ氏の「バイ・アメリカ(米製兵器を買おう)」
なぜ、日本はローンを増やしてまで米製兵器を買うのか。背景の一つには、16年に米大統領に就任したトランプ大統領(以下、肩書きはいずれも当時)の存在が大きい。
防衛省の装備品の契約先と取引額の推移をみると、12~14年度は国内最大手の三菱重工業が1位で、米政府は13年度の2位1069億円が最高だった。ところが、17年度以降は米政府の1位が続く。例えば20年度は、空中輸送機4機2020億円や早期警戒機9機1936億円など、FMSの総額は4282億円にのぼった一方で、三菱重工業は3102億円の2位。米政府とは1000億円以上の差がある。
爆買いの契機となったのが、トランプ氏が各国に求めていた貿易赤字の解消圧力だ。米国は日本に対しても大赤字だった。17年の財務省の貿易統計では米国向けの日本の輸出額は4兆5600億円で、うち3割を自動車が占める。日本の自動車メーカーの17年の年間国内生産台数は約968万台で、うち約173万台が米国向け輸出だった。最多のトヨタは計71万台を輸出していた。
大統領選を通じて、デトロイトなど工業地帯の白人労働者階級からの支持を集めてきたトランプ氏はここに着目した。「日本車のせいで長年、米国の雇用が失われてきた」と選挙戦での演説で訴え、関税対策にこだわったトランプ氏は18年5月、「自動車や自動車部品の主要産業は、極めて重要。輸入車が国の安全保障を損なわないか調査する」という声明を発表する。
論理の飛躍ぶりに、日本の産業界からも困惑の声が上がった。日本商工会議所の三村明夫会頭は「安全保障を理由に関税をかけるのはちょっと信じられない。冷静な米国に戻るのを期待する。米国は鉄鋼とアルミニウムも安全保障を理由に輸入制限をかけた。自動車だと全世界的な影響が大きい」と批判。追加関税が発動されれば、日本だけでなく、カナダなど多くの国との貿易摩擦は避けられないとした。
この時、日本が切ったカードは「爆買い」だった。経産省幹部は「当時、自動車への高関税をかけられるのを阻止しようと、官邸や経産省が必死だったと聞く。その結果、自動車での関税引き上げ論は止まったが、日本政府はバーターでF35の大量購入を米政府に約束したと聞いた」と証言する。突飛な印象を受けるトランプ氏の「安全保障」という言葉には、実際は米政府のメッセージが込められていたと見るのが正しいだろう。
3.深まる米軍との一体化
トランプ氏のリクエストはこれにとどまらなかった。19年5月28日、安倍首相とトランプ大統領が横須賀基地を訪れ、停泊中の護衛艦「かが」を視察した。「かが」は「いずも」型護衛艦2隻のうちの1隻で、米大統領が自衛隊の艦船に乗艦したのは初めてだった。この視察は、軍事面での「日米一体化」を強くアピールする狙いがあった。安倍首相とトランプ氏は、別々のヘリコプターで「かが」の甲板に到着。海自や米海軍の隊員ら計500人を前に訓示を行った。
トランプ氏は「さまざまな地域の紛争や、離れた地域の紛争にも対応してくれるだろう」と、安保関連法に基づいた自衛隊の米軍支援拡大に強い期待を示した。さらに「この護衛艦が最新鋭ステルス戦闘機を搭載できるようにアップグレードされる」「日本は同盟国の中で最も多い数のF35を持つことになる」と述べ、日本の「かが」の改修とF35の大量購入を歓迎する意を示した。
これに安倍首相は「日米両国の首脳が、自衛隊と米軍を激励するのは史上初めて。日米同盟はこれまでになく強固なものとなった。かがの艦上にわれわれが並んで立っているのがその証しだ」と応じ、「かが」を事実上空母化する方針については「わが国と地域の平和と安定に一層寄与する」「日米同盟は私とトランプ大統領のもとで、これまでになく強固なものになった」と評価した。
トランプ氏は「かが」視察後、横須賀基地で米軍強襲揚陸艦「ワスプ」にも乗艦し、米国民向けに演説した後、大統領専用機で帰国した。日米安保関係の強化が、トランプ氏の手柄作りのための政治ショーにも利用された格好だ。
一方、「親分」のご機嫌を取るために大枚をはたいた日本にとっては重い負担になる。特にF35の大量購入は兵器ローンを押しあげる要因となった。防衛省はトランプ氏訪日前の19年1月、19~23年度の「中期防衛力整備計画」にあわせて、F35戦闘機を105機追加で購入し、147機体制にすると発表した。
防衛装備庁によると、前中期防までの導入を決めたF35Aの42機の維持費は、30年運用で1兆2877億円、1機あたり約307億円になる。これを147機購入すると仮定すると、維持費総額は約4兆5129億円で、機体購入費とあわせて総額は計6兆2181億円に跳ね上がる。F35Bはステルス性機能などを備えていることから機体の単価や維持費もF35Aよりも高くなるとされ、実際の総額は6.2兆円を優に超える。
東京新聞社会部記者。経済部時代、武器輸出、軍学共同をテーマに取材。モリカケ疑惑では菅義偉官房長官会見で質問し続けた。現在、入管法や外国人、ジェンダー格差などを取材。17年、平和・協同ジャーナリスト奨励賞。