【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第11回 解剖所見無視の暴走捜査

梶山天

宇都宮地検、栃木県警は、本田元教授の解剖結果である鑑定書を読んでいないのか?  捜査の基本そのものがこの捜査機関にはできていないとしか言いようがない。鑑定書を読めば、その時点で性犯罪でないとわかる。そうでなければ、すぐに本田元教授のところに行って説明を受ければ、そこで捜査の方針も変わったもしれない。

それも行わないで起訴までしたというのは、列車にたとえると、最初から脱線、暴走した列車だ。国民がこの事実を知ったらどう思うのだろう。こんな検察と警察があるのかとあきれるだろう。でもこれが現実なのだ。検察、警察の暴走を止めるとなると、それは、裁判を仕切る宇都宮地方裁判所であろう。

ところがである。この裁判所も同じようなむじなだったから「絶望裁判」とこの連載も名付けさせてもらった。一審の法廷で女児の遺体を解剖した執刀医が弁護側で出廷する。それだけでも異常なことなのに、どうして裁判官たちは本田元教授に「先生はどうして弁護側の証人になったのですか?」などと、解剖医が弁護側に付いた経緯を聞かなかったのか。

この異常事態に隠れているこれまでの捜査側の実態を知ったら、検察が起訴もできない、でたらめな捜査だったことが早くに露見していたかもしれない。一審の裁判事態がまさに異常な事態だったと言える。

本田元教授はあの時の法廷をこう振り返る。

「裁判出廷は二転三転した。私は捜査本部から女児の遺体の司法解剖の嘱託を受けたから当然、検察側の証人として出廷するつもりでいた。しかし、検察は私を裁判所に推薦しなかった。私の解剖結果が被告と全く違うからだ。私はこのままだと冤罪になってしまうと思った。

多くの司法解剖やDNA型鑑定等を行ってきた過程で、時には解剖や薬物検査などで捜査側から『被疑者の供述と合わないから供述に合わせてくれ』と頼まれたことがあったが、断じて応じたことはない。むしろ私の『事実を改ざんしてはいけない』という説得を聞き入れてくれた。

だから今市事件裁判が始まる前に司法解剖医としての責務とプライドをかけて、捜査側を説得したが、応じなかった。私の解剖所見の説明も受けずに、勝手に解剖所見と合わない人物を逮捕してしまっているからだ。真実を明らかにするために、あえて弁護団の推薦を受けた。

ただ、法廷に立って驚いたのは、あの女性裁判長は何を急いでいるのか、私の証言にまったく聞く耳を傾けようとせず、とにかく私の説明を早く終わらせようとしていたように思えてならなかった。本当に残念だった。

当時、私の心の中には、ある程度特徴的な犯人像があった。法廷では話す時間がなかった。それは犯人は男でなく、女であること。解剖当初時に何でできたのか凶器がわからない傷が顔や首に複数あった。解剖結果にはただの傷と記したが、裁判が始まる前にはその傷が何でできたか分かったんだ。

その傷こそ、生前に犯人がつけた傷で、供述しているはずの勝又被告の自白調書にはなかった。鑑定書にただの傷としかないから取調官も質問しない。もし詳しく書いていたらその話は取調官によって作られていただろう。秘密の暴露はない。つまり犯人でない証拠だ」と………。

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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