【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第35回 ドンバス4カ国のロシア編入とEU諸国の悲惨な現実「ファシズム前夜」

寺島隆吉

ウクライナ軍の激しい攻撃にもめげず、ドンバスの4カ国はロシア編入を求める住民投票を完了しました。

2014年にアメリカが裏で主導したウクライナのクーデター政権が誕生してから、8年以上もの間、ドンバス住民は、この日を待ち続けてきました。

なぜなら、それ以来、住民はウクライナ軍による砲撃・爆撃を受け続け、国連すら1万3,000~4,000人もの住民が殺され続けてきたと報告しているからです。

このクーデター政権ができてからすぐ、クリミアはロシア編入を認められ、住民は平和な生活を送ることができたのですから、むしろ遅すぎたというのが、ドンバス4カ国の住民の、共通の感情ではなかったでしょうか。そのことを伝えているのが、次の記事です。

‘I can’t imagine our future differently’: Donbass residents explain why they voted to join Russia (住民投票以外に私たちの未来を想像できない。ドンバス住民、ロシアへの加盟に投票した理由を説明)
https://www.rt.com/russia/563764-they-voted-to-join-russia/

この記事は現地を取材した記者が、住民に直接インタビューをして、その感想をまとめたものです。この記者自身、宿泊していたホテルが砲撃され、奇跡的に生き延びたのですから、住民の気持ちを痛いほど分かったのではないでしょうか。

このヘルソン市のホテル攻撃については前章でも説明しましたが、その記事の和訳が最近、『翻訳NEWS』に載りましたので、時間のある方はこちらを御覧ください。

*Kiev’s NATO-Backed Terrorist Attack in Kherson Was a Strike Against Democracy & Journalism( 『翻訳NEWS』2022/09/30)
「キエフのNATO支援によるヘルソン市テロ攻撃は、民主主義とジャーナリズムに対する攻撃だった」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1063.html

それはともかく、住民投票の参加者は口々に次のような思いを語っています。ソ連が崩壊する以前からドンバスに住んでいるひとたちにとっては、この地区はソ連の一部だったからです。

「私たちがドンバスで生き延びるためには、そして平和な生活を取りもどすためには、かつての祖国ロシアに編入する以外には考えられない。何故もっと早く、このような措置をしてくれなかったのか」。

ウクライナ語を話すウクライナ人は主としてウクライナ西部に住んでいますから、ウクライナ東部に住むロシア語話者と意識が違うのでは当然でした。

ですから、このような思いは住民投票の結果にも如実に現れています。それを「Sputnik日本」(2022年9月28日)は次のように述べています。

 

9月23〜27日の期間、ロシアの構成体となることを問う住民投票が実施。100%開票の結果、圧倒的多数の有権者がロシアへの編入を支持していることが明らかになった。

ドネツク人民共和国:99.23%
ルガンスク人民共和国:98.42%
ヘルソン州:87.05%
ザポリージャ州:93.11%

 

この住民投票が国際監視団のもとで公明正大におこなわれたことは前章で述べた通りです。

欧米のメディアは、この住民投票を「ロシア軍が強制的に投票させている」といった論調で報道しているのですから、このような手続きは必要不可欠なものでした。

ところが、この住民投票が終わったあと、欧米諸国が取った態度は異常なものでした。

というのは、住民投票の国際監視団の一員として参加したひとたちは、EU議会の議員や大手メディアから、あたかも「非国民」であるかのような激しい攻撃に曝されることになったからです。そのことを伝えているのが次の記事でした。

EU parliamentarian calls to sanction Vanessa Beeley and all observers of Donbass Max Blumenthal and Anya Parampil?September 29, 2022 referendums(EU議員は、ヴァネッサ・ビーリー記者などドンバス住民投票のすべての監視員への制裁を要求)
https://thegrayzone.com/2022/09/29/eu-parliamentarian-sanction-vanessa-beeley-donbass-referendums/

この記事は次のような書き出しで始まっています(和訳は寺島)。

 

欧州議会のフランス女性議員ナタリー・ロワゾー(Nathalie Loiseau)は、 ドンバス地方でロ
シアが組織した住民投票のすべての監視員に対する個別制裁をロビー活動で求めている。

ロワゾー議員は、ドンバスにおける住民投票の報道だけでなく、裏で外国が支援してきたシリアへの干渉戦争の報道でも、 ヴァネッサ・ビーリー記者に白羽の矢を立てている。

御覧の通り、 EU議会のナタリー・ロワゾー議員は、 EU外務委員会ジョセフ・ボレル上級代表に対し手紙を送り、イギリス人のビーリー記者を名指しで攻撃するだけでなく、すべての国際監視員に対する個人的制裁を加えるよう要求したのです。

EU議会のロワゾー議員(左側)から攻撃されているビーリー記者(右側)。

 

これに対して、ビーリー記者は次のように反論しています。

 

ドンバスの人々の独立と自決を反映する法的手続きの目撃者として活動しようとしている世界市民に、このような制裁を課すことは、ファシズムです。

EUがこのキャンペーンを進めるならば、言論と思想の自由の本質が攻撃されているのですから、民主主義にとって深刻な事態になることは間違いありません。

 

ここでビーリー記者が「ドンバスの人々の独立と自決を反映する法的手続きの目撃者」として活動することは「世界市民」としての活動だと言っていることに注目したいと思います。

私は個人的には、今の日本政府が沖縄の米軍基地撤去を求める民衆の声を、過去50年以上も、一貫して無視し続けていることを考えると、沖縄はそろそろ「独立」を宣言しないと先が見えてこないのではないかと思っています。

沖縄がそのような動きに出たとき、日本政府はキエフ政権と同じように砲撃や爆撃を加えるのでしょうか。ウクライナ軍を見ていると、私の頭にそんなことすら浮かんできます。

そもそも沖縄は、かつては琉球王国という独立国家でした。

琉球王国は、中国の「清国」に対しても従来から朝貢していたので、その外交関係を維持したいと願っていました。にもかかわらず、それを無視して明治政府が強制的につくりあげたのが「琉球藩」でした(1872年)。

明治政府は「廃藩置県」を終えていたのですから、新たに「琉球藩」を設けるというのは、琉球王国を日本が強制摂取するための口実としか考えられません。

このような経過を考えると、ますます私は、沖縄が元の独立国家へと戻る権利はあるはずだと思えてならないのです。

それはともかく、ある民族が「独立」「自決」を求めて住民投票をすることは国連憲章でも認められている権利です。これを武力で攻撃・弾圧することは、まさにファシズムです。これが、この8年間、ドンバスで起きてきたことでした。

裏でアメリカやNATOに支援されたキエフ政権が、「クーデター政権を認めない」とするロシア語話者を、徹底的に弾圧し殺してきたのでした。それを、「暗殺リスト」に載せられ殺されるかも知れない危険を冒しながら、報道し続けた記者たちもいたのです。

ビーリー記者もその一人でした。あろうことか、それを攻撃しているのが、EU議会の議員なのです。ここには、アメリカやNATO諸国が中東でおこなってきたことへの反省が全く見られません。これについては次節で詳述します。

以上見てきた通り、ドンバスにおける住民投票を国際的に開かれた公明正大なものにしようと参加したビーリー記者は、それを褒められるどころか、シリアにおける報道についても「偽情報をバラ撒いている」と攻撃を受けているのです。

まず「国際監視団」とは、どのようなものだったのでしょうか。先の記事はそれを次のように伝えています。

ルガンスク人民共和国の住民投票に参加した女性

 

2022年9月中旬、 ビーリーら約100人の国際的な代表団は、ヘルソン、 ザポリージャ、ルガンスクとドネツクの独立共和国でのロシア連邦加盟の投票を視察するため東欧に渡った。

なぜ、このように欧米諸国から反発されたのか。その答えは、これらの激しい争いが繰り広げられた地域の最近の歴史にある。

私はこれを読むまで、国際監視団が約100人もいたことを全く知りませんでした。

このような大量の監視団の下で行われた住民投票を「非民主的」と攻撃したり、そこに監視団として参加した人たちを制裁しようとしたりする動きは、ドンバスの真実を知られては困ると考えていることの証左でしょう。

それはともかく、右で最後に述べられている「これらの激しい争いが繰り広げられた地域」とはどこを指すのでしょうか。

その第一はもちろん、アメリカとEU、NATO諸国が、ウクライナを道具として使った代理戦争、すなわち「ロシアを弱体化させ、あわよくば政権転覆にまでもっていこうとする戦争」を指すわけですが、その前哨戦はすでにシリアで始まっていました。

アメリカは有名な「ウォルフォウィ ッツ・ドクトリン」に基づいて、「9.11事件」を口実にアフガニスタンへの侵略を始め、WMD(Weapon of Mass Destruction 大量破壊兵器)を口実にイラ
クへと戦争を拡大しました。

そして次に「独裁者アサド大統領が化学兵器を使って民衆を殺している」という口実で、シリアへと食指を伸ばしました。それに「待った」をかけたのがロシアと独立ジャーナリストでした。

シリアのアサド大統領は、イスラム原理主義勢力を利用したアメリカの政権転覆活動に抗し切れず、ロシアに助けを求めました。そしてロシアはこの要請にみごとに応えました。

ロシア軍は、 「イスラム国」をつくろうしていたイスラム原理主義勢力アルカイダをあっという間に駆逐しました。

今から考えると、この「イスラム国」というのは、かつて日本が中国でつくりあげた「満州国」を、アメリカがシリアでつくろうとしたものではないか、そこを拠点としてアサド政権を転覆し、シリアの石油資源を盗み取ろうとしたのではないか、と思われるのです。

また、シリアを通ることになる、ロシアのガスパイプラインの建設を阻止しようとしていたのではないか、とも疑われるのです。

それを妨害し阻止したのがロシアだったわけですが、もうひとつの障害物は独立ジャーナリストの存在でした。

というのは、アサド政権が化学兵器を使ったという証拠を提出したのが「ホワイトヘルメット」というNGOであり、その証拠とするものが嘘だったということを暴露したのがビーリー記者を初めとする独立ジャーナリストだったからです。

前頁で紹介した記事は、「ホワイトヘルメット」なる組織の本性を暴露したビーリー記者の仕事について次のように説明しています。

 

ホワイトヘルメットは、 名目は「ボランティア組織」だった。

だが、この組織は、 欧米や湾岸諸国が後援するメディアとの連携を通じて、シリア政府に対

ビーリー記者はまた、ホワイトヘルメットとアルカイダ・シリア支部との強い結びつきや、
にする上で、重要な役割を果たした。

欧米が支援する反乱軍とその残虐行為にも、 ホワイトヘルメットが関与していたことを明らか
その結果、ビーリー記者は欧米の支配権力から手ひどい攻撃を受けることになりました。

その事情を先述のオンライン誌The Grayzoneの記事は次のように紹介しています。

 

ビーリー記者のシリアに関する暴露は、 NATOや軍需産業が資金を提供するシンクタンクの数々から厳しい攻撃を受けた。

2022年6月、さまざまなNATO諸国、企業、億万長者から資金提供を受けている「戦略対話研究所(ISD)」は、ビーリー記者に対して2020年以前のシリアに関して「最も多くの偽情報を流布した人物」というレッテルを貼った。

ビーリー記者はまた、ホワイトヘルメットとアルカイダ・シリア支部との強い結びつきや、

欧米が支援する反乱軍とその残虐行為にも、 ホワイトヘルメットが関与していたことを明らかにする上で、重要な役割を果たした。

しかしISDは、その主張を裏付ける証拠をひとつも示していない。

(ただしISDによると、ビーリー記者はその年、なぜかThe Grayzone誌のアーロン ・マテ記者に「追い抜かれた」 。つまりマテ記者の方がホワイトヘルメットについて、 より多くの暴露記事を書いていたのである。 )

しかし、ビーリー記者は、これまで数々の中傷を乗り越えて、再びドンバスで真実を報道する仕事に乗りだしたわけですが、そのような活動を何としてでも阻止しようとしたのが、フランスのナタリー・ロワゾーEU議員でした。

そしてロワゾー議員がEUに、このジャーナリストを制裁するよう求めたことは、欧米の当局者が独立ジャーナリストの仕事を正式に犯罪化する動きを見せた初めての例となったのでした。

しかし、EUのこのような動きはビーリー記者にとどまりませんでした。というのは、すでにドイツ政府がロワゾー議員の先を走っていたからです。それは、The Grayzone誌の次のような記述を見れば分かります。

 

ロワゾー議員がEUと米国の市民に対して個人的な制裁を加えようとするのは、ドイツ政府が独立系ジャーナリストのアリーナ・リップ(Alina Lipp)を起訴したことに続くものだ。

ベルリンは2020年3月、ドイツ国籍のリップ記者に対し、 ドネツク人民共和国からの彼女の報道が、新たに認められた国家の言論規定に違反するとして、正式な裁判を開始した。

 

私は今までドイツ政府というのはいち早く原発廃止を決めるなど、世界で最も先進的な国だと思ってきました。

ところが最近のウクライナ情勢とロシアへの対応を見ていると、EUのどこの国も似たり寄ったりだと思えてきました。

というのは、ドイツはウクライナへの武器援助を止めようとしないからです。これではウクライナの国民はロシアとの代理戦争を続けざるを得ず、死傷者は増え続けるばかりだからです。

(ロシアを壊滅させるまで戦いを続けなければならないとすれば、ウクライナにどれだけの国民が生き残れるのでしょうか )。

つまりドイツは、日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国であり、アメリカの命令と恫喝に抵抗できない属国だと分かりました。情けないことに日本は首都東京の制空権すら行使できず、民間機は大きく迂回せざるをえないというのが現実です。

それはともかく、ドイツ政府が「新たに制定した言論規定」を武器として、民主主義の根幹である「言論の自由」を踏みにじってまで、アメリカやNATOの言いなりになっているという悲惨
な現実が、ここにあります。

EUの牽引車であったはずのドイツがこの状態では、EUは崩壊寸前と言わねばならないでしょう。ロシアに対する経済制裁の「ブーメラン効果」で経済的に崩壊寸前なのですから。

これでは政治的にも崩壊寸前、ファシズム前夜です。ヒトラーも地下で笑っているかも知れません。

「偽情報」を流したとしてドイツ政府によって起訴されたアリーナ・リップ記者

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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