IAEAと大手メディアが既成事実化 原発核汚染水海洋放出の本当の目的(上)

浅野健一

岸田文雄自公野合政権と東京電力は、福島第1原子力発電所に保管している放射能汚染水(以下、核汚染水)の海洋放出を8月にも開始しようとしている。2011年3月の爆発事件で溶け落ちた1~3号機内の核燃料(デブリ)の冷却作業などで発生する汚染水について、政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会などに「関係者の理解なしにはいかなる処分も行なわない」と文書で約束していた。

多核種除去装置(ALPS)で汚染水を浄化処理する一方、放射性物質のトリチウムは除去できないため、海水で薄めて放出するとの東電の計画に対し、韓国・朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)・中国・ロシア・太平洋諸国フォーラム(PIF=豪州・ニュージーランド・フィジーなど16カ国・地域)などから反対の声が強まっている。

「報告書は海洋放出のための『通行証』にはならない」とする外務省報道官談話を発した中国は7月7日、日本からの食品の輸入規制拡大を示唆し、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議の議長声明で、放出に反対の立場を表明するよう提案。18日、中国税関当局が日本からの輸入海産物に対する全面的な放射線検査を7月から始めたことがわかった。検査に時間がかかって鮮度が保持できず、計1億円の被害が出る恐れがあることが判明している。

日本のキシャクラブメディアは政府に従い、横並びで核汚染水を「処理水」と呼び、IAEA(国際原子力機関)により放出に「国際機関からお墨付きを得た形」(朝日新聞)「後ろ盾を得た」(共同通信)と大々的に報道。反対するのは中国だけとの印象を与え続けている。

日本の新聞・テレビは福島事件が起きるまで原発の安全神話を広報してきたが、事件から12年後、岸田政権の原発政策の大転換を批判せず、核汚染水海洋放出の暴挙を止める姿勢がない。

菅義偉政権が2021年4月、関係閣僚会議(東電経営陣も参加)で、「原子力規制委員会の許可を経て、東京電力が2年程度後に放出を開始する」と海洋放出を決定。IAEAは日本政府の依頼を受け、昨年からアメリカや中国・韓国など11カ国の専門家が参加する調査団を日本に派遣。放出方法の妥当性や、東電や原子力規制委員会の対応の適格性などを検証していた。

日本政府と東電の工作員になったIAEA事務局長
 7月4日に来日したIAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、林芳正外相との共同記者会見で、「福島原発をめぐって重要な局面を迎えている。本日午後、報告書を提出することができ光栄に思う」と述べた。午後には首相官邸で「放出は国際基準に合致」との包括報告書を岸田首相へ手渡した。

グロッシ氏は「この結果は科学的かつ中立的なものだ。日本が次のステージに進む決断を下すのに必要な要素がすべて含まれている」とした。岸田首相は「透明性をもって説明する」と語り、松野博1官房長官は翌日の会見で、「春・夏ごろに開始という決定に変更はない」と述べた。東電の担当者は報告書について「可能なものは反映する。政府方針に基づいて夏の放出の準備を進める」とコメントした。

グロッシ氏は岸田氏との面談後に日本記者クラブで会見し、「水や魚など環境に大きな影響はない」「放射線が人や環境に与える影響は無視できるほどごくわずか」と語った。海洋放出以外の選択肢はないのかと記者から聞かれると、「一定量の放射性物質を含む水を薄めて放出することは中国や韓国・米国・フランスなど多くの国々で行なわれている」と説明。数十年続く放出期間の安全性をどう保証するのかという質問には、「福島第1原発内にIAEAの事務所を設置し、そこに居続けてレビューを継続する」と答えた。

グロッシ氏は7月5日、福島県いわき市で開かれた「廃炉と処理水対策」の評議会に出席。放出に反対している福島漁連の野崎哲会長ら1人1人と握手を交わして回った。「われわれは皆さんとともに、処理水の最後の一滴が安全に放出されるまで見守る」とまで述べた。その後、福島第1原発の汚染水処理施設を視察した。政府と東電の計画でも、海流放出は早くても30年はかかる。グロッシ氏が生きている間に終わるのか。

岸田氏は5月7日に海洋放出に強く反対する韓国を訪問し、尹錫悦大統領との会談で、韓国の専門家らによる視察団の現地への派遣に合意。韓国の視察団は5月21日から25日まで来日して福島原発を訪問し、ALPSや保管タンクなどを確認した。

グロッシ氏が7月7日夜、ソウルの三浦国際空港に着くと、反対派の市民・労働団体の抗議行動で、空港内で約2時間足止めとなり、ホテルに着いた時は日付が変わっていた。聯合ニュースによると、グロッシ氏は激しい抗議を受けたことについて、「民主主義プロセスの一部。韓国は民主国家であり、当然人々はデモをできる。私が来たのも多くの人が持つ懸念を払しょくするため」と話した。反対行動が目立たなかった日本は民主国家ではないのだろう。

グロッシ氏は報告書を巡り、携わった専門家の間で意見の相違があったとする報道について、「IAEAの最終かつ総合的な報告書」と強調した。報告書は日本の要請を受けたものであるため内容が偏ったとする指摘については、「全くそうではない」と言い切った。報告書が日本政府の放出計画に合わせて発表されたとの指摘も否定した。グロッシ氏は「日本がいつ放出するのか知らなかった。日本が放出計画を示しその評価を依頼したのが2021年。それから報告書が出るまで2年かかったのは非常に長い時間だ」と説明した。

グロッシ氏は韓国の朴振(パク・ジン)外交部長官や劉国熙(ユ・グクヒ)原子力安全委員長と面会。7月9日には最大の政権反対党「共に民主党」関係者と面会した。韓国のニュースに日本語字幕をつけるユーチューブ動画「日本のメディアが伝えない週刊韓国ニュース」(7月101日配信)によると、グロッシ氏は韓国の政権反対党の議員の質問に全く答えられなかった。

議員たちは「海に国境はない。魚は回遊する」と強調した後、こう訴えた。

「あなたが昨日のマスコミ取材に、核汚染水は飲める、水泳もできると言ったことを懸念している」

「海に捨てず、水不足国である日本が国内で飲料水や工業用水に使うように勧める意思はないか」

「報告書はIAEAの一般全指針すら無視した」「海洋放出以外のより安全な代替案を検討しなかった」

「陸上長期保管や固体化などの専門家による代案を全く考慮していない」

グロッシ氏は終始、目をきょろきょろさせ、落ち着かない様子だった。

韓国では、市民・労働者らが連日、ハンストなど様々な反対運動を展開している。安全性への懸念の高まりから、塩の買いだめをする人や水産物の購入を控える人が続出している。韓国政府は不安感の払拭に躍起で、6月15日から処理水に関する記者会見を平日は連日行ない、日本の意向に沿って、「科学的・客観的に安全」と宣伝している。しかし、「韓国ギャラップ」が6月30日に発表した調査結果によると、海洋汚染が「心配だ」と回答した人が78%に上った。

グロッシ氏は7月10日からニュージーランド、クック諸島も訪問した。IAEA報告書は「処理水の放出は日本政府が決定することであり、この報告書はその方針を推奨するものでも承認するものでもない」と強調。逃げを打っているのだ。そうであるなら、なぜ、「報告書は、日本が次のステージに進む決断を下すのに必要な要素がすべて含まれている」「人体や環境に与える影響は無視できる」などと無責任なことを言うのか。

IAEAはまさに「原子力マフィアの総元締め」(小出裕章・元京都大学原子炉実験所助教)だ。メディアはIAEAを「核の番人」と呼び、「科学的な調査を実施」と報じているが、事務局長は用心棒、日本の自公野合政権の宣伝広報官ではないか。IAEAによるチェルノブイリ原発事故の影響調査、ウクライナ戦争での原発をめぐる攻防に関する姿勢などを見てきた私は、科学的・中立的な国際機関などではなく、原発産業を推進する胡散臭い組織だと思ってきた。

※(下)に続く

(月刊「紙の爆弾」2023年9月号より)

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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