【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(1) 「教える-学ぶ」立場からみた地政学の誕生(下)

塩原俊彦

 

有名人のインチキ
拙著『知られざる地政学』には、ここで論じたような有名人論は登場しない。ただ、つぎのような話を紹介している。

「6年ほど前、『ロシア革命100年の教訓』という本を書いた。そのなかに、つぎのように書いておいた。

「「職業的革命家の役割は、このように普通、革命をおこなうことにあるのではなく、革命が起こったあとで権力につくことにある」と、アーレントは『革命について』のなかで喝破している。いずれの革命においても現実に起きたのは、古い権力が解体し、暴力手段に対するコントロールが失われたことであった。その権力の真空地帯に新しい権力構造が形成されたわけだ。この際の権力闘争において職業的革命家は有利な立場にあった。なぜかというと、有名人であったからにすぎない。問題なのは、その理論ではなく、彼らの名前が公に知られているということであった。すでに投獄されたり、お尋ね者扱いされたりして、有名であった彼らは人々への絶大な影響力をもっていたのである。

やや脱線すると、現在の有名人も同じようなものだ。その能力とはまったく無関係に、性懲りもなくテレビに出たり、たくさんの本を書いたりして有名人となった連中は、その影響力においておぞましい力をもつ。彼らの化けの皮を剥ぐことも大切だが、有名人に騙されない見識を養うことも大切になる。」

拙著『知られざる地政学』ではここまでしか紹介していない。だが、拙著『ロシア革命100年の教訓』には、もう少し別の興味深い内容も紹介している。それは、つぎのようなものだ。

「ロシア革命の本質を本音で語った唯一の日本人は内村剛介であろうと筆者には思われる。その著書『ロシア無頼』を読めば、ロシアの真実がわかるような気がする。1945~56年までラーゲリに抑留されていた内村だからこそ指摘できるロシアの内実があるからだ。

彼の刺激的な見方を紹介しよう。

「銀行を暴力で収奪したヤクザが若い日のスターリンであった(1907年6月、国立銀行の巨額金塊を輸送する馬車がスターリンらに襲撃:引用者註)。その貢ぎでレーニンが海外で暮らした。ペン一本で稼いだトロツキーは職業を持っていたから、このスターリンのやり口を許せなかった。レーニンやスターリンはトロツキーのように自分の手で稼がなかった。つまり職業という職業を持たないで革命だけを商売にした。そして自分自身を職業的革命家とかなんとか称しているが、この「無職ゆえの職業的革命家」は「無職のロシア無頼」とその信念、その手口において親類関係にあることは疑えない」(内村, 1980, pp. 63-64)。

「「ボリシェヴィキを縛る法なんてものはない」というのがレーニンである。ボリシェヴィキはレーニンのひきいるロシアの共産党だが、この党はこと自分に関しては一切の法を認めない。「すべては許されてある」とドストエフスキーのスメルジャコフまがいに言うのである。法のないことをすなわち無法を20世紀の新たな法とするのがボリシェヴィキである」(内村, 1980, p. 28)。

何がいいたいかというと、スターリンは強盗であったことが、レーニンは無職の職業革命家であったことが有名人になるきっかけとなり、権力者に昇り詰めるのに大いに役立ったということである。つまり、有名人や権力者になることは特別なことではなく、共同体、地域、国家のいびつな特殊事情によるのだ。したがって、彼らには時間や空間を超えて誇れるような普遍的価値はない。

「知の巨人」立花隆は無知蒙昧
『知られざる地政学』(上巻)において、「「知の巨人」立花隆は無知蒙昧」という項目を設けて、「日本において「知の巨人」と呼ばれてきた人物、立花隆もまた遺伝子組み換え問題に対して無知蒙昧そのものであった。この話は、佐藤進著『立花隆の無知蒙昧を衝く:遺伝子問題から宇宙論まで』(増補改訂版、社会評論社、2002 年)を読めばよくわかる」と書いておいた。

立花が「知の巨人」であるというのは、日本という国家のなかでは常識かもしれない。しかし、それはあくまで一般人への宣伝によってつくり出された「神話」にすぎない。いわば、「語る-聞く」のレベルの一般人の誤解にすぎないように思われる。

実は、こうした宣伝によって編み出された嘘がたくさんある。有名人がインチキだというのはそのことを指している。立花は「田中角栄研究」で有名になった。それだけである。この有名性をビジネスにうまく結びつけることで、できるだけその有名性を保持しつつ、カネ儲けに結びつけるかに比較的成功しただけの話なのだ。

逆に、マスメディアがつくり出す恐ろしいまでの虚構は、その対象者を呑み込むこともある。私は、鷺沢萠という女流作家が縊死した理由をまったく知らないが、「まだ芥川賞には早いといわれている」という趣旨の話を彼女が20代のころに直接聞いたことがある。銀座のロシア料理レストラン、「バラライカ」でのことだった。上智大学外国語学部ロシア語科に在学中に文學界新人賞を当時最年少で受賞し、芥川賞候補にもなった彼女にとって、商品としての自分はどのようなものだったのだろう。

小泉悠という有名人の出現への疑問
小泉悠なる人物の場合、ウクライナ戦争勃発によって有名になったといえるだろう。だが、なぜ彼がテレビに頻繁に登場し、「専門家」として発言している理由を知る者は少ないだろう。私は、彼の『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』なる本の書評をなんとかいう学会から頼まれたことがある。『ロシアの軍需産業』(岩波新書)、『「軍事大国ロシア」の虚実』(岩波書店)を書いたことのある私にとって、彼の著書は参考文献収集がいい加減で論評に値するものではなかった。ゆえに、この要請を断った。時間の無駄だからである。残念ながら、彼は研究者としての基礎的な訓練を受けているとは思えない。

ついでに、廣瀬陽子という人物もテレビでみかける有名人となった。なぜ彼女がテレビに登場するのか知らないが、一つだけたしかなのは、優秀な専門家であるからテレビに出ているわけではないということだ。その昔、北海道大学で彼女の報告を聴いた私は、「ロシアとか、アメリカとか、日本とかという言葉ばかりが出てきて、いったいロシアのどこの省、だれが行動したかがまったく書かれていない」と苦言を呈したことがある。おそらく指導教授がひどすぎたのだろう。こんな研究アプローチでは、研究そのものができない。

彼らが有名人たりえるのは、「語る-聞く」レベルの「仲間うち」で生きているからにほかならないのだ。

「教える-学ぶ」レベルへ
拙著『知られざる地政学』は、「教える-学ぶ」レベルで書かれている。わかりやすくいえば、英語版でもロシア語版でも十分に「勝負できる」内容になっている。日本語で書かれていても、日本人ではない「他者」を念頭に置いて書かれているからだ。別言すると、米国主導の民主主義的価値観を鵜呑みにして、欧米的価値観を暗黙知として認めるようなレベル、すなわち、「語る-聞く」レベルでは書かれていない。米国も欧州諸国も日本も、「仲間」ではない。それらはみな、外部にある他者として考察されている。

「学ぶ」側の努力が必要
問題はむしろ「学ぶ」側にある。「教える」レベルで書かれた内容は、実は、読み手に真に学ぶ姿勢がなければ決して理解できない。泳ぎを教えるには、泳ぎたいという強い希望をもった学生が必要だ。

その意味で、拙著『知られざる地政学』を読破し、理解するには、読み手の「学ぶ」姿勢が不可避である。わかりやすくいえば、「I love USA」といった先入観を捨て、虚心坦懐に立ち返らなければ、「教える-学ぶ」の「win-win」の関係は成り立たないであろう。

つまり、「学ぶ」側をしっかりと鍛えなければ、そもそも、私の『知られざる地政学』を理解してもらえないことになる。それが心配だからこそ、こうして連載をはじめたわけである。読者に「学ぶ」姿勢を植えつけるために、次回以降、本格的な考察を開始する。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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